月夜見
 puppy's tail 〜その57
 

 “夏が来たっ!”
 

カイんトコに、あちゅあちゅが来ましたっ。
おねちゃんのトコは どですか?
えあこー、ちゅけてましゅか?
我慢しゅゆのも考えよーだじょって、
パパがゆってましたです。
ん〜ん、カイやママや ちゅたさんのことじゃなくって、
パパが おしもとに行ってゆトコで、
ね…ねっちゅー、
ねっちゅーしょーってゆーので倒れた人がいて、
そいで、マーマに そうゆってたの。
気お つけよーね? うん。




  ◇  ◇  ◇



  以上、カイくんからの熱中症対策のお話でした。
(おいおい)


 冗談はともかく、毎日“言いたくないけど暑いですね”なんてフレーズが、ご挨拶の常套句となりつつある今日この頃です。判りきってることだから言いたくないけど、それでもつい表明したくなる。
「馬鹿野郎、俺は認めてねぇぞ、お前のことなんか…って、罵倒したくなるのと同んなじかな。」
「というより。言っておきますが、あなたの不愉快さ、気づいてない訳じゃあありませんことよっていう、そっち系統じゃあないのかしら。」
 え? どう違うの? だから、ルフィが言った方は、罵倒したいってことを包み隠さずいる人の言いようでしょう? 私が言った方のは、人を悪く言うことが自分の価値を下げるようで不本意だから口にしなかっただけよと、そっちを強調しているの。

 「同じような言い回しに、
  人が見ている前では仲良くして差し上げてもよろしくてよ、なんてのもある、
  そういう遠回しな厭味というか。」
 「うわ〜〜〜、それは黒い。」

 よっぽど苦手な、渋くて辛いものでも舐めちゃったみたいな、見るからに情けないお顔になったルフィが向かい合っているのは、お久し振りにこちらへ遊びに来た、ロビンさんというお友達。普段は東京で暮らしてて、幾つかの雑誌に小説やエッセイを書いてるのがお仕事で、随分と先のまで原稿を書き溜めてたり、構想を練る必要がある作品に取り掛かることとなったりで、長いことのんびり出来そうになると、ルフィたちのお家のご近所に借りてる別荘までやって来る。今時だったらそういう原稿はオンラインでのやり取りも出来ようことだけれど。だから、日頃からこっちにいればいいのになんて、ロビンさんが大好きなルフィママは、そんな風に言って甘えることもあるのだけれど。

 『ダメよ。判っているでしょう?』

 くすすと悪戯っぽく微笑うロビンさんが遠回しに言いたいことは、さすがに…どこか幼いところの強いルフィにも、重々判っているらしく、だから、それ以上のゴリ押しはあんまりしない。

  ―― 実はこのロビンさんも、ルフィや海
(カイ)くんと同様に、
      自然界の側に近い、精霊の末裔という不思議な身の上だから。

 なので、色々と不思議な能力を持っているし、その生まれもどこか不自然なので、そうそう人には明かせない。本人の素養だけじゃあないところでも、そんなこんなと微妙にややこしい身の上なので、詮索されたら終しまいとあって、

 『人と関わるお仕事を持つ以上は、特に用心しなきゃならないから。』

 だから、ロビンの場合はわざとに都会にいるのだそうだ。お母さんから教わった知恵。人がたくさんいるところのほうが、紛れやすいと。彼女は存在感の強い“オオカミ”の精霊だから尚更に、一旦関心を持たれると、その意識を逸らさせるのが難しいのだそうで。そんな身で、こんな長閑なところに住まわったりしたなら、まずは目立ってしょうがないし、その結果、あっと言う間に居場所を追われることとなろうって。

 『せっかくルフィに逢えたのに、
  ここから追われてしまって、
  今後は二度と逢えなくなっちゃうのはイヤだもの。』

 『それは俺もイヤだ。』

 いかにも重大なことだと言わんばかり、鹿爪らしいお顔になって、うんうんと大きく頷いたルフィのお膝で、瓜二つなカイくんまでもが…意味も判らず同じように頷いていたのへと、大人たちがたまらず吹き出したことが“オチ”となったような会話だったけれど。彼らにとっては大事なこと、それこそ忽
(ゆるが)せにしてはいけないことだったから、ルフィも渋々ながら、たまに来る“お客様”なロビンなことに甘んじており。そして、そんなロビンが“長いめの夏休みを取ったの”と言ってやって来たものだから、そりゃあもう“うわい・うわいvv”と嬉しそうにしておいで。

 『勿論、ゾロんことが一等好きだぞ?
  けどな?
  ロビンは俺のおねいちゃんみたいなもんだから。』

 彼女が来るという第一報を告げたおり、微妙なそれながら、眉根をひくくと引きつらせたご亭主へ。だから甘えても大目に見てよなと、先んじてそんな“説得”をしたほどに、大事にしたいお人だってことが、

 “旦那様としては尚更、思い知らされておいでなんでしょうにね。”

 見た目の屈強さや頼もしさそのまま、剣道一筋の運動馬鹿で、時々 センシティヴな地雷をうっかり踏んでは、ルフィを怒らせたり凹ませたりすることも…ままあるお人だが。それでも、あれでも一応は
(これこれ)学校に通いの、会社に勤めのだってこなしのして来た経歴も持つだけに、人と人との相性だの、それによって違う接し方やら態度やらだの、ちゃんと御存知でもあるワケで。明け透けなくらいに子供っぽいルフィの取る“気配り”とやらが、どれほど判りやすい“好き嫌い”や“優先順位”を表明していることか、
気がつかないゾロじゃあなかろうと思えば、

 “本当に微笑ましい方々ですことvv”

 傍で見守るツタさんには、その辺りの微妙な齟齬とやら、そりゃあ判りやすかったりするらしいけれど。だからと言って、それではいけませんよと口を差し挟むのも僭越かも知れず、これもそれなりの蓄積になってくれればと、静観の構えでおいで。だってそんなこんなの大元は、そういう機微や齟齬へのケアへちゃんと心得があっておいでだろう、何につけても大人なロビンさんなのだから。








  ……で。


 そんなロビンさんだが、来て早々というノリで、雑誌関係の方々が大挙してお宅へ来ておいでな様子であり。

 「いいのか? 此処っていわば“隠れ家”なんだろに。」

 それをあんな大人数に明かしても構わないのかねと。さすがに“わいわい”という騒ぎではないものの、小型のマイクロバスが乗りつけの、5、6人ちょいの人々が、出たり入ったりと慌ただしくしておりのという、ちょっとした出入りが繰り広げられているのを。広いめの道と広々した芝生のお庭を挟んだだけの距離はある、こちらのお家のリビングから望んでいたゾロの案じるようなお言いようへ、

 「あれ? ゾロってば心配してあげてるの?」
 「何だよ、その言い方。」

 俺は誰かが困ってるのをいい気味とか思うような小さい男じゃねぇぞ? うん、それは知ってる。

 「だって俺やカイが大好きなゾロだもん。」
 「お…。//////」

 不意を衝かれたか、たじろいだ雄々しき旦那様の足元。何してるですか?とまとわりついてた小さなカイくんまでもが、

 「うっ、大ちゅき!」

 無邪気な笑顔でにゃは〜と笑い、そんな言いようを付け足したもんだから。作為のない笑顔つきの“好き”のこれぞ素晴らしき効用、ご亭がたちまち相好を崩したのは言うまでもなかったが、

 「だから…だ。
  仕事関係の面子には知られぬようにって気をつけてたんじゃねぇのかと。」

 もちょっと言葉を足したゾロのご意見へ、

 「今回ばかりは仕方がないんだって。」

 大窓に張りつく格好になっている旦那様と小さな坊やへ、ルフィの側から歩み寄り、さも、何事だろかって物見高さから眺めてるようなお顔を作ると、
「出版業界ってトコの事情でね、秋の号の締め切りがものすごい前倒しになっていて。」
 どんなにネットが普及しても、一頃に比べれば随分と逼迫している業界だと言われていても、雑誌にせよ単行本にせよ、紙媒体の本は廃れはしなかろう。そして、そんな“本”は印刷されなきゃあ世間への頒布は出来ない。形のないイデアが“本”という形になる最終工程は、工業製品と同様、職人さんの手で機械にかけられ製本されて流通に乗る…がため、盆と正月はその働き手がほぼ一斉にお休みになることを加味せねばならず。その結果、この時期の作家は、ともすれば日頃のペースの二倍速での原稿書きを迫られることもザラだとか。
「そんなこんなからの混乱があって、避暑地での憩いのひとときっていうインタビューの依頼があったのを、ロビンの版権とかスケジュール管理をしてるエージェントさんが、うっかり忘れてたんだって。」
 そもそもは都内のホテルでとか予定してたらしいんだけど、読者へこそ素性を隠してるロビンだったんで、大慌てでそんなところで取材なんかしてたら、従業員の人が覗いててとかされての、どういうボロが出るやらが心配だってことで。

 「それで、それじゃあ今年過ごす予定の別荘でって、
  そんな言い方して、わざとに此処での撮影になったんだって。」

 少なくとも出版社サイドの人は、ミステリアスなこともロビンの売りだって判ってるから。インタビュアーは勿論のこと、カメラマンやスタイリストや何や、口の堅い人を厳選して寄越してるだろうし。

 「逆に言や、あの別荘って元々その雑誌社の偉い人の持ち家でもあるんだってよ?」
 「おや。」

 登記ってのでは持ち主の名前の書き換えもされてないままなんで、ロビンは表向き、それを借りてるだけの身で。好きなように使っていいよと言われてるって事になっているそうなので、
「だから妙な探られようを心配する必要はないんだって。」
「そっか。」
 彼女の素性を探りたいという誰ぞがいたとしても、あの別荘との関わりからは…誰でも知ってること以外、何も得られやしないよう、ちゃんと取り計らってあるらしい。
「勿論、俺たちは此処で初めて知り合ったご近所さんってことにしなきゃだけれど。」
 そんなくらいは取り立てて難しいことじゃあなし。ちゃんと至れり尽くせりな手配になってるとの説明をされて、
「なら、まあ安心かな。」
 言っとくが俺が案じたのは、あの女から辿られてルフィやカイが詮索されねぇかが心配だっただけでだな…なんて、今になっての取ってつけ、並べようとしかかった、実は可愛いところのあるご亭主へ、

 「うん判ってる。ゾロが俺らを大事だって思ってるってことはサ。」

 やっぱり“にゃは〜vv”って。先程のカイくんの笑顔とまるきり同じな純真な笑みを向けられちゃあ、

 「う…。///////」

 ご亭としては…照れるしかないらしく。精悍なお顔が、だのにたじろいでのちょっぴり真っ赤になったのが、何とも言えずの可愛らしかったので。

 “あらあら……vv”

 これはまた…彼女を庇ったゾロだったことへと付け足して、ロビンさんへも話しておくべきかしらねと。ツタさんが心の奥底で迷ったのは、此処だけの秘密ですvv








   おまけ



 爽やかな避暑地での、若手女流作家の夏休みと題したインタビューは、麗しいそのお姿のスナップが何枚か使われて、秋直前に発売の月刊誌の特集記事となるのだそうで。

 「ロービンちゃ、キレイキレイねvv」
 「ありがと♪」

 ただでさえクールな美貌がステキなご婦人。そこへ、専門のスタイリストさんやメイクさんが、お化粧やら衣装やらへあれこれと手を加えたので。モデルさんだと言っても通用しそうなくらいに、そりゃあ綺麗なお姿での撮影になったそうで。照度や何やを見るための“試し撮り”のポラロイドをもらったのと持って来てくれたの、皆で眺めたのが、翌日のお三時のお茶の時間。お膝に抱えていただいた坊やからの率直な感想へ、まんざらでもないと嬉しそうにお礼をお返ししたお姉様だったが、

 「こういうモデルさん、いなかったっけ? 化粧品のモデルさんで。」
 「そうですね、おいででしたねぇ。」

 つややかな黒髪と端正な美貌が何とも印象的であり、アーモンドのように丸みもある形ながら、目尻が少しほど吊り上がって力んで見えもする“眸ヂカラ”が、秘めたる気魄をさりげなく偲ばせる。ミステリアスだが、その妖しさ、決して浮ついたものじゃあないぞと知らしめていて。もしかしたなら、手ごわいぞという威嚇も兼ねているものか。ルフィやツタさんまでもが、綺麗綺麗と持て囃し、

 「……まあ、
  蓮っ葉なケバいだけなお姉ちゃんには、真似は出来ないレベルだわな。」

 微妙なお顔は、こういうことへの嘘も苦手な自分が歯痒いかからか。ゾロまでが腐しようがないと表明する始末。いや、綺麗なものへ素直に綺麗と言える人って素敵ですよ、ええ。

 「それはそれとして。」

 そう。ご亭としては、それよりも気になることがあるらしく。綺麗なおねいさんのお膝に ぴとりと張りついた小さな王子が、そのふわふかな髪へと乗っけているものの方が気になっているご様子で。

 「あれって、もしかしてリボンじゃねぇのか?」
 「うん。」

 こそっと訊いた奥方が、そりゃああっさりと頷いて見せたは、カイくんの黒髪に 通称“パッチン留め”にて飾られてあった、純白の羽根飾りやスパンコールつきの真っ赤で大きなおリボンだったりし。

 「昨日来てたメイクさんとかスタイリストさんに、構ってもらったんだって♪」

 一体いつの間に紛れ込んだのか、関わるまいと知らぬ顔で通してた大人たちの隙をつき、ろーびんちゃん遊ぼと とこてこ向かったカイくんだったらしく。

 『きゃあ、この子、可愛いvv』
 『こらこら、君ら。』
 『だって。ほら、おリボンが似合うvv』
 『あああ、ゴスロリも似合いそうなのにぃ。』
 『そぉお? プリンセスよ、やっぱ。』

 インタビューが始まったら暇になったスタイリストのおねいさんたちに、構いまくられたらしいのだが。

 「振り袖は早々にいやがったくせに。」

 ……遺憾なのはそこですかい、お父様。おリボンが可愛いのは認めておいでであるらしく、ただ…自分がいつぞや買い揃えた、やはり綺麗で可愛いアイテムは嫌がった坊やだったので。ああ男の子だからとそれ以降も諦めたままでいたのが何とも口惜しい、複雑な親心を噛みしめておいでで。


 「下心があったのを見抜かれたんじゃあ…。」
 「そっちのおねいさんたちには無かったんか。」
 「あわわ。」
 「単に間が悪かったんですよ。」
 「そうそう。大人ぶりたい時期があるように、
  男の子だもんっていう意識が強かった時期だったんだって。」


 どう言われようと納得がいかないらしかったお父さんでしたが、

  「ぱ〜ぱ?」

 どしたですかと、チョコチョコっと寄って来た坊やご自身から案じられ、よじよじ登ったお膝から、元気出しての“ちう”を送られたもんだから、

  「〜〜〜。////////」

 あっと言う間にご機嫌が直ったお話は、どうか皆様ここだけのお話ということで。


  “いつか、ファンタジーで書いてやろっとvv”


 こらこら、ロビンさんっ。
(苦笑)



   暑中お見舞い申し上げます




  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.7.28.


  *いやはや暑うございますね。
   東北や北陸、北海道では雨も降ったそうですが、
   こちらでは かんかん照りの日々がイヤってほど続いてます。
   まだ七月だってのに…。
   高校総体の開会式が体育館だったのは、熱中症対策でしょうか。
   夏の祭典へ向けての追い込みにお忙しい皆様も、
   どうかお体ご自愛くださいませね?


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