薄暑緑風  "蒼夏の螺旋"より

 
 ずっとずっと気ばかりが逸
はやって仕方がなかった。新幹線から在来線へ、そして自宅の最寄り駅に着く最後の列車へと乗り換えた頃には、もうほとんど 気もそぞろで、いつもの携帯電話での"帰るコール"も忘れていたほど。

  "こんな遅かったか? この快速。"

 社会人となって3年目の春を迎え、盛夏に予定されている大掛かりな企画への主幹スタッフの一人に抜擢された。何の役付きでもない、しかもこうまで若手が選ばれたのは初めてのこと。異例の出世だとか期待されてるんだぞとか、周囲から盛んに褒めそやされたが、何のことはない。その企画の提携先というのが、彼の初めての渉外交渉にて粘って粘って口説き落とした相手だったからだ。当時は下請けの小さな事務所だったものが、その時の開発品が予想外のヒットをし、今では中堅どころとして急成長。この不況下だというのに来月にも東証二部への上場も決まっているとか。そんな経緯があったものだから、あちら様からの直々のご指名があり、それで主幹クラスへ抜擢されたまでのこと。まま、そういう…ちょいと謙遜めいた裏書きの説明はともかく。その会社が中心となっての一大企画の打ち合わせも最終段階に入っていて、協賛企業それぞれの分担も決まり、物資の手配や広報関係のイベントへのスケジュールも動き始めている。企画の立ち上げ担当だった彼は、実務の方が動き出したことでやっと"後は任せた"と肩の荷を半分くらいは降ろせた格好になり…。そして今、半月もの出張を強いられたその身の移動速度の何ともどかしいことかと、我が家が着実に近づきあるというのに、何故だか高まる焦燥感に、ただただじりじりと苛立っている御様子。
"…っ。"
 やっと到着した最寄り駅。ドアが開き切るのももどかしげに飛び出して、ホームを、階段を、一気に駆け抜け、構内からあっと言う間に出てしまった彼の。その、いかにも危急を示す行動に加えて…随分と目立つ容姿に、人の目も自然なものとしてぐいぐい集まったらしくって。間近に居合わせた人々が、口々に色々々と好き勝手な見解を紡ぎ合う。一体どうしたのか、何かしら緊急の事態に迫られているのか。

 「ステキねぇ。」
 「ドラマの撮影かな。」
 「そんな筈ないって、こんな田舎で。」
 「きっとお家で誰か倒れたのよ。」
 「いやいやそれより奥さんが産気づいたのよ、初めての妊娠とかで。」
 「え〜、あの若さでそれはないでしょ。」
 「でもあの必死さはどう考えても。」
 「いやよ いやん。あんないい男なのにそんなの許せない〜。」

 …と、いやホントに勝手なことを。
(笑) そんなこんなと勝手に邪推憶測されているなんて露ほども気づかぬまま、彼は軽快な足取りで半月ぶりの帰途を駆けてゆく。スーツの裾を翻し、ネクタイをなびかせて…というほどの壮絶な姿ではなく、あくまでも軽やかな"急ぎ足"。そう見えるのは、日頃の鍛練の賜物というやつで。スーツが映えるすらりと引き締まった長身を支える長い脚もなめらかに動き、靴の音もなんとなく控えめ。そんなせいで、かなりのスピードが出ているのにそうは見えない。…おのれ、伊賀者か。(というのは昔使った覚えがあるような。ex,『His Favorite』/笑)




 辿り着いたは、とあるマンション。さして息も切らさぬままに、清潔そうな明るいエントランスへと飛び込んで、ボードへ自宅のナンバーをインプットすれば、

  【はい、ロロノアです。】

 今朝方、出先で携帯から聞こえたのと同じ声が、インターフォンから軽やかに応じた。それへと"ただいま"とだけ言い置いてから、返事も待たずに自動ドアの方へと向かう。するする開くのもまたまたもどかしげに…とはいえあんまり焦っては不審に見えると、そこはさすがに自重して。ぐっと我慢してから中へと入り、後はまたまた一目散。階段を2段飛ばしで駆け上がり、やっとのことで到着した自宅の愛しいドア…じゃない、愛しい自宅のドアだというのに。
"………。"
 ここに来て、何故だか躊躇してしまう。大の大人がこんなにも息急き切って"ただいま"もなかろうだとか、こっちの高揚なんていざ知らずで、けろっとしているルフィだったりしてだとか。気が急くあまりに置いてけぼりになってでもいたのか、今になって思うことが幾つか浮かんだ彼だったが、それでも…体は正直なもの。それともこれもまた一種の"慣性の法則"なのか。脚運びは少しも止まることはなく、また腕の方も実に自然でなめらかな動作にて、ドアのバータイプのノブに手が伸びている。

  ――― がちゃり

 鍵は解かれていて、すんなりと開いたドア。そして、短い三和土
たたきの向こうには、

  「おかえり、ゾロ。」

 ああ、この声だと思ったその瞬間に。どんな服装なのかも、どんな表情でいるのかさえも確かめてなんかいられないほど、衝動的に身体が動いていた。小さくてやわらかな、けれど伸びやかで撓やかな身体が、男のやや手荒な扱いを…少し戸惑ったようにぎこちなく受け止める。鼻先に慣れ親しんだシャンプーの甘い香り。そして、腕の中で身じろぐ、すんなりとした肢体。今朝からこっち、どれほど待ち焦がれたか判らない愛しい人が、今やっと、この腕の中にいる。ただそれだけでもう何も要らないと、心にじわじわ、温かな潤いが染み込んでくるのを実感出来る旦那様であるらしい。その一方で、
「…っ。ゾロ、ちょっ…ねぇ、待ってってば。」
 中へと大きく踏み込んで来たそのまま、伸ばされた腕に搦め捕られて…気がつけば。スーツの袖や胸という、少しざらざらした感触の中に、すっぽりと包み込まれているルフィであって。
「ぞ…。」
 こちらからだって、まだきちんとそのお顔を見てはいないのに。あっと言う間に背中にまで回っていた大きな手で、ぎゅうと強く抱き締められて。
"ああ、ゾロの匂いだよう…。"
 その懐ろへ深く引き込まれたことで すぐ目の前になっているのが、ネクタイを結った襟元へと引き込まれてゆく、すっきりと引き締まった首条とおとがいと。そんな襟元からは、この半月ほどを離れ離れになっていた、大好きな人の温みと共に男臭い匂いがふわりと届いて、
"………あ。"
 不意に ぞくりと。胸の奥が、体の芯がざわめき始める。半月も逢えなかった人、大好きなゾロ。

  ――― お仕事での出張だもの、仕方がないじゃないか。
      しかも大抜擢だって話だし。

 そうと思って笑顔で送り出した人。2週間くらいあっと言う間だよ、大丈夫だもん。サミさんとかお友達も一杯いるしさ、そうそうPCでサンジやナミさんともお喋りとか出来るし。そんな風に自分に言い聞かせて、頑張るぞってお留守番に勤
いそしんだ。良い機会だからって大掃除もしたし、予備室の模様替えとか、そうそう、リビングのカーテンも新調して…何と自分で縫ってみたんだよ? 凄いでしょうと、話すことも一杯あった筈なのに。
「………。」
 そんなの全然出て来ないまま、体中から力が抜けそうになる。もっと抱き締めてほしいって、体中が言ってる。逢いたかった、ずっと。電話で毎日お声は聞いてたけどさ、やっぱり違うもん。吐息さえ届かない、電気信号に変換された ただの音だもん。ホントは寂しかったけど、そんなの我儘だから言えなかった。でも、もう我慢しなくていいんだよって。ゾロの方から言ってもらえたみたいで…嬉しくて。
「…ゾロ。」
 頼もしい胸板にこっちからも頬を擦りつけて。きゅう〜んって鼻声で甘えると、
「………。」
 やっぱり何にも言わないままに、もっとぎゅうって身体が浮いちゃうほど抱き締められて。そのまま うなじへと大きな手があてがわれてて、
"あ…。"
 顔が仰向いた途端に。温かい唇が重なって来て、
"ん…。"
 ますますの夢心地に追い上げられた。抱きしめてくれる腕も嬉しいし、求めてくれる行為も嬉しい。深く深く合わさって混じり合い、内側を舐め上げて吸い上げる。少しでも離れるとこっちから追うようにしがみつく。寂しかったの、逢いたかったの…と、沢山々々言いつのる代わりみたいに激しく口づけて。

  ……………とはいえ、

「………あ、ダメ。」
 そんな口づけが少しばかりズレて、Tシャツ姿でほとんど剥き出しになってた首条へとすべって来たのへはさすがに抵抗。玄関ドアが目に入り、軽く押しつけられた背後の壁のその音に、ルフィは別な意味からドキッとした。
"お隣りに聞こえるよう…。"
 とっても仲良しの奥さんは気さくで育ちも良さそうな善い人で、まさか聞き耳を立てているとも思えないのだけれど。それでもね、
「ねぇ、ゾロ。ダメって…。」
 もしかして抑えが利かないほど、こちらも我慢し切れないかもしれないから。何か凄い声とか出しちゃいそうで、それが今から恥ずかしい。
「あ…。」
 さらしてた素肌を這う、やわらかな熱い感触と…きつく吸い上げるちりっという痛みが走って。それだけで萎えそうになるから、
「ここじゃイヤ、ねぇってば…。」
 力で敵う筈がない相手の、大きな背中をそれでも必死でぺしぺしと叩いてみる。
「ねえってば、ゾロ。」
 鼻声が高じて、泣きそうな声になったのがやっと届いたらしく。それでも往生際悪く、キツくキツく首条に吸いついてから、顔を上げて愛しい奥方のお顔をやっと覗き込む。
「ただいま。」
 あらためて…という感じにてのご挨拶があまりにも白々しくて、
「………馬鹿。/////
 真っ赤になって言い返した奥方の気持ちも、何だか複雑である様子。そりゃまあねぇ…。
(苦笑)




            ◇



 世間様はせっかくのゴールデンウィークだったのに、ご亭主は出張中とあって、どこにも出掛けず、お掃除やらカーテン作りやらに没頭し。お友達と会ってお喋りなんかに熱中出来る昼間はともかく、夜になるとなんだか寂しくて。内緒だけれど泣いちゃった夜もあったのに。
「えと…。」
 どうしてだろうね。こうやって本人と向かい合うと、何から話していいやらさえ判らない。スーツを脱いでさっぱりとした普段着に着替えてリビングへと戻って来て、
「おっ。カーテン替えたのか?」
「あ、うん。こんな色で良かったかな。」
「ああ。涼しそうで良いんじゃないか?」
 浅い水色の軽やかな生地を、ちゃんと触って確かめてくれるやさしい人。
「高かったんじゃないのか?」
 カーテンをただの布だと思うなかれ、例えばきちんと長さを測っての誂えなんてものになると、1組でもとんでもない値になることがある。それを知っていたゾロだったのは、企画の仕事で扱ったことがあったせいらしいのだが、
「自分で縫ったんだよ? だから、布地のお金しかかかってないんだ。」
「へぇ〜〜〜。」
 ちゃんと感心してくれるから、ますます嬉しいったらない。まだ明るいけどそろそろ夕方。薄くてもカーテンを引いちゃうと少しだけ暗くなる。そんな窓辺でくるりと振り返り、傍らに恥ずかしそうに立っていた愛しい奥方の肩を引き寄せて、
「じゃあ、俺の方も。約束したもの、渡さないとな。」
 コツンと合わせたおでこ同士。こんな至近から悪戯っぽいお声で囁かれて、
「約束…? ………あ。」
 凛々しいお顔にとろんと見惚れてしまったルフィだったが、こちらもちゃんと思い出したらしくって、
「そうだった。約束っ。」
 ムードも何も吹っ飛ばし、くうんくうんと胸板に擦り寄った。ゴールデンウィークと言えばその締めくくりは"子供の日"であり、その5月5日はルフィのお誕生日と来たもんで。今回のゾロの出張、長さも距離もお初の規模だったが、そんなことより何よりも、その大切な日にかぶさるという事実が一番に堪
こたえた二人だったりするのである。去年は、ほら、サンジが遊びに来たり、ベルちゃんが生まれてそっちのおめでとうで盛り上がったりと、何だかバタバタしていたから。今年こそは二人っきりでお祝いしたいなって思っていたのに。
『こっちに来るか? どこかでディナーでも食べよう。』
 出発前にそんな風に言ってくれたゾロだったのだが、真剣に当たらねばならない大事な企画の真っ最中に気を逸らすようなこと、持ち込む気にはどうしてもなれなくて。
『いい。帰って来たらお祝いしてもらうから我慢する。』
 良い子のお返事をしたルフィであり。ならばならばと、
『じゃあ。飛びっきりのプレゼントを用意するからな。』
 そんな約束をしてくれたゾロだった。
「…でもさ、それって"お土産"じゃないでしょね。」
 出張先の名産品とかだったらちょっとイヤだぞと、ごもっともなことを言い出すルフィへ、
「あのなぁ。」
 いくら何でもそこまでボケちゃあいないってと、大きなのっぽの旦那様が苦笑する。しがみついて来た奥方を軽々ひょいっと抱え上げ、ソファーにぽそんと降ろしてやって、ちょっと待ってなと寝室へ。それから…しばらくして小さな包みを手に戻って来た。
「実を言うとな、出張前に準備しといたんだ。」
「え? でも…。」
 暇に飽かせて寝室だって大掃除したのに。ほいって、目の前へ差し出されたその包みには見覚えがない。ゾロの会社がある街に本店がある、結構有名な宝飾店の包みだから、見れば気がつく筈である。同じソファーのすぐお隣りへ腰を下ろしたゾロはと言えば、
「実は、向こうへ持ってった。」
「向こうって…出張先に?」
 頷くゾロに、だが、ルフィは呆れてしまう。
「落っことしたらどうしたんだよ。」
「そん時はそん時だ。」
 小さな手に受け取らせ、ふふんと笑う強腰な男。買ったのが嬉しくて肌身離さず持ってたかったらしいが、
"そうか、そういう心配もあったな。"
 内心でちょっと冷や汗をかいてる辺り、さては結果オーライだったな、あんた。
(笑) そんな胸中が見える筈もないルフィは、目顔で"開けるよ?"と訊いてから、シックなデザインの包み紙を丁寧に剥がしてゆく。出て来た小箱の中に収まっていたのは小さなケース。それをパクンと開くと…、
「…あ、指輪だvv」
 ビロード張りの内張りに挟まれてちょこんと沈座していたのは、極めてシンプルなデザインのプラチナのリング。
「あまりごちゃごちゃ凝ったのより、こういうのの方が良いかなって思ってさ。」
 ケースから取り出してみると、内側に小さな字が掘ってある。

  《 to Luffy from Z

"うわぁ〜〜〜vv"
 ゾロの方の名前がイニシャルだけなのがちょっと"う〜ん"だけれど、こういう"いかにも"な贈りもの、選ぶだけでも緊張しまくりの照れまくりな彼だったろうなというのが簡単に想像出来て。メッセージの刻印を頼むなんてよく思いついたよな、でもここまでが限界だったのかもなとルフィの口許に苦笑がこぼれる。
「ねね、ゾロが嵌めさせて。」
 細い指先に摘まんでいたそれを差し出され、ああと受け取り、
「…どの指が良い?」
「決まってるでしょ?」
 差し出されたのは左手で、薬指を浮かせて見せる。
「サイズ、測っていったんじゃなかったの?」
「何だ、ばれてたのか?」
 ううんと首を横に振り、
「そじゃないけどさ。」
 何となく、そんな気がした。きっとお店の店員さんに聞かれて真っ赤になってしどろもどろ、測って来ますなんて一度は出直したゾロなのかもって。普通ならそれで懲りたり気持ちが萎えたりするもんだけど、
"ゾロって負けず嫌いだからなぁ。"
 うふふんと微笑って手を差し出す。小さな白い手。でも、
「…なんだ、この絆創膏は。」
 恭しく持ち上げかけて…手首と親指の付け根に結構大きめのものが貼られているのに気がついて、ゾロがギョッとした。
「あ、それ? 土曜のスカイピアとの試合でPKになっちゃってさ。俺、GKだったんで頑張り過ぎてね。」
 グローブは付けてたけど、それでも擦り剥いちゃったと小さく笑う。
「…GK?」
 どうやらサッカーチームの話らしいが、
「お前はコーチだろうがよ。」
 このマンションやPC教室に通う子供達で作っているリトルチーム。一応は"大人"のルフィが選手として参加するのは理屈がおかしい。そう思っての言葉だと、ルフィの側でも重々分かっているらしく、
「練習試合だったんだもん。それに、向こうのレギュラー、ほとんど中学生だったんだよ? ウチのGKくんもゲーム中は凄い頑張ったけど、もう限界って感じだったし。だからさ、監督さんに交渉して特別にね。」
 まま、見た目は"中学生"で通用しそうな小柄で童顔な彼だから、相手側からのブーイングはさほどなかったことだろうが、
「…他には怪我とか抱えてないだろうな。」
 いくら見かけがそうでも、日頃は家事や事務仕事中心という生活をしている身。コーチとしてランニングに付き合ったり、ちょっとお手本を見せるような練習と試合では訳が違う。だからこんな怪我を負ったのだろうし、
"こいつって負けず嫌いだからなぁ。"
 ………そうか、お互い様なんだな、あんたたち。
(笑) そんな腕白な奥方をじっと見つめた旦那様だが、ご本人はお元気そのもの。
「大丈夫だってば。どっこも怪我なんかしてないよ。」
 それより早く早くと急っつかれ、気を取り直して…細い指へするりと贈る。
「………わあ〜。」
 感極まって眸の奥がじんわりして来たほどの嬉しさに、声の出し方を咄嗟に思い出せなくなった。指輪の冷たい感触と、ゾロの指の温かさと。なめらかな銀色に光る細い指輪を、手のひらを表に裏にと何度も返して、小さいけど大きなプレゼントをあちこちから嬉しそうに眺め回すルフィである。アクセサリーの類は"面倒だから"と日頃から一切身につけない彼であるが、こればかりは意味合いが違う。
「何かサ、これってサ。」
 ぽそんと。贈り主さんの胸元へ凭れかかって、視線は指輪にクギ付けになったまま、
「俺はゾロのものなんだぞって、そんな風に言ってもらってるみたいで嬉しいな。」
 どこか恥ずかしそうにこんなことを言い出したルフィなものだから、
「おいおい。」
 そんなつもりはなかったらしく、ゾロが少々鼻白む。
「お前、そういうの嫌いなんじゃなかったか?」
 訊いてみると"ふるふる…"と首を横に振り、
「ん〜ん、そんなこと言ったことあったっけ?」
「いや…。」
 訊かれて逆に返事に困ったゾロは、新しいおもちゃに心奪われて見入っている子供のような、そんな愛らしい横顔を見やりつつ、
"…そっか。"
 何となく気がついたことが一つ。此処に住まい、非常勤とはいえPC教室に勤めていて。お友達も多く、もうすっかりと"自分の居場所"というものを、確固たるものとして把握しているルフィだと思っていたが、まだまだ幾らでも"外からの位置付け"のようなものが欲しかった彼であるらしい。

  ………だなんて、頭が固いというか朴念仁なゾロは解釈したらしいのだけれど。

 ダメダメですよね、相変わらず。あなたからの思い入れという名の束縛が、それはそれは嬉しかったルフィだのにね。指輪を戴いた左手全部が宝物だと言いたげに、右手でそっと包み込み、
「ありがとう、大事にするね?」
 愛らしい奥様は、目映いばかりの笑顔を見せてくれて。こんな小さなものでこんなにも喜んでくれたことへ、
「ああ。」
 こちらも大満足した旦那様であったとさ。



  「でも。"抱っこ"は、晩ご飯食べてからだからね。」
  「………はい。」











  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


 お夕食は、ゴボウやサンドマメを牛肉の薄切りで巻いて甘辛く炒め煮付けた八幡巻きに、小柱とアスパラガスのかき揚げ、鷄のじぶ煮に、カイワレとレタスとミニトマトのサラダ、キュウリとワカメの酢の物と、アサリのお吸いもの。久し振りの美味しい愛妻料理に満足しつつも、
「…ところで、ルフィ。」
「なに?」
 お代わりのお茶椀を受け取りつつ、ゾロは出来るだけさりげなく…と装いながら、
「予備室にあった大きな包みはもしかして。」
「あはは…。」
 訊かれて"気づいてたか"と、奥方が見せたのは乾いた笑いだ。それから…ちょこっと口調がおどおど淀んでしまい、
「サンジが…さ。」
 送って来た、やはりお誕生日のプレゼントであるらしい。
"やっぱりなぁ。"
 そりゃあ まあねぇ。あの人がこんな一大イベントを忘れる筈がないってもんです、はい。
「なんか、新しいコンピューターとプリンターや周辺機器のセットなんだって。お仕事でも使うしさ…。」
 そういや、去年は箱根の別荘じゃなかったか? それに比べれば、今回は無難かもなと思ったところへ、
「そいで、あのね。………別荘の方にも何か届いてますって。」
「………。」
 あの野郎が、と。片方だけ眉を上げつつ、ゾロは浮かない顔になる。何たって相手は超有名なビジネス・エージェント。しがない若手サラリーマンとは身分が違うほど、人脈・資金には不自由していないその上に、この可愛い可愛い奥方を隙あらば掻っ攫うぞと虎視眈々狙ってる、ゾロにしてみりゃ"永遠のライバル"ですもんね。
(笑)
「何かね、日頃目についたものをついつい買っちゃってて、そういうの全部送ったからって、あのその…。」
 せっかくステキなプレゼントを貰ったのに、他の殿方からも何か貰ってたなんて。そこはやはり、何だか報告しにくかったらしい。後ろめたいなと思ってか、語尾が段々に萎んでくルフィに苦笑をし、
「怒っちゃいないって。」
 お前のせいじゃないんだし、と、旦那様は優しいお言葉。ただ、
「確かめに一度行ってみような。」
「うん。」
 これが結構面倒なので、ちょろっとうんざりしただけのこと。
「…ほら、そんな顔しない。」
 しょぼんと肩を落とした奥方に気づいて、おいおいと笑って見せる。
「今度の出張の見返りにってな。明日明後日、報告や申し送りを済ませた後で、有休取ってあるんだよ。」
「…え?」
 顔を上げたルフィに大きく頷いて見せ、
「だから、余裕で行ける。向こうで何日か過ごせるぞ?」
「あ、やったvv」
 打って変わって"にこーっ"と笑った可愛い奥方。この笑顔のためならば、何だって飲んで我慢だ、ロロノア=ゾロっ。


  ――― おいおい。
(笑)






  〜Fine〜 03.5.9.〜5.12.

    *こんな時に何ですが、
     今頃になって、このシリーズに大きなポカを発見しました。
     一番最初のお話で、
     ゾロは"この春から一人暮らしを始めた"と書いてるんですね。
     でも、後のお話では、彼は大学進学を機に上京し、
     一人暮らしはその頃から始めたという設定になっている。
     今住んでるマンションも、
     その時に先輩さんの口利きで手頃な家賃で住まわせてもらったとしております。
     …いやぁ、当初はこんなに続くとは思わなかったしねぇ。
     すみませんです、はい。
     (きっと他にもボコボコあるんだろうな、こういうミス。くっすん)


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