月夜見
 puppy's tail 〜その72
 

 “ちょっとした大騒ぎ”
 

 あのねあのね、おねいさん。(ひしょひしょ)
 きのー、カイんチにね、(こしょこしょ)
 どどぼーが入ったのー。
 どどぼーって何か知ってゆ?
 よそのお家に何も言わないで上がって来て、
 おしゃいふ(お財布)とか勝手に持ってく人なんだって。
 こあいよねー?
 でもねでもね、ママが気がついて“がうっ”て咬みちゅいて、
 パパが“なんだおまえーっ!”て大きい声で怒ってね。
 あーあ、カイも起っきしてたらカプッてしてやったのに。




    ◇◇◇



 ロロノアさんチのわんこが泥棒逮捕へ一役買ったのは、何もこれが初めてじゃあなくて。いつぞやなぞ、連続放火の犯人を捕まえるのにも貢献したし。よその坊やと海
(カイ)くんが怪しい一味に誘拐されたという騒動もあって、…あれは表沙汰にはならなかったのかな? あと、防犯協会の人間を装ってここいらを荒らしていた、空き巣コンビを捕まえもした。

 『誰も怪我はしなかったの? カイくんは? ツタさんも無事?』

 丁度、夏の原稿を片付けたばかりという身で、当地の別邸へ休養に来ていたロビンさんが、夜更けのパトカーの急行にびっくりして駆けつけて下さったのだが、

 『ロビンおねいちゃんだvv』

 そちらもやはり、急なサイレンの音やらどたばたする気配やらに、無理から叩き起こされた格好のおチビさんだったのが。お口をひん曲げ、今にもと愚図りかけていたのを あっと言う間に持ち直したので、

 『いやぁ助かったぞ、ロビン。』
 『…そうじゃないでしょう。』

 おおお、なんか珍しいぞ、ロビンさんのツッコミ。……なんていう、すっとんぱったんが、初夏のお屋敷町の静かな宵をにぎわしたのが昨夜の話で。

 「そもそもどういう経緯があったの?」

 何しろ、当家には耳も鼻も鋭い存在がいるものだから、そうそう簡単に“不法侵入”なんてこと、敢行しようたって無駄というもので。お勝手のドアの鍵を壊した気配で、まずは“ひくり”と素早くお耳を立てたルフィ奥様。ただの風の音にしちゃあ、いやにしっかり実体のある何かしらの匂いもしていたもんだから。何か来たみたいだよと、傍らにいたご亭主をわくわくと
(?)揺り起こし、満面の笑顔でそりゃあ楽しげに階下のリビングまでを一緒に降りてって。当然のことながら、明かりも灯さずの怪しい誰かが、ゴソゴソとあちこち漁っていたのを発見し、すわ何者ぞと誰何したご亭主の、いかにも堂々とした態度に飛び上がった不審者A。どひゃあとビックリしたまま外へ飛び出しかかったものを、そうはさせるかと飛びついて、お鼻の上へとしわを寄せつつ、そやつが着ていたジャケットの裾へと咬みついて。逃亡を阻止して取っ捕まえた……というのが一連の顛末だったのだけれども。それを一通り、身振りもたくさん挟みつつの、面白おかしく語って聞かせて差し上げて、

 「なぁんか変な奴だったよな。」

 発見が早かったため被害も何も出てはおらずで。したがって、今回のは警察からの表彰とまで運ぶかどうか、微妙な案件とされそうな気配。家人の皆様にも そんなことはどうでもよかったものの、

 「やたらと本棚とか漁っててさ。」

 そりゃあまあ、へそくり何ぞの紙幣をしまう場所としては、古典的なほど有名な場所じゃああるが、

 「金目のものが目当てなら、もっとこう、
  タンスの引き出しとか見るもんじゃあないの?」

 ウチはあんまり現金はおかないから、探したところで無駄だったろうけれど。それにしたって探すのが下手くそだったと、不審そうに言いつのるルフィであり、

 「そうよね。下調べとか しなかったのね、きっと。」

 見つからなくてのその代わりにと。ツタさんが脅されてたら、はたまたカイくんが人質に取られていたらどうなっていたか…なんて。具体的な“最悪の場合”というもの、ロビンさんが持ち出したため、

 「あ……。」

 今頃怖くなって来たか、奥方が小さな手で隣に腰掛けていたご亭主のお膝に触れる。長袖と半袖のTシャツの重ね着にワークパンツという、ややマニッシュな恰好でいたものの、外国仕様のソファーに座ると、何とも幼く見えるところはちっとも変わらぬ。そんな奥方の見せた愛らしい仕草へ、こちらさんもその精悍なところは全然変わっちゃあいないままな旦那様、大丈夫だからと言う代わり、小さなお手々へ自分の手を重ねてやって、

 「まあ、金目のものってのは、
  何も判りやすい金品だけとは限らんのでな。」

 そんな言い方をし、今朝方までかかってしまった事情聴取の後で、署へと帰り際の刑事さんから教えられた話を少々披露する。曰く、

 「ウチの親父が物書きだったのは知ってるだろう?」
 「うん。」

 亡くなるまでを此処で一緒に過ごしたルフィは勿論のこと、

 「ジェラキュールという名前でお書きになってたエッセイは、
  モダンな感性を海外からも注目されてらしたほどよ?」

 彼女自身もまた小説やエッセイを手掛ける文筆家のロビンが、そうと付け足したのへ、

 「そんな親父の書いた原稿をな、探してたらしいんだ。」
 「??? なんで?」

 ミホークのおっちゃんはプロの小説家だったんだからさ、お話を読みたきゃ本屋に行きゃあいいのによ、と。銀行員の家へ押し入ったって金は無いと、それと同じ理屈だろうにと言いたげに、ルフィが真ん丸なドングリ目を微妙に眇めて怪訝そうなお顔をし。ロビンのお膝でカイくんもそれを…微妙に真似しかかったものの、

 「だから。
  中身じゃなくて、そこへ直に書いたっていう原稿用紙をな、
  手に入らないかなって探しに来たらしいんだと。」

 「………なんだそれ。」

 ルフィにはますますもって理解不能なことだったらしいが、

 「そうねぇ。
  もしも明日っからゾロさんが東京のほうへ出張するとして。
  急なことだったので、その見返りにと用意されたものがあったとして。
  ルフィは…それはそれは肌触りのいい最高級品の毛布と、
  ゾロさんが1日着ていたカーディガンと
  どっちが欲しいかって言われたらどっちを取るの?」

 「ええ〜〜〜〜?」

 何でだよ、出張なんて聞いてねえぞ。残念なお知らせだな、俺も聞いてねぇやね と。まずはのお約束なやりとりがご夫婦の間であってから、

 「そりゃあ決まってんじゃんか。」

 それがそうとは言ってないのに、お隣に腰掛けている旦那様の着ていた、シャツの袖口をきゅうと掴んで、

 「俺ならこっちだ。」
 「大威張りね、お熱いことvv」

 むんと胸を張る奥方なのへ、くすすと微笑ったロビンであり。

 「その理屈と同じことよ。
  誰へも同じくらいに値打ちの高いものじゃあなくて、
  思い入れの深い人には何にも替えられないという特殊な価値のあるもの。
  そういうのを求めてた賊だったらしいってこと。」

 「…知ってるぞ、それって“まにあ”っていうんだろ?」

 けど、原稿用紙のマニアだったら、文房具屋へ行きゃあいいのにな、ゾロ。それはそれは真面目なお顔で、そんな一言を付け足した奥方へ、

 「そうだな、間抜けな奴だったよな。」

 コケもしなけりゃ、そうじゃなくてとツッコミもしない。ただただ泰然と応じたご亭主だったのへは、

 “奥様の屈託のないところを愛でてらっしゃるからなんでしょうねvv”

 何てお優しいと、そうと思ってほのぼのと笑ったのがツタさんで。そして、

 “……この人、もしかしてルフィと同じレベルの天然さんなのかしら?”

 だったらなお楽しいと、クスクス笑ったのがロビンさんだったようで。まあ、原稿用紙に欲情する人もいるらしいくらいで、感受性は人それぞれってことで。
(こらこら)







  ■ おまけ ■



 『……何を目立ってんだ、お前ら。』

 精霊の末裔という微妙な存在であり、人の眸を集めちゃいけない身のくせに。いつぞやのドラマへのテレビ出演といい、何でまたそうそうあちこちで人目に立つことばっかしとるかねと。ちゃんと事情が通じているからこそ案じて下さった東京のサンジさんから、微妙な安否伺いのお電話をいただいたほどで。というのが、結局は

『不審者にワンちゃんがかみついて御用』

 なんて格好で、先日の一件が東京版のに限ってながら、新聞にも結構な大きさで載ってしまったからだった。

 「ドラマ?」
 「えと、あの。もう随分と前の話なんだけどもさ。////////」」

 そういや、某有名アイドルさんとの共演で、ワンコが主役なドラマの代役を務めたこともありましたな。確かに、そんなして頻繁に露出してちゃあいけない身の上、反省してますと、粛々としたお声で謝ってから、さて。

 「そういえば、」

 サンジさんの案じようとは方向性の異なることで、今度はロビンさんがぽつりと訊いたのが、

 「どうしてシェルティのカッコで立ち向かったの?」

 そりゃあまあ、反射や跳躍力などなど運動能力は犬の姿のほうが上だろうし、体重という意味からも身が軽くなるから断然有利じゃああるけれど。それでも小さな中型犬だ、ああいう弱腰な奴じゃあなくての、肝も座ってた手合いだったら、蹴り飛ばされたら大怪我を負っていたかも知れぬ。少年の姿でバットかゴルフクラブを握って応戦した方が有利だったかもと。次があったら危険だからと制めたいんだか、それとも万全な手の内を伝授しての煽りたいんだか、相変わらずによく判らない女史の言いようへ、

 「う〜ん、何でだろ。」

 さして考え込むこともなく、すぐさま“判んねえ”と小首を傾げる奥方であり。

 「お家ではそのカッコが基本になってるんじゃなかったの?」
 「う〜んと、そう、かなぁ?」

 本人にもあんまり自覚はなかったか、おややぁ?と目線があちこちへ飛ぶほどに、微妙に混乱しかかったルフィだったりし。そんな彼の足元では、そちらさんはウェスティの姿へと変化したカイくんが、お尻尾ふりふり“遊ぼvv”という態勢でお待ちかね。そんな坊やをよいせと両手で抱え上げ、

 「カイがワンコの姿になりたがるのは、
  その方がたったか走り回れるからだよな?」

 きゅう〜んvvという甘え声で鳴いて肯定のお返事を返した坊やであり、

 「そうよね。
  甘えやすいし撫でてもらえるからというのは、
  まだ小さいカイくんには特に構える必要もないことだし。」

 すらりとした御々脚を惚れ惚れする角度で揃えたまんま、いかにも女性的な座り方をしてソファーに落ち着いておいでの女流作家さんだが、彼女もまた 実は狼の精霊の末裔であり、

 「私の場合は、
  物騒な気配がするとついつい狼のほうへと変化
(へんげ)するから、
  それと同じ意識の切り替えがあったのかしらね。」

 不思議な生態の彼らは、自分たちにもとんと解らぬあれこれを抱えておいでで。そして、そんな身であるということ自体を嘆くことは少ないが、そんな自分と関わったことで、大切な人を…だのに困らせてしまうのが切ないと。一つところへ落ち着かないか、偏屈を装い、人とは関わらないかがセオリーだったのだけれども。

 「ん〜と。俺はあんまり、シェルティのカッコへそっちの期待はしねぇんだがな。」
 「?」

 だってよ、と。微妙にその口許がうにむにとたわんでしまうルフィであり。

 「たださ、シェルティのカッコんなるとさ。
  ゾロが、人前でも撫でてくれっし、抱っこもしてくれっからさ。//////」

 「あらまあvv」

 彼もまた、大切な人 好きになった人を困らせたくないと、この家を出て行こうとしかかったことがあったという。だのに今は、こんなにも幸せそうに微笑っておいで。大好きな人がいると、こんな風に臆面もなくの惚気まで飛び出すほどで。

 “それって…。”

 彼が無邪気だからだっていうだけじゃあなくて、そんな彼が愛してやまぬ連れ合いさんもまた、それはそれは深い懐ろでくるみ込んでやることで、この子を幸せにしたいと頑張っておいでだからに他ならなくて。

 「……あんっ!」

 玄関のほうからの気配があって、キッチンにいたツタさんが立っていったのを追うように、小さなウェスティくんも弾むようにしてそちらへと向かう。先日の騒ぎの後始末、最終的な事情聴取とそれから、被害届けを出しと、警察署まで出掛けていた旦那様が帰って来たらしく。

 「ゾロだvv」

 ルフィもまたそれは楽しそうに立っていったの見送りながら、

 “…でも、一番の光はやっぱり、ルフィなのでしょうよね。”

 ちょっとやそっとじゃ挫けない彼ではあるが、ホントは怖がり屋さんでもあって。でも、だからこそと頑張った彼がいたから導けた今だと、時折“傍観者”の位置に落ち着いて 皆を観るロビンには判る。破綻がないのも、いつだって皆が微笑っておいでなのも、無邪気で前向きなルフィの、屈託のなさと…その根底にある優しさと、その両方をちゃんと知っておればこそ。お元気で闊達で、でもでも未熟なところや弱いところも剥き出しな、素直で無垢なままのそんな彼が、いつまでも微笑っていてくれればこちらも幸せだから、それぞれの立場から自然と守りたいと思ってしまう。

 “私には選べなかったことだ。”

 弱かったとは思わない。むしろ我が強すぎたのか、それとも? まだ温かなティーカップを持ち上げて、ふと、その手を止めた彼女だったが、

  「ロビ〜ン、」

 玄関のほうからの声が上がり、思考がふっつりと断ち切られ。あらまあとの苦笑を浮かべつつ、ソファーから立ち上がる女史であり。窓から差し込む初夏の陽は、今だけ無人の暖かいリビングを、それは明るく照らし出すばかり…。






   〜Fine〜  10.05.25.


  *更新の間が随分と空きましたね、すいません。
   実はと言えば、段取りで詰まっていたからです。
   冒頭の泥棒侵入の経緯を ちみちみと細かに書いていたんですが、
   これがもうもう書いても書いても終わらない上に、
   そんだけあれこれ連ねても、
   結果そんな緊迫した話じゃないってオチが見え見えだったし。
(笑)
   そこんところにやっと気がついたので、
   それまで書いてたのを思い切って“えい”と消して、
   一から書き直したのがこれでございます。
   素材
(ネタ)へどう切り込むかの選び方次第で、
   同じテーマでもいろんな展開を組めるもんでして。
   ……つか、早く気がつけ、自分。
(とほほん)

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