月夜見
 puppy's tail 〜その67
 

 “ボク、誰ぁれ?”
 

 
  秋になりましたねぇ。
  箱根のお家は
  お庭もお山も真っ赤っ赤ですvv
  窓開けたら、ちめたい風がぴゅぴゅうって来て、
  カイ一人じゃ、閉めらんないよぉって、
  パパママ来て来てって、大騒ぎしちゃいます。

   ……うや? 閉めらりた? あれ?




     ◇◇◇



お久し振りにも程があるぞの、箱根のお宅は、
坊やのリポートにもありました通り、
もうすっかりと秋の彩りに包まれておりまして。
楓の深紅や銀杏の黄金、桜の赤も綺麗な中、
木蓮の葉っぱが早々と落ちて来るのを、
ツタさんと二人、
ホウキを振り振りお掃除するのが、ルフィママの日課。

 「うあ、風が…。」
 「あらあら。」

木枯らしも吹いてくるこの頃合いは、
お掃除している端から、頭上からの爆弾投下、
次々にはらひらと落ちてもくるから限
(キリ)がなく。

 「一通り片付いたらもういいですよ?」

風で飛んでった先で肥料になる子もいるでしょしと、
そんな言い方をしてくれるツタさんには。
ルフィもさしてムキになることもないままに、
は〜いといいお返事をし。
さぁさおやつだとホウキを片付けてからリビングへ。

 「…あれ?」
 「どうなさいました?」

庭いじりする時用の蛇口も庭先にあるにはあるけれど、
今の時期は消毒優先だから、上がってからの手洗い。
それでと急いだリビングの吐き出し窓が、今日は珍しくもぴったりと閉じており。

 「海
(カイ)くん、ふて寝でもしてるのかなぁ?」

ママたちと一緒にお庭に行くの〜と愚図ってのこと、
うんうんと頑張ってほんの数センチほども窓を開けられればいい方で。
でもでも、そこから吹き込む風の冷たさに怖じけてしまい、
子犬のウエスティに変化
(へんげ)したところで通り抜けられない隙間なのでと、
いつもならそこの傍ら、うろうろと行ったり来たりをするか、
自分で持って来たブランケットにくるまって、
ママたちをひたすら待ってるのがセオリーなのに。

 「おいでじゃないですか?」
 「うん。それに、窓が全然開いてないし。」

でも、開けようとはしたらしいんだよね。
ほら、ガラスに手形がついてるでしょ?
つんつんと指さして見せたルフィが、

 「ゾロが戻って来たって気配もしなかったしな。」

誤解のないようにと付け足すならば、
ツタさんやルフィも、坊やからまるきり目を離していた訳ではない。
ひょいと振り返ればすぐそこという至近でのお掃除であり、
庭の外だの玄関前だのはツタさんが朝早くに掃くので足りているし、
庭の中にしたって、先日の木枯らしの一報以降、
次々に落ちてくるのを見かねてというお掃除なので、
それほどの量をかいてる代物じゃあなく。
せいぜい、5分ほどをそれっと飛び出して掃いているだけのこと。
それでもこうまですっかりと姿がないというのは初めてで。

 「…どうしたんだろ。」

心配になって来たルフィが、ややあたふたと窓を開け、
つっかけを蹴飛ばすようにして上がり込めば、

  ―――あうっ、あうんっvv

ああ、隣りの子供部屋からお声がした。
どうやらやっぱり勝手にウエスティの姿へと変化しているらしいけれど、
一人でお風呂場に行ったとか、
いけませんと言い置いてるキッチンへ行ったとかいう、
緊急非常事態では無さそうで。
二人のお母さんたちが、思わず ほおと胸をば撫で下ろしたものの、

 「あ〜あ、こんなところへ脱ぎ散らかして。」

ソファーの足元には、
今日の坊やが着ていた丸首シャツとか薄手のセーター、
フリースのパーカーなどが散らばっている。
コーデュロイのズボンの中には、小さなパンツや靴下も丸まっており。
それらを拾い上げかかったルフィが何の気なしに見やった隣室、
ドアが開いていて、
小さな白い影がぴょこたんとお元気に撥ねたのは、
見間違えようがない、カイくんのメタモルフォゼ後の姿、
純白のウエスティくんだったのだけれども。

  ――― え?

その後を果敢にも追っかける影がもう一つ。
え? 何なに?と、
動態視力もいいはずのルフィが、思わず二度見してしまった小さなその影は。

 「あん、あうんっ!」

小さな四肢をつっぱらかして、
ひょこぴょこと跳ね回るウエスティくんを追っかけている、

 「にゃあにゃ、みゃあぁvv」

そちらも小さな小さな…一匹の仔猫だったりしたのである。






     ◇◇◇



 『ちょっとカイくん、お話し訊いてもいいかなぁ。』

それはそれは楽しそうに、
クッションだの縫いぐるみだのが散乱した、
フローリングの子供部屋を駆け回ってた二人のおチビさん。
子犬の方は、当家の坊ちゃんだとして、
じゃあこちらのお客様は、一体いつ来たものだろか。
それと、

 「何処の どなたさんなんだろうね。」
 「そうですよねぇ。」

小さな小さな、
大人の手だったら無理なくくるりと、
包み込んでの隠してしまえるほどに小さな仔猫。
にいみいと、糸のようなか細いお声で鳴くのもまた、
まだまだ腹に力が入らぬ身だからなんだろなと思えば、
こうまで小さな身の坊やがどうしてまた、
どっから入ったにしても、
結構な距離を経てからじゃないと辿り着けなかろうリビングへ、
ひょこりと現れたというのだろうか。

 そう。カイくんが言うには、

 『いたの。』

 だったそうであり。

 「いたって言われてもねぇ。」
 「そうですよねぇ。」

小さな仔猫は、キャラメル色の毛並みがそれは素晴らしくもなめらかで。
余程のこと可愛がられていての、
毎日の手入れも欠かさぬ扱いを受けているようで。

 「まだ赤ちゃんだからというのもありますが、
  それでもこんな風にお外へ出るなんて、
  滅多にないことじゃあないんでしょうか。」

手足の先や胸元にお腹、
白い毛並みの部分の、何とも深みのある白なまんまなことかが、
それを裏打ちしていて。
わんこだと一声の“ワンvv”が、
猫だと“にゃあvv”という微妙に長い息にての鳴きようになるのがまた、

 「…何でなんだろvv 目が離せないよぉvv」

向こうさんからはどうか知らぬが、
わんこの側からはさほど猫を嫌うということもない…ものならしく。
ウエスティのままなカイくんも、
濡れたお鼻で仔猫さんの小さなお顔をつんつんと擽ってやってるし。
ルフィに至っては、

 『カイより可愛い子なんて まずはいないけど、
  この子は微妙に競う仲になれそうなレベルだ』

なんて。
もしかせずとも最大の賛辞を口にしたほどの惚れ込みよう。
小さなお口で“かじかじかじ…”と、手の縁を甘咬みされても、
あいたたと驚くどころか、擽ったいようと目許がたわんでいるほどで。

 「うあ、思い出すなぁ。カイくんの甘咬みもこんな感じだったものvv」

子犬や仔猫の歯は存外尖ってて、咬まれれば結構痛いはずが、
さほどには痛くなかったもんだから、
ついつい、躾けなきゃいけないことなんだという常識を、
なかなか思いつけなくて。
それだと、あとあとで加減が判らなくって困るのはカイくんなんですよと、
ツタさんから諭されて、慌てて躾けに取り掛かったんだっけねと。
そのツタさんのお膝に抱えられてる坊やのふかふかな毛並みのお顔、
いい子いい子ともみくちゃにしての撫でてやり、

 「さて。カイは元へと戻りなさい。」
 「あう?」
 「そろそろおやつだ。
  ミルクだけでいいならそのままでいいけど、
  今日はツタさん特製のドーナツもあるぞ?」

食べたいなら坊やの姿へ戻りなさいと、
これは彼らなりのやっぱり躾け。
指や手、フォークやスプーンを使って食べる機会を多く設けるために、
おやつを食べたいなら坊やに戻れと、
自然なことのように言い続けている親御様たちであり。

 「あうっ!」

そこはカイくんの方も素直なもので。
パタタ・トントンと、立っちしたりキョロキョロしたり、
微妙に落ち着きなくいた子犬様。
きゅうぅんとお鼻を鳴らすと、つぶらな眸を伏せ、なむなむなむ…。
すると、ほんわり光が灯り、
ツタさんのお膝にいた小さなわんこが、
たちまち…裸んぼさんの坊やへと戻る。

 「ありゃりゃ。お洋服着なくちゃね。」
 「うぅ。」

こくり、頷いた坊やが、
その小さなお手々を延ばした先では、
ルフィママのお膝に座って、小さな仔猫が…お眸々を真ん丸く見開いており。

 「…びっくりしたんだろうか。」
 「そうみたいですねぇ。」

そりゃまあ、ねぇ…。
(苦笑)




        ◇◇◇


これがわんこの話なら、例えばご近所の野良のボスに訊いてみるという手もある。
最近引っ越して来た子がないか、
迷子になってるの、探してる飼い主さんを知らないか。
でもでも、

 「猫は微妙ですねぇ。」
 「そうなのか?」

おからと豆乳で作ってあるツタさん特製ドーナツは、
わんこの素地もあるルフィやカイくんにはたまらない好物で。
小さなお手々で握っての、お口へ運んでむぎゅむぎゅと、
そりゃあ美味しそうに頬張る坊やの口許や胸元を時折拭ってやりながら、
キョトンと小首を傾げるルフィへと、

 「放し飼いしているお宅が多いですからね。
  縄張り作っておいでとばかり、
  遠くへ行ってもあんまり過保護には心配しない、
  そういうお宅も珍しくはないかも知れません。」

ただまあ、この子はあまりに小さいから、
縄張りなんて早すぎますがと、苦笑をこぼしたツタさんの手元では、
子犬用のミルクを暖めたの、どうぞと出しての仔猫へ飲ませておいで。
お腹が空いていたものか、
ぺちぺちぺちと、小さな舌出し懸命に舐める様子がまた可愛くて。

 「せめて首輪とかしてたらなぁ。」

そっちも幼すぎるからか、何の手掛かりも持たない子。
でもでも、姿の綺麗さが捨て猫には見えないその上に、

 「お腹こそ空いてたらしいけど、
  それでも何日もほうり出されてた風じゃないしねぇ。」

だってそりゃあお元気に、カイくんと遊んでいたくらいだ。

 「ねえねえ、君ってどこの子なの?」

ルフィママ、異様に気になってるらしく、
ご本人のお顔を真っ向から見やっての訊いてみる。
でもでも、仔猫には通じてないらしく。
みゅ?と、小さなお顔を傾けて見せるだけ。

 「あんまり可愛いから、いつぞやの仔ギツネさんを思い出すね。」
 「そう言えば、おいでになりましたねぇ。」

不思議な空間から…恐らくは平安時代からやって来たらしい、
坊やだけれど仔ギツネでもあった、
奇妙極まりないお客様が来たという前例もあるお宅であり。

 「ホントにホントの迷子なら、いっそウチで引き取っちゃうのにね。」

今のカイくんの仮の姿のウェスティくんよりも小さな仔猫。
ルフィママさんには、
もっと小さかったころのカイくんを彷彿とさせるらしくって。
うっとりとたわめられた目許も柔らかに、
小さな毛並みのお背(せな)が、それでも綺麗にしなっているのへ、
そおっとそっと指先添わせ、いい子いい子と撫でてやる。




     ◇◇◇


夕刻になって、突然、隣町の病院からお電話掛けて来たゾロパパが、

 【 ああそうだ、ところで猫は無事にいるか?】

そんなことをば訊いて来たことで、謎の仔猫の身元が判明。
何でも、勤め先のアスレチックサロンで、
急な発熱で倒れちゃったお客様がいたそうで。
その人が連れて来ていたのがその仔猫。
まだまだ小さいので小まめにミルクをやらねばならず、
それでと連れていたらしいのを、
高い熱のある中でも、どうしようかと案じてたもんだから。
小さい仔には慣れのあるウチで預かりましょうと大急ぎで連れ帰り、

 【 メモを置いてただろうが。】
 「メモ?」

言われて探せば、リビングの電話の横の、
伝言用のコルクボードにピンで留められてありました。

 「なぁんだ、坊やは預かりっ子だったのか。」

くうちゃんというお名前の、メインクーンの一カ月仔。
みゃあと鳴く姿の愛らしさも、お名前が判るとより愛しい。
1週間ほどだけという逗留だそうだけど、
その間にとっても仲よくなった子供らの戯れよう、
某TVの朝の番組に投稿しちゃったお母様だったのは、
微妙に離れがたかったからなのかも知れません。




   〜Fine〜  09.11.04.


  *『蒼夏の螺旋』に登場したわんこは、カイくんなのでは?
   というお声をいただいたので、
   久々にご登場願ってみました。
   どうやらこういう顛末だったらしいです、はい。
(笑)

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