月睦夜 〜バレンタイン 千紫万紅オマケ篇


 ――― どうしよう、どうしよう。
     これ以上の"好き"なんてないと思ってたのに、
     昨日よりずっと、さっきよりもっと、
     どんどん、どんどん、好きになる。
     もっとずっと好きになる…。


「…ルフィ?」
 ふと気づいて見やれば、大きめのダウンのクッションを胸元へ抱き込んだまま、ソファーの背もたれに少し斜めになりかかって凭れていて。そんな態勢でいることに、だが、自分では気づいていないらしい彼の、それは幼い童顔を覗き込めば瞼が何とも重たそうだ。小さく微笑って腰を上げ、クッションをそっと取り上げてから、覆いかぶさるようにして体の下、背中と膝の辺りへ腕を滑り込ませ、抱え上げようとすると、
「…ん、ゾロ。もう寝るのか?」
 まだ"うたた寝"段階だったらしくて、覚束無い声をかけてくる。
「いや、俺はまだ。」
 二人して眺めていたテレビでは、数年前にヒットしたアクションものの映画が放送されていて、丁度半ばのクライマックスを過ぎた辺りだ。
「じゃあ、俺も起きてる。」
 温かい手でこちらの着ているトレーナーの胸元をきゅうっと握って来る。
「何言ってる。もう半分くらい寝てるじゃないか。」
「寝てない。」
 言い返しながらも、こちらの胸へと擦り寄ってくる頬が、トレーナー越しでもそれと判るほどほのかに熱を帯びて温かい。そうかそうかとあやすように相槌を打ち、身を返して抱え上げた後のソファーへ腰掛け、背凭れに引っ掛けてあったブランケットでくるんでやる。ふやふにゃと寝息とも寝言ともどちらとも取れそうな声で何かこちらへ言ったようだったが、胸元へ軽く押しつけるように抱え込んでいると、やがては規則正しい寝息が聞こえて来だした。

  『俺はもう大人だっ!』

 いつも何かにつけてそんな言いようをする彼だが、身体の方はまだまだ発育途中の少年で。旺盛な好奇心とちょこまかとした行動力を支える疲れ知らずのお元気さは、体力に自信ありなゾロでさえ舌を巻く程ながら、その素晴らしい回復力を支えるためにか、夜が更ければ自然と眠くなるのがご愛嬌。自分の手元にいなかった間も、あの男、サンジから…この幼い風貌に合わせた躾けをちゃんと施されていたことが偲ばれる。そういう引き合いにあの青年を思い出すのは、やはり少々面白くなくて。
"見かけによらねぇ話だがな。"
 おいおい。
「………なあ。」
 再び、ゾロの注意がテレビの画面に移って少々。舌っ足らずな声がして、トレーナーの胸元を軽く引っ張って来る。
「どした。」
「う…ん。」
 むずがり半分の焦れたような声。
「この映画、ビデオでも観れるんだろう?」
「まあな。」
 テレビの、しかも地上波放送だ。ということは、とっくにビデオもDVDも出ていることだろう。
「だったら、なあ…もう良いだろ?」
 寝ているものと思ったが、先程からこちらのトレーナーをきゅうっと握って離さない彼であり、頬が熱いのは"眠いから"でなく…どうやら別の理由もあったらしい。
「………。」
 フロアライトだけの、仄暗いムーディな部屋。こちらの胸元へこしこしと額を擦りつけてくる仕草に苦笑しつつ、ローテーブルの上に無造作に投げ出されてあったテレビのリモコンへと、無言のまま、手を伸ばしたゾロだった。


            ◇


「…ん、んん…。」
 何度も貪られることで、刺激を受け、紅く染まった口唇が煽情的で。だが…両方を片手で軽々とひとまとめに掴み取ってしまえる細く華奢な手首や、撓やかに反り返る喉元の仄白さが、彼がまだ子供なことを強調する。同じ男でありながら微妙に同じでない存在。まだ慣れぬ愛撫に耐えかねて、無意識のうちにも逃れようとする仕草の拙い部分のたどたどしさが、時には…自分にもあったらしい嗜虐的な部分を刺激しもするが、それを覆い尽くすようにすぐさま込み上げてくるのが、彼に対する保護欲のようなもの。守りたいとか慈しみたいとか、大切にしたいと思う気持ちがあふれ出すから、
"…もしかして。"
 そう。もしかして自分は、彼に恋をしているのではないらしいと思っていた。そんな風な、理不尽な情熱と不安定な切なさとが織り成す純情な時期をとっくにすっ飛ばして、いい子だいい子だとあやしながらただ一緒にいるだけで満足出来る、愛情の段階へ至っているらしいと。それもあって、ついつい放ったらかしというズボラをしていたものだから、彼を多大なる不安の淵へ立たせもしたほどだ。…だが、
「…あっ。んん、ぁあ…。」
 日頃には聞かれない、短い悲鳴のような甘い睦声に、体内の血が音立てて駆け巡るのが判る。こんなにもときめくのは何故だろう? 小さな小さな彼を守りたいのも本心だが、時にはそれと相反する熱を帯びもする、彼を隅から隅まで全部ほしいと思う、この気持ちは? この腕の中に抱きすくめ、自分のものだと至るところに愛咬でもって印を刻みたくなるこの衝動は? 柄にもない話だが、切ないくらいに愛惜しい。つい苦しくてか逃げ出そうと身をよじる彼を、そうはさせまいとしっかと組み伏せ、もっともっと切なる声を上げさせたくなる。熱に染まった目許へ、桜色に染まったやわらかな耳朶へ。なめらかな頬、小さな顎から細い首条へ続くおとがいへと、いやいやと首を振る抵抗に煽られるように、数え切れないほどのキスを落とせば、
「ん、ん…。」
 潤んだ眸が見上げて来て、何か言いたそうな顔をする。
「…どした?」
 静かな低い声で訊くと、
「あのな…、ゾロも脱いで、シャツ。」
「暑いか?」
「…違う。でも、じかに、さわってたいから。」
 荒い息の下から切れ切れに紡がれる、幼い言い回しが愛惜しい。言われるまま、アンダーシャツ代わりに一番下に着ていたTシャツを大きな動作でばさっと脱ぎ去ると、淡い明かりの中に、陰影のついた逞しい裸形が浮かび上がって、
「………。」
 熱に浮いたような表情になりながらも、じっと見惚れているらしい、ルフィからの視線が何だかくすぐったい。
「これで良いんだな?」
 ふわりと再び覆いかぶさって、耳元で囁くと、くすぐったげに身をすくめて見せる。くくくっという楽しげな笑い声が、ふと途絶えて。甘い蜜をまとったような睦声が、それと入れ替わるように切れ切れに溢れ出し、
「…っ、あ、ああっ!」
 ひくっと震えた小さな体を、包み込むように抱き締めてやり、荒く乱れた呼吸を宥めるようにじっと静かに待ってやる。………それから。
「………ぁん。」
 体勢は変わらぬままながら、巧みに動いている手が滑り込んだ先。ほとばしった熱を少しばかり塗りつけた指先を差し入れて、少しずつ少しずつ肉壁からの抵抗を緩めてゆく。最初は"どうして?"と不思議そうに戸惑っていたものが、日を追うごと、少しずつ意味が分かって来たらしく。そしてこの頃では、
「ん、んん…。」
 呼吸を弾ませ、声を弾ませ、再び兆して来た熱に、困ったような眸をしてこちらを見上げて。
「ん、ゾロ…。」
 何事か訴えたげな顔をして見せる。
「ん?」
「っあ、ん…。」
 時折、声を弾ませるのへ、
「どした?」
 静かな声で訊いてやると、
「今、ん…そこ…。」
「? …ここか?」
「あっ!」
 不意に込み上げた刺激に苛
さいなまれ、ぎゅうっと眸を瞑ってこちらの腕や肩にしがみつき、悲鳴のような甘い睦声を上げる。こんな反応を見せるほど、奥まで侵入しても大丈夫になって来て。だが"それ以上"に行為が至ったことはまだない。
「…ああっ!」
 再度込み上げて来た波が絶頂に達したのを宥めてやってから、枕灯の光度を少しばかり上げてやってベッドから離れ、しばらくしてからお湯で絞ったタオルなぞ持って戻ってくる。甲斐甲斐しく体を拭ってくれて、洗いたてのパジャマを着せてくれて。本当に本当にやさしい彼であるのは心から嬉しいのだが、
「なあ、もう大丈夫だからさ。」
「ダメだ。」
 このところのお決まりとなった問答がまた始まった。どこかねだるように“訴える”ルフィと、それを“ダメだ”の一点張りで受けつけないゾロと。
「全然痛くないもん。だから…。」
「ば〜か。あんなもんじゃねぇんだぞ? まだ指一本だろうが。」
 言ってから、ちょっと…偉そうに言うことでもないよなと、ついつい苦笑が洩れる。それを誤魔化すように、ポンポンと頭を軽く叩いて、
「まだまだ全然ダメなんだって。」
 宥めてやるゾロだ。あまりに日が浅いせいで、どうしてもどこか痛々しくて。ただでさえ、年端のゆかぬ幼い少年を、大の大人が苛
さいなんでいるかのような錯覚を受けないでもないというのに、そんなキツイ目にまで遭わせる訳にはいかない。ぱさぱさとまとまりは悪いが、水気は多くてつややかな黒髪を梳いてやり、
「無茶したらぶっ壊れちまうぞ?」
 横になりながら胸元に掻い込んだ幼い顔を、半ば諭すように見下ろせば、
「うう"…。」
 いかにも不満だという表情でむくれて見せる。そんな顔まで愛惜しいのだから、これはもう重症だなという自覚とともに、
「何でそんな焦るんだ?」
 闇にさえ聞き取られまいとするかのような、低まった声で静かに訊くと、
「だってさ。オレ、早く、ゾロんこと欲しいんだもん。」
「………あのな。」
 そんな"欲しい"って、あんた…。男前な台詞だが、ウチは"ルゾロ"は絶対やらんぞ?
おいおい …じゃなくってだな。
「ゾロの物にもなりたいし…何て言うんだろ。早く"一緒"になりたいんだもん。」
 相変わらず一生懸命に思い詰めているが故の歯痒さが、ついつい"もっともっと"と彼を急
かしてしまうのか。
「…だから。焦んなくて良いんだよ。」
 んん?と顔を覗き込む。ちゃんと伝えておかなかったばっかりに、彼をひとしきり不安にもさせたが、今はお互いに自覚し合っている。相手の気持ちと、そして自分の本気とをだ。
「判ってるだろ? 俺にはお前しかいないんだ。何にも焦る必要なんてないんだ。な?」
 恐らく、昼間の明るさの中では絶対に言えなかろう言葉をわざわざ言ってくれたのが、さすがに判って…嬉しくて。
「…うん。」
 こくんと頷いた途端、よしよしと髪を撫でられて。微妙なところで“子供扱い”ではないと判っているからやっぱり嬉しい。………とはいえ、身体と心のギャップには結構慣れたつもりでいたのに。こんなことへも響くとは正直思わなかったものだから、ルフィにしてみれば…まだるっこいし、切なくて切なくて仕方がない。子供の未分化な駄々や我儘ではなくて。様々な葛藤や我慢や苦痛を舐めて来た末に、やっと触れてもらえた愛しい人なのだ。不確かで不安定な心まで確かめ合えて、だというのに…選りに選って"未成熟なカラダ"のせいで、感情と感覚の境目、心のすぐ間際にまではにじり寄ってはもらえないのが歯痒くて辛い。
「あ〜あ、早く大きくなりたいなぁ。」
 いかにも子供の言いそうな台詞を、それはそれは切実そうに言うものだから、肩を抱いていたゾロがついつい"ぷふっ"と吹き出してしまった。すると、
「何だよっ。笑うことないだろっ!」
 本気で怒って、高い声を張り上げるから。悪かったってと何度も謝って。もがいて暴れる小さな身体をぎゅうっと抱き締めると、まだ怒ってはいながらも、居心地のいい温もりに頬を埋め、大好きな匂いを吸い込んで見せる。
「ホントなんだから。セツジツなんだからな。」
「ああ、そうだな。」
「ホントだぞ?」
「ああ。俺にとっても切実な問題だ。」
「…ホントか?」
「ホントだ。」
 抱き締めたまま目許に頬に、軽いキスを幾つも落とす。すると、今度は嬉しそうに、だが、そんな顔を見せるのが、恥ずかしいのかそれとも癪なのか、やはりこちらの胸元へ顔をぐいぐいと押しつけて来て。
「じゃあ我慢するけどさ。でも、ホントに、大丈夫んなったら…。」
「判ってるよ。俺だって我慢にも限界があるしな。」
 胸板の上へよじよじと登って来た小さな愛しい身体に腕を回して、毛布を肩まで引っ張り上げてやる。
「もうお休み。」
「うん。」
 小さな我儘天使が、甘い吐息をついて素直に眸を伏せたのが判った。何にも代え難い温もりに、こちらもうっとりとため息を一つ。腕を伸ばして明かりを消して。そうして訪れた静謐
しじまの中、チョコより甘い、バレンタインデイの夜が、音もなく蕩けていった。



   〜Fine〜  02.1.14.〜2.8.


  *特にそういう決まりにしたわけではないのですが、
   二ヶ月周期の裏モノでございます。
   久し振りなものだから、勝手が判らず、少々往生しました。
   いえ、ホントですってば。(滝汗)


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