蒼夏の螺旋  “余寒遅春”
 




    ――― ゾロと喧嘩した。





晩ごはんの後、しばらくは あれこれお喋りに付き合ってくれてたのに。
遅くなってからのずっとずっと、スポーツのテレビ観戦に夢中になっちゃってサ。
ねえ、どっちの攻撃?って話しかけたのに返事がおざなりだったから、
このぉって思って…お膝に上がって、
画面との間に割って入って邪魔してやろうって思ったのに。
しまった、体格が違うから。あっさりと懐ろの奥へ引き込まれちゃって効果なし。
そりゃあさ、
ベイトリオッツっていうチームのタッチダウンが決まりそうな展開だとかで、
それでつい、画面から目が離せなかったらしいんだけれども。
アメフトなんて、俺にはまだよく判らない。
サッカーとかラグビーみたいにサ、
たかたかたかってフィールドを思い切り走るスポーツならまだしも、
あんな…途中で何度も何度もプレイが止まるわ、
そうかと思えば、押しくらまんじゅうばっかやってるわ、
どっちが攻撃なのかも分かりにくい、
何だかややこしい競技だから、ルールとかもなかなか覚えられないしさ。
アメリカからの中継になるから、
今日のこれは朝の8時台からやってたらしいけど、
その前のずっとは夜中にばっかやってたし。
相手してくれないんだったら もう良いもんねって、むっかり不貞腐れて。
ちょこっと暴れるみたいにしてお膝から降りると、
さっさとお風呂に入って、先にベッドに入っちゃったの。
もう寝てやるんだもんねって。ゾロなんか知らないって。


  ……………………………。


………もうもうもうもう。
ゾロってば、まだ寝ないのかなぁ。
大体サ、中継"録画"なんだよ? もう結果は判ってる試合だよ?
スポーツニュースとかを見ればどっちが勝ったか判るんだよ?
もうもうもうって、苛々しながらも じっとしてたら、
リビングの方からの音がやっと消えた。テレビ消したみたいだ。
そいから…なんか静かなままで。
少しして、バスルームの方でごそごそって物音がして、
程なくしてシャワーの音がした。
あ、シャンプー、さっき切れちゃったんだ。
詰め替えのが どこに収めてあるか、ソロ、覚えてないだろに。
思い出して ガバッて起きかかったけど、ちょっと待て。
良いもん、ゾロなんか困れば良いんだもん。
そうと思い直して知らん顔を決め込む。
髪の毛短いんだから、ボディソープでだって間に合うだろしさ。


  ……………………………。


しばらくすると、シャワーの音が止まって、
二枚合わせのスライド扉を開け立てする音がしたから、上がったみたい。


  ………何か随分と静かだよなぁ。
       ゾロって一人だと何も喋んないんだな。


………あ、そっか。
一人だから喋んないのか、えっとえと。////////
足音がしないから分かりにくいんだけど、キッチンに向かったのかな。
大体さぁ、忍者じゃないんだから自分家ン中で足音させないってのはどうよ。
オレばっか ドタバタしてて、行儀悪くて うるさいみたいじゃんかサ。
あ、冷蔵庫を開ける音。
寝る前にビール飲んじゃダメっていつも言ってるのにな。
きっと俺がいないから、そういうことうるさく言う人がいないからって、
そいで飲んでるんだ、絶対。
ふ〜んだ、もう明日っから冷蔵庫に冷やしといてやんないんだからね。
俺の好きなアイスクリームとか、ババロアとか、
コンビニデザートばっか詰めとくんだからね〜だ。


  …………………………あっ、と。


ドアが開いた。
何か…隠れんぼしてるみたいな感じする。
なんで、息を呑んでわざわざ寝たふりしなきゃなんないんだろ。
別に起きてたっていい筈なのにね。
お部屋に入って来て、明かりも点けないままでベッドに近づいて。
反対側のお布団をめくって、上がって来て。
マットレスがゆさって少し沈んで…静かになった。





  …………………………って、ちょっとぉ。


それってどういうこと?
声くらい掛けてくれたって良いじゃんか。
おやすみとか、もう寝たのかとかさ。
こっちも じぃって壁の方を向いてるんだけど、
きっとゾロもあっち向いて寝てるって、何でだか判る。
なんてのか、気持ちとか温かさとかが背中のアレだしさ。
素っ気ないっていうか、こっち向かないで"寝る"って方に向いてるって判る。
俺の顔も見たくないって言うの?
そんなこと思ってるの? それって、なんかサ…。


  …………………………え?


もしかして………怒ってるのかな、ゾロ。
晩酌にってビールも出さないで、テレビ観るの邪魔して。
小さい子供みたいに我儘な駄々こねて、さっさと寝ちゃって。
シャンプーだって自分さえ間に合えばってズボラして補充してなくて。
冷蔵庫の半分くらい、コーラとかプリンとかヨーグルトとかで一杯にしてて。
こんな奴とは口も利きたくないって?


  ………そんなのは嫌だよう。


何か、肩とか背中が寒くなって来て、
どうしようかって凄いドキドキして来た。
お前なんか離婚だって言われちゃうのかな。
…ああ、まだ結婚してないのか。馬鹿だな、俺。
でも、出てけって言われるかも知れないな。
そうなったらサンジんトコにしばらく居させてもらおうか。
でも、サンジんトコは遠いから、
ああそうかい、帰って来る気もないのかって、ますます嫌われちゃうかも。
どうしよう、ゾロに嫌われちゃったら、俺………。
どうやって生きてけばいいの?
一番好きなのに、好きで居ちゃいけなくなるの?
どうしよう、どうしよう、どうしよう………。


  ――― そしたらね。


背中の方で がさこそってお布団を擦る衣擦れの音がして、
マットレスが ふさん・ぎしって一回揺れてから、
長い腕が手際よく伸びて来ると、こっちの体をクルンて回しもって、
あっと言う間に、良い匂いのする懐ろへくるみ込んでくれた。そいでね、
「どうした?」
向かい合ったゾロがね、訊いてくれたの。
「寒いのか? それともお腹でも痛むのか?」
って。


  ………………え?


何にも言ってないのに。
くすんとさえ、声はまだ出してなかったのに。
なんで判ったの? 心細くなったこと。
腕の中から"きゅううん"って見上げたら、


  「早く寝たかったろうのに付き合わせてゴメンな。」


ゾロってば そんなこと言うの。
どうしてゾロが謝るんだようって、
すっかり反省してたのにって思いつつ見上げてると、


  「明日はPC教室の日だもんな。」

  ………はい? なんですて?


そういえば…そうだけど。えええっと?
まだ良くつながらなくて、声を返せずにいたらばネ、
なのに、夜更かしにギリギリまで付き合ってくれてたもんな。
ルフィはまだアメフト良く判んないのに、説明してやりもしないでゴメンな。
そんな風に言ってくれて、背中をよしよしって撫でてくれるの。
ビールの匂いもしないから、きっとミネラルウォーターを飲んだんだな。


  ……………………………。


やさしいゾロ。きゅうって抱っこしてくれるのが凄んごい温かい。
そうだよ。ゾロって俺には、俺にだけは凄んごい優しいんだよ?
小さかった頃からずっと、大人になってもこんなに。
俺にだけ優しい、頼もしくって素敵なゾロ。
なのにゴメンね。
俺、この頃、凄い ご−まんだったね。
ゾロのことが大好きなのに、一番大切なのに。
それを忘れて…大事にしないで、自分ばっかり甘えてた。
お鼻の奥がツンってして来たけど、泣いたら心配させちゃうからね。
頑張って元気な声出すの。
全然大丈夫だよって言ってから、


  「ねぇねぇ。」
  「ん〜?」
  「試合、どっちが勝ったの?」


訊いたらね、パンサーズが負けた、だって。
新興のチームだったから、
それと粘り強くて、最後まで諦めないで食いついてたから、つい応援してたのにって。
よく練られてる強豪チームにはやっぱそれだけの長ってのがあるのかなって。
仕方がないなって言い方だけど、ちょっと口惜しそう。
だったから、


  「来年頑張れば良いサ。」


それまでには俺もルールとか覚えるからねって。
一緒に応援しようねって。
そう言ったら、ゾロ、そっかって嬉しそうに もっとぎゅううって抱っこしてくれた。
早く来年になれば良いねって、まだ二月なのに気の早いこと言ったらサ、
ゾロが可笑しいなってくつくつ笑ってくれて。



  ――― さあさ、早く寝ないとその来年も来ないよ。
       いい子はとっとと、おやすみなさい…vv




  〜 Fine 〜  04.2.17.


  *思い切り一度消してしまいました、ええ、上書き操作のミスで。
   真っ青になったのは言うまでもありません。
   わたしの馬鹿。
(笑)


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