蒼夏の螺旋
  
 
白襲夏袴(しらがさね・なつばかま)

 *微妙に puppy's tail"夏休みにてU"より続いてます。
  ややこしいので、るうちゃんたちは もう出て来ませんが。
(笑)
 

 
          



 日本の六月というと、梅雨前線が太平洋高気圧と"綱引き"ならぬ"押しくらまんじゅう"をする季節。結構な雨量があって、かつては"日本の雨季"などとも呼ばれたものが、このところの異常気象により"空梅雨"などと呼ばれるほど小雨な年もあり。今年もさほどには長雨が続かず、古風な名前で呼ぶところの"水無月"のまま、夏色の"文月(七月)"がやって来てしまったという案配。そんなそんな早い夏。まだまだ盛夏には程遠い時節だというのに…都心寄りの自宅を離れ、由緒ある郊外都市に所有の別荘へとやって来ているのは、決して"早い目の夏休み"という訳ではない。そういえば昨年も似たようなのが仲夏に下されたような、という、ちょいと風変わりな辞令がご亭主へと下りたためだ。曰く、

  『当社の経営情報管理システムへのお世話をいただいている、
   世界的にも高名なビジネスオフィスの主幹長様が
   契約更新のためにわざわざ来日なさっているのだが、
   どうだろうか、君のところへご招待申し上げてはくれまいか。』

 ほら昨年の夏に、君がお相手様の"本社"の方へ資料を搬送したあの人だよ。君とそれから君のお従弟さんのことを随分と頼りになさっているようで、来日したからには是非ともまたお会いしたいという打診があった。ご家族にまで波及するような言いようは、行き過ぎた公私混同だと思われることかもしれないが、幾日どう過ごしても全てを"接待勤務"として特別に処理するから、どうかよろしく頼む…と。一体どんな揺さぶりを仕掛ければ、一応は日本経済界でも結構なネームバリューを誇ってる商社の、管理部トップ陣営相手にこんな無茶を通せるのか。特に奇矯な手を使った覚えはないと本人は言うから、ちょっと仄めかしただけで彼らが勝手に色々と察するほど、それほどに凄腕、それほどに恐るべしとされている人物だということなのだろう。バブル崩壊後は10年ほどもの景気低迷を囁かれ続けているとはいえ、それでもまだまだ裕福な国、経済先進国という扱いの日本の経済界にあって、関係筋の間にのみその存在を知られた凄腕のビジネス・コンサルタント。勿論、日本だけでなく、アメリカや欧州、成長著しいオセアニアや東アジア、東南アジアにもその情報網を拡張して、行動拠点をさりげなく配し、今や世界的な市場にての途轍もない実権をこそりと握っていると噂されてさえいる、陰の世界のビジネス・エージェント。……………と。彼の手腕や業績を直接知る限られた人々は、畏敬の念をもってそんな風に彼を評するのだが、

   "………そんな大層な奴なんだろうか。"

 少なくとも。今、この目の前にて、うたた寝中の幼い少年を自分に凭れさせ、まろやかなその寝顔を…自分の方こそ蕩け出しそうな夢見心地のお顔になって見下ろしている金髪碧眼の青年が、世界経済の世界に於いて、まるで怪物や将軍のように畏怖されているその敏腕エージェント様だとは、到底思えないのだがと。笑うでなく、呆れるでなく、微妙な顔つきになって向かい側から見やっている、ロロノア=ゾロ氏であったりするのだ。彼らが居るのはそれは静かで広々とした居間の中程で、シックで落ち着いた品のいい調度が居並ぶその向こう、高いめの天井の近くまである大窓から望めるは、鮮やかに輝く瑞々しい緑の芝生がふんだんに敷き詰められた広い中庭。ツツジやアジサイの茂みに囲まれて、他にも味わい深い木々を揃えた、散策に打ってつけの広い庭を誇るこの瀟洒な別荘は、くうくうとうたた寝している少年の昨年のお誕生日を祝って、このビジネス・エージェントさんが贈った桁外れのプレゼント。建物そのものの価値のみならず、これが建っているこの…保養地として超有名な閑静な土地柄を考え合わせても、時価で軽く数億単位の物件を、現金一括払いで買い求め、ついでに不動産税やら管理維持費やらを自動で払い込めるようにという処理をとりあえずは先の50年分ほども完済済みだという"至れり尽くせり"のアフターケアつきのとんでもない代物であり、今年は今年で、自宅には最新機種のPCフルセット。そして…この屋敷に似合うような様々な調度品やら、少年の趣味や好みを網羅して揃えたらしき、流行の服やら靴やら、バッグに小間物、サイズもぴったりのあれこれが、山のように送り込まれて来てあったそうな。相変わらずに桁外れに人騒がせで、めっきりと子煩悩な"お姑様"であることよと、その胸中にて呆れつつも、
「ん…にゃい。」
 心地よさそうに眠る坊やの様子をこそ、幸せそうに堪能しているらしき青年へ、
「………。」
 何か言いたいものの、これというフレーズも見つからない口下手な自分に、やはり内心でついつい舌打ち。せめてこの場に居続けるという野暮をし通すくらいしか、自己主張が出来ないらしきゾロの態度に、こちらもきっちり気がついていながら、敢えて知らん顔を続けているサンジでもある。………う〜ん、なんて微妙。
(笑)

  "まあ…喧嘩腰になっても何にも始まらないんだが。"

 むしろ。ルフィのためを思うなら、双方ともを"大切な人"だと思っている彼が板挟みになるばかりなそんな不毛なこと、やっちゃあいけないのだと分かってはいる。だがだが、何というのだろうか。7年もの歳月を経て劇的な再会を果たし、その空隙さえあっと言う間に満つるほどの、深い深い想い入れを互いに再確認し合ったその上で、時には…擦れ違う想いに振り回されることもあるけれど、それでも相思相愛のまさに"蜜月"を満喫している彼と自分であるのだから。なればこそ…事ある毎にこの坊やに大胆な接触を試み、その度ごとに自分の傍らへ来ないかとさりげなく打診するような、まめ…を通り越して執念深き男の言動、そこはやっぱりどうにも看過は出来ず。肩書きも実力も、ついでに言えばルフィからの信頼のほどやら思い入れやらも、どれを取っても並大抵の代物ではない奴だという事実がまた、ゾロの負けん気についつい余計な火花を放って…その結果。いつまで経っても揮発性の高いまま、ルフィを挟んで睨み合うことの多かりし彼らだったりするのである。恋に狂った男ってのは、しょうがないねぇ、本当に。
おいおい

  「…ふにゃ。」

 そうこうするうち、何とも愛らしい仕草でもって、小さな手の甲でこしこしと目許を擦り始めたルフィであり、
「あ。ごめん。俺、もしかして寝てた?」
 顔を伏せるようにして凭れ掛かっていたシャツの主を見上げて、まだちょっと呂律の怪しい言いようをする。見上げられた経済界の貴公子殿は、
「構わないさ、いい気候だものな。」
 このままハリウッドのトップスターになれそうなほどの、それは優雅で気の利いた笑みを口許に浮かべて、少年の柔らかな髪を指先にからめながら優しく頭を撫でてやる。心地いい感触にじゃらされるように微笑んで、だが、坊やは身を起こすとスルリとその懐ろの中から抜け出して、
「なあゾロ、今日はるうちゃん、もう来たか?」
 仔猫の寝起きを思わせるような様子で小さな体を"う〜〜〜ん"と伸ばしつつ、お向かいにいた精悍そうな面差しの青年へとそんな声をかけている。一見同じくらいの年頃の、だが、その立場や生い立ちのみならず、見栄えと性格まで全くタイプの異なる二人の男たちであり。ルフィを懐ろ猫にしてその愛くるしい寝顔を堪能していた方の優雅な美丈夫さんと打って変わって、こちらの青年はといえば…見るからに体格の良い偉丈夫で。タンクトップとジーンズを着て、肩にはデザインシャツをカーディガン代わり…というラフな恰好が、どうかするとセクシーに映える肉惑的な肢体をしていて、
「いや。今日はまだ見てないが。」
 立ち上がって中庭側の窓辺、テラスに出られる大窓の方へと大股に向かい、質の良い絨毯のように丁寧に刈られたエメラルドグリーンの芝生を眺めやる。その背後から続いて来たルフィは、実は色違いでお揃いのシャツの裾、少ししわになったのを伸ばしつつ、
「あの子、すごい賢いんだよ? 今度からは堂々と来なさいねって言ったらさ、あの隙間からじゃなく、表の門扉の方から来るようになったんだもの。」
「…でも、表だと尚更に隙間はないだろうよ。」
「だからさ、俺の姿を見て、声かけてくれるの。」
 そんな風に細かく説明してから、
「今日は庭に出てないから、来てても遠慮して帰ったのかもしれないね。」
 ふうと溜息。並んで庭を見やっての…二人にだけしか通じないような、省略の多い彼らの会話に、
「何だ? ここでのお友達の話かい?」
 ソファーの方からお声がかかって。ルフィは振り向くとニコッと笑って見せる。
「うん。ここのお庭に遊びに来てる子がいるんだ。」
 ぱたぱたっとスリッパを鳴らしてサンジの傍らへ舞い戻り、
「見かけるようになったのは、ついこないだからなんだけどもね、もっと前からこっそり来てたのかもしれない。」
 ソファーに膝から乗り上がると、何やら秘密めいたことのように、顔を近づけ、声を低くして囁くように説明する。
「まだ小さいのにとっても賢い子でね。陰踏み鬼とかダルマさんが転んだとか、知らなかったのに一度説明したらすぐに覚えてサ。それで時々一緒に遊んでるんだ。」
 こしょこしょと小声で話す、どこか子供じみたそんな様子に苦笑を見せたサンジだったが、その幼(いとけ)ない愛らしさには敵わない。付き合うように声を低めて、
「そうか。それで、その悪戯坊主はここいらに住んでる子供なのか?」
 訊いたのだが、
「うん。」
 ルフィは無邪気に頷くと、

  「凄っごい凄っごい可愛いシェルティなんだよvv」

 けろりと答えて、

  「………はあ?」

 シェルティって、もしかして"シェットランド・シープドッグ"っていう小さな犬のことだよなと、ついつい確認を取ったサンジのお顔を…まずは顧客には見せたことがなかろうくらい、素っ頓狂な呆れ顔にさせて見せた強者でもあったのだった。
おいおい












          



 先に並べたところのご大層な肩書を持つ"ビジネス・エージェント"ミスター・サンジェストは、だが、この地で久方ぶりの再会を果たした二人とは、そういうお仕事がらみで知り合った訳ではない。10年近く昔の夏、留学先で流れの速い大河に落ちて攫われて、瀕死の状態のままに流れ着いたルフィ少年を、その身に備わっていた"奇跡の能力"で助けたサンジであり、だが、その余波でルフィは不老不死という"人ならぬ身"になってしまった。同じく死を知らぬ身のサンジと共に、世間の人々の関心から逃れつつ、気の遠くなるような永き世を生きてゆくこととなってしまったルフィ。そんな彼を、この世にたった二人の同類同士、寂しいと心細いと感じぬよう、それはそれは可愛がりいたわったサンジであり、その7年間の蓄積が、彼らにとっては血縁にも匹敵するほどの強い絆となっているらしいと、その辺りの感覚のほど、ゾロにも重々理解出来る。

  "けどな…。"

 自分だって、今や国に帰れば…途轍もないほど美人で才女な奥方と、ルフィへのものと負けぬほどの愛情を注いでいる可愛い愛娘がいるくせに。その上でルフィにまでいちいちちょっかいを出すかいと、正直なところ、それは判りやすくむっかりしてしまうゾロであり、
「ダメだって。」
 そんな彼とはテーブルを挟んだお向かいでは、
「東京のお家ではペットは飼えないし、それに昼間は出掛けることが多いから一人にしちゃって可哀想なの。」
 お昼間からこっち、可愛いシェルティくんの話ばかりする少年に、じゃあ室内で飼えるような仔犬を手配しようかとサンジが持ちかけたのへ、ルフィがあわわと慌てつつお断りしている真っ最中。お金や物品で彼の関心を引こうなんてつもりは全くないサンジだということくらい、そこは僻
ひがみも何もなくゾロにも判る。彼はただただルフィに不自由なく幸せで居てほしいだけ。いつも傍らにいてやれないから、その代わりにと、何でもしてやろう、何でも買い揃えてやろうという方向についつい向かってしまう。彼だとて分別のある大人であり、本意からのものではない構い方なのだろうにと思えば、いっそ気の毒かも…なんて思わないでもないゾロでもある。うんうん、大人だねぇ。その一方で、

  「何も一日中べったりついてなきゃ飼えないってことはなかろうよ。」

 サンジは…ルフィからのお断りの弁へとキョトンとして見せた。
「それこそ、人間の家族だってそうだろう? それぞれに学校だの仕事だの付き合いだのがあって、昼間は外へ出ていて当たり前じゃないか。四六時中すぐ傍にいてあげられない方が"ごく普通"の状態なんじゃないのか?」
 シフトによっては数日間ほども、すっかり家を空けてしまうような生活ならともかく、毎日ちゃんと陽の落ちる頃には戻って来る家族たちなのなら、何の支障があるものかと、こちらも至極ごもっともなことを言う彼であるのだが。
「でも…。」
 ルフィはやはり口ごもる。これ以上高価な贈り物をそうそう貰う訳にはいかないと思うからだろうなと、ゾロとしては苦笑混じりに、彼らのやり取りを見やっていると、ルフィはおもむろに顔を上げ、

  「ちゃんとお家に帰って来てたって。
   俺はゾロにだけ掛かりっ切りになっちゃうし、
   ゾロにも…俺にだけ掛かりっ切りになってほしいから…。」

   ……………はい?

 サンジのみならず、ゾロ本人までもが。目が点になっていたと思う。それにも構わず、ルフィは続けて、きっぱり…こうと言い切った。

  「だから…ゾロんこと取り合うライバルになっちゃうペットは飼えないのっ。/////

   おおう。

 ほんのりと頬を赤くして、けれど、ホントのことだもんと…上目遣いになってサンジを見上げるルフィであり、

  「…判ったから、そんな恨めしそうなお顔になるのは止めなさい。」

 こんな恥ずかしいこと言わせるなんてと、そんな想いが籠もった眼差しだということくらいは、サンジでなくとも判っただろう。触れたら熱いのではなかろうかと思えるほど、ほのかな緋色に染まった柔らかな頬を、そっと両手で包み込んでやって、
「ごめんな。つい…さ。あれもこれもって思っちまうんだよ。ホントは"物"じゃなく"気持ち"なんだって判っているんだけれどもね。」
 向かい合った幼いお顔。真っ直ぐ見つめて来る大きな瞳の、無垢な視線にもたじろがず、むしろ愛しいと受け止めながら、丸ぁるいおでこにこちらの額をコツンと当てて、

  「ルフィが幸せなのを、邪魔しちゃあいけないよな。」

 くすんと小さく笑ったサンジの、やさしい響きの囁きに、

  「…さんじぃ。」

 お胸がきゅんと疼いたか、坊やは自分から腕を伸ばすと、やさしい人の胸の中、ぎゅううっとしがみついて見せたのであった。…当然、

  "う…。"

 声には出せない、だが、物凄い衝動に駆られかかった方が約一名、とっても至近にいらっしゃったりしたのだったが。

  "〜〜〜〜〜っ。"

 ここで見苦しくも暴れては
男が廃すたると、石でも飲み込んだようなお顔になって、ただただ耐えたゾロさんであったりしたのである。



   ……………男には忍耐も必要なんだね? ご亭主。
(笑)








            ◇



 一年振りという、彼らにしてみれば本当に本当に久方ぶりの再会だったが、お忙しい身の上のサンジェスト様におかれましては、プライベートに限るとなると…自由になる時間はやはりそうそう無いらしい。ほんの数日、4日ほどの短い滞在にて、あっと言う間に本国の方へと戻ることと相成ってしまわれた。お見送りにと一緒に戻った東京の…少しほど臨海地区まで足を延ばした国際空港の送迎ロビーにて、
「去年のお招きの時みたいに、もっと居てくれれば良いのに。」
 ルフィが心から寂しそうに言うと、
「屋敷を離れられない身だからね。」
 サンジも心から残念そうな顔をして見せる。モバイル…移動可能な携帯型端末の性能がいくら高度に進んでも、扱うデータのレベルが極秘重要機密であればあるほど、慎重を期して固定回線扱い、ともすれば現物の手渡しにてやり取りされるのは致し方がなく、世界経済に波及するほどのお仕事を扱うようになった彼であるがため、かつてのようにそうそうお気楽に、身軽なままあちこちに居られなくなってしまったのが皮肉な話。
「その代わり、本宅に居さえするなら幾らでも自由が利く。」
 だからいつでも遊びに来なさいと、愛しの坊やのおでこにお別れのキス。そして…その傍らにて、相変わらず憮然としたお顔でいる のっぽの伴侶殿へは、

  「新しい素材をどうも♪」

 何とも楽しそうなお顔になって会釈を見せるサンジさんである。
「ナミさんも、勿論ベルも、とっても喜ぶと思うよ。」
「そうかい、そうかい。」
 ………このやり取りだけで"ピン"と来た方は、もう相当にウチのお話に慣れちゃった常連さんですね。
(笑) 今回は結構我慢を重ねて、好敵手であるサンジからの数々の挑発的な言動へも大人げない素振りは極力避けたゾロだったのだが、

  『実は、ナミさんから頼まれてることがあってな。』

 それで今回の…ゾロの勤め先に融通を利かせるような格好に持っていっての、わざわざ事務所長"御大"の来日に至ったんだと、彼が切り出したその"真の目的"というのが、

  『ベルが"お兄ちゃんの新しいお顔が見たい"って言い出してサ。』
  『…はぁあ?』

 やっと1歳と2カ月の。よちよち歩きが出来るようになったばかりの赤ちゃんが、そんな"要望"を具体的に口に出来る筈もないのだが、
『ほら、ルフィが時々送って来るメールやビデオレターに、一緒にちらって写ってるだろう? ああいう"新しい姿"ってのを観ちゃうとね、古い方の画像はもう飽きたのか、見向きもしなくなっちゃって。』
 その代わりのように、ちらっとでも写っている方の短いお便りばかりを観たいとせがむようになったというから、

  『…ゾロ、ベルちゃんからモテモテなんだね。』
  『ややこしい声を出すな。』

 ある意味で“焼き餅”からか、ちろ〜んと斜
はすに構えてしまうルフィに呆れつつも、いつぞやのようにデジカメに向かって"大きくなったベルちゃんへ"というご挨拶をやらされ、ついでに緑の中をお散歩する様まで撮影されて、最も慣れないことをやらされた憔悴から、ややもすると険しい顔つきになっている旦那様であり、
"せっかく、波風立てないようにって頑張ってくれたのにね。"
 その辺りからしてきっちり気がついてた奥方に、気の毒がられている始末。そうこうする内にも搭乗時間が迫って来て、
「ナミさんやロビンさんにも、よろしく伝えてね。」
 名残りはつきねど時間はそうそう止められず、最後の抱擁とばかり、いい匂いのする懐ろにもぐり込んできた愛しい坊やを、こちらからもぎゅううと抱きしめて、
「ああ。それより、いつか…そう、年内にきっと、遊びに来ておくれ。ベルも人見知りしなくなったし、二人に会いたいって思うことだろうからな。」
 腕の中の坊やだけでなく、ゾロへもそうと告げ、何とも名残り惜しそうなお顔になりつつ搭乗口へと向かうサンジだ。すらりと細身の、人込みの中でもそれは際立った後ろ姿がエスカレーターにて下ってゆくと、こちらの傍らへと戻って来ていたルフィが、その手を伸ばしてたゾロの背中にて、きゅっとシャツを握りしめる。
「…お別れってやっぱり苦手だな。」
 永遠
とわの別離ってもんでもないのに、こんな切なくて辛いんだものと、ちょっとばかり鼻声になりかかっているのを、
「………。」
 何も言わぬまま、ぽんぽんと背中を叩いてやる。

  「約束、守んなきゃな。」
  「?」
  「年内に、逢いに行くんだろう?」
  「あ、うんっ。」

 やさしいのっぽのご亭主に、それは嬉しそうなお顔でぎゅううっとしがみつき、小さな奥方、何とか涙を我慢した。ちょっぴり切ない、初夏のひとコマでありましたvv



  〜Fine〜  03.6.3.〜6.9.


  *『puppy's tail』の合体Ver.話にご登場願ったサンジママ。
(笑)
   ただそれだけ…というのも何だったので、
   どういう御用の来日だったのかと、
   最愛のルフィとの久々の再会とを書いてみたのですけれど。
   ゾロとの相性も相変わらずなら、
   ルフィ優先という、物の考え方も相変わらずなようです。
   もういい加減、ナミさんとベルちゃんの方をこそ、
   優先するべきじゃないのでしょうか、サンジさん。


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