斑ムラ一つなく上出来に染まった青絹のような、軽やかに明るい空の下に、藍のサテンを翻してたゆとう大海原が広がっている。その周辺を年中無休の驟雨嵐ストームに囲まれた分だけ、それは麗らかな日和に包まれた長閑な海域。素晴らしいのは海上の気候のみならず、海中の実りもまた格別で。唯一の大陸レッドラインや簡単には制覇の敵わぬグランドラインのせいで、南北と東西とに四分されている世界中の大海原。そのそれぞれの海域にしか生息しない筈な魚介類の、その全てが一堂に会して生息する夢のような海域。それが此処"オールブルー"だ。長い間、海のコックたちの間で名前だけを囁かれつつも、実際に存在するなんて有り得ないと、ただの伝説、作り話だと一笑に伏されて来たその魅惑の海域を発見し、それのみならず、そこへ立派な海上レストランをおっ立てた男がいる。
「オーナーも何とか生気が戻って来たようだね。」
「ああ。いくら何でももう一月にもなるんだからな。」
「しゃっきりしてもらわねぇと、示しがつかねぇぜ。」
コックたちが苦笑混じりに見やった先では、金髪碧眼、長身痩躯、モデルか俳優ばりの美丈夫が、ちょいと不機嫌そうなお顔にて"たたたたたたた…"とそれは鮮やかな包丁捌きにて、野菜の山をシャキシャキのサラダへと変身させているところ。白い指先はペティナイフから大きな大きな牛刀までもを自在に操り、細っこい腕はだがだが重い筈の北京鍋やずん胴鍋をやはり自在に振り回し。意外性と鮮烈さで人々の関心を惹きつける前菜に始まり、絶妙な味わいから不思議と手が止まらないスープやパスタ。時に奇抜な組み合わせにて息を呑ませる、メイン皿ディッシュへのプレリュードのサラダ&副菜。そしてそして、繊細にして大胆な味わいと美しき装飾をなされた空前絶後の仕立てへ誰もが蕩ける主菜が弾けて、その余韻を含んだままに客人たちを酔わせる魅惑のデザートまで。彼の作るフルコースを食べるためなら魔海と名高い"偉大なる航路グランドライン"も何するものぞと、勇敢なんだか奇矯なんだか、よく分からない階層の人々を乗せた船団がこぞって船出するようになった、そんな風潮を招いた奇跡のシェフ。それが…やはり不機嫌そうな頬の堅い線を、顎先まで伸ばした髪の陰に覗かせて、少しばかりうつむいたままフライパンを振るっている、この海上レストラン『バラティエU』のオーナーシェフこと、ムシュ・サンジである。
「大体だ。元はグランドラインを牛耳った大海賊の一員だったってお人だぜ?」
「そうそう。どんな恐持てのする荒くれ共でも敵わない、
海賊王の仲間だったってお人なんだからさ、
いつまでも腑抜けなまんまでいちゃあ 訝おかしいって。」
そう。この海上レストランが、ただでさえ航行の難しい海域のそのまた奥の院、所謂"隠れ里"のような見つかりにくい場所にあったにもかかわらず、あっと言う間に評判になったのは、前人未踏、完全制覇出来たのは後にも先にもゴール=D=ロジャーたった一人だけと言われていた"グランドライン"が、奇跡の冒険を成し遂げた"新しい海賊王"の辿った軌跡を追うことによってあちこちから解明され、他の人々にも通過するのが…まま多少は容易に可能となったせい。そして、そんな海賊王の頼もしき仲間だったという若きオーナー氏は、この海域にて皆と袂を分かつこととなった。育ての親譲りの鞭のように撓う強靭な脚から繰り出される蹴り技が、海賊共に対するには十分なほど"必殺"の武器であったため、戦闘力においても重々頼りになった彼は、仲間の一人、航海士だった美貌の才女と結婚。そのまま海賊船から降りると、必死になってレストランの宣伝を打った。これからの生活のことしか考えていなかったからでは決してなく…そこからこそりと離れた"一行"への追跡の目を逸らすため。それらが功を奏したか、オールブルーの海上レストランは、食材の豊かさと天才シェフの腕の良さとで瞬く間に世界一の称号を得てしまい、かつてはその存在を夢のだの幻のだのと呼ばれていたこの海域に成り代わり、彼自身が"奇跡の名シェフ"などと呼ばれてもいるという。
「でもねぇ。
オーナーがベルちゃんをどれほど大事にしていたかは、
あたしらだけじゃあない、
お客様の中にだって知らない者なんていないくらいだったしねぇ。」
そう。そんなシェフ殿には、美人の奥方に負けず劣らず、目の中に入れたって痛くはないぞ、えっへんと胸を張っちゃうほど溺愛している一人娘がいる。ベルという名は妻がつけた、自分の水色の瞳と奥様のみかん色の髪を譲り受け、二人双方の嫋たおやかな美貌を受け継いだ…と父は固く信じているそれはそれは愛らしい女の子。気性は母上に似ていて、そりゃあもうお転婆で才気煥発な、いかにも今時の女の子。年の頃も十五となって、少しずつ少しずつ女性らしい顔立ちや体つきになって来て、ああこれは先が楽しみだが、父親が父親だからね、社交会へのデビューも遅かろう。絶対に手元から離すまいよなんて、微笑ましげに噂されていた…そのお嬢ちゃんが。
『それじゃあ、パパ、ママ、行って来ますっ!』
朗らかに手を振って小さなキャラベルの船上の人となり、生まれ育ったこのレストランを旅立って行ったのが、今から丁度一カ月前の話。彼女自身と大差無いほどの年頃の、まだまだ子供な少年たちが、たった二人で船を操っての旅の途中に、この奥の院まで訪ねて来たのだが、そんな彼らの冒険の旅にすっかり魅せられたじゃじゃ馬さん、絶対について行くと言って聞かず。自分たちが"現役"だったのとは、背景も違えば条件も違う。環境的にも技術的にも、そして…いまだに海賊たちが闊歩しているという"付帯状況的"にも、危険が一杯な海の旅。何より、最愛の娘をどうして逢ったばかりのお子様二人に任せられようかと、父上、そりゃあ反対したのだが。一体どんな手を使ったやら、お嬢ちゃんは両親からのOKを取りつけ、今日と同じくらい気持ちのいい空の下、晴れやかに旅立って行ったのだ。それからのずっと、どこか魂が抜けたような様相にてめっきり惚けていたオーナー様だったのだが、いつまでもそんなじゃあ、ベルが凱旋して来た時には『バラティエU』の方が沈んでいましたなんてことに成りかねないわよと奥方が発破をかけて、それで何とか立ち直ってくれたという訳なのだが。
「…あら。」
このレストラン船にはコックたち男衆だけでなく、美しき奥方があちこちから集めた選りすぐりの女性スタッフたちもいる。広報や経営関係のマネージメント管理を受け持つ精鋭揃いのセクレタリー軍団。こちらは完全に別動班で、寝起きから仕事に至るまで、最も近い島の港町に事務所を構えての営業なのだが、そこからまとめて届けられた郵便物を眺めていたマダム・ナミは、そんな中に随分と汚れて煤けた封筒が1通、紛れ込んでいるのに気がついた。上流階級の客しか相手にしない店ではないが、予約なんてものをわざわざして来る客層ともなると、勿体振ったセレブな方々。華やかで凝った封筒が多い中に、地味で煤けたその1通は相当目立ったのであるが、妙な代物はそれこそ事務所での選別にあって弾かれている筈。
"誰からかしら。"
差出人は裏になっているらしいなと封筒をくるりと返したナミさんは、だがだが、
「………っ!」
それは勢いよく席を立つと、他の書類は放っぽり出して、そうは見えないが…大概の猛者を一撃で静めることも可能な白い拳にて(笑)、事務室のドアを叩き開いた。
「サンジくんっ! サンジくんっ、早く来てっ!」
呼ばわりながら自分も廊下を駆け出して、つややかな大理石が敷かれたホールへと出たところで、
「どうしましたっ、ナミさん。」
向こうは厨房から飛び出して来たらしい夫とそこで鉢合わせた。一体何事があったのかと、そりゃあもう慌てた様子であり、眸を大きく見張った驚愕の表情にあっては…ナミの方が"何かあったのか"と訊きたくなったほど。
「ナミさん?」
「あ、ああ。ごめんなさい。」
ちょいと奇妙な沈黙の後、気を取り直したマダム・ナミは、さっき自分を飛び上がらせた封筒を愛する夫の目の前へとかざして見せる。
「これよ、これ。」
裏書をと鼻先に突きつけたナミであり、
「手紙…?」
あまりに近づき過ぎて、ただ白っぽい壁にしか見えない封筒。そっと奥方の手首を掴んで、何とか…書かれた字が読める距離へと離してから、あらためて読んでみたサンジは、だが、
「…こ、これはっ!」
奥方の驚きぶりなんて甘い甘い。こっちは…水平線の彼方から途轍もないビッグ・ウェーブがイルカを何頭も乗っけて沸き立ちそうなくらいの大感動に身を震わせながら、だが…言葉が出なくて。封筒とナミの顔とを、何か叫び出したいような顔付きにて、交互に交互に見やるばかり。気持ちは分かると、奥方の方でも"うんうん"と頷き返してやって、
「とにかく事務所へ行きましょう。いいえ、テラスデッキの方がいいかしら。ハーブティーでも飲みながら、二人で読みましょうね。」
1ヶ月振りに届いた愛する娘からの手紙をと、弾む心持ちにて微笑って見せた奥方だったのだった。
◇
『大好きなパパ、綺麗なママ。お元気ですか? ベルです。
こちらも皆して変わりなく、毎日元気で航海中です。
今どこに居るのかを書いたところで、
これがお手元に届く頃にはもっとずっと先へと到達している筈。
それでなくとも、パパが気を揉むばかりだろうと思いますので、
だから敢えて此処には書きません。』
ベルがその冒険旅行にどうしてもついて行くと言い出したお相手たちは、先にも述べたが彼女と大差無いほどにまだまだ幼い十代半ばの少年たちで。たった二人でグランドラインのこんな奥まった辺りまで、無事に航海して来られたその腕っ節、操船技術も喧嘩の方でも確かに素晴らしいものであればこその結果ではあろうけれど。それでも、大切な箱入り娘を任せるには、シェフ殿、かなりの決意が必要だった。二人の少年はイーストブルーの和国の生まれで、特に船長の方は…実は実は微妙に初対面ではない間柄。その昔、この夫婦が海賊であった頃に乗っていた船の船長と副長の息子であり、坊やが"授かった"ばかりの頃には、ミルクを飲ませてやったりおむつを替えてやったほどの相手。こらこら いや、そうじゃなくって。(笑) 坊やの両親がどれほどの人物であるのかを、彼らは重々知っている。命の価値を知っていて、誇りの価値も知っていて。約束の重さ、勇気の輝き、仲間のいかに大切であるかをいつだって忘れなかった、それはそれは素晴らしい船長さんであり。そんな船長がちょっとばかり…破天荒で規格外で無鉄砲で常識知らずな無茶苦茶な人物であったのを、きっちり把握し丸々呑んだ上で…何の憂慮もなくあっさり後に続いてしまうような、やっぱり破天荒だった"冷静な"副長さんであったのは、記憶にまだまだ鮮やかで。連戦連勝、うっかり初戦で負けてもしぶとく食いついて最後には粘り勝つ、とんでもなくパワフルで、だのに人としての大事なことを忘れない、極めつけの"ピースメイン"であり続けた、気っ風きっぷのいい男たち。そんな両親が七転八倒しつつ育てて、その意志から申し出た冒険への旅立ちを笑って見送った子だ。それなりに見込んでのことだろうと、信頼はしているものの…それでもやっぱり、それはそれ、これはこれじゃないのかと、見送った今でさえ時々煩悶に苦しむ複雑な心境の父上であるらしい。
"当たり前ですよ。"
あはは…。そうですよね、うんうん。
『あと一本、ログを辿れば"アラバスタ"という大国の島に着くそうです。
キャプテンが言うには、彼の両親やパパもママも、
その国には行ったことがあるそうですね。
ビビっていう王女様と大冒険をしたんだぞって、
果てしのない広い広い砂漠を歩いて渡ったし、
彼のお父さんはそこで鋼鉄を斬る奥義を身につけたし、
お前のパパは怪獣みたいに大きな大きなバナナワニを一蹴りで倒したんだぞって、
ママは雨を降らしたりハリケーンを呼んだりする不思議な杖で戦ったって。
あたしの知らないそんなお話を一杯してくれました。』
「うわ〜〜、懐かしいわね、アラバスタか。」
時々手紙のやり取りなんぞもしないではなかったけれど。王女は国の再建に、こちらは新しい冒険に、お互いに途轍もなく忙しくなり、王族のやんごとなき人に自分たちのような伝手があるというのも不味かろうなんて思うような年頃になって。いつしかそんな交流も途絶えて久しいけれど、あの時の冒険や戦いの数々は今でも鮮烈に覚えている。
「Mr.プリンスなんて名乗ってたの、覚えてる?」
目許をきゅっと細めて悪戯っぽく訊く奥方へ、しょっぱそうな顔になって苦笑するサンジは、
「ナミさんこそ。今でもウソップに作ってもらった三節棍、大事に取ってあるんでしょう?」
天候の仕組みに詳しい彼女には打ってつけだった武器"クリマ・タクト"。それまでは航海士として、そして大蔵省としてしか冒険の旅には貢献出来なかった非力な彼女が、戦いの場にも頼もしく加わったその初戦が、アラバスタでの内乱鎮圧だったっけ。そんなアラバスタ王国も、今ではもうすっかりと再建復興を遂げていて。とある組織が絡んだ謀略に最後まで気づくことが出来なかった世界政府としては、何の口出しも出来ぬまま、彼かの国の発言権やら立場やら、支えるしかない情勢なのだそうで。元の、いやいやそれ以上の文化文民国家としての体制も、間もなく整うということだ。
『今のところは"海賊ハンター"という形で
ちょっかいを出して来る海賊たちを片っ端から迎え撃ってる彼らです。
どんな大群でもたった二人であっさり叩き伏せるほど、
とってもとっても強いのに、普段は全然そんな風じゃないから不思議です。
子供みたいなことで口喧嘩とかしてたりするの。
キャプテンは釣りが得意で、
停船させなくても入れ食いで、山のように釣り上げてしまいます。
ウソップさんて人に作ってもらった竿だからだよなんて言ってます。
衣音くんはお料理が得意で、
パパほどの腕じゃあないけれど、
食べたいって言ったもの、大概は作ってくれます。』
「……………。」×2
ついつい沈黙してしまったご両親だが、感じ入ったポイントは大きく違って、
「あの子ったら、相変わらずお料理は出来ないままなのね。」
選りに選ってあんな凛々しい男の子に任せっ切りだなんてと、マダム・ナミが呆れているお向かいにて、
「それより、ですよ。あの二人が強いのはありがたいことですが、何にだって上には上がいる。今は無事でも…。」
既に海賊たちとも遭遇しているらしいとあって、居ても立ってもいられないとジリジリして見せるパパサンジさん。親心ですねぇ。とはいえ、
「それは確かに心配だけれど、そうね、さほど浮足立つほどのことはないと思うの。」
「ナミさん?」
こちらは相変わらず、その点へは何も案じてはいないらしいナミさんで、
「だって。子供が操ってる船に"しめたっ"なんてちょっかい出して来るような考えの浅い連中よ? 彼らなら軽く叩きのめせるってベルだって書いてるわ。そのくらいのレベルの相手なら心配要らないってこと。」
ふふんと笑って見せる辺りは、まるで我が子たちの素養を誇らしげに語っているかのよう。
「本来なら、このグランドラインで子供しか乗ってない船だなんて、何かあるんじゃないかってまずは警戒するものよ。そうでなきゃ、逆に先々が楽しみだなんて笑ってくれるような大物さんとかね。そういう本物は、まずは手を出して来ないってこと。」
打ち取れたって"子供相手に何をやってるか"って笑い者にされるだけですものね。
「いや、それは正論ですけれど…。」
理屈と現実はやはり違う。そうであってこそ誇り高き立派な海の男ではあれ、実情は…手軽に落とせる船ならば、手当たり次第に襲い掛かるのが海賊ではなかろうか。考え方は確かに"小さい"が、そんな輩だからこそ馬鹿みたいに力だけは強いというクチの、恥知らずな奴もいようから、と。サンジパパは気が気ではないらしい。だが、
「ここで慌てたって仕方がないでしょうが。」
一蹴しちゃうから、ナミママ、強い。おいおい
この一文へは、
「…そりゃあ違うだろ。」
意外や意外。サンジがけろりとそんな風に呟いた。
「? どういうこと?」
「衣音くんの方は知りませんがね。あの緑頭の坊主の方は、ルフィに似ていて"フェミニスト"なんかじゃあないと見ました。」
今度はサンジの側が、よほど自信があるのか"ふふん"と強かそうに笑って、
「覚えてませんか? あいつは…ルフィは、女の子にだって容赦なく手を挙げるよなとこがあった。」
「あ…。」
そういえば。そういうシーンは結構あった。敵であれ味方であれ、女性が相手となるとつい、力にせよ気勢にせよ加減してしまう彼らだったものが、あの船長さんだけはそういう区別はしなかった。敵の幹部であれば、戦場にいるからには遠慮なんかいらないとばかり容赦なくぶっ倒したし、仲間うちの女の子へ"話を聞けっ"と殴ったこともあった。
「俺にしてみりゃ信じられない所業でしたし、あのゾロでさえ、自分には出来ないことだからか息呑んでましたがね。でもそれは…女性は非力だってことを分かってない奴だからじゃなく、女だからとか子供だからとか、そういう区別が出来ない奴だったからだ。」
「…そうよね。」
それに関してはナミにもすぐさま思い出せること。彼には仲間か敵かという区別しかなかったし、時にはそれさえも"どうでもいい"ことになった。追っ手だった海軍大佐を助けたこともあったし、自分たちをさんざん苦しめた組織の、しかも幹部格の人間を、すんなりと仲間にしたことだってあった。ルフィには、男か女か、子供か大人か、どこに所属しているかなんて関係ない。本人がどういう人間であるのか、ただそれだけ。仲間に依存し期待するという傾向が薄かったのも、そんなせいからだったのかもしれなかったけれど。だがだが、彼の側からは。仲間だというだけで"そこまでしてくれるのか"というほど全力でフォローをしてくれた頼もしい少年。自分の出来る限りを出し尽くすのが、そうし合って大きな敵や壁に一緒にぶつかるのが"仲間"だろうがと、自分を8年間も縛っていた魚人族の魔手からさえ捨て身で助けてくれもしたし、
『未来の海賊王の仲間クルーが、そんな情けない顔するんじゃないっ!』
思い出すのは…空島"スカイピア"での一悶着。悪魔の実どころじゃあない、人ならぬ能力を持つ存在からの徹底的な攻撃に遭い、頼もしい筈の仲間たちが次々に倒れ、絶望に身を震わせてしまったナミへと、ルフィは苛立たしげに、怒りさえ帯びた声でこうと怒鳴ったのだ。
"……………。"
それまでは。たとえ途轍もない敵が相手でも、気力でだけでも前向きだった。アーロン、バロック・ワークスのオフィーサー・エージェントたち、そしてクロコダイル。大荒れの海、身も凍る極寒の地、果てしない砂漠、ノックアップ・ストリーム。人でも組織でも自然環境であろうとも、どんな壁が立ち塞がっても乗り越えて来た。惜しいかな歯が立たなくたっても、やるだけのことは やったんだからと、だから後は任せたぞと、ルフィの戦いを不敵そうな顔で見守った。そして、そんな彼らであることを誇りに、彼らの期待を糧に、よっしゃとその小さな身に受け止めて。そりゃあもう完膚無きまで。自分の側の限界さえ考えないで。全力全霊で敵に対したルフィだったものだ。だのに、いや、だから。もしかしてもうダメかもと、絶望に支配され、蒼白になってしまったナミへ。そして、もしかして…すっかり打ちのめされて昏倒していたゾロやロビンやチョッパーや、その場には居なかった仲間たち全員へ、彼なりの叱咤激励の声をかけたルフィであったのかも知れない。
「…そっか。そんなルフィの子ですものね。」
時々は女であることを武器にしていた自分を誹謗することはなかったが、そうせざるを得なかった女の身の悲しさにも気づかなかった鈍感男。強くて頼もしく、屈託がなくって眩しくて。誰もがそんな彼に"特別"を捧げていた中、永遠絶対の伴侶にむさ苦しい剣豪を選んだ辺り、
"確かに。男だ女だって区別はしてないわ、うんうん。"
あ、あの…ナミさん? もしもし?(笑)
冗談はともかく。(笑) とりあえずは元気で楽しくやってますというお便りに、ご両親もその胸を何とか撫で下ろしたご様子で。芳しき極上のハーブティーを味わいながら、
「本人からの便りで良かったわ。」
マダム・ナミはしみじみと呟いた。
「はい?」
愛しい娘の分身であるかのごとく、数葉の便箋を何度も何度も読み返しているサンジがキョトンとしたのへ、
「だって、これが新聞記事とか賞金がついたっていう手配書だったら、こんな落ち着いてられないでしょう?」
「………っ☆」
あら、気がつかなかったの? その恐れだって重々あるのよと、どうやらご亭主をからかって遊びたいらしき奥方の言いようにまんまと乗せられ、
「ベル〜〜〜っ!」
お嬢ちゃんの身を案じて…やっぱり全然落ち着けはしないらしい、ムシュ・サンジであるようだ。はてさて、心配症な父上の祈りは届くのか。遠い遠い空の下、一体何処でたゆとう彼らであるやら。それはまた、別のお話にて…。
おまけ 
『そうそう、それと。ギンという男の人に会いました。
物静かで渋くてカッコいい、とっても強そうなオジ様で、
何でもパパには物凄くお世話になったんだとか言ってました。
あたしを見て、パパの娘だってすぐに分かったって。
ちょっと…複雑だったです。』
「…複雑って、どういう意味でしょうか。」
「そりゃあ女の子ですもの。」
たとえ。とってもいい男であったって、誰よりも愛していたって、わざわざ図に載せる必要はない、というのが、ナミさんの変わらぬモットーであるらしい。
今日の一言。
「女は褒めれば褒めただけ綺麗になるが、男は褒めるとロクなことにならない。」
〜Fine〜 03.6.18.〜6.24.
*ナミさんBD企画ということで、
本当に久し振りのこのお話を書いてみました。
本誌でのタイムリーな船長の一言から生まれたお話ですが、
いかがなもんでましょ?

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