月夜見
 puppy's tail ~その56
 

 “雨あめ、やーの”
 

あんね? 今ね、ちゅゆなの。
ちゅーゆー。雨あめこんこの ちゅゆ。
時々さむさむになったりすゆ、雨あめのちゅゆ。
わんこになったら さむさむなくなるけど、
したら おんもに行きたくなゆの。
まったくもうもう、ふくじゃつでしゅ、はい。




  ◇ ◇ ◇



はふぅ…なんて一丁前な吐息までつく純白のウェスティくんが。
うるるんと濡れたつぶらな瞳を上目遣いにしつつのうつ伏せて、
肘掛けのところへちょこり、
小さな顎を乗っけて寝そべってるソファーを見やりつつ。
時折強い風でも吹くものか、
窓の外、若い梢がうねるようにもんどり打つのを案じているらしい、
相変わらずにまとまりの悪い、つやふかな黒髪を乗っけた、
誰かさんの後ろ頭をそろりと見やる。
台風でも来ているものかと思わすような、強い風も伴われている大雨は、
この梅雨に限ってもこれで一体何度目だろか。
角のお婆ちゃんチでは、
丹精してらっしゃる朝顔やキュウリなんかのツルがもつれちゃって、
後が大変だって言ってたよと。
レンジ台に向かってるツタさんと、それは和やかな会話を交わしており。
こっちからの視線はおろか、
リビングで不貞ている誰かさんにもお構いなしの頼もしさ。

 『ダメったらダメ。』
 『やーの、やーの。』
 『自分で出来てもダメなものはダメ。』

コトの発端もこの雨だ。
シェルティやウェスティではなく、人のカッコでいる時は、
あの柔らかで見事な毛並みが消え失せてしまうルフィと海(カイ)くん。
見た目の問題のみならず、保温効果も下がるのだとかで、
よって、夏場は体温調節を考えたら、
汗もかけないわんこでいるより、人の姿でいた方が過ごしやすいくらい。
その理屈はこんなお日和の時にも言えて、
半袖だとちょっと寒いけど、湿気があるから長袖は蒸し暑い…なんて時、
思い切ってわんこになっちゃえば、
夏毛に変わったばっかだからね、暑くもなく寒くもなくて丁度いい。
だから、遊び疲れてネンネする時は、いっそ人の姿に戻さない方がいいくらい。
その方が、明け方のちょっぴり冴えた空気の中、
『あちゅい~~~』
なんてって掛け布団を蹴ってても、お腹とか冷やさなくて安心ってもんで。
ついこないだまでは わざわざそんな風にしてもいたほど。

 ところが。

この春先から自分でメタモルフォゼをこなせるようになったカイくん。
そうなると、どっちの姿で寝付いても朝はわんこで目覚めるようになった。

 『そういや、俺もそうだったしな。』

カイくんを生んでからは、寝たときの姿のまんまで目が覚めてるけれど、
それまではいつもシェルティのカッコで起きてたねなんて、
新婚時代を思い起こしては、
二人そろって やに下がってたのはともかくとして。
(笑)

 『カイ、自分でなれるでしょ?』
 『~~~。』

わんこのまんまじゃご飯食べられないよと
俺は知らないからねとルフィがそっぽを向くと、
やっとのことで むにむにって坊やの姿へ戻るカイだが、
そこまで言わないとわんこのままでいたがるなんて、

 『なあ、ホントはその…。』
 『前にも言ったでしょ? 俺らにはどっちも一緒。』

人の姿でいるのは相当に無理をしてのことじゃあないかと、
いつぞやにも訊かれたことがあったので、
ルフィが先んじてぴしゃりと言い返してから、

 『ぞ~ろ? そうだとしたって甘やかしちゃあダメだよ?』

あれってのはね、
そのまんまでいればお散歩に連れてってくれるって思ってるからなんだから。

 『え?そうなのか?』
 『昨日からこっち、ずっと肌寒いでしょ?』

え?と、それへもぱちぱちっと瞬きをしたご亭主は、
鍛え抜いたその身が暑さ寒さに強いため、今ひとつ実感が薄かったらしくって。

 『ツタさんや俺が、長袖シャツ持ってカイんこと追っかけ回してたんだのに。』
 『いや、あれはそういうお遊びかなと。』

家庭への関心度が薄くなったの?なんて、
そんなことがある訳なかろうにの わざとらしくも、
そんなややこしい訊きようをしたルフィだったのは、

 『ああ、先日から始まったお昼のドラマのせいでしょうね。』

ツタさんがくすすと笑ってフォローして下さったのも、
まま今は置いといて。

 『寒いのが平気になるのはいんだけど、
  となると、今度はお外に出たいって気持ちがつのっちゃうらしくてさ。』

俺もそうだったから、判らなくはないんだけれど。
今はあんまりそうまで思わないらしい、
そこんところは大人になった、でも坊やと瓜二つなお母様。
その細っこい肩をひょいっとすくめて見せ、

 『服を着てるのと同然だとは言ってもサ、芯まで濡れれば同じなんだからね。』

だから い~い?
風邪をひかせたくないなら、
どんなにねだられても訊いてやっちゃあダメだからねと。
ご亭へクギを刺しての自分も知らん顔をしている母上の強さへこそ、
ははぁ~っと畏れ入っての さあそれからが、

 「~~~。」

パパさんとカイくんとの微妙な綱引き合戦となっているらしく。
おんも行きたいな、誰か気じゅいてよぉと、
お誘いの匂いぷんぷん振り撒いての不貞腐れている小さなウェスティくんと、
なあなあ、俺がついてりゃ大丈夫だろ?なんて、
今にも言い出しそうな、甘甘なお父さんと。


  ―― ねえねえツタさん、どっちが先に折れると思う?
      奥様…。


だってこれじゃあ、俺が意地悪してるみたいじゃないかって、
こっちもこっちで意地の張り合い。
何てかわいらしい親子なんでしょうねと、
窓のお外で揺れている、
淡い緋色の紫陽花さんと顔を見合わせ、
止まらぬ苦笑に困っておいでのツタさんだったりするのです。


  ―― 一刻も早く、爽快な夏の空がやって来ればいんですのにね。





  ~Fine~  08.6.28.

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      貴子さま『Puppy's tail設定のお話』


  *今年の梅雨は、結構降ってるせいでしょか、
   湿気が多くて鬱陶しく、たまに寒くなるのが難ですね。
   こちらでは寝しなにとんでもなく蒸し暑くなるもんだから、
   往生させられておりますです。
   カイくんみたいに変身で大きくカバー出来ない私たちですんで、
(苦笑)
   皆様も体調管理にはご留意のほどを。


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