蒼夏の螺旋
  
 
秋陽宵月
 

  今年の夏は記録的な冷夏で、殊に東日本は雨続きで気温もなかなか上がらなかったから、何だか妙に長かったような気もしたが。それを補うかのごとく、九月に入って少しして、東京にもお待たせの真夏日が続いた。
"待ってないって。"
 あはは、まあまあ。
(笑) 季節感が関係あるようで無いような。数カ月後に開催する企画へのプランニング…という微妙なお仕事をしている彼にしてみれば、季節を先取りしてその"予測"を立てねば、この夏の様々な企画が大外れした他の課や班の方々と同じ憂き目に遭いかねないなと。他人の苦衷に自分の用心を見るような、そんな慎重派になった模様。
"元から冷静だぞ、俺は。"
 冷静なのと慎重なのとは微妙に違いますってばさ。筆者とのんびり会話しているこの御仁。只今、乗換駅のホームにて、自宅への"帰るコール"を携帯電話でかけているところ。今時、よほど帰りが遅くなる未成年者ででもない限りやらないことを、まだ陽も高い初秋の夕方に律義に続けているから…相変わらず奥方にぞっこんでいらっしゃる模様。少しでも早く声が聞きたいし、家事の段取りの助けになるならと、手間を惜しまぬ"奥様奉公"を欠かさない。相も変わらぬ愛妻家だが、パッと目には…そういう雰囲気ではないから、周囲を通りすがる帰宅途中の女子高生たちなんぞは、その精悍な男ぶりに視線を奪われ、気を取られ、ついつい自分が乗り込む筈だった電車を二、三本、見送ってしまう始末だったりもするほどだ。

 例;「きゃ〜〜〜vv 今日も逢えたようvv」
   「ユッコ、ダメよっ。落ち着いてっ。大きな声出しちゃダメっ。」
   「ああ、だってステキなんだもんvv ミッチもそう思うでしょ?」
   「うんうん、部活サボった甲斐があったよう♪」
   「ヨネっぴなんて、バイトの時間帯、わざわざ変えたんだってよ?」
   「え? あの人 見るために?」
   「そ。ほら、向こうのホーム。」
   「…あ、ホントだ。身もだえしてる。」
   「事情が判らないと、ただの危ない人だな。」

 …という案配。
(笑) それほどまでの良い見栄え、拙いながらもちょこっとばかし、筆者の手にてお伝えするならば。
今時の若い人たちの中にあっても目につく上背は、腰の位置が高く見えるほど長い脚とのバランスも良く、スーツのシャープなラインがいや映える、それはそれはかっちりと鍛えられた見事な体つき。肩の頼もしさ、背中の広さ、そして胸元の雄々しさが、直線で強引に鎧われてしまう筈の"背広"という無粋ないで立ちの上からでも十分に際立っている。その存在感は重厚でいて、なのに暑苦しい逞しさとしてではなく、撓やかな冴えと凛々しさとなって周囲に切れの良い爽やかさを感じさせるのは、自信にあふれて無駄のない動作の機敏さが、機能美にまで高められた"洗練"となって映るから。生来の素養も多少はあろうが、それよりも。学生時代から親しんでいる剣道という"武道"が、肉体へのきつい引きしめ以上に、精神面でも一種の"潔癖さ"を彼に注ぎ込み。時に頑迷に時に清冽に、彼の気性を研ぎ澄ましているからで。その剛の胆力と余裕とが、彼の精悍な横顔へと男臭くも滲むのである。

  ……………と、

 これだけ素晴らしい男ぶりでいらっしゃるというのに、そんな彼の心の中には もう既に。愛して止まない、恋しくて恋しくて堪
たまらない。そりゃあもう…許されることなら一日中だって片時も離れないで傍らにいて、姿を見、声を聞き、小さくて柔らかな感触や温もりを肌に感じ続けていたいとするほど、愛しい愛しい"妻"がいるのである。その奥方へ、
《 今から帰るよ、もうすぐ着くよ♪》
と、この乗換駅から電話するのが毎日の日課なのだが、
"…出ないな。"
 揚げ物など、手が離せない料理中ということはまずない。この電話を受けてから手をつけるからだ。何かしら予定が狂ってか、それとも急に思い立って大掃除か何かを手掛けて、埃だらけになったからと、今頃シャワーでも浴びているのだろうか。それともお腹を壊してトイレに駆け込んだところ?
おいおい
"う〜ん。"
 コールを20回も待ち、一旦切ると、今度は別の番号へ。今のは自宅の加入電話へで、今度はルフィの携帯へだ。すると、

  【…はい、ルフィです。】

 すぐさまというタイミング。舌っ足らずな甘い声が出たのへホッとしていると、
【ゾロ? ねえ、ゾロだろう?】
 向こうから聞いてくる。この時間のこのコールを、彼の方からも待っているからこそのこと。嬉しいことではあるものの、
「こら。」
 一応はお説教。
「そっちから先に名前を言ってどうすんだよ。」
【? 何で?】
 間違ってないのに? そうと言いたげなお声へ、
「変な電話で、全然違う野郎からだのに、そうそうなんて言って俺になりすましてしまったらどうすんだ? この番号に"ゾロ"って名前で掛けたら、お前が相手してくれるんだなんて、思われちまうんだぞ?」
【あ、そっか。】
 これを巧みに利用したのが"おれおれ詐欺"ですね。
"可愛い声だからって、妙な野郎からイタズラ電話とか掛かり倒したらどうすんだ。"
 そんないかがわしい奴の接近なぞ、たとえ声だけでも許せないと。今の段階からムッとしてしまうご亭主であり…って。あんた、例の"お母様"と良い勝負だ、その感覚は。
(笑)
「それで? 今、どこにいるんだ?」
 これも一昔前なら妙な言いようだったんですよ? だって、電話というものは、電話線を配された先に固定されてるもの、だったのですからね。だから、こっちから掛けておいて、その相手が何処に居るのだか判らない…というのは、ある意味でおかしな言い回しだったのですが、まま、ババの昔話はともかくも。
【ごめんね。】
 愛しい声はちょっとばかり済まなさそうな声音になって。
【今、○○○の河川敷にいるの。】
「河川敷?」
【うん。PC教室の皆と、デジカメの撮影会。】
 どうやら、丁度今、パソコンへデジカメで撮った写真を取り込んで、色々と加工する…という課題に取り組んでいる彼らであるらしく。その素材を撮影しにと、そんな場所まで足を運んでいたのだろう。
【予定より長引いちゃって。あ、ご飯はきちんと仕掛けてあるから間に合うんだけど、俺が帰るのが、そうだな…ゾロが家に着くのと同時くらいになりそうなんだ。】
 今、自宅からは少し離れたところにいるからと、時折吹きつけるのだろう風の音の中で そう説明する彼へ、
「そか。」
 自宅の電話に出ないのへ、ほんのちょっぴり案じたものが、今はあっさり安堵しているゲンキンさよ。ホントだったら乗る予定だった各駅停車の列車の胴体を、視野の隅に見送りながら、
「そう…だな。なあ、ルフィ、そこって河川敷のどの辺だ?」
【? なんで?】
「いいから。どの辺りだ? 鉄橋下か? サッカーのコートがある広っぱか?」
【えと、鉄橋寄りの、茅(カヤ)がいっぱい生えてる手前辺りだよ。】
 河川敷と一口に言ったって、縦に(横に?)長い土地だから。今居るポイントというのは案外と説明しにくい。いつも遊ぶなり待ち合わせるなりしている場所ならともかくも、PC教室の課題がらみで来たということもあって、周りを見回しながらの説明をするルフィであり、
【桜の並木があるジョギングコースの真下だよ。こっからだと…真ん中へんかな?】
 ああ、成程、いつも走ってる辺りだなと大体のアタリをつけて、
「判った。俺の方からそっちに行くから、そこで待ってな。」
【え? なんで?】
 ゾロがマンションのある最寄り駅に着く頃には、こっちだって帰り着けるのに。そうと言い返すルフィだったが、
「いいから。まだ寒いってことはないんだろ? そこでちょっとだけ待ってな。」
【うん…。】
 何故そんなことを言い出したゾロなのか、良く判らないままならしい声で、だが。一応、納得はしたらしく、
「すぐ行くからな。寂しいだろけど待ってな。」
 そうと付け足すと、
【…馬鹿。/////
 照れたように怒ったのは…もしかして。周りにまだPC教室の子供たちがいたからだろうか。くくっと笑って電話を切って、顔を上げればもう次の電車がホームに入って来るところ。電話の電源を落としてから、足早にそちらへと向かった旦那様である。…………一体何を企んでいるのでしょうかしら?







            ◇



"…う〜〜〜。"
 ブルゾンの背中を叩いて、時折突風のような風が吹き抜ける。陽が高いうちはまだどこか、体を動かせば汗ばむような気候だが、3時頃を過ぎると…陽射しの色合いが黄昏に向かうための準備を始める。夏場はそよぎさえしなかった乾いた風も、木陰で当たると半袖では寒いくらいで、何だかんだ言っても秋なんだなと実感出来る頃合いになった。夕暮れ近い川風に、柔らかな髪をくしゃくしゃと掻き回されて、
"何だろうな、一体。"
 土手の上からぼんやりと、風にざわめいて揺れている茅の群生を眺めているルフィである。この河原、実はルフィには、あまり来たことがない、馴染みの薄い場所だ。溺れた後遺症か、水辺はあんまり好きじゃないし、お友達の子供らと駆け回るならともかくも、たった一人で佇むにはあまりに寂寥感がありすぎて、
"しかも秋だし。"
 ましてや、陽射しも金色に染まりつつある黄昏時だ。孤独に耽るには丁度いいかも知れないセッティングだが、
"焼きナスとコールスローはすぐに仕上がるから良いけど、ハンバーグはオーブンで加熱する時間がちょこっと掛かるのにな。"
 晩ごはんの段取りに気もそぞろな若妻には、ムードよりも調理にかかるだろう時間の方が気になるらしい。これもある意味で"花より団子"なんでしょうかね?
(笑)
"………。"
 時折、仔犬のリードに引かれながら通りかかるお友達もいて、
『あ、ルフィせんせーだvv』
 お行儀よくご挨拶してくれる。トレーニングウェアのフードを目深に降ろして、ただ黙々と走ってゆく男の人もいて。何かスポーツをやってる人なんだろうな、いい体格してるもの。でも、ゾロには敵わないけど…なんて、勝手なことを考えていたら、
"あ…。"
 道の向こう、それらしい人影が見えた。鉄橋をくぐってから上がって来る石段、すいすいと登って、土手の上のジョギングコースへと到着したゾロであり、こんな遠目に見る機会なんて滅多にないけれど、間違いなく彼だと分かるし、
"あやや…。/////"
 場違いなスーツ姿、夕景の橙々に仄かに染めて。こんな都心近くの町には珍しいだろう開けた空間の中、小さくぽつんと立ってる筈が、なんて存在感があるのかなって、そう感じて…ほややんて頬が熱くなる。

  『ルフィせんせーは? どうして一緒に帰らないの?』

 さっきまで一緒だったPC教室の子供たち。コンビニで買えるチョコレートの箱みたいに小さなデジカメを手に、一緒にはしゃいで過ごしたかわいい子たちだが、ルフィだけ此処に残ると聞くと、口々に"なんで? どうして?"と訊いてきた。仲良しのお兄さん。いつも一緒に遊んでくれる、大人だけど自分たちに近い、大好きなお兄さん。そんな風に懐いてくれているからで、何でも一緒だよという仲間意識から"なんで一緒に帰らないの?"と感じたらしい彼らへ、
『ダメですよ、皆。』
 ルフィはまだ助手で、各教室には正規の先生がいる。このクラスの担当である、ゴージャス美人と誉れも高いラキ先生が、お兄さん、困っているでしょう?と、助け舟を出してくれた。ホッとしたのも束の間のこと、
『ルフィせんせーは、今から大切な人と待ち合わせで〜すvv』
『…ラキ先生。/////
 どうやら、ヒナ先生同様、誰とラブラブなルフィなのかを良く良くご存じであったらしい。
"えとえっと。/////"
 でもでも、話した覚えはないのにな。そりゃあ、PC教室のあるマンションに住んでるからサ。出勤していくゾロのこと、ゴミを出しに行きがてらエントランスまで一緒に降りてお見送りしてることとか。時々は駅で待ち合わせて、お外でお食事して映画観に行ったりしてることとか。近所の雑貨屋さんで素敵なカップとかお皿とか見つけると、必ず2つ揃えて買ってることとか。子供たちには見られてるって事もあるのかもしれないけれど。なんでまた、ラキさんとかヒナさんとかが知ってたりするんだろ。
"いちいちこんな風に赤くなってたりするからかな?"
 他のお家の奥さんたちは、なんて言うのか、生まれた時から一緒に住まわってる家族って感覚になっているんだそうで。今更亭主にドキドキなんてしないわようって、キャハハ…って笑いながら"ど〜ん"って肩をどやされたっけ。
"もう2年も経つのに…こんなのって訝
おかしいのかな?"
 うむむと、考えつつ。ふと。傍らの桜の並木に目が行って。
"…う〜んと。"
 思いついたのとほぼ同時。素早く体が動いている。道の真ん中に立ってた訳じゃあないから、向こうからはまだ見つけてないのかも。
"俺の方からばっか、好き好きってしてるみたいなのは…やっぱサ。"
 何だかちょっとだけ…あのその、試してみたくなったのかも。居なかったなら、どんな反応するのかな。ただ平然と探すだけ? 待ち合わせの"約束"を破る筈ないって思ってくれる? でもって、どうしたんだろうって心配してくれる? 何だかそんな、悪戯心がつい起こって、ぱたたって桜の樹が重なってる後ろへと飛び込んだ。
"分かっちゃうかな。"
 こっちからは隙間から見えるけど、先に見つけたんだもの見失う筈ないけれど。果たしてゾロはどうだろう。待ってる筈ならこんなとこに潜り込んでるなんて訝しいから。視線さえ向けないに決まってる。だから…安心していて良いのにね、妙なものでドキドキしちゃうの。だんだんと近づいて来て、顔の表情やら服の着こなしやらがはっきりして来て。ただ通るだけの人はあんまり土手には上がらないから、スーツ着てるゾロは随分と目立ってて。違和感があるというよりも、カッコいいからだろうな。だってほら。汗止めのヘアバンドしたジャージ姿の女の子。ポニーテイルを揺らしながら走って来て、すれ違って通り過ぎても、肩越しにまだ見てるもの。ダメだよ、一目惚れとかしちゃあ。俺のゾロなんだからね。

   ――― ああ、もうこんなに近くだ。

 ほんの目と鼻の先。桜の衝立
ついたてを挟んでいるだけというほどに近づいて。自然と身を縮めたルフィだったが、

   「何やってる。隠れんぼか?」

 真っ直ぐにこっちを見て、ゾロがそんな声をかけて来た。

   "…え?"

 断っておくが、ルフィはそれほど大柄ではない。このシリーズのルフィは特に…実年齢こそ22歳だが、見た目はまだ15、6歳という年格好。だからして、隠れていた桜の樹の陰からは、縦にも横にも はみ出してなんかいなかった。だというのに、
「どうしたよ。何か落としたのか? そんなとこへ。」
 カラーアスファルトを縁取る、少し伸びた芝草の方へと踏み出してくるゾロであり、樹の陰を覗き込んであっさりとルフィを見つけてしまったから、
「…なんで?」
「何が。」
「隠れてたのに。」
「見つけちゃいかんかったのか?」
 勝ち誇ったようでもなく、悪戯っぽく笑うでもない。キョトンとした顔が見下ろして来て、それがまた…何だか相手の余裕にも見えた。
「何で分かったの?」
「いや、だからさ…。」
 そんなこと、訊かれてもなぁと。こちらへ戻ってくるルフィに、草で足元の見えにくいのへと手を貸してやりつつ、ゾロは少し困ったような声になり、
「昔っからルフィとは、隠れんぼ したおしてたからな。何となく分かるようになってるんだ、きっと。」
「…嘘ばっかり。」
 そうですよね。
(笑) このお話の一番最初。7年振りに出会ったその時、あなた、すぐには気がつかなかったのでは?
"…あんたに言われたかないぞ。"
 あはははは♪ それは言わない約束なのねvv(おいおい)
「隠れてたの、もしも見つけられなかったらどうしたんだ?」
「携帯に電話するだけだが。」
「うう…。」
 本人がとぼけて電話に出なくとも、着信音で分かりますものね。その身にまとったスーツと同じく、カッコいいこと並べてくれて。
"会社じゃあ、さぞや切れ者で通ってるんだろうな。"
 いや、このくらいでその評価は。
(笑) さりげなくご亭主を持ち上げて惚気ている奥方ですが。
「そいで? 何で此処で待ってろなんて言ったの?」
「ああ…うん。」
 ちょっとだけ、忘れてたらしいゾロは、そのまま…上を見た。此処は河川敷だから、頭の上には何もない。広々と、ただ空しかない。
「???」
 小首を傾げたルフィに構わず、しばらくの間、上空の…東の方ばかりを見ていたゾロだったが、

  「…あ、あった。」

 茜が始まった西の空を背景にして、そう言って指さしたのが…きらりんと輝く"宵の明星"である。
"???"
 それがどうしたのだろうかと、大きな瞳をパチパチさせるルフィへ、にんまり笑って見せて、
「金星ならいつでも見つけられるのにな。」
「あ…。」
 何を言いたいゾロなのか、やっと思いが至ったルフィが…ちょっと赤くなる。今年は火星が大接近するとかで、物凄く騒がれていたのだが、
『う〜ん、ここいらじゃあ見えないのかな。』
『…曇ってるからなぁ。』
 あいにくの天候続きでなかなか拝めず。晴れれば晴れたで、
『…ん、あ、やっ。………あっ、そだ、ゾロ、火星っ。』
『そんなもん見なくたって死なないって。』
『あ…やだ、ねぇって…。や…。/////
 …おいおい、そんな言いようがあるかい。
(笑)
「そうだ。火星、結局見逃しちゃったんだ。」
 今でも見ようと思えば見られるんでしょうかね。さそり座は夏の星座だから、今時分だと、随分と夜更かししないとダメなのでしょうか。…あ、それはアンタレスか。火星は関係ないのかな?
おいおい 冷夏の曇天と相変わらずなご亭主とに妨害されて、観ることがかなわなかったのを思い出し、ふぬぬと眉を寄せたルフィ奥様であり、
「金星じゃダメかな。」
「う〜〜〜っ。」
 それで此処で待ってろなんて言ったご亭主だったのかと、何とも言えないお顔になる。
"忘れてたのにぃ。"
 ある意味そのまま放っておいて欲しかったこと。これをその筋の専門用語で"寝た子を起こす"と言いますが。
こらこら 柔らかな頬を膨らましかけて、だが、
「………あれ?」
 くんくんと。どこからか匂ってくる良い匂いにも気がついた。これってもしかして…。
「あっ、サミさんとこの肉まんだっ!」
 ゾロの大きな背中の後ろ。大きなクラフト紙の袋にたっくさん、まだほかほかの肉まんが入ってるの、見つけたルフィだ。マンション下の小さなコンビニ。空揚げスナックとかアメリカンドッグとかいう軽食には、お手製のを揃えてるサミさんだから、冬場のおでんとこの肉まんは、ルフィイチ押しの美味しいメニューvv
「え? でも…。」
 PC教室に行った時も、この河川敷まで出掛ける時も、サミさんのコンビニの前を通ったけれど、まだ肉まんの保温器は出てなかったような…。それを思い出してる奥方へ、
「今朝な、会社行く時に会ってさ。今日、試験運転してみますって言ってたんだよ、サミさん。」
 背の低いルフィに良く見えるよう、袋の口を傾けてやりつつ、ゾロがくすすと笑いながら説明してくれた。
「売り始めるのは明日から。蒸し器にしても、饅頭にしても、今季初めての"試し"のものだから、結果がどうあれ売る訳には行かないって言ってたの、どうしても分けて下さいって頼んどいたんだ。」
「うっわーっ。じゃあこれ、この秋初めてのなんだっ。」
 手を伸ばして、一番上、黄色のカレー味のと隣りの普通のと、一遍に手に取るルフィであり、
「ね、ね、食べて良い?」
「ああ。そこに座んな。あ、これもあるぞ。」
 スーツのポケットには、缶コーヒーとミルクティ。ペットボトルのにしようかとも思ったが、それだとさすがに、ポケットがでこぼこになっちゃうよとサミさんから止められたらしい。
「金星で我慢してくれるか?」
「おうっvv
 二つに割ればほわんと湯気の立つ肉まんを頬張りながら、土手の縁に腰掛けて、暮れなずむ秋の空を眺めやる。相変わらずに花より団子。でもね、
「ぞ〜ろ…vv /////
 呼べば、
「んん?」
 小首を傾げながら、やさしいお顔でこっちを向いてくれる。そんな旦那様がいることへ、嬉しいようって まだまだドキドキするから。
"これって、まだ新婚さんだってことなのかなvv"
 嬉しいやら恥ずかしいやら。誤魔化すみたいに"うふふvv"と笑って、5つ目のお饅頭に食いついた奥方だったりするのである。………晩ごはんのハンバーグは入るのでしょうか。そっちは別腹かい?
(笑)





  〜Fine〜  03.9.20.〜9.22.


  *カウンター 103,000hitリクエスト
    ひゃっくり様
    『"蒼夏の螺旋"設定で、いまだに新婚気分が抜けないお熱い二人』


  *この"蒼夏の螺旋"は結構長くて、
   もしかしなくとも初めて書いたパラレルシリーズなのですが。
   (シリーズじゃない単発なら『黒い瞳の…』がお初。)
   (こちらもこうまで続けるつもりはなかったけれど、
     後日談って形での"続編"は考えてましたからね。)
   ふと、今になって時々迷うのが、
   このお話のルフィは自分のことをなんて呼んでいるのか。
   いえね、どのルフィも"俺"で統一されてる筈なのですが、
   このシリーズに限っては、新婚色があまりに濃いもんだから、
   "あれ? ボクだったかなオレだったかな?"と、
   時々迷うことがあります。
   こんなルフィは問題有りなのでしょうかしら?
(笑)
   (そして今、もっと新婚なのが"ぱぴぃルフィ"である。/笑)
   (進化する方向が違わないか、自分。)


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