月夜見
 puppy's tail 〜その65
 

 “雨あめ、あじさい”
 

 あんね、今日は朝から雨こんこなの。
 じっとしてると寒さむなのに、
 ボールころころしたり、お手々をパチパチ・チョチチョチしてゆと、
 暑い・あちゅいになんの、変なのぉ。




     ◇◇◇



早いものでもう今年も半分を過ぎましたねとか、
そろそろ梅雨のご用意をとか。
今時分のそういう定番のお声を、
そういやそんなにも聞きませんねぇと。
ツタさんがちょっぴり困ったようなお顔をしていたのは、
今年の日本は“新型インフル”とやらに、
さんざ振り回された五月を過ごしていたからで。
ウィルスそのものは“弱毒性”という代物で、
治療が効かないような恐ろしいそれじゃあない。
ただ、感染力が途轍もないので、
体力がない幼子やお年寄り、
妊婦さんや持病をお持ちの人なぞは、
かからないに越したことはなく。
十分注意をしなくちゃならない…ってのに、
なんでああも、海外旅行だ、バカンスだと、
無造作に無防備に出掛けるお人が多かったんだろ、GW。

 「まあ、今頃言っても始まらないんだろうけどな。」
 「だぁってさぁ。」

このお家の場合、微妙に特殊な警戒が要ったので。
それもあってだろう“これでも奥様です”なルフィが、
プンプクプーと、丸い頬を思い切り膨らませて見せている。
人の風邪がわんこにうつるという話は聞いたことがないけれど、
この家のわんこらは半分“人”のようなもの。
いやさ、人だけど半分わんこだと言うべきか。
よって、人がかかる病気はすべて警戒しなきゃあいけないその上に、
正体を怪しまれぬよう、
滅多なことでお医者へかかれぬと来ているものだから、

 「上陸させた責任者出て来いっ!」
 「こいっ!」

ママのお膝へと抱えられていた海
(カイ)くんまでもが、
おーと小さなお手々を宙へと突き上げる真似っこをしたので。
それへとお顔をぶたれかけちゃったママ、
あわわと避けつつ…しょうがないなあと吹き出してしまい。
めんどうなお話も、ここで幕と相成って。

 「で。お庭の模様替えのプランは固まったのかい?」
 「うんvv」

夏を前にしての模様替え。
そうそう大きく掘り返すわけではないけれど、
家族みんなが大好きなヒマワリを、
リビングからよく見えるところに並べたいとか、
庭に向いてるポーチによしずを立て掛けたいから、
蔵から出しておかなくちゃだとか。
そうそうビニールプールも手前にね、などと。
固まったと言いつつ、
どんどんと要望が膨らんでいて、止まらないじゃありませんか。
(笑)

 「それと、ツタさんがシソや梅を干すのに棚を作ってほしいって。」
 「ああいえ、そちらはまだ急ぎません。」

梅干しとラッキョウを毎年自分でつけているツタさんで、
市販品より随分と酸っぱいが、
おむすびに入れると風味がすこぶるよく、
酸っぱさよりも美味しさが勝
(まさ)ってのこと、
カイくんでもむしゃむしゃ食べてしまうほどの逸品なので、

 「そっか。そういう頃合いでもあったんだな。」

いつもの場所でいいですか?
はい、お邪魔でないのなら。
勝手口に間近い一角、日当たりのいい芝の上。
そこへと、目の粗い網戸のような、
大きな干し台を三段ほど乗っける棚を作るのが、
この時期のお父さんの仕事だったりするロロノアさんチ。

 「そいとね、パパ。」

自分も参加しているのよという主張か、
小さなお手々でパチパチと、
すぐお隣に腰掛けていたパパの二の腕、
ちょっとちょっとと関心を呼ぶように叩いてみせるカイくんであり。

 『あれってどこで覚えたんだろね。』
 『そうですねぇ。』

パパと呼ぶ必要さえないくらい、
カイくんにばかり注意を向けてる昼間のパパなのにねぇと。
ルフィとツタさん、母親チームが呆れつつ、
笑ったその仕草でもって呼んで見せ。

 「あじゅさい、こっから見えゆよーに できない?」
 「此処から?」

うっと、大きくうなずいた王子様が、
その大きなお眸々をうるるんと瞬かせて見やった先には、
ここからだとサツキの茂みがその前へとかかってしまい、
微妙に見えないアジサイの茂みがある。
毎年毎年こちらのお庭では、
淡い青や紫の瓊花がたわわに咲くので、
家人のみならず、わんこのお友達たちも、
フェンスのお外から“綺麗ねぇ”とお褒めのお言葉をかけてくださる、
一家全員の自慢の株だが、

 「雨こんこになゆと、お外出たら“め”でしょ?」
 「そうだったなぁ。」

立派な毛並みは多少の雨なんてこたえやしないのに、
ほんの小雨や霧雨でも、
パパから外出禁止と言い渡されてしまうカイくんなので。
大好きなアジサイも、坊やだけ、晴れの日しか見られない。

 「ママは ちゅたさんとお買い物に行ったりして、お外にも行くのに。」

カイくんだけは…坊やの姿になったとて、
冷えるからダメとの過保護っぷりからやっぱり出してもらえないので、
そのくらいの我儘はきいてくださいとの陳情で。
ね?なんて言いつつ、
愛らしいお顔をかっくりこと傾げて見せようものならば、

 「…っ!」
 「…ゾロ、何も今すぐじゃなくていいから。」
 「そうですよ、旦那様。」

着ていたTシャツが1サイズは大きくなったんじゃないかってほど。
速やかに飛び出しかかった御亭を牽制するべく、
左右から咄嗟に掴んだルフィとツタさんが、
そのまま引いて止めた、その絶妙な反射と息の合いようもまたお見事で。
(笑)

 「だってだな。今もやっぱり見えてないし。」
 「花自体がまだ蕾に色づいて来た程度でしょうが。」
 「そうでございますとも。」

それに、こんなお天気の日に出たり入ったりなさっては、
家の中にまで湿気を上げてしまいますよと、
ツタさんの理を尽くしたお言いようへは、
さすがに逆らうのも憚られたらしくって。


  相変わらずのご一家なようで。
  真ん丸なアジサイの瓊花が咲きそろったら、
  そのお花にまで“くすすvv”と微笑まれてしまうこと請け合いですねvv




  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.06.03.


  *ちょこっとご無沙汰しております。
   こちらさんチは、
   上記の事情もあってのこと、
   新型ウィルスへは殊の外 警戒なさったんだろなと思いましたが…、
   桁外れに過保護なお父さんがいるので、
   坊やもママもそりゃあ厳重に守られてたに違いなく。
(笑)

   「さすがに、ジムから払い下げのルームランナーを、
    リビングへ設置しようとしたのは、殴って止めたけど。」
   「あれでお散歩の代わりはなかったですよね。」
   「………。」

   だったそうでございます。
(笑)

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