ロロノア家の人々
     
“お父さんと一緒・U” お母さんの日

 
          



 どこか長閑な山野辺の、小さな小さな農村に、そのお屋敷はありました。夏は木陰に蝉時雨が喧しく、秋には紅葉がお山を錦に彩り、そして冬には細雪の訪れる、それはそれは静かでのんびりした片田舎。春先には結構有名な桜のお祭りがあって、近隣の町や村からお客様が沢山やって来ます。春以外にも、ほとんど手付かずの自然を愛でるべく、風流を解する都会の人なんかが時々やって来ますし、そういった"お客様"とは全く別口の困った訪問者さんたちも…こそりと幾らか。物騒な得物
ぶきを引っ提げてやって来る彼らの目当ては、土地も人口も小さな割に豊かな村の収益…ではなくて。


「どりゃあぁぁっ!」
 丸太のようにぶっとい腕により、高々と大きく振りかぶられた太刀が、夜陰と青竹を容赦なく引き裂いて、宙空に銀の光を走らせる。辺りに立ち込めるは萌え始めたばかりの草いきれの匂い。それを蹴立てて向かい来る、自分よりも優に二回りは大柄な坊主頭の剣士崩れ。そのまま盾に使えそうなほど幅広で大きな蛮刀が薙いだ空間に、だが、目的の人物は既にいなくなっていて、
「…うぐ。」
 ほんの刹那の澹
あわいを縫って、どうにも避け切れない絶妙な空間からすべり出し、音もなく闇を貫いた銀色の一閃が、鮮やかな弧を描いて大男の懐ろへと潜り込んでいて。それがまた、ものの見事に蛮刀の根元を叩いていたから、

    「ああ、これは勝負有りですね。」
    「そうですね。刀が使いものにならなくなってますからね。」
    「斬鉄鋼の剣ですね。すっぱり斬れていますものね。」
    「師範は相変わらず、無駄のない動きをなさる。」
    「それにあの太刀捌きの妙はどうですよ。
     あんな絶妙な隙間へ潜り込もうとするならば、
     迷いの有る無し関わらず、どうしても切っ先が泳ぐものですがね。」
    「あれは"速さ"だけではないですよね。払い飛ばす剣の入射角度が何とも巧みで…。」

 師範の"待ったなし"真剣勝負をこんな間近で観戦だなぞと、そうそう滅多に出来ないこととて、門弟さんたちは誘い合わせるようにして、師範が無頼の刺客と仕合うこととなった竹林に詰め掛けていて。ぐるりを取り囲んだまま、口々にそんな評を下すものだから、
「…うう"。」
 無様に負けたその上へ、研究対象的に"いい見世物"扱いされるとあっては、それが"不意打ち"という名の…真っ当な対戦ではなくたって、やっぱり堪
たまったものではないことだろう。そんな中、ぶんっと返された刀の峰にて、あらためて地に伏すように首根っこを押さえ付けられてしまい。そこへと、
「さあさあ、門弟さん方たち、手を貸して下さいませ。」
 勝負あったと見なされた立ち会いに堂々と割って入ったのが、見るからに人の善さそうな初老の駐在さんだ。
「ささ、こやつを番屋まで連れて行きましょう。運が良いことに、ここいら三州担当の広域保安官さん方が明日巡回で来られます。」
「おお、それはタイミングが良い。」
「良かったな、大坊主。明日にもタチバナの町の大牢屋に移れるぞ。」
「ウチの村の番屋は、牢ばかり立派で入る者は滅多にいないからな。たった一人であんなとこ、寂しいからなぁ。」
 ………な、なんか、無理から"ほのぼの"してませんか? あんたたち。



 のっけから埃を立てるような騒ぎを片付けることと相成
あいなったるは、この村の奥向きに建つ剣術道場の年若い師範、その名をロロノア=ゾロという御仁。染めたものでない生来のものならば珍しい色合いの、淡い緑色の髪を短く刈り、左側の耳朶には三連の棒ピアス。こうとだけの描写であるなら、いかにも無頼の薄っぺらな男を想像されるかもしれないが、さにあらん。日々欠かさない鍛練が構築した屈強な肉体を柔軟に駆使する剣術の達人にして、その双眸には冴えた光が涼しく満ちた、生半可ではない気骨を持つ偉丈夫であり、まだ随分と若い身でありながら、道場という"砦"を立派に守る師範という身の上でもある。上背のある雄々しい肢体には強靭なバネと機敏な反射を呑み、剣捌きは勿論のこと、素手空手にての格闘も見事にこなす腕っ節と体力を誇り、だというのに、日頃日中はどこか寡黙で泰然とした落ち着きのある、それは頼もしい師範様。しかもしかも…ただ腕の立つ剣豪だというだけではない。数年ほど前までは、大海原のその中でも最も危険な"偉大なる航路グランド・ライン"にて、屈強なる海賊として冒険の旅にあった豪の者。それも単なる海賊ではない。世界政府が直轄する海軍本部からの広域指名手配を受けていたクチの、しかも超高額級のトップ2であり、こそりと船を降りた今でさえ、その金額を抜く者は いまだ出ていないとか。その時に得たのが"世界一の大剣豪"という称号で、その肩書を奪いたいがためにわざわざこんな鄙びた土地まで"挑戦"しにやって来る者は後を絶たず。また、食い詰めた海賊連中の中にも…何をどう誤解してか、恐らくは引退したのは腕が落ちたせいだと勝手に判断してだろう、寝首を引っ掻きにとやって来るクチもあって。まあ…そういった輩はさして手もかからないのではあるが、ご近所様へのご迷惑なぞを考えれば、やはり"面倒ごと"には違いない。
「…あ、ゾロ。」
 師範代と門弟さんたちに後は任せて、愛刀"和道一文字"を片手に屋敷の母屋へと戻って来た、濃紺の作務衣姿も凛々しいご主人を出迎えたのは、花冷えの夜陰が立ち込める中、門口で待っていた奥方で。
「なんだ。先に寝てなって言ったろうが。」
 それもこんな、門口なんぞで待っていようとは思わなかった旦那様が、心から意外そうに目を見張ったが、
「だってさ。」
 夜寒に冷えないようにと半纏を羽織った細い肩を抱き寄せられつつ、依然として童顔の色濃い、あどけないお顔をした小柄な青年が口許を尖らせる。
「なんか…落ち着けなかったんだもん。」
「ふ〜ん。」
「…なんだよ。」
「いや。」
 ここは陸の上、彼が唯一 生理的に怖がった"舟幽霊"は出ない場所だと、ちゃんと分かっている筈で。
"俺を心配…は尚のこと しない奴だしな。"
 勝って当たり前。そういう観念を互いに持ち続けて もうどのくらいになるだろうか。知り合ったその時からずっと、相手の力や強さを絶対のものとして疑わずに来た彼らであり、むしろ…あの程度の格を相手に心配されていては世話はないと、ちょいと憤慨したくもなるくらいだ、それはなかろう。
「もしかして、参戦したかったのか?」
「………。」
 言葉でのお返事はなかったが、表情豊かな口許が"えへへ"という形になってその口角を上げたから。
"こいつは〜〜〜。"
 何だ、喧嘩に混ざりたかったのかと分かり、ゾロの口許から小さな苦笑が洩れる。奥方とはいえ、実は男で、しかも…実は実は ゾロよりも懸賞金が上だった大海賊。今でもまだ、世界一の海賊"海賊王"の称号をその手にしたままな彼こそ、モンキィ=D=ルフィという史上最高額の賞金首であり、
「だってよ。そりゃあ相手はゾロが目当てで来た奴なんだろうけどな。俺だって、その…サ。」
 自分の気持ちの正当性を何とか分かってもらおうと、数少なかろう語彙の中から穏当な言葉を爪繰
つまぐる彼であるが、
「ダメだ。」
 拙い言い回しへ容赦なく先んじて、ゾロがあっさりと言い切った。
「言ってあるだろうが。お前のことも子供らも。俺が守るってな。」
 ここが海の上であるならば、お互い自身の身を、命を、まずは自分で守るというのが大原則だ。島という大地や安定した船の上でなければ、ただ立ってさえいられない。それほどまでに危険な場所であり、人の力の何と小さなことかが痛いほど分かる厳しい場所だからだが、だからと言って陸はずんと安全かと言えば、こちらもなかなかに油断は大敵。ひょんなことから授かった子供たちを、無事に健やかに守り育てようと決めて陸
おかへと上がった彼ら二人は、この村についたその時に、小さな、だが、真摯な約束をした。生まれ故郷の小さな村から、そのまま海へ出たそのせいで、陸での生活は不慣れなルフィだから。彼と子供らの身の安泰を含めた此処での生活全般を、ゾロがきっちり守り切るからと。そんな約束をした二人であり、
「どんな下らん相手であれ、俺がぴんしゃんしてるってのに、お前が刃の前に立つのだけは、どうにも我慢がならんのだ。」
「…それってなんか我儘っぽいぞ?」
 ただ単に かこつけて暴れたかっただけなのにと、いかにも子供っぽく"ぷく〜っ"と頬を膨らますルフィへ、こちらは"くくっ"と小さく笑って見せ、
「そうだな。我儘なのかもな。」
 ムキになって逆らわず、相変わらずに小さな肩を頼もしい腕で抱き寄せると、大門から玄関まで、細かい玉砂利を敷かれたアプローチを進む。何と言われたって構いはしない。守りたい大切なものがあって、その使命を今日も貫徹出来たのだから、言うことはない。夜陰に尚の陰深く、黒々としたシルエットを浮かび上がらせている屋敷だが、雨戸を降ろさぬ小窓たちから零れている温かな明かりの色と、
「お父さんっ。」
「大丈夫? お怪我ない?」
 和風建築ならではの高い上がり框
かまちの上、そのぎりぎり端っこまで来て、無事に帰還した父御にしきりと両手を伸ばしてくる愛らしい子供たちと。
「何だ、お前たちまで。」
 もう遅いから寝たんじゃあなかったかと声をかければ、
「だってさ。」
「だって。」
 お父さんのこと、大声で…しかも呼び捨てに呼ばわった怪しい人が来たのでしょう? だから何だか気になって寝られなかったのと、ぎゅうっとしがみつきながら自分を迎える。そんな愛しい温みたちが、剣豪殿の口許へ更なる微笑を浮かび上がらせる。

  "いいなぁ、こういう生活も。"

 ………緩みまくっとります、大剣豪。
(笑)












          



 さて翌日。触れれば切れる本物の"真剣"を振り回すような、危険極まりない賊の襲来騒ぎも、彼らにはさほど飛び抜けた出来事とまでは行かないらしく。朝の稽古を終えた頃、さりげなく立ち寄った駐在さんから昨夜の賊の扱いなどの顛末を聞き、
『黙って引き取って行きましたよ。結構な賞金首だったらしいです。』
 世界政府から派遣されている広域保安官もまた、この道場に住まうのがどういう肩書の人間たちなのか、薄々気づいているらしいのだが、上からのお達しか、それとも…手ごわい相手を告発して面倒なことになるよりも、こうやって結構なランクのお尋ね者を呼び寄せた上で確実に捕獲してくれるのを重宝がってか、この屋敷の主人たちをどうこうする気配はまるでないらしい。だから…というのは少々虫が良すぎるのかもしれないが、安泰な日々の安息を、胸張って堪能している彼らであったりするのである。
"…何か、物凄い言われようをしているんじゃなかろうか。"
 まあまあ。
(笑) 今日も今日とて、それは静かな"安泰"の空気を漂わせつつ、春も盛りのよく晴れた一日が、何の変わりもなく始まって…どのくらい経っただろうか。

  「…あのね、お父さん。」

 それはもうすぐお昼も近いという時間帯。両親の居室の一隅、円窓の傍らの明るみ近くに背条を伸ばして端然と座した、道着姿のお若い父上へ。それは幼く愛らしい、舌っ足らずなお声がかかった。
「?」
 目顔で問うように顔を上げた師範殿の視線の先。白い小さなお膝を揃えて、お廊下にちょこんと座っているのは、彼がお元気な愛妻の次にそれはそれは可愛がっている愛娘。こんな良いお天気だのに、いつものようにお外へ遊びに行かなかったのは少々意外だったが、
"………。"
 真っ黒でつややかな猫っ毛を少し長いおかっぱに揃え、小さなお顔にはお母さん譲りの大きな瞳。胸元に切り替えのある臙脂色のジャンパースカートに純白の丸襟のブラウスと玉子色のカーディガンを重ね着た、何とも可愛らしいお嬢ちゃんは、遅い春の穏やかな陽光の中に据えられたお人形さんのようにさえ見えて。お父様にとってはこの上ない目の保養。
おいおい
「どうした?」
 本来ならば、小首を傾げて見せるだけで、寡黙な父が何か問うていると分かる子が、今日は何だか…少々もじもじと含羞
はにかみの様子を見せており。愛らしい見かけにもかかわらず、日頃何にも物怖じしないで、腕白な兄と同じくらいお元気者だった彼女だが、このところ、時折、父御にこんな風な恥じらいの様子を見せるようになって来た。そこはやっぱり女の子だからと、お淑しとやかになってゆくのが微笑ましいやら、だがだが、父上にしてみれば、女らしくなるのはそのまま嫁に出て行く日が近づくことでもあるのではないかと、無茶苦茶気の早いことへ憂いてみたりもしているらしいのだけれど。(笑) 真相は…といえば何のことはない、それは凛々しくて男らしい憧れの父上に、日々ますます魅力を感じて、女の子らしく"ぽっ"とのぼせ始めているだけのこと。海賊だった頃の…打ち解けた相手の前では少々ぐうたらだったところさえ、今はきりりと包み隠しているものだから、そりゃあもう…どこを切っても"素晴らしき人格者"っぽいお父様であり、それを堅苦しいとか怖いとか思わず、素直に受け取って"素敵だ"と感じる辺りはさすがルフィの子だというところだろうか。おいおい まま、今はそれはさておいて。
「あの…あのね?」
 何だか煮え切らないで、お膝に載せた小さなお手々をもぞもぞと擦り合わせている様子が、また何とも言えず愛くるしくて。逡巡するだなんて、まあまあ、またひとつ大人になったんだねぇと、じんわり感動している胸の裡を、だがだが、毛ほども顔には出さずに、根気よく待っててやると、やがて、

  「来月の二つ目の日曜日って、母の日でしょう?」

 おやや。お嬢ちゃんたら、随分と意外なことを持ち出した。
「でもでも、お母さんのお誕生日のことばっかり考えてて、いつも忘れてちゃうでしょう?」
「そういえばそうだな。」
 何しろ奥方、お誕生日が五月五日の"子供の日"だ。この和国では美しくも趣きある四季が巡るその節目の"節句"と呼ばれる日であって。それに加えて、子供たち(特に男の子)の健やかな成長を祝う祝日でもあり、道場に通う男の子たちの健康を祝ってそれから、奥方の生まれた日を盛大に祝うのがこの家では常なのだが、そのお祝いがあまりにも大きなイベントであるが故、翌週の日曜にやってくる"母の日"はついついなおざりにされて来た。その日がそういう日だというのは知識としてなら知ってはいるが、当日に何かそれに関わるようなことは…そういえば一度もしたことがない。というのが、

  "ルフィは"お母さん"ぽくないからな。"

 ゾロが、一見物静かながら、その実、昔とさして変わらず若々しいまま、屈強精悍な頼り甲斐のある偉丈夫であるように。ルフィもまた、天真爛漫、無邪気で明るい粗忽者…もとえ
(笑)、どこか子供っぽいままなところは全然変わっておらず。だからというのではないのだが、家事全般は手慣れた家政婦さんと門弟さんたちが手分けをして片付けているその上に、幼かった子供たちもそろそろ自分たちで何でもこなせるほどしっかりして来たとあって、ルフィのこの家での立場や位置というのは…外来者なぞにはなかなか把握しにくいそれでもある。ゾロからすれば最愛の伴侶であり、子供たちからすれば大好きなお母さんに違いない。ツタさんや家人たちにも、そこに居て下さるだけで気の晴れる、お日様みたいに明るく楽しい奥方であり、ご近所の方々にも…あんなに愛らしいのに頼もしき力持ちの奥様という形でおいおい すっかり馴染んで数年目。馴染んだ人々には、ただ無邪気なだけではなく、自分の責任の中で子供らの奔放を見守っていたりする、ちゃんとした"大人"でもあることは十分知れていて、問題なく"奥方"であり"お母さん"なのだが、
「ちかちゃんはね、お年玉貯金を奮発して割烹着を買ったんだって。」
 新しいエプロンやお買い物用の手提げカバンに、お財布や小さなブローチ。フェルトで作れる針山や、指輪みたいな指抜きなどのお裁縫用のお道具、お化粧品…はちょっと高いからハンドクリームやリップクリーム、何でもしますのお手伝い券までと。お友達は皆、お母さんに様々なプレゼントを用意しているらしくて。だがだが、
「でもね、ウチのお母さんは…。」
 そう。ルフィ・ママはお台所にも立たないし、お洗濯もしなければ雑巾がけも滅多にやらない。せいぜい"ツタさんのお手伝い"という程度の貢献度であり、およそ"お母さんとは"という定義に当てはまるポイントが少なすぎる。それは決して"怠け者だから"ではないと、出来ないからお手伝いさんがいるのではないのだという"事の順番"が重々分かっているだけに、大好きなお母さんなのだけれど"お母さん"へのプレゼントをなかなか思いつけなくて…という"困った"をお嬢ちゃんに招いているのらしい。
「お化粧品も香水も、お母さん使ってないでしょ?」
「うん、まあ…そうだな。」
 それらはともかく
(笑)、おしゃれの方面にも全く関心のない"腕白小僧"そのものだし。しかも、
「それにね、お兄ちゃんたらズルイのよ?」
 不意にお膝を進めるお嬢ちゃんであり、
「???」
 怪訝そうに小首を傾げるお父さんへ、お嬢ちゃんはいかにも腹立たしいというお顔になって見せ、
「衣音くんと二人して、衣音くんトコのお庭に内緒でカーネーションを植えてたのよ。」
 彼女の言う"衣音くん"とは、同い年の小さな兄の幼なじみにして、剣術仲間でもある男の子のこと。村の真ん中、道着や作務衣などを仕立てているお家の子で、家ぐるみのお付き合いがあるお宅のそれは利発そうな長男坊くんは、当家の腕白盛りな坊やと同い年でもあり、剣の稽古からそこいらを駆け回る野遊びや悪戯
おいたまで、いつも一緒という大の仲良し。そんな二人がそんな画策をしているのよとすっぱ抜いたお嬢ちゃんからの言には、
「…おや。」
 さしもの父上にもちょっと意外であった様子。
"まあ…あの子のルフィ贔屓は半端じゃないからな。"
 これに関しては、後で…と言うか、当日やっと判ったことなのだが、何も妹に意地悪をしようとか出し抜こうとかいうつもりから隠していた彼らではなく。男の子がそれもお母さんにと"お花"を育てているだなんて、ちょっぴり恥ずかしかったらしくって。それでこそりと花壇を作って、水やりやら間引きやら雑草取りやら、彼らには珍しいほどまめに手入れをして育てていたのだそうで。
「今からじゃ、お花も間に合わないもん。」
 自分で手づから育てたお花に、お小遣いで買ったお花が勝てはしないのは、幼いお嬢ちゃんにだって判り切ったこと。どうしたら良いんだろうと、小さなお胸を悩ませているらしく、
「ツタさんに手伝ってもらって、何かおいしいおやつを作ってやったらどうだ?」
 ルフィが一番に好きなものと言えば、美味しい御馳走だろう。それを進言してやると、
「でもでもそれって、お母さんのお誕生日にもするもん。」
 すぐ直前のお母さんのお誕生日に、毎年奮闘するお嬢ちゃんなのは恒例のこと。おやつやデザートのどれか一品を、最初から最後まで頑張って一人で作ってしまうものだから、

  『わあ、今年はこんなのまで作れるようになったんだな』

 そんな風にしみじみ味わうほどに、ルフィの側でも密かに楽しみにしている"贈り物"なのである。
「う〜ん。」
 成程なぁと、お父さんもとうとう考え込んでしまった。
"………お母さん、ねぇ。"
 そういえば。日頃からルフィは子供たちとの会話の中で、自分のことを"母ちゃん"と言っている。ゾロのことは"ゾロ"のままであり、

 『父ちゃんに訊いてみな』
 『お父さんも心配してたぞ』

なんて言い方は一度もしないくせにと思いが至って、
"…なんでだろう。"
 おいおい、お父さん。



            ◇



 何とも急な話だったため、すぐさま妙案が出るまでには至らず。そうこうするうち、当の母上が"ご飯だぞ"と呼びに来たので、出来るだけ早くに考えておくからと、その場では"結論出ず"という締めと相成った。そしてそのまま、平穏ななりに忙しい一日はぱたぱたと過ぎゆき、夜も更けて。
「? どしたんだ? ゾロ。」
 桜も若葉が目立つ頃合いとなり、気候もずんと良くなって。夜具も軽くなり、奥方のパジャマも厚手のネルからさらりとした木綿へと早い目の衣替え。子供らを寝かしつけて戻って来た奥方が、並べて敷かれたお布団の上、お膝から"とすん"と座り込んだのと向かい合い、
「うん。お前、俺のことは名前呼びしてるよな。」
「???」
「だからさ、自分のことは"母ちゃん"て言ってるくせに…。」
 昼間、お嬢ちゃんとの会話の中でふと怪訝に感じたことを、本人へと訊いてみる。すると、
「当たり前じゃんか。ゾロはゾロだもん。」
 それはあっけらかんとした応じが返って来た。
「???」
 今度はゾロの方が小首を傾げるのへ、
「子供らからは"父ちゃん"でもさ、俺からはゾロだもん。あの子たちがお父さんって呼ぶのは良いけど、俺がゾロんことそう呼ぶのは変じゃんか。」
「…そ、そうなのか?」
 な、何だか妙な理屈ですな、そりゃ。却って混乱するとか、思わなかったんだろうか。
「第一、ゾロだって俺んこと"母ちゃん"て呼ばないじゃんか。」
「? そうかな。」
 それは彼が"寡黙な夫"だからであって、ルフィほど徹底してはいない。(今、ちょろっと調べてみたけれど、ゾロの側は時々"お母さん"て呼んでます。/笑)それに、
「俺が呼んだらお前も呼び方変えるのか?」
 そうと訊くと、すかさず"ふりふり"と首を横に振る。
「だから。俺にとってはゾロはゾロだもん。」
 どうもその点だけは譲れないルフィであるらしい。小理屈の応酬は苦手なせいだろう、ちょいと口許を尖らせて、
「何だよ、そんなこと訊いてさ。」
 そんな小さいことを急に気にするなんてと、どこか不審げな顔になるものだから。
「う…ん、ちょっとな。」
 まだ何を贈るのかも決まっていないのに、全てを語るのはお嬢ちゃんに悪い。そう思ったお父上、言葉を濁してそのついで、
「お前、自分は"母親"の方だってのは、どこから思いついたんだ?」
「???」
 もともと口下手なゾロである。何だか珍妙な言い回しとなってしまい、ルフィがどこか困ったようにも見えるほど"きゅきゅう"と眉を寄せてしまったのへ、
「だから、その…。」
 何て言えば良いのかなと言葉を探して、

  「父ちゃんが二人でも良かっただろうにさ。」
  「ああ、それか。」

 やっと通じた模様。こんな言い方で良いところが何とも絶妙なツーカーだが、それはともかく。ルフィはしわの寄った眉間をすぐにも戻すと、
「だってやっぱ、お父さんとお母さん両方いた方が良いだろ? せっかく二人いるんだしさ。そいで、ゾロの方が"お父さん"って感じだったからさ、じゃあ俺が"お母さん"かなって。」
 にひゃっと微笑いながら応じる。どこか拙い言い方だが、それには慣れているゾロが、
「そんだけか?」
「そんだけだっ。」
 むんっと胸を張るから。彼らしい単純なことよと苦笑が洩れかかったが、

  「あの子たち二人とも、出来るもんなら俺が生みたかったくらいだからな。」

 小さな小さな声にて、ぽそりと付け足された一言にハッとして、
"……ルフィ。"
 そのまま眸を和ませる師範殿である。間違いなく自分たちの子だけれど、不思議な経緯から授かった双子。(月と太陽『追憶はプロローグ』参照)自分たちの間柄を気にしていたとか、ましてや女性になりたいだとか。そんなことは一切考えていなかった彼だろうが、それでも子供は欲しいなと強く願ったルフィであり、夢は何でも自力で形にして来た彼にとって、単なる子供ではない…ゾロと自分との子供という、唯一"不可能な夢
こと"だったのに。それが叶ったのがそれは嬉しかったのだろうなと、仲間たちがこそこそと苦笑混じりに話していたっけと思い出す。絶対自分で育てるぞと言い切ったのも、いつもの破天荒な無茶発言ではなく、心からあの子たちの親に…"お母さん"になりたかったから出た一言だったのだろう。
「…あっと。だ、だからだなっ。/////
 何だかとんでもないことを口走ったようなと、さすがにそこは気がついたらしい。我に返って…茹立ったように顔が真っ赤になった奥方を、その頼もしい懐ろへ軽々と抱え込んで。

  「良い"お母さん"だよ、ルフィは。」

 これもまた真っ赤になってる耳元へ、いい響きのお声で低く囁いたゾロである。こっそり"ふにゃい…"と見上げてくるお顔へ微笑いかけてやり、おでこ同士をくっつける。船を降りてさえ、相変わらずな破天荒ぶりの"海賊王"であり、ゾロにとっては永遠の"愛しい船長"さん。それってもしかして"カカア天下"ってことでしょうかと訊きたくなった作者は置いといて
(いやん)

  "さて、どうしたもんだろか。"

 お嬢ちゃんにはどんな助言を授ければいいのやら。困ったなぁと、その割には嬉しそうなお顔になった剣豪さんであったそうな。




   〜Fine〜  03.4.19.〜4.21.


   *カウンター78、000hit リクエスト
     河威めぐみサマ『ロロノア家設定で"母の日"』
        みおちゃんとゾロ父メインでvv


   *何だか"なし崩し"っぽい終わり方になってしまってすいません。
    久し振りの"ロロノア家"でしたが、
    お嬢ちゃんに鼻の下伸ばしてる"お父さん"ゾロを書くのは、
    相変わらず楽しいです。
こらこら
    結局"贈りもの"は思いつけませんでしたが、
    一体何にしたんでしょうね。
    絶対お父さんが手を貸していると思いますが…はてさて。


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