月夜見
 puppy's tail 〜その66
 

 “夏のあついの”
 

 
  ………………………あちゅい





     ◇◇◇



紙へ油を染ませたような、そんな深みのある濃青の空を背景に、
ひらん・ひらひら、優雅にも飛んでった影があり。

 「あや?」

大きな翅をはためかせ、
黄色に黒の縁取りも鮮やかな、揚羽蝶が数羽ほど、
陽だまりの中、アザミのような小花を次々に追うての飛んでいる。
一度にそれほどもの数が、視野の中を遊んで回ってくれたのは初めてか、
わあと大きな眸をますます見開いて微笑ったおチビさんだったが、



 「こらこら、他所のどっかで出て来た導入だぞ、これ。」

判る人は限られてますってば、お父さん。
(…おい)
翠したたる関東の奥座敷。
標高が高いことから、
春めくのは遅いのに、秋めく方はずんと早い土地柄ではあるものが。
さすがに今年のややこしい夏は、
ここいらへも来たばっかりなようなものだからか、
その猛威がいまだに暴れまくっておいでの模様であって。
夜はなかなか寝付けぬ蒸し暑さを居残らせ、
雨が降っては湿度の高さからの蒸し暑さがやっぱりやって来て。
そんなこんなのお陰様、

  ZZZZZZZ………………
  zzzzzzz………………

ちょっとでもよそ見をしようものなら、
あっと言う間に くうくうと、
家人の二人が、そりゃあ気持ち良さそうに、
お昼寝やうたた寝に入ってしまう今日このごろ。

 「ここのリビングは、風通しがようございますからねぇ。」

夏用のラグは麻地の濃緑。
結構大きな円を描くその上で、
それはそれは似通った親子が二人、
手足を四方へ投げ出すという奔放大胆な寝相までお揃いで、
くうかくうかと安らかに寝入っておいで。

 まとまりの悪い、だが、つややかな黒髪をざんばらにしていて、
 丸ぁるいおでこは見事にまる出し。
 少し仰向いているせいだろか、まぶたの縁の重なりも浅く、
 柔らかそうな口許はうっすら開いて屈託がなく。

天真爛漫という言葉を絵に描いたような、
そりゃあ無邪気で伸びやかな、そんな寝顔のそっくりな、
母上と坊やがくうくうとお昼寝中。
ほんのちょっと前まで、絵本を眺めていたのにね。
窓の外、ひらひらふわふわと舞うアゲハ蝶を見て、
ちょーちょvvと指さし、微笑った坊やだったのにね。

 「……。」

濃いめに淹れたアールグレイの、
グラスの中でかららんと、
大きめの氷が自然に溶けての小さく躍り。
それがまた、涼しさを醸し出す昼下がり。
心地がいいならしようがないかと、
そっと放っておけばいいはずが、
妙に視線を外せぬままなご亭主なのへ、

 「置いてけぼりにされたような心地になるものなのでしょうか。」

ツタさんがこそりと訊いたのは、
こちらは徹夜慣れしている女流作家のお姉様。
丁度、昨日から当地へお越しだったので、
お茶をどうぞとお誘いしたのにこの有り様で。
それでも、くすすと微笑って眺めてくださる余裕が大人。
そんなお姉様が、だがゆるゆるとかぶりを振ったのは、
ツタさんが推測したうら若きお父様の落ち着かない態度の原因に、
ちゃんと気づいていたからで。


 「だって、ルフィも海
(カイ)くんも、
  あの人から見れば せくしぃ極まりないカッコでいるんですもの。」
 「…あ。」


お揃いの短いタンクトップのお腹はめくれているわ、
大きめの半ズボンも、
その裾が お尻が覗きそうなほど上がりかけているわ。
隠している部分が何とも少ない、恐ろしいほどの寝乱れようなので。

 「……お嬢さまがたではないんですけれど。」
 「でも、そういう危機感覚は、あるに越したことはなくってよ?」

だってあれほど可愛らしい二人なんですものと、
もしかしなくとも、こちらさんもまた、
ゾロ父さんに負けないほどに、
ルフィママやカイくんへの過保護感覚、
抱えておいでのお姉様であるらしく。
とはいえ、そうと言ったそのすぐ後へ、

 「仲がいいところを見せてもらえるのは、何よりの眼福ですもの。」

にっこり微笑って紅茶を味わう彼女にしてみれば、
警戒し続けの都会暮らしから、すっかりと解放される先の此処で、
ここまでの野放図さを眺められるのもまた、
リフレッシュ出来る要素の1つであるのだろ。

 「…あ。」

ふと上げた視線の先に何かしらを見つけ。
ほらと指させば、その先には小さなトンボ。
同じようにそれを見やって、
あらまあ、短かった夏でしたねぇと、
穏やかに微笑ったツタさんだったのでありました。



  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.08.24.


  *旅行の予定があったでなし、
   入院していた母も戻って来たほどに、
   さほど身辺に騒ぎのタネなんてなかった身であったはずなのにね。
   何だか落ち着きのない夏だったよなぁと。
   妙に感慨深くなってるおばさんでございます。
(笑)

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