蒼夏の螺旋 “桃色燗酒”
 



   「ところでルフィ。今日はまた、珍しいの着てるわね。」
   【………え?】

 サンジへの定時連絡の必要があったのでと、自宅への直通ラインをつないだら、丁度ナミさんが作業中だったんでそのままアクセスして来た、日本支社の連絡員くん。連絡事項を報告してから、ちょこっとあれこれお喋りに入るのはいつものこと。日本は午前中だけれど、時差を考えたら…相手がいるのは随分と遅い時刻の筈で。まだまだママに甘えた盛りのベルちゃんが起きて来るかもしれないし、あんまりお時間取らせるのも何だからと、早めに切り上げなきゃねと思っていたルフィらしかったのに、ナミさんの方からそんな唐突なことを訊いていた。
【珍しい、かな?】
「ええ。そんなにも首一杯に襟の詰まったのって、家の中では滅多に着てなかったんじゃないの?」
 今日は寒いの? それとも風邪引いた? 心配して訊いてくれてるナミさんだってのは、重々判っているルフィなのだけれど、
【あ、えと。あははvv たまには、ね?】
 それこそ…彼には珍しいくらい何だか歯切れが悪いものだから。そんな様子を見せられて、
「………。」
 全然全く怪しまないほど鈍
なまったナミさんでは勿論なくて。
「隠れ切ってないわよ? ほら。」
 画面に向かってひょいと指差してみれば、
【え? 嘘うそっ!】
 慌てて両手でぱたぱたと押さえたのが…首元から胸元へとかけての鎖骨の周辺。

  「な〜るほど。そんなところに隠したいものがあると。」
  【…うう。】

 何とも分かりやすい、そしてカマにかかりやすい坊っちゃんであることか。どうやら何かを…自分の身体のそんな部分を人目から隠したくて、いつもなら丸首Tシャツかトレーナー、はたまた、前合わせのデザインシャツでもボタンを2つは開けている子が、そんなきっちりしたものを着ていたと。そこまでの推理を進めて、さて…となると。
“もしかして…まさかとは思うけど。まさか…?”
 DV
(ドメスティック・バイオレンス)って、ホント許せない暴力ですよね。家で奥さんに当たってどーすんだ、こら。上司への鬱憤を、自分に逆らえない奥さんで晴らしてどーすんだ…と。常々、許せないものとして腹立たしく感じている家庭内暴力を振るわれたルフィなのだろうかと、その痣を隠すための服装なのかなと危ぶんだものの。

  “………それはないか。”

 何たって、自分の夫のサンジさんと張り合うくらいに、この小さな少年にすっかりと参っているあのご亭主だ。…言いようの順番が妙ですが、そこはナミさんの視点からだからごめんあそばせで。
こらこら こんなにも美しくて有能な最愛の妻を、時々“二番目”に差し置くほど、この坊やを優先し、それはそれは大事にしているムシュ・サンジェストさんが。歯痒い想いをしながらも“任せてもいいかな”と一応の及第点を出すほどに、あちらさんもまた、ルフィの幸せを…と、それを何よりも優先している甘い甘い旦那様な筈であり。そんな彼が原因な、物騒な話である筈はないわよねと、頭から追い払おうとしかかったナミさんだったのだけれども。

  ――― え?

 ナミさんが打ち消したそんな想いを、妙なタイミングで裏打ちするかのように。小さな奥方、くすんとお鼻を鳴らすと、

  【聞いてよ、ナミさん。ゾロってばサ〜〜〜。】

 いきなり泣きついて来たもんだから。………ええっ?! まさか、まさか。どどど、どうしたんでしょうか、一体。






            ◇



 ネット社会が随分と発達して来たがため。24時間対応なんて当たり前と、時差さえ新たな感覚に塗り替えられつつある今日この頃だが、それでもね。日本の年度というものは、どこの業界でもおおむね4月始まりの3月切り。夏にバカンスがあるので9月始まりな欧米とは少々噛み合わないにも関わらず、こればっかりはなかなか変更される気配のない代物で。なのにね、それでも、年の区切り、1年の終わりの“十二月”もまた、それなりに格別なものとして扱われ。年末から年始にかけての全国一斉休業状態に乗り遅れないよう、仕事にかけられる時間の尺が思い切り削られるのに輪をかけて、年末ならではな歳時記行事もきっちりと加わるから、ますます大変。大掃除? お節料理の準備? 年賀状も書かなくちゃ? う〜ん、惜しい。ビジネスマンたちが大切にするもの。そうそう、ご挨拶ですよ、ご挨拶。今年もお世話になりましたね、来年もよろしくお願いしますねというご挨拶が、お仕事上のお相手へもそれなりきちんと交わされる。そっちへ奔走することで、余計に忙しさに拍車が掛かるとも言えるほど、そりゃあきっちりと交わされる。営業部の企画課にいる旦那様は、年末年始だからこそと催されるイベントに関わっていたりするものだから、既に実務の方でとことん忙しい身の上なのだけれど。進行中の企画とは別の得意先やらお世話になってる方々へは、やっぱりご挨拶をしておかねばならなくて。それと。ある程度までを設定し、煮詰めて組み立てて、後は現場のスタッフさんに任せて大丈夫というような合同企画なんかの場合、本社でのお仕事はここまでというような“切り”がついたら、それへは“打ち上げ”がついて回ったりするのはいつもの事だしで。………十二月って飲む機会が倍くらい増えるゾロさんであるらしいから。

  「…うわっ。ゾロ、お酒臭い〜〜〜。」

 それが親しい人との呑み会でも、接待の席のお堅いお酒でも、まずはつぶれない“ウワバミの化け物”と、随分と失礼な言いようをされるほど。どんなに飲んでも泥酔せず、自分を見失わない人なのだけれど。どうもこのところ、妙に“酔態”を見せることが増えて来たような。
「ほらぁ、ちゃんと歩いてよう。」
「歩いてるぞ〜。」
「嘘ばっか。重い〜〜〜。」
 玄関までのお出迎えにと出て来た小さなルフィの肩に腕を回し、彼を杖代わりにしての進軍は…足元へ力をちゃんと入れてくれないせいで、なかなか真っ直ぐ進めない。陽気が過ぎてみっともなくお馬鹿を晒す訳ではなくて、呂律が回らなくなる訳でもない。少々足元が危なくなっても、ルフィを下敷きにしてしまうほどに凭れて来る訳でもない。一応はお行儀のいい酔っ払いのようだが、それがあのね。問題なのは、
「…あ、こらっ。待ってってばっ!」
「待てない。」
 奥まった寝室に至るまでの途中の壁に押しつけられて、早々とシャツやらカーディガンやらのボタンへと手が伸びるのが………ちょっと困る。///////
「ねぇ、もうちょっとだから…あっ。ヤメ…んぅ…。」
 ホントに酔っているのだろうか、いつもよりもむしろ器用なのではなかろうかと思うほど。素早く手際よくシャツをはだけさせ、首元へと顔が埋められている。お互いに立っているのだから、少なくはない身長差がある筈なのに。自分は軽く屈みながら、片腕だけでルフィを支えて爪先立ちにさせてと、上手に高さを合わせさせ、
「や…ぁん。こら、ぁ…。///////
 何が困るって、お廊下は寝室ほどには密閉空間ではないし、玄関に直結してもいる。外にまで声が漏れないかとか思うと、それがまた恥ずかしくて堪らない。こんな時間帯だから、そうそう誰かがいるとも思えないけれど、尋常ではない場所で“致す”のはまだまだちょっと恥ずかしい奥方であり、
「ねぇ、あとちょっとでしょ? だから…あっ…、んっ。//////
 首条や鎖骨の辺りの肌の上。急くような吐息がかかって、それからそれから。やわらかくて熱いものが触れたり、ちくりとかすかに痛かったり。こんなに大急ぎで欲しがられているのが、ちょっとくらいは…あのね。嬉しいのもホントなんだけれど。/////// 日頃はそれは凛々しくて、男臭くてカッコいい人が、ルフィをこんなに欲しいと、言うのももどかしいとばかりに組み敷いて来るのが、凄っごくドキドキするのだけれど。

  ――― ダメったらダメったらダメったら…。///////

 がっしり大きな肩が、こちらの薄くて小さい肩をきっちりと押さえつけており。痛くはない力加減なのは、偶然? それとも“慣れ”からかな? 斜めになだらかに向こうへと降りる。庇みたいにスロープみたいに、広くて大きな背中がすぐ前に見えてて。押しのけようと回しかけた手だったのが、

  「…あっ。」

 思わず。ひくっと総身が弾けて、爪先立ちになっていた膝から力が抜けそうになった。熱を帯びた大振りの手のひらが、お風呂上がりに着ていたスェットの前を不躾にも撫で上げたからで。つい逃れようと上へ跳ね上がろうとして、でも。既に目一杯に伸び上がっていたので、バランスを崩してその場へ崩れ落ちそうになったのを、咄嗟に支えてくれた頼もしい腕があって。そのまま引き寄せられたのへ呼応するように、こちらの腕が相手の背中へと回っている。首元へと突っ込まれていた精悍なお顔が、短く小刻みに吸いつくようなキスを散りばめることでこちらの顎を上げさせながら、おとがいまで、細い顎の線までと上がって来て。きゅうっと抱きしめながらの口許へのキスへと到達したところで、
「ん…。」
 やっとのこと、ルフィが抵抗するのを辞めてその身を萎えさせると。待ってましたとばかりに“ひょいっ”と腕の中へとすくい上げ、そのまますたすた、寝室まで歩んでゆくゾロだったりするのが。


   “………よく判んない。”

    まったくである。
(苦笑)






            ◇



【最初からお部屋までさっさと行けばいいじゃんか。なのに、そんなややこしいことして。どう思う? ナミさんっ。】
「う、う〜ん。それはだって、酔っ払ってるから、支離滅裂な行動を…。」
 応じかけてたナミさんの言を途中で遮って、
【それがどうも怪しいんだって。】
 きっぱりと言い放った若奥さん、
【サミさん、あ、階下
したのコンビニの奥さんが言うにはね、昨夜、マンションの入り口で帰って来たゾロとたまたま鉢合わせたんで挨拶したんだって。何かご迷惑かけなかったかなって思ってサ、酔っ払ってたでしょうって先回りして訊いたら、え? 何のこと?って。全然ぴんしゃんしてて、それは丁寧なご挨拶いただいたけどって。】
 これってどう思う?と。やわらかそうな頬をぷくりと膨らませ、ますます憤慨の度を深めて見せるルフィであり、
「…ってことは。自宅のドアをくぐるまでは、きっちりと自制が利いてたと。」
 思ったままを答えたナミさんへ、ぶんぶんとかぶりを振って見せ、
【もしかして、その後だってホントはそんなに酔ってなかったんだよ、きっとっ。】
 もうもう、最近悪ふざけが過ぎるんだもん、ゾロったら。俺がどんだけ恥ずかしいって思ったか。ふざけながらっていうのはサ、何て言うのか、真剣味がないっていうか、軽んじてるっていうか。神聖なものだとまで大袈裟なことは言わないけどサ、それでも“特別な好き”の表現なんだから、いい加減な扱いになってる部分があるのって、なんかヤじゃない?
「そ、そうよね。うんうん。」
 勢いのあるご意見へ、こりゃあ逆らっちゃ不味いかなと、是とばかりに相槌を打つと、
【そうだろ? 大切なことなんだから、もっと真面目に…あのその始めて欲しいのに。もうゾロには、そういうのは面倒臭いのかなぁ。】
 今度はちょこっとしょんぼり項垂れる奥方だったりするのを、そんなことはないと思うわよと、何とか宥めて励まして。……………結局、小一時間ほどもルフィのご機嫌のテンションが上がったり下がったりするのへと付き合わされたナミさんで。やっとこ落ち着き、あ、そっちはもう遅いのにごめんねと慌てて“ぺこりんこ”と頭を下げたかわいらしい子。さして夜更かしというほどでもなかったので、気にしなくていいわよと笑い、やっとのことでラインを閉じたものの、
「はぁ、驚いた。」
 ルフィからは色々なお惚気をこれまでにも結構聞かされているけれど、今回のはちょっと珍しい種類のものであり、

  「…お惚気なんですか? 今の。」
  「ええ。立派な、ね。」

 PC前から回転椅子ごとクルリと振り返った先。此処、家庭用の執務室 兼 書斎の戸口のすぐ傍らにて。背後から女性執事のロビン嬢の手で…きっちりと羽交い締めにされていたところのムシュ・サンジェストが立っているのへ、にっこりと微笑む奥様であり。
「ありがとね、ロビン。」
「いいえ。」
 下手を打つと“そんな不真面目不謹慎な野郎とはとっとと縁を切れ”などと、お惚気を真に受けて、怒って乱入しかねなかった夫をよくぞ制してくれましたと。こんな絶妙なことへまで機転の利く内務秘書女史へと、お礼を述べた ナミ奥様。
「だって。あんなこと、そうそう誰にも彼にも話せる? 他の蓮っ葉な子ならともかくも、あのルフィがよ?」
 閨房がらみの微妙な話題なのだから…愚痴とか本心からのお悩みだったとして、まだまだ初々しいまでに熱愛中な彼らのこと。特に、誰かに他言するようなルフィだとは思えない。ねぇ聞いて聞いてというところから発している、つまりは“お惚気”だからこそ。泣きつくような格好ではあれ、ナミへと話した彼なのだろうと断じた奥様であり、

  「何たって思春期はサンジくんが育てた子でしょう?
   だから、それなりの慎ましさを計算に入れてから話を聞かなきゃね。」

 お綺麗な手の先、細っこい人差し指を宙で振って“そうでしょうが”とにっこりと微笑った奥様の、それはそれは甘やかな笑顔に、

  ――― どきんとvv ///////

 ハートを射止められた金髪痩躯の旦那様。もう遅いから休みましょうねと立ち上がった奥方に、ハッと慌てて歩み寄り、恭しくも手を取って、私室までをとエスコートにかかる。そんなご主人ご夫妻へ、おやすみなさいの会釈の礼を差し向けたロビンへだけ見えるように、うふふvvと悪戯っぽく笑ったナミさんであり。ご亭主を含めて、性懲りのない男の子たちへ

   “まったく、しょうがないわよねvv

という苦笑が絶えない、心優しきマドンナたちであるようです。窓の外には、つるんと冷たいビロウドみたいな夜陰の帳
とばり。その頂上には、お母さんのような優しい光をまとった月が、優しく微笑んでおりましたとさ。




   〜Fine〜  04.12.05.


  *風邪さんがしつこくて、シリアスなお話がどうにも進まないので、
   こういうのはどうかなと、箸やすめに
(?)書いてみました。
   そういう時期ではありましょうが、
   酔っ払いは総じて好かれませんので、皆様、ほどほどに致しましょうね?

ご感想などはこちらへvv**

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