蒼夏の螺旋 “星冴凍夜”
 



 お正月までが暖かだったせいか、これが例年並だという寒さが物凄く堪えてしようがない。
「都心に雪が積もるほど降るのも、ここ何年かはそうそう珍しいことじゃあなくなったしな。」
「へぇ〜、そうなんだ。」
 自分たちは北の土地出身なせいか、毎年降るのを見て当たり前な冬空からの来訪者だが、東京では一昔ほど前には降らない年だってザラにあったのだそうで。
「だから、雪に滑って転んで骨折する人が出るし、テレビのニュースでもそれをトピックス扱いにして言うんだよ。」
 宮城の出身で、雪道や極寒期の装備には結構慣れてるもんだからピンと来なかったけれど、
「そういや 向こうではそういうのって無かったよね。」
 それなりの靴だってあるし、歩き方だってある。そうだってことに子供の頃から馴染んでる。だから、雪に滑って怪我をするなんてことは滅多にないし、あったとしてもわざわざニュースで報じられたりはしないこと。
「日本って広いんだね。」
 しみじみと感心して“うんうん”なんて頷いて見せる小柄な少年の傍らで、何を今更という苦笑が絶えないでいたゾロだったが、
「ぱふ〜んっvv」
「おうっ。」
 不意を突かれて背中から凭れかかられ、ついのこととて頓狂な声を出している。薄型大画面テレビを据えたリビングに陣取っている二人であり、ソファーの前のローテーブルには、奥方特製の夕食が並んでいて。いつもならテレビを観ながらの食事なんてご法度なのだが、今夜だけは特別。ご亭主が会社に出掛けていた間に催されたとあるビッグイベントがあり、
『ちゃ〜んと録画したからね。』
『ありがとな。』
 会社から帰って来たダーリンへの、玄関までのお出迎えで交わされたご挨拶からしてこれだったほど、それをお楽しみにしてもいた………と来て。あっと気づいたあなたは、ウチへの常連さんですね?
(苦笑)
「結果、言っちゃおうっかな。」
「くぉら〜。」
 悪戯っぽくクススと笑った奥方へ、半分くらい本気でチロンと恨めしそうな眼差しを向けるご亭主だったが、そんな態度を取られることさえ予測済みだったのだろう。口許をにっぱりと横へ引き、ますます楽しそうな笑顔を見せて、
「う・そ。だって、俺もまだ観てないし。」
 だから、自分もゲーム展開もどっちが勝ったのかも全然知らないのと、ルフィがすらすら言ってのける。
「え?」
 相変わらず関心がないままだからか? そうと思ってだろう意外そうな、だったらまたぞろ退屈させないかと少しばかり窺うような。そんな心配そうな表情を、その男臭いお顔へと浮かべたゾロへ、薄い肩を引っ張り上げるように窄
すぼめて見せて、
「絶対に我慢出来なくなって話しちゃうって思ったからさ。」
 そうと言ってジャジャ〜ンと両手に握って取り出したのは、割り箸にB5ほどの紙を貼って自分で作ったらしい2種類の小旗。片やにはグリーン地に鷹の横顔、もう片方には神話に出てくる兵士みたいな男の横顔という、それぞれのチームのマークが刷られてあって。
「どっちも好きなチームだからサ、両方作っちゃったし♪」
 応援する気満々という構えの奥方の、いかにも無邪気な屈託のなさへと、
「ルフィ…。」
 あらためて惚れ直してしまったお目出度いご亭主だったそうである。






            ◇



 元旦のお話以来ですねvvの、こちら様。働き盛りで、しかも体育会系熱血派だもんだから。取引先もご贔屓筋も、地道 且つ 着実に誠意で粘って増やしまくって、気がつけば実績上げまくりのやり手のご亭主は、お名前をロロノア=ゾロといい、
「画面に熱中しちゃう気持ちは分かるけど、ちゃんと温ったかい内に食べてよね。」
 今夜のはゾロの実家のおばさんが送ってくれた特別な地鷄なんだからねと、ふっくら柔らかそうに照り焼いた和風のローストチキンとオニオンフライをメインのお皿に。中鉢には角天ぷらとインゲンとジャガ芋の煮付け、サラダはあっさりコールスローと冷やしトマト。汁ものにはワカメとかき玉のお澄まし…というメニューを並べ、さてさて、
「それでは、試合開始で〜すvv
 仰々しくも宣言し、リモコンを操作する小さな少年、お名前はモンキィ=D=ルフィといって、年の離れた従兄弟同士のお二人さん…ってだけの間柄ではないのは既に皆様におかれましても広く深くご承知でしょう彼らであり。これ以上の詳細の方は…既作をご参照くださいませとして。
こらこら 相変わらずに仲睦まじいご様子であるようで、今夜は仲良く、午前中に衛星生中継されていたスポーツ中継の録画ビデオを一緒に観戦する模様。画面をビデオへと切り替えたものの、
「…ありゃりゃ?」
 いきなり画面に広がった目にも鮮やかなグリーンは、だが、お目当てのフィールドのものではなかったものだから、
「え? え? どうして? なんで?」
 ルフィが“何だ何だ?”と慌ててしまう。彼らがわくわくと待っていたのは、もう薄々お気づきですねの“NFLアメリカン・フットボール”の、それも、全米ナンバーワンを決める頂上決戦、またの名を“スーパーボウル”というビッグゲームである筈なのに、画面に映し出されていたのは…スポーツはスポーツながら、なんとゴルフの中継ではなかろうか。
「なんで? なんで? まさか…チャンネル間違えたのかな?」
 だとしたら こんなおドジはないぞと、お顔が真っ赤になった小さな奥方へ、
「ほら、落ち着きな。」
 すぐお隣りから長い腕が伸びて来て、宥めるようにすっぽりと肩を背中を抱え込まれてしまう。
「画面の隅に“BS1”って出てる。チャンネルは合ってるよ。」
「あ、ホントだ。」
 でも、じゃあなんで? 画面に出てる時間も…間違ってはいないのに。テーブル下の棚に押し込んであった今日の新聞を広げたルフィが確かめてみた時間にも、やっぱり間違いはない。朝の8時5分から昼の0時29分までの放送予定へ、延長するかもしれないからと午後1時半までという余裕を持たせてセットしたのに? やっぱり納得が行かないと、ドキドキしていた奥方が、思わず“あっ”と声を上げたのは、
「“中継をこのまま続けます。BSニュースは 8:10からお届けします”?」
 そんなテロップが画面の上の方に出たからで。も一度 見やったテレビ欄によれば、お目当ての試合の中継直前に、何とこちらは“PGAゴルフ”の最終日の中継が入っており、ちょうど今、その勝者を決める最終ホールを中継中なのらしくって。
「んもうっ!」
 びっくりしただろうがっと。憤然半分、安堵が半分、鼻息荒くふんっと大きく息をついたそのまま、こてんと、間近になっていた旦那様の懐ろへ転がり込んで、まだ赤みの残る頬を埋めたりするところなぞ、可愛いこと限りない奥方であったりするものだから。

  “照れちゃって・まあvv

 もしかして録画を失敗したのかな。あんなに胸張って“任せて”って言ってたことなのに。そりゃあサ、遅くにBSと民放とで録画放送があるからね、全然全く観らんなくなった訳ではないのだけれど。こんな簡単なことさえ出来ないなんて、そんなの恥ずかしいじゃないか。どうしようどうしよう…。/////// 1分もなかったほど短い間に、そんな想いでくしゃくしゃっと翻弄されてしまった自分さえ恥ずかしいようと、天の岩戸にお日様のようなお顔を隠してしまった愛らしい少年。確か昨年は、夜中の放映を熱中して観入ってたゾロに、相手をしてくれないとさんざん拗ねて、しまいには不貞腐れて寝てしまった彼が。今年はネ。ちゃんとルールも覚えて、試合自体も幾つも観戦して、何だ面白いじゃんかと開眼し、ゾロに負けないくらいに楽しみにしていたほどであり。
“…ホンット、いい子だよな。”
 いつだって何にだって、前向きに構えて立ち向かう子。嫌いなことなんて苦手なものなんて、頑張って当たってみて“得意”にしちゃえば良いだけのことだと、何にだってそんな考え方をする子。元々の気性もそんなではあったが、それに加えて…自分の力ではどうすることも出来ない、半端ではないクラスの“絶望”というものに7年間も付き合わされた彼だからこそ、そんな頑張りを億劫がらない頼もしい子でもあって。
「あ、ほら。始まるぞ?」
 観ないのか? んん? 自分の懐ろを覗き込みつつ、襟足から覗く細っこい首条を指先で擽れば、素直にじゃらされて“やだやだvv”と明るく笑いつつこちらを振り仰いでくる愛しい人。そうしてそして、
「ホントだ。じゃあ、早くご飯食べちゃわないと。」
 何たって長丁場だからねと、すっぽり収まってたゾロの胸元からとっとと身を起こし、傍らまでワゴンに乗っけて持って来ていた電気ジャーの蓋をぱかりと開けている。
「ゾロはご飯、後にする?」
「あ、ああ。」
 それは手際よく自分のお茶碗にサクサクとおしゃもじを差し入れて、ふんわりとと言うよりもぎゅむぎゅむとご飯をよそっているお顔が、打って変わって楽しそうで。
「はい、チュウハイどうぞvv
 冬場はこれを最近の定番にしているご亭主の晩酌の、ライムサワーを作る手際も慣れたもの。お茶碗とグラスで乾杯し、さぁさ観ましょうと画面の方へ注意を向ける幼い横顔へこそ、ついつい注意が行ってしまう今年のゾロさんだったりする。
“………。”
 もしかして、この同居を始めていなければ。この、愛らしい従兄弟との再会が果たせていなかったなら。自分はそもそも、こんな風にスポーツ観戦なぞしていただろうか。体を動かすのは半ば習慣から身についたことであり、鍛練も試合も苦ではなかったがそこまでのものだったし、剣道ではない他のスポーツにも理解や認識はあったが関心まではさほどなかったような。
“………それだけじゃないよな。”
 例えば。先日来から室内にほのかに漂うとある匂いがあって。その甘さから、間近になったイベントに気がついた。春夏秋冬、四季折々の様々なイベントを検討する“企画部”に籍を置きながら言うのもなんだけれど、実は年中行事には疎
うとくって。何の日なのかときっちり提示され、締め切りまでに何か考えて来いと尻を叩かれないと、バレンタインデイどころか、盆と正月やその前後の大騒ぎにだって前以て気づくなんて出来なかったろうほどに、そう言った“風物詩”に関心がまるきり無かった、とんでもない青年で。学生時代からこっちの、そういった行事の数々には、自分が紛れていた人々の群れが、ぼんやりしていたって連れてってくれたから辿っていられただけだったような気さえする。
“小さい頃はそうでもなかった筈だけれど。”
 凧揚げをしたり花見に出掛けたり、頭が重くてどうしても逆立ちするてるてる坊主を作ったり。花火にプールにと忙しかった夏休みも、ドングリを拾ったりした秋の山歩きも…と、季節毎にそれなりの思い出があるのにね。それらにしても必ず誰かが傍らにいたこと、最近になって気がついた。彼がいたから、彼が精力的に引っ張り回してくれたから、味わえた四季であり楽しさだったこと。そして…彼と一緒でなければ、ちっとも楽しくなんかなかったこと。

  ――― それが、今はどうだろうか。

 このところ…二月に入ってからの毎日を、この甘いチョコレートの香りに出迎えられていることへ、

『ああそうか、例の日の準備みたいだな。練習かな、でもこうまで毎日ってのはしつこくないか? それに自分は甘いものが苦手だって、彼も重々知ってる筈で。待てよ待てよ、もしかして、俺へのっていうんじゃないのかな? じゃあ誰へのだよ。まさかあいつにって作ってて、一番上手に出来たのを空輸するってのかな? それともPC教室の子供たちへって分けてやるのを作ってるのかな?』

 それこそ ここまでの人生の中で上手に培って来た“鉄面皮”によって、内面をきっちりと隠し果
おおせてる…無粋で無関心そうなお顔の下にて。実は実はそんなこんなをやきもきと、落ち着きなく案じていたりする、ちょっぴり小心な自分がいる。本人に訊けば良いことなのにね。そんなすると、せっかくの可愛らしい企みに水を差すような気がすると、この、長年“剣道一直線”だった男がそこまで洞察出来るようになってるところが、恋の力の物凄さvv こんな風にやきもき出来たりするだけでなく、お仕事の方の各種イベントへのアイデアが浮かんだりするのだって、もしかしなくともルフィという大切なの存在のお陰様。誰か大切な人を、喜ばせたい幸せにしたいと、それをこそ至福だと思える気持ちがあればこそ、こんな朴念仁な自分にだって心弾むイベント企画が理解出来るし、もっと良いものをと綿密緻密なプランを思いつけるようになった。甘くてコクが深くておいしいチョコのように、どんな時にでもやさしく思い出して貰えるようなものにしたいから。一過性の奇抜なものではなく質の良いものをと、間違いのないものを手に取れる、ちゃんと選べる感性が育まれた。

  “ホントだったら、そんなの柄じゃなかった筈なのにな。”

 自分の中の“大切”の筆頭であり、失いたくはない思い出たちにでさえ いつだって不可欠な君。たくさん泣かせたりもしたのにね、大好きだよって見上げてくれる、優しくて愛惜しい君。

  「なあなあ、今年はどっちが勝つのかな?」
  「さあなぁ。判官びいきで行くならイーグルスを応援したいところだが。」

 常夏フロリダも陽が落ちれば多少は寒いのか、スカジャンでむくむくになった観衆が多い中、それでも熱気は一杯のスタジアムをテレビ画面に眺めつつ。両方のチームの手旗を無邪気に振っている小さな奥方を懐ろへと抱き寄せながら、楽しい夕餉を堪能することとなったご亭主様でございます。………ルフィがはしゃぐ様子ばかりじゃなくて、ちゃんとお料理の方も味わいなさいよ? この果報者がvv












  〜 おまけ


 ビッグゲームの方は、古豪のペイトリオッツが巧守にて、若いイーグルスの追随を24対21という カウントにて何とか引き離して連覇して。さてさて、それから1週間後のバレンタインデイ当日、14日の月曜日がやって来た。

  「………お。」

 晩餐の皿たちが並ぶその真ん中へ、薄く削ったチョコレートをその全身にまとった“シフォンケーキ”たらいうのが、大きめの1ホール。お誕生日会のテーブルよろしく、デンと乗っかっていた、ロロノアさんチの晩ご飯の食卓であり。会社で貰って来たらしい、チョコの包みが一杯詰まった紙袋を差し出しながら、
「…これ。」
 訊くのを皆まで言わせずに、

  「俺が焼いたんだぞvv 凄いだろ?」

 どーだ参ったかvvと、まだエプロンをまとったままの薄いお胸をむんと張るところが何とも可愛い奥方で。そんなルフィに一瞬見とれていると、
こらこら
「全部食えなんて無理は言わない。でも、1口で良いからちゃんと食えよ?」
 偉そうな命令口調ながら、大きな眸は落ち着きなくキョロキョロリ。まずはと薄い目に切り分けた1切れを、取って置きのケーキ用の小皿へと載せて“どーぞ”と一番に差し出すものだから。ゾロの大きな手で持つと玩具のように見えるフォークが、半分に切ってすくい上げ、そのまま あんぐと口の中。そこまでを…恐らくは自分でも気づかぬまま、胸の前にて両手を握り込み、まるでお祈りでもするかのように息を詰めてじっと見守っている様子が、本当に本当に愛らしい奥方へ、

  「…うん、旨い。」
  「ホント?」

 嘘なんかついてどうするよ、このくらいの甘さなら平気だし、スポンジがあっと言う間になくなって、まるで店で売ってるケーキみたいだ。これでもイベント用のスィーツの味見もしている関係で、全くの食わず嫌いではなくなっている身だからこそ、
「ほら、Q街の“らふてぃ”のケーキ。あれに負けてないぞ?」
「…それは言い過ぎだよう。///////
 でもでも凄げぇ嬉しいvv あのね、内緒で一杯一杯練習してたんだ。あ、練習台にって作ったのは、自分でおやつにちゃんと食べたからね? ふかふかになるまで、コツがなかなか判らなくて大変で、でも、トリュフチョコの詰め合わせは、他の人から貰って来るのと一緒だからヤだったんだと、ちょっぴり興奮気味に話す奥方へ、そんなお顔を見やる眼差しこそ甘く甘く蕩けそうになりつつ。幸せを思い切り頬張っていなさるご亭主でございました。いやはや、御馳走様でしたvv




  〜Fine〜

  *カウンター164000hit リクエスト
     ひゃっくり様『蒼夏の螺旋、バレンタインデーのお話を』


  *またぞろタイトルと中身が合ってないお話になっておりますが。
   相変わらずに甘いばっかなお二人なようです。
   こんなお話でいかがでしょうか?
うふふんvv

ご感想などはこちらへvv**

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