雨だれは子守唄

        〜ロロノア家の人々・外伝“月と太陽”より
 

 アメリカの東海岸のどこだったか。ハネムーンに二人きりのクルージングへと船出した豪華なヨットやクルーザーが最初に到着する補給基地となるマリーナが、だが、そこで新婚カップルが早々と袂を分かつ場でもあるということで有名だ…という話を聞いたことがある。一時流行語にもなった"成田離婚"ならぬ"フロリダ離婚"。1週間かそこら、狭いキャビンで二人っきりという環境は、若いカップルの絆を深めるよりも何だか窮屈な想いばかりを味あわせてしまい、こんな筈じゃあなかった、こんな窮屈な相性でやってける自信がない、別れるなら早い方が良かろうとばかり、最初の寄港地での離婚を招いてしまうのだとか。人と人にもある程度の"車間距離"が必要で、いつぞやどこかのお話で引用させていただいた"ヤマアラシのジレンマ"ではないが、自分が自分であるための自我エゴと大好きな人の人格と、どちらかだけを優先する訳には行かないから、人は少しずつ確かめ合いながら、時には傷つけ合いもしながら、少しずつ理解し合い、把握し合い、近づき合わねばならない…のであったりするらしい。



 父親譲りの面差しの中、口角のはっきりした口許は、真剣になったり不機嫌になったりするとたちまちきゅうっと引き結ばれて、取り付く島がなく見えるような表情をやたらに強調してしまう。だが、父はもっと感情を押し隠せる人で、こうまで判りやすいのはむしろ母の気性を強く引いたせいかも。…と、人のせいにしてばかりもいられない。
"………。"
 久し振りに衣音と喧嘩した。たった二人しかいないところで喧嘩なんてものをしでかすと、あっと言う間に"孤独"を味わえる。切っ掛けは何だったか忘れたし、ということは恐らくはきっと、
"…俺の方が悪いんだろな。"
 詰まんない喧嘩の時は大抵そうだと、幼い頃からこれまでの間に蓄えられた"蓄積"があっさりとそんな答えを示す。冷静で我慢強くて頭も切れて。思いつきで動き出すことの多い自分を、思うところの行き先だとかどれだけ本気であるのかだとか、色々と把握した上で、いつもいつも黙ったままさりげなくフォローしてくれる優しい親友。だからきっと今回もまた悪いのは自分の方で、ただいつもと違うのは、いつもなら適当にいなす衣音が、今回は随分と冷たい顔になって、無言のまま先にそっぽを向いたこと。…怒らせたんだと、すぐに判る反応だった。
"………。"
 性懲りもないと思いはするのだがついつい我を張るのは、それこそ…これまでの蓄積の為す、油断というか甘えというか。このくらいの言い方をしても衣音はきっと怒らないだろうからというような甘えが出て、つい言い過ぎたり図に乗ったりしてしまう。この航海に出てからも、何度となくそっぽの向き合いになったことはあって、それはやっぱり今思い返してみても原因にまで到達出来ないような些細なことが多くって。
"………。"
 ただ、今回の場合、問題はメシの前だったってこと。
"うう、腹減ったなぁ〜。"


            ◇


 剣術道場の師範とその妻?という、安泰な??今の様子からはちょっと信じがたい話ながら、かつては名の知られた海賊だったという両親。そんな彼らの、頼りになる航海仲間だったウソップおじさん謹製の、それはそれは立派で工夫が一杯なキャラベルが手に入り、意気揚々と航海へ漕ぎ出した少年二人。実は世界一の大剣豪であるロロノア=ゾロを父に、そしてこれまた、実は海賊たちの世界の最高峰"海賊王"という地位にいた
(まだ居る?)モンキィ=D=ルフィを母に持つ腕白盛りの少年と、その親友でずっとずっと一緒に剣術を学んでいた、久世さんチのやはり長男坊の衣音くんという、皆様にはお馴染みになりつつある、新世代の"海賊王"を目指している優良株タッグチームだったりする。

  ………とはいえど。

 海の男と呼ぶにはまだまだあまりにも幼い彼らであり、傍から見る分にはどこか、子供達のボーイスカウトの延長のような趣きの強い道行きだったりするのも否めない。彼らの親御さんの世代に、それを目指せと語られていた秘宝"ワンピース"がどこか夢物語扱いされていたように。その夢を現実のものとしたことで名を知らしめた、若くてやんちゃな"海賊王"の噂が、ぐるりと世界を一周して後、嘘か真かどこか曖昧な覇王伝説になりつつある今日この頃。海は静まるどころか、再びの伝説の始まりを待つ胎動に、秘かに震えていたりするそうなのだが、まま、それはこれからぼちぼちと語られること。そして、その新しい伝説の…もしかしたら主役たちなのかもしれないこの少年たちはというと、今はまだ未熟さが過ぎる小童こわっぱたち。少しずつ慣れて練れてゆけば良いさと、わっくわくの毎日を日々過ごしているというところだろうか。

 ………で。物心付くかつかないかというくらいからいつも一緒にいた、同い年の幼なじみ同士。どうかすると、それぞれの家族や互いの妹たちよりも付き合いの長い、気心の知れた間柄だが、仲がいいからこその喧嘩というのもたまにやらかす彼らでもある。さすがに死にたくはないので、たった二人しかいないのだから…という範囲の操船義務などは一応果たすが、意地張ってそっぽを向いてる長男坊くんに、まるきり構おうとしない、見かけの繊細そうな風情と裏腹にこちらも結構強腰な相棒なので、そうなると…意地を張ってみても所詮は"独り相撲"という感じになるのは否めない。
"………。"
 気候が安定しているせいか、帆にしても舵にしてもさほど神経質に傍らについて調整する必要はなく、
"うう"…。"
 いつもなら取り付く島がないほど突っ慳貪な素振りを見せるような衣音ではないのだが、今度ばかりは向こうからは折れてくれなさそうな気配だと、それこそ良く良く判る身もまた恨めしい。

  『ほらほら、いつまで膨れてるんだ?』

 引っ込みがつかないこちらを察してだろう。常なら向こうからそんな風に言い出してくれるのに。今回ばかりは…それは判りやすく怒っている彼の、その目の届くところにいるのも何だか気が引けて。いつの間にかそのポジションが決まっていた"食事係"の彼が調理中のキッチンへ近づけぬまま、そこから漂って来た良い匂いに"うう…"と身悶えしかけていたりするのである。………どうでも良いが、坊ちゃん、あんた一応"船長キャプテン"なんじゃなかったか?(笑) そこへと届いたのが、
"………あ、雨だ。"
 すぐ頭上になるキャビンの屋根や甲板の分厚い板を叩く雨脚の音が、潮騒さえ封じ込めていた静かな空気の中へと響いて来た。この辺りはまだ熱帯ではないのか、温気はさほど立ち込めてはいなかったから、いわゆる"驟雨
スコール"ではないのだろう。むしろ湿気を増した空気の肌寒さが、ひたひたと格納庫を満たしてゆくようで、
"………。"
 これでは甲板には出られない。何だか拗ねて閉じこもっているようで、もう少ししたら甲板に出ようかとか思っていたのに、その機先を制された格好になってしまった。
"………。"
 今更、リビング兼用のキッチン・キャビンへも顔は出しにくいし、寝室にしている船室はキッチンとはドア一枚だけを挟んだ続き部屋で、しかも外からの入り口はそのキッチンリビングにしかない。船倉にある予備室は、先に寄港した町で仕入れた荷が、まだ未整理なまま部屋一杯のぎっちぎちに突っ込まれてある。たった二人には広い筈の船だのに、たった一人の身の置き所がないなんてなと、今朝から幾つ目だかの溜息が洩れた。



          ***


  「…あ、お兄ちゃん、雨だよ?」

 縁側のガラスのはまった引き戸に、母に似た丸い額をくっつけて、中庭を見やっていた小さな妹が声をかけてくる。わざわざ言われずとも、木々の梢や庭石などを叩いている雨脚の音はさっきから聞こえていて、庭の縁を囲う寒椿の肉厚な葉が弾かれては躍っているところを見ると、結構強い雨であるらしい。
「ねぇ、雨だよ?」
 部屋の方へとパタパタ戻って来た小さな妹が繰り返すのへ、
「判ってるよ。」
 そちらを見もせず一丁前な返事を返す兄は、だが、押し入れタンスから小さな雨合羽を引っ張り出して、格闘するかのように暴れもって何とか着ようとしており、
「ダメなのよ、お兄ちゃん。お外に出たら。」
「いいんだよ。だって、衣音と約束してるんだ。」
 一体何を持って来て"良い"と断じているのだか。いかにも子供用で小さいとはいえ、彼には少し大きめな雨合羽をそれでも頑張って一人で着込むと、よしっと立ち上がった坊やだったが、そのまま縁側へ"ぱたぱたっ"と飛び出た勢いのままに、
「こらこら。雨なのに"おんも"に出ちゃダメだろが。」
 丁度子供部屋へやって来たGパン姿の母に軽く押し返される格好になってしまって、抵抗空しく"あわわ…"と戻って来る羽目になってしまった。
「だって、お母さん、オレ、衣音と約束してるんだ。」
 自分の腰までしか背丈がない、まだまだ小さな長男坊が、一人前に"約束"なんて言うものだから、母御はくすぐったげに微笑って見せる。
「そっか。"約束"は守らなきゃだな。」
 うんうんと聞いてやってるようで、だが、目線を合わせるように正面へと屈んだ母の手は、彼の身からせっかく着た雨合羽を脱がせるようにと休みなく動いていて。合羽と背中の間に腕を通しながら小さな体をきゅっと抱き寄せて、袖をすとんと下へ引き抜くと、はい、完了。
「なあなあ、お母さんてば。」
 トレーナーを着た胸元へ抱き寄せられたそのまま、間近になった大好きな母の顔を見上げて"ちゃんと聞いてよ"と訴えれば、
「さっきな、衣音くんのお母さんから電話があったんだ。何かお約束があるみたいですけど、この雨だからご遠慮させて下さいって。」
 ルフィはあっさりそう言ってのける。
「だって、それって衣音が言ったんじゃないんだろ?」
「まあな。けど、ほら。お前、先月、ちこっと熱を出しただろ。衣音くんのお母さんは、あれを覚えてて下さったんだと思うぞ?」
 大人たちの把握は"つい昨日"と"すぐ明日"のことだけでなく、もっとスパンが長いから、子供の理屈が敵う筈がない。
「…うう。」
 大人同士で勝手に話を進められたことへ、不満げに"むうっ"と膨れて。だが、甘くって良い匂いのする母の胸元からは離れないところは、相変わらずの"母御好き"である模様。それを見かねて、
「お兄ちゃんばっかり、ずるい。」
 妹が傍まで来てぷんぷんと怒って見せる。母は苦笑し、娘御へも腕を伸ばすと二人ともを抱え込み、
「さ、今日はお外は諦めて、母ちゃんと家で遊ぼ。何しよっか?」
 楽しい時間の幕開けだぞと言わんばかりの声で促す彼だったりする。もともと家事はツタさんやお手伝いさん、そして、多数いる門弟のお兄さんたちが手分けしてあたってくれるため、ルフィにはこれと決まった仕事はないに等しい。はっきり分担されてあるのは薪割りくらいのもので、それにしたところで…半日で軽く一ヶ月分を割ってしまうから、底知れぬ馬力というのか、体力はまだまだ健在。そこで、駆け出すとなかなか捕まえられないようになって来た幼い子らのお守りを、本格的に任されるようになったのだが。乳飲み子だった頃と違って、今は…ツタさんの上手な躾けのお陰様もあって、身の回りのあれやこれやは大体何でも自分で出来るようになっている子らであり、勢い、お傍付きの役目は"遊び相手"ということになる。はっきり言って"お役目"とは言えないような"お仕事"であり、傍から見る分には大きいお兄ちゃんが加わっただけの話というところかと。………ま、本人達が喜んでいるのなら、それで十分なのではあるのだが。
「んと、何にしよ。」
「えっとね。」
 母からの提案に素直に応じて、部屋のどこかにヒントはないかと探るかのように、つぶらな瞳をくりくりと動かしながら、二人の子らは"遊び"を思いつこうとする。いつもは"外に出て遊べ"が基本のお子たちなので、家の中での遊びには実を言うと疎い。しかも、大好きなお母さんが遊んでくれるのなら、いつもと一緒な"ごっこ遊び"では勿体ないような気がして、二人とも一生懸命に考え込む。真剣そうな幼い顔を交互に見やり、ルフィはにこにこと楽しそうに笑っていたが、
「じゃあ、鬼ごっこはどうだ?」
 なかなか出て来ないところへ提案したところが、
「鬼ごっこは止めとくんだな。先々週、襖に大穴開けたばかりだろうが。」
 廊下側からそんなような声がして。んん?と見やった縁側の方から、鴨居に当たりそうな額をひょいと屈めて顔を覗かせたのは、
「お父さんっ。」
 さっそく娘御が嬉しそうにまとわりついたのを抱きとめた、背の高い父上である。
「破く程度ならともかく、骨組みまでへし折って穴を開けたろうが。あれで目でも突いてたらどうするよ。」
 お説教とまでは行かない語調なれど、それでもしっかりクギを刺す彼へ、
「だって、あん時も雨で外に出られなかったんだもん。」
 屈んだままの位置からちょろっと膨れて見上げて来るルフィの顔付きは、先程の長男坊のそれとよく似ていて、何とも幼く可愛らしい。その顔がふと"きらりん"と輝いて、
「じゃあ道場は? 今日はお昼過ぎまで空いてるんだろ?」
 格好の屋根つき広場なのだから遊ばせてくれよ…と、せがむ彼だったが、
「ダメだ。あそこへは遊びで入っちゃいかんと何度言ったら判るかな、お前は。」
 これにはさすがに、呆れたような顔を隠しもしない旦那様だ。神聖という言葉の意味も、剣の道というものへ彼がどれほどの真摯さで向かい合っているのかもちゃんと判っているのに。箱ものというか器というのか何というのか、形あるものへは別け隔て無く、妙な合理主義で対するルフィでもあって。幼い坊ややお嬢ちゃんでさえ、用事のない時はそこへと至る渡り廊下にさえ近づかないものを、彼だけは何の衒
てらいもなく行き来し、暑い盛りなぞはよく磨かれた板張りの冷たさ目当てにやって来て、大の字になって昼寝と洒落込んだ前歴も数知れず。
「うう"。」
 ケチンボ…と唇を突き出す奥方の額の真ん中を、大ぶりな手の指先でちょいっと突つくと、まあともかくはと畳の上へ腰を下ろすご主人だ。何せ身長差がありすぎる。子供達がポカンと口を開いてでないと見上げ切れないほどの長身なので、後ろざまにこてんと転ぶその前に、広い子供部屋の真ん中辺りへと胡座をかく。抱えたままだったお嬢ちゃんをそのお膝に座らせる彼に合わせて、ルフィも同じように腰を下ろすと坊やを抱っこしたが、
「じゃあ、何すんだ?」
 あれもダメ、これもダメと片っ端からダメ出しをする夫へ、そうまで言うなら何か案を出してよと、やはり子供のような物言いをする彼であり、
「何すんの?」
「お父さん、何したい?」
 子供たちもどこかわくわくと注意を向けてくるから、
"おいおい、もしかして俺も混ざるのか?"
 こちらもやはり、その男臭い顔に苦笑が絶えない、ロロノア=ゾロ師範である。天下に名を知らしめた世界一の大剣豪も、愛しい妻や子らにあっては"形無し"と言うところだろうか。


          ***


 いつものように母御からお話を聞いたり、皆で向かい合っての数え歌、立てた親指が全部で何本になるかを当てっこするゲームに笑い転げたり。それからそれから、ツタさんたちのお手伝いにと、炒った大豆を臼でひいて黄粉を作ったり、豆ご飯に入れるグリーンピースを鞘から取り出したり。のんびり のほのほと過ごした雨の一日を、いつの間にか吸い込まれていた午睡の夢の中に思い出したのは、甲板を叩く雨脚を枕にうとうとと眠ってしまったからだろう。

  「………い、おい。起きろってば。メシだぞ?」

 軽く肩を揺すぶられて"はにゃ?"と眸を開けると、薄暗い格納庫の天井板をバックにこちらを覗き込んでいたのは、頼もしき航海士(只今喧嘩中)の顔である。まだ不機嫌であるのか、すっきりとやさしい造作のその表情はどこか硬いまま。されど肩に置かれた手はいつもと同じ温かさであり、
「早くキッチンへ来い。冷めちまうだろ?」
 こちらの目が開いたのを確かめると、その手が離れて。背中を向けた彼の態度と同んなじに、そのまま温みも肌からふうっと空中へ去ってゆく。
「………。」
 何が入っているのやら、船長殿も忘れた木箱の上、身を起こしはしたが動こうとしない少年へ、
「…おい?」
 戸口のところで立ち止まった衣音が振り返ると、
「あのさ…。」
 どこか口が重いのは、寝起きだからかそれとも照れが出てのことか。まだ降り続けている雨の音がひたひたと立ち込めていて。二人の間の空気の密度に、染み込むことで深くて厚い壁にでもしかねない重さで染め上げようとしかけていたが、

  「…ごめんっ。」

 思いっきり頭を下げたその拍子、
「あっ…。」
 衣音が反射的に手を伸ばしかけたが届く筈のない数歩分向こうの間合いの先で、ロロノアさんチの長男坊が、木箱の上からバランスを崩して、見事に床まで落っこちたのであった。



 二人には大きいサイズのテーブル脇の、長椅子の空いた空間へと立て掛けられた大太刀は、綾糸がぎっちり巻かれた把の部分が長い目の、ちょっと変わったバランスの代物で。だが、これでも名のある刀匠が鍛えた大業物
おおわざもの。少年が段位を取ったお祝いにと、父の師匠である大師範からわざわざ贈っていただいた由緒も縁ゆかりも深い、、何よりもうすっかりと使い慣れた、掛け替えのない逸品である。その傍らのいつもの定位置に腰を据えてる船長殿は、大好物の豆ご飯とイワシの生姜煮、アサリのお吸い物という和食メニューのお昼に、それは元気よくぱくぱくと食いついていて。
「…うっ☆」
「ほら、慌てなくてもメシは逃げないって。」
 喉を詰まらせたらしい船長殿へと、子供扱いの象徴、御飯中の湯冷ましを入れたマグカップを差し出せば、一気に飲み干すところがまた、何とも…屈託がなくて彼らしい。
「はぁー、びっくりした。」
 そう言う割に、にっかり笑顔でカップを戻して、これもまた真正面といういつもの位置に座っている衣音の"くすくす"という微笑に気づくと、何だか嬉しくなって"へへ…"と重ねて笑い返す。喧嘩なんてどこの誰が関わってたお話?という和やかさだが、
「…あのな。これだけは言っとくけどな。」
 衣音は船長の茶碗へとグリーンピースたっぷりの御飯をよそってやると、それを差し出しながら言い置いた。
「俺はメシを楯に取るようなセコイ真似はしないよ。だから、」
「だから?」
 受け取った茶碗にさっそく食らいつきかかった箸が止まる。切れ長の碧の眸は、ぱちりと見開かれると底まで覗き込めそうなほどに透き通って印象深い。今はまだどこか丸みのある、子供っぽい名残りが強い顔立ちをしているが、先々にはきっと帯びるのだろう鋭さに、この透明感はさぞかし映えるのだろうなと、幼なじみくんにも惚れ惚れと想像させつつ、
「もしかして違ったら怒ってくれて良いけどさ。」
 衣音は言葉を続けた。
「飯が食いたいばっかりに我を折るのは辞めろよな。」
「何だよ、それ。」
「だから。さっきみたいに"ごめん"って簡単に謝んなってことだ。」
「???」
 意味が分かってないところを見ると、どうやら今回の"ごめん"は御飯に負けたものではなかったらしいが、
"俺が甘いのにも問題はあるんだろうな。"
 同い年だというのにこの把握。試練は人を大きく育てる。衣音くんはどうやら、この腕白で屈託のない、だが、どこか人を魅了してやまない少年船長さんに関わることで、グンググンと大きく育つことが出来そうな気配である様子。
"………今からそう断言されるのも、先々でもっと苦労が待ってるぞと言われてるようで、考えものなんですけど。"
 あ、あは、あはははは。やだなぁ、衣音くんったら、あはははは………。
(おいおい)


  〜Fine〜  02.4.13.〜4.17.

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         らみるサマ 『雨の日の過ごし方』


  *何だかシリーズがごっちゃになってますが、
   ちょっと間が空いた長男坊のお話を書いてみました。
  (ホントは、
   みおちゃんの"おままごと"に付き合うゾロというのも
   書いてみたかったんですが。/笑)
   顔だけはお父さんに似ているものの、
   性格はむしろルフィに似ていて、しかも甘ったれ。
   いやまあ、甘える相手は限定されてるんですがね。
   衣音くん、これから大変だぞぉ?
  (そして、久世様、
   毎度のことながらご子息をもてあそんで申し訳ございませんです。)

   書いてる間は丁度雨続きで、雰囲気的には恵まれて?おりました(笑)
   連載が挟まって随分とお待たせしてしまいましたね。
   らみる様、こんなお話でいかがでしょうか?


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