蒼夏の螺旋 “小芋煮染”
 



 黎明の青へ斜めに鋭く切れ込む朝日。その新湯
さらゆのような眩しさが、少しばかり時間を置くと大気に馴染んで。ワンクッションおかれた柔らかな明るさとなって室内を満たす。このところめっきり秋めいて来たせいか、うっかりTシャツ1枚なんて薄着でベランダやら玄関先やらまで出たりすると、てきめん クシャミが出たりしちゃうから。そんなことで“ああ、もうそんな季節なんだな”なんて実感している奥方の見やる先、
“………。”
 頬骨が少し立って、きりりと引き締まった精悍なお顔が、少しほど伏し目がちになって、大きく広げた新聞を黙って読んでいる。よほどのこと、記事に集中しているのか、表情の薄い“無心”という感じのお顔でいるのがまた、有能な“切れ者”ビジネスマンという印象を醸
かもし出しており。新聞とワイシャツの白が起こす淡いハレーションを受けているからだろうか、
“…ゾロって案外と睫毛長いんだ。”
 本人に言ったら“よせ”と嫌がられそうなことへと、ついつい注意の目が行った奥方で。朝の食卓について、なのに…ぼんやりと自慢のご亭主の美貌
(やめれ)に見とれてばかりいるルフィなのではなくて。手の方は、
「…ふぬぬぬぬっ。」
 胸の前に抱えたジャムのビンと格闘中。ガラスのビンに金物の蓋というよくあるタイプのそれなのだが、どういう加減か…そんなにしっかり閉めたつもりはないのに、時々こんな風に機嫌が悪くなる。焼きたてトーストを前に、開かないビンにじゃれてる奥方だと気がついたらしい。ご亭主の注意が新聞から逸れて上がり、お向かいさんの窮状に視線を向けると。かさわさと適当に畳んだ経済新聞を脇に避け、大きな手が伸ばされる。
「貸してみ。」
 肘を大きく左右に張って、ふぬぬと頑張ってる奥方の小さな手が心配だから。それに、パンが熱々の内に早く食べたいだろうにと、ただそれだけの意図しかない旦那様。“ミディアムバリューサイズ”とかいう中型ビンを、大きな手のひらへ軽々と受け取って。薄い蓋へと手をかけると、

  ――― かくん、と。

 ほんの一呼吸の数センチほど。軽いアクション1つで、易々と蓋が降伏してしまう。瞬きひとつしないうち。歯を食いしばりもしないし、せーのと呼吸さえ整えることなく、あっさりと…よそ見しながらでも出来たよなノリで開けちゃったゾロだったのが、

  「………ありがと。」

 ありがたいけど、ちょっと悔しい。ビンを受け取ったルフィの声が低いのに気づいて、どした?と視線を上げたご亭主が、そのまま自分で“…ああ”と気づいたのはなかなかの進歩で、

  「ルフィがさんざん開けようとねじってたからな。」

 そんな直後だったから、間がよかっただけだよと。フォローのお言葉を差し向けながら、にんまり笑う笑顔が、あのね、

  「…うん。///////

 なんだよ、もうっ。朝っぱらからドキドキしちゃうじゃんかよ。/////// じゃあ食べようかと、ゾロの側は炊き立てご飯にお味噌汁と旬の秋鮭の切り身。出し巻卵と細かく刻んだ水菜の浅漬け。ルフィの方はトーストとカップスープに、やっぱり卵焼き。今朝は何だかパンの気分だったそうで、蓋を開けてもらったイチゴジャムをたっぷり塗って、さくりとほかほかのトーストに齧りつく。そろそろクリスマスとかお正月の企画が始まるんでしょ? ああ。去年は大きなホテルのクリスマス向きコーデュネイトだったよね。うん。ちゃんと覚えてる奥方にクススと微笑い、
「今年は“正月”班に回されそうだ。」
「あやや…。」
 大きな総合商社の企画部にいるご亭主は、誠実な人柄から広げた得意先やら受注先の中に、腕の確かな職人さんの工房だとか今やグローバリーな知名度を持つような規模に成長した制作事務所といった伝手を沢山持っているがため、大きなイベントや企画ともなると必ず引き合いがくるという“出世頭”だったりするので、
“そっか。また忙しいのか。”
 企画を立てる側だし、最近は“統括”という進行を見守り調整する立場になることが多い彼なので、あちこちコマネズミみたいに駆け回ることは随分減ったし、当日は結構手が空くらしいが、それでも…身体と気持ちは仕事がらみの“クリスマス”や“年末・新春”に拘束されてしまうから。奥方としてはちょっとつまらない。早い時期から年末モードに入り、そのくせ、ルフィとのクリスマスとか、考える余地はなくなるから。

  “…ま、そこがまたゾロらしくてステキなんだけど。///////

 器用で卒がなかったら、そんなスマートなのゾロじゃないからね。いい子いい子っていなされて、その時はうっとりしたとしても後できっと、結局は寂しい想いをしたんだなって気づいて…もっと落ち込んじゃうかもしんない。第一、卒がないといったって、
“サンジに勝てる筈がないし。”
 こらこら、奥方。誰を引っ張り出しますか、こんな時に。
(苦笑) お代わりどうぞと手を出して、受け取った大きなお茶碗にふわりとご飯をよそって差し出せば、
「………? なに?」
 お茶碗を受け取ってもまだ、こちらを見やってるゾロに気がついた。ほのかに口許がほころんでいるので、ルフィが自分の口の回りにパンくずでもついてるのかなと思い、手の先で払うみたいに口許を擦ると、ますます笑って、
「違うって。」
 勘違いへとかぶりを振って見せ、
「今年のクリスマスの予定、早いトコ決めとかないとなってな。」
 そう思っただけだと言うもんだから、
「…何だよう、それ。」
 俺の顔見て思うことなの? 変なのと言い返せば。変なことじゃないさと、そこはゾロも言い返して来て、
「今から意識しとかないと。物によっては、十二月に入ったらすぐにも予約しないといけなかったりするだろうが。」
 ホテルのディナーから特選お取り寄せや限定仕様のプレゼントまで。さすがは“商社マン”だから、その辺の事情には通じていて当然なんだけれど。

  “う〜ん。///////

 あのね、これって贅沢なのかな。大切にしてもらえているんだろけど、やっぱり手回しの良いゾロってらしくないような。色々とうっかりしていて、それへと“しょうがないなあ”ってこっちが苦笑
わらってって言うの、ここんとこ凄い減った。夕方には毎日“今から帰るよ”とお電話くれるし、出張すれば寝る前と朝一番にメールくれるし。昨夜なんかサ。ベッドの下へ転がっちゃったドロップの缶の蓋。覗き込みながらハタキの柄とか突っ込んで、届かないようって困ってたらサ、ひょいって…まだルフィが座ってたごと、ベッドをずらしてくれて取ってくれたし。今朝だって、天井近い釣り戸棚の中から、蓋が青いタッパウェアって言っただけでちゃんと取ってくれた。入れる時はひょいって放り投げてるんだけれど、取り出す時はルフィの背丈だと椅子が要るのにね。だから…見えなかったから、そこに入ってるかどうかも怪しかったんだのにね。凄っごく嬉しいんだけど、でもね、何だかね、他所の旦那様のぐうたらさが羨ましいなんて言ったら…罰が当たるのかなぁ。


  ――― これ全部 夢だったらどうしよう。


 おいおいおいおい。
(笑)
“だって、こんなの訝
おかしいもん。”
 ゾロって、女の子とも交際経験ないんだよ? なのにサ、至れり尽くせりで。お買い物先でいつも会う奥さんたちは、自分トコの旦那様へ“かまってくれない”とか“自分の前ではだらしない”とか、いつもそんな風に言ってるのにさ。トーストを齧るペースが落ちたからか、鮭の身をほぐしてた手を止めて“んん?”と顔を上げたゾロへ、

  「う〜〜〜〜〜。///////

 何と言ったら良いんだろうか。こんなのへ不満を言うのって、それこそ我儘なのかなぁって。


  ――― どうしたよ。
       う…ん。なんかさ。
       うん。
       ゾロって狡い。
       はぁあ?
       そんな手も大きいし、背丈もあるし、力持ちだし。
       ルフィ?
       そんなな上に、気遣いまでなんてサ。
       ル〜フィ。
       苦もなく何でも出来ちゃえるんだもん。狡い。
       あのな…。


 お茶碗から最後の1口を、パクリと口に放り込み。ん、とよく噛んで飲み込んでから席を立つと。大きな旦那様、テーブルの縁を回ってこっちへやって来る。やっぱり叱られちゃうのかな。朝っぱらからこんな判らない駄々こねてって。カップをテーブルに戻して、ちょっとだけ神妙に待ち構えてると、

  ――― ふわっ、て。

 椅子ごと向きを変えさせられて、あ…って思った時にはもう。屈み込んだゾロの腕の中、軽々と抱えられてた奥方で。…いや、椅子は置いとかれましたけど。
(笑)
「えと…ゾロ? ////////
 慣れた手際で、小さな肢体をすっぽりと、自分の懐ろに掻い込んでしまい。覗き込んで来たお顔は…擽ったそうに笑ってる。

  「何だよう。」
  「うん…小さい頃のこと、思い出した。」
  「小さい頃のこと?」
  「ああ。覚えてないか?」

 キャッチボールもドッジボールも。こんな やわい球投げて、ゾロ本気じゃないってすぐ怒ったろ。………そうだったっけ? 本気で投げる訳に行かないじゃないかって言ったら、そんなのイヤだって地団駄踏んで真っ赤になって物凄く怒ってサ。後で聞いたら、エースはいつも本気で投げてたんだって? …そだぞ、試合用の真剣本気までじゃなかったけどな、こっちが吹っ飛ぶくらい思いきり相手してくれたぞ、と。むむうと膨れる可愛い奥方。確かにネ、女の子じゃないんだから、手加減なんてしちゃあいけなかったのかもしれないけれど。その頃から可愛かったルフィだったからサ、怪我をするんじゃないか、痛いようって泣くんじゃないかって、そう思ったら腕が萎縮した。それと同じこと、今また繰り返してる自分たちなのかな。だったら、今度はちゃんと言わなきゃいけないのかな。何でそんなことをしたのかって。あの頃のやっぱり子供だった自分みたいに、照れ臭いからって黙ってちゃあいけないのかな。


  ――― 怪我させたりするのが怖かったし、
       嫌われるのはもっとイヤだったからなのにな。

       ………え?


 小さくて、なのにいつも笑ってた、お日様みたいで可愛かったルフィのこと。一杯守ってやりたかったし、お助けしてもやりたくて。今は そういうの全部、俺だけの役目だっていうのが嬉しくて仕方ないのにさ。それでなくたって、さんざん泣かせたし、もう そういうの無しにしなきゃって頑張っているのにな。丸ぁるいおでこに自分の額をこつりとくっつけて、腕の中の宝物を覗き込む。離れ離れでいた間も、やっと再会出来て一緒に暮らし始めてからも。寂しい想いを沢山したクセにね。なのに、それぞれの間を一緒にいた、サンジやゾロに悟られないようにって。表向きは笑って見せて、こっそり我慢してたルフィだったくせにね。もうすっかりと忘れてる。それってサ、君のこと幸せに出来てるからだって思って良いのかな? そんなこんなと思いつつ、うりうりとおでこをぐいぐい押すと、

  「…う〜〜〜っと。///////

 頬を真っ赤にしている小さな奥方、やっぱりすっぱり忘れてる。さんざん泣きもしたのにね。今じゃあ優しい旦那様に不満を持っちゃうなんて、これってやっぱり“幸せボケ”なのかなぁ?


  ――― うっと、あのな。
       うん。
       カッコいいゾロなのは俺も嬉しい。
       う…ん。(カッコいいってのはちょっと…。//////
       でもな、あのな、俺としてはサ。


 甘えん坊だけど、いやいや…甘えん坊だから、そういうのへ敏感なのかな?

  「負けるのは嫌だからサ。」
  「…はい?」

 ちっ、しょうがないなぁって。ゾロってば気が利かないんだからっていうのが減ったのが悔しいだけだ、と。相手の懐ろに大切そうに抱えられたままで、大威張りで言ってのけちゃう…ようなことなんでしょうか、それってば。
(笑)
「もっと沢山お世話焼きたいんだもん。なのに、最近はゾロの方が一杯お世話焼いてくれてるし。」
「…そうだっけ?」
 そうだと踏ん反り返られて、ごめんよ気がつかなかったと、だからそこで謝るか? 相変わらずに甘いご夫婦。どうでも良いけど遅刻しないか? 朝っぱらからラブラブも良いけど、出来れば急いで“現在地”へ戻って来なよ?
(苦笑)




  〜Fine〜  04.10.19.〜10.20.

  *カウンター 153,000hit リクエスト
     ひゃっくり様『ゾロに惚れ直すルフィ』


  *ウチの方々ってば、
   気がつくとどいつもこいつも相手にべた惚れだったりするもんだから。
   思いっ切りベタベタさせてみたらば、
   別人28号なゾロになってしまったような気がしております。
(う〜ん)
   まるでサンジさんが憑いたみたいで、
(こらこら)
   ルフィとしては却って怪しむんじゃないでしょうか。
   もしかして浮気してないか? とか。(
あっはっはっはっvv
   一番の問題は…これって“惚れ直して”ることになんだろうか?
   方向性を間違えることへ思いっ切り挑んでしまいました。
   ひゃっくり様、お待たせした上にこんなですいません。(滂沱
ぼうだ〜)


  *内容の乙女チック加減をタイトルで相殺しようと試みてみましたが、
   これも却って失礼だったかも?
(うう…)
   このシリーズのタイトルは愛用の季語集から探してつけてるんですが、
   ちなみに、今回のは正確には“芋煮染”です。
   定番の肉ジャガも良いんですが、
   この時期は里芋でのお煮染めが、やっぱ美味しいんですよねぇvv
   鷄とかタケノコとか入れても美味しいし、イカと煮ても美味しいvv
   ………で。
   そこに“毬藻祭”というのが秋の季語として載ってまして。
   『10月の9、10日に阿寒湖で催される祭り』だとのこと。
   まりも祭り…ってそんな、季語になるほどメジャーなことなのか。
(笑)

ご感想などはこちらへvv**

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