ロロノア家の人々
     
“遊びましょ♪”
 



 夏のいかにも力強いそれとは趣きを異にした、青みの強い空が高く高く、遠い天の底まで晴れ渡っていて、それは綺麗な朝になった。
「………あら。」
 朝の早い家人たちが多い家だが、中でも一番早起きなのが、お手伝いさんのツタさんで。お当番の門弟さんたちと一緒に朝ご飯の支度をしていたそのまま、最後の仕上げ。涼しくなった早朝の、裏庭の小さな畑に出て。朝露の光る葉物たちの中、お味噌汁に入れる薬味にと青々と張りのあるネギを摘んでいた。そんなツタさんの視野の中。裏手の竹林へ向かう小道への取っ掛かりに向かって口を開けた、竹矢来の柵の戸口の陰に、こそこそと動くは誰かの気配。
「どうしたのかな?」
「あやや…。」
 声を掛けられ、見つかっちゃったと"はわわ…"と慌てつつも、そろぉ〜っと出て来たのは、小さな女の子が3人。もじもじと恥ずかしそうに顔を見合わせ合いながら、お互いをつつき合っていたのだが、
「あのね、ルフィにこれ持って来たの。」
 中の一人、kinakoちゃんが、その小さな背中の後ろから おずおずと差し出して見せたのは、小さな植木鉢で。そこには、背丈の短い朝顔が小さな蔓を巻いて精一杯の背伸びをしていたが、その小さな蔓には不釣り合いなほど、大きな大きな深紅の花が開いている。赤みがかった鮮紫色のはよく見るが、こうまで真っ赤な朝顔は珍しくて、
「あのね、ルフィにもらった種で咲いたの。なかなか蕾がつかなくて、もう知らないって触らないでてたら、そんなしたら可哀想だぞってお世話してくれたの。」
 kinakoちゃんの懸命な説明に、
"…ああ、そういえば。"
 こんな遅くなっても朝顔って育つよなと、奥方から元気に育つ工夫を色々と訊かれたが、それはこの子たちのためだったんだなぁと、今やっと合点がいったツタさんで。
「それはご丁寧なことですね。」
 にっこりと笑って、
「さあさ、こちらへ回って下さいな。奥様、お起こしして来ますからね。」
 裏庭の脇の路地を通って中庭へ。長く伸びた縁側廊下の居間の前、雨戸を開いた縁側まで小さなレディたちを導いて、そこから上がって奥向きへ向かう。
「奥様、起きて下さいませな。」
 旦那様で道場の師範でもあるご亭主はとっくに起き出していて、寝所にはルフィ一人が眠っている筈。
「奥様、kinakoちゃんたちがおいでですよ。」
 失礼しますと障子を開けて、ちょいとごそごそ…数分ほど。家人の誰もが…最愛のお子たちでもご亭主でも手古摺るところを、一体何を囁けばこんなに早く目を覚ますのか。ぱちーっと大きな瞳を見開いて寝所から出て来たのは、パジャマ姿の奥方こと、モンキィ=D=ルフィくん。
「おはよーvv」
 ご挨拶もお元気に、板張りのお廊下をどたどたとやって来て、
「わあ、ホントだ。大っきいのが咲いたんだなvv」
 小さなお客様たちと向かい合い、きれいな朝顔を間に挟んで楽しげなお喋りが始まった。どこからかぴくちゅくと小鳥のさえずりも聞こえ、道場付近との仕切り代わりの茂みの上を、黄色いアゲハチョウがひらふわと舞い飛んで、なかなか のどかな初秋の朝の風景である。



            ◇



 山野辺の小さな片田舎。田畑を耕作する者が主体の、歴史は結構古いが いたって穏やかな農村の村外れ。畦の道を真っ直ぐ行った突き当たりに、青々とした竹林を背に負って、黒板塀に囲まれた武術道場つきの武家屋敷がぽつんと建っている。ぽつんと見えるのは他に人家がないからで、建物はなかなかの威容を誇る立派なものだし、日々の賑わいや人の出入りも相当なもの。ここいらを代々治めて来た名主や領主…とかいうような、歴史の長い家ではなく、十年ほど前にこの地を訪れたという夫婦ものを中心に据えた住人たちが住まわっているのだが、そのご夫婦が実は実は、半端な人物たちではない。
 片やは、世界中の剣士たちの頂点を極め、世界一を冠された"大剣豪"の称号を持つ、ロロノア=ゾロという男。鍛え抜かれた屈強荘厳なその肢体により繰り出される、裂帛の気魄をからめた剣捌きは、その鋭さから"斬れないものはない"とまで謳われた、伝説の"斬鉄鋼の剣"さえ自分のものとした凄まじさ。日頃は寡黙で物静かなご亭主だが、何かしらの騒動なり襲撃などが家人や村へと襲い掛かれば、三本の刀を携えて、あっと言う間に畳んでしまう鬼神のような人でもあるという。
 そしてもう片やは。屈託のない童顔で、もう十年になろうかというのに、お子たちもそれぞれに大きくなったのにも関わらず、ここへ初めて来た時とさして変わらぬ無邪気さのまま、どこも何にも変わらない奥方で。先にもご紹介したところの、名前をモンキィ=D=ルフィという男の子。いくら何でも、もう二十歳には なっているのだし、せめて"青年"という年の頃な筈なのだが。どういう訳だか、この奥方、男なのに…線が細いとか大人しげだとかいう雰囲気でもないというのに。"奥様"と呼ばれてもあんまり遜色がないというか周囲に抵抗を感じさせないというか。ちょいと不思議な人物である。無邪気で明るく、気さくでおおらか。大方、深慮・憂慮に縁のないことが、彼の気性を幼いままに留めているのだろうと、言葉少なな師範殿に評させたものの。といっても、単なる"能天気"ではなく。大人として、人間としての、大きな大きな懐ろの深さを構え持ち。ちゃんと見守っててやるからと、だから、限界まで思う存分頑張ってみなさいと。頼もしくも後押ししてくれる、まるで地上のお陽様みたいな、底の知れない"元気の素"みたいな人。
「凄い大きな朝顔だったよな。」
「さようでございましたねぇ。」
 朝ご飯のお膳を前に、母御とツタさんが kinakoちゃんたちが持って来てくれた朝顔の話をしてくれて、
「いいなぁ、みおも見たかった。」
「そうだよな。起こしてくれたら良かったのに。」
 二人のお子たちは実物を見ていないのが相当に残念だったらしい。それぞれに頬を膨らませて不満そうなお顔をするが、
「何言ってる。ツタさんと二人でさんざん起こしたんだぞ?」
 それでも起きなかったその上、小さなお客様たちの側もまた、朝のご飯を食べてから、村の幼稚舎に出掛けねばならない身。それでルフィが送っていって、こちらのご家庭でも家族そろっての朝餉と相成った次第。
「ね、ね、そんなに真っ赤だったの?」
「ああ。あれは珍しい赤だったよな。」
 どういう加減か掛け合わせか、ルフィの育てた花の種には違いないのに、今までに見たことがないほど鮮やかな赤、深紅の朝顔だったのがまた見事でと、そうと説明したところが、
「じゃあさ、今度は kinakoちゃんから種をもらわなくちゃね。」
「んん? 何でだ?」
「だって。そんな珍しい色のってもう見られないかも知れないのでしょう? でも、そのお花から採れた種なら、もしかして同じお花が咲くかもしれない。」
 これもまた"必ずしも…"とは言えないことだが、それでも確率は高かろうということで、お嬢ちゃんは今からわくわくしている模様。
「そっか。」
 出し巻き玉子を頬張りながら、ルフィも納得したらしく、今日にもお願いしといてやるよと約束。それから、
「行って来ますっ!」
「行って来ま〜す。」
「ああ、行ってらっしゃい。」
 少し遠い学校へばたばたと出掛けて行く、赤と黒のランドセルを見送るのが日課。背が伸びて窮屈になったからと、手提げやら肩掛けバッグに変える子も少なくはないのに、今のところはまだまだ大丈夫な小柄な二人。とはいえ、
「もうすぐ中学生なんだよな。」
 お子たちも六年生となり、小学生最後の夏休みが終わったところ。ツタさんと一緒に門口に立って二人を見送り、童顔の奥様は何となく感慨深げな言いようをする。
「あっと言う間だよなぁ。」
「さようでございますねぇ。」
 ほんのつい先日まで、今朝方訪ねて来たあの子たちくらいの、一日中一緒に居られる幼子だったような気がしているのに。あと半年もすれば、詰め襟にセーラー服という制服を着る、一端
いっぱしの"中学生"になってしまうのだ。

  "赤ちゃんの時はそんなこと、考えもしなかったなぁ。"

 勿論、育った先々で学校に通うようになるとか何とか、過程としてなら考えてもいたし、坊やはゾロにそっくりに、お嬢はルフィにそっくりになって、どっちもそりゃあ可愛い子になることだろうという親ばか予測も立ててはいたけれど、それでもね。大事な宝物として、この村までの道中を。雨に晒されても風に撒かれても、お腹が空いても眠くても、泣き言ひとつ言わないで、しっかと抱っこしてやって来たこととか、ほんのすぐ昨日のことのように思えもするものだから。
"でもまあ、一緒にべったり過ごさなくなって、もう随分になるけどな。"
 いつの間にか、自分たちだけでお外へ出るようになり、お友達の顔触れこそ知ってはいるが、どこで何をして遊んでいるやら。夕餉の時に"今日は何をした"と争うように勢いよく語ってくれるお話を本人たちから聞くまでは、当てずっぽにも当てられないほどに行動範囲も広くなった。そうやって大人になっていくんだなぁと、感慨深げになっている奥方であるらしく、
"こんな言いよう、ゾロが聞いたら笑うんだろけどさ。"
 自分よりは常識人で、何を今更と呆れられるかもなとついついの苦笑が口元に浮かぶ。
『ほぉら、ベロベロバ〜vv』
 口の左右に指を突っ込み、思いっきり左右に引っ張って、面白い顔を作ってあやしていたりすると、
『ルフィ、そういう…ちょっと突飛なあやし方は やめとけ。』
 決まってご亭主がそんな注意をしたものだ。
『何でだよ。』
『誰にでも出来て当たり前なことなんだって、思い込んじまうからだよ。』
 確かに…ゴムゴムの伸びる体を存分に発揮して、肩幅よりももっとお口を大きく引き延ばすだなんてのは、そうそう出来ることではない。とは言うものの、
『…ゾロには言われたくねぇぞ、それ。』
 そだね。ルフィが子供たちをあやしていた縁側の先の中庭にて、相変わらず…何百キロっていう壮絶な数値の重しを、ぶんぶんと軽々振り回しながら言っても、説得力はなかっただろうねぇ。
(笑)





            ◇



 お昼を過ぎると、幼稚園に通ってた子たちが家へと帰り、お昼ご飯を食べてから一斉にお外へ遊びにと飛び出してくる。運動能力も好奇心もアップしたそのせいで、行動範囲がずんと広くなりはしたものの、まだまだ…いやいや"だからこそ"。大人の目があるところで遊んでてほしいなというような、学齢前というお年頃の子供たちのお昼下がりの遊び場所が、ロロノアさんチの近くの広場になったのは、最初、当家のお子たちがそこで遊んでいたことに端を発している。ずっと昔はどなたかのお家が建っていたものが、だが、都会に出たか独り身で終わったか、後を継ぐ人のないままとなり、やがては家自体も取り壊されて更地となり。手をつける人もないまま、雑草の生えるがままになってた平担な土地は、いつしかお地蔵さんが置かれて広場扱いとなりはしたが、少しだけ村の中心部から距離があり、小さい子供だけで来るような場所ではなかったのだけれど。

  『じゃあ、次は鬼ごっこな。』

 伸びやかな声、響かせて。まだまだ小さかった二人のお子たちが、キャッキャとはしゃぎつつ、寸の足らない手足を振り回して とてちてと駆け回るのを愛惜しげに見守っていたり、一緒になって駆け回っている奥方の様子を見るにつけ。あんまり楽しそうだから、そして…とってもお元気そうだから。そうだね、ウチの子も一緒に遊んでもらおうよ、お友達になってもらおうよと、近隣の親御さんたちが同い年くらいの子供を連れて遊びに来るようになり。季節毎、畑仕事が忙しくなる折には、悪いなと思いつつも…子供たちの世話というのか監視役というのか、所謂"お目つけ役"をルフィに任せるようになった。本当に当初の頃は、さすがに"大丈夫なのかな"という懸念もされた。何せ、ご本人からしてまだ子供みたいなもの。鬼ごっこでは遠慮もしないで、片っ端から本気全開で子供たちを追い回して捕まえてしまうし。隠れんぼでは、ついうっかりと。どこまでという範囲を決めておかなくて、村中を隠れ場所にした"大隠れんぼ大会"にしてしまうし。
『まあね、全部あっさり見つけてしまえたから良いのだけれど。』
 そんなところもあって危ぶまれはしたけれど、でも。案外とすぐにも信頼を得てしまい、沢や池への水遊び以外は彼に全面的に任されてしまうようになって…もう何年目になるのやら。
"考えてみりゃ、子供たちだけで遊んでる中でも、年長さんが自然と小さい子の世話をするもんだしな。"
 大人がついてるというよりも、頼りがいのある"年長さん"扱いというのが妥当なところなんだろうなと。そんなこんな思いつつ、黄昏時の畦道をのんびりと歩むのは、そろそろ夕餉時だからと奥方を迎えに出た師範殿。道着姿のこちらさんもまた、村のお子たちを預かる身。手取り足取りで躾けている訳ではないけれど、それでも。この道場で"やっとう"を学ぶことはそのまま礼儀作法を教わることにつながると、いつの間にやらそんな風に認識されているから、不思議といえば不思議な話。………この旦那が"礼儀作法"をねぇ。
"…何が言いたい。"
 別にぃ〜〜〜。
(笑)
"………お。"
 筆者とごちゃごちゃやっとる間にも、広場の縁の取っ掛かり、芝草が擦り切れた入り口が見えて来た。
「………でしょ?」
 軽やかな笑い声が重なって。ああ、いつもの女の子たちと遊んでいるなとすぐにも判る。今、この村にいる学齢直前から低学年クラスという子供は、ちょいと間が空いたのか、今朝来てくれた kinakoちゃん、Pちゃん、Chihiroちゃんの3人だけ。次の世代はまだ赤ちゃんだったり小さすぎたりで、ここにお出ましになるにはあと2、3年はかかるかなという案配だから、
"男の子がいないってのは、どうなんだかな。"
 腕白なルフィがお相手では、さぞかしお転婆になりゃしないかと案じたものだが、相手もなかなか、結構おしゃまなお嬢さんたちで。ルフィの方が易々と言い負かされていたり、お母さんごっこやお手玉遊びに付き合わされたりもしている模様。勿論、駆け回るのも縄跳びも陰踏み鬼もダルマさんが転んだも大好きで、それは元気な子供たちへと育っていることに間違いはなく。
"此処が甲板みたいに見えることがあるもんな。"
 小さな広場に重なる面影は、あのお懐かしいゴーイングメリー号の主甲板。遊ぶの大好きな船長さんが、暇を持て余すといつだって。

  『だ〜るまさんが転んだっ。あっ、今、ルフィ動いたぞっ!』
  『う、動いてないぞ。』
  『動いたっ! 俺は目が良いんだぞっ。腕が一瞬、上がりかけてたっ!』
  『チョ、チョッパー、早くしてくれ。このカッコでのストップは辛い。』

 ウソップやチョッパーを引っ張り込んでの、鬼ごっこやら隠れんぼやら。それは無邪気にどたばたと、賑やかに遊んでいたのを彷彿とさせるから。当時も眺める側だった師範殿としては、まるきり同じな何ともくすぐったい光景であり、傍から見るのが少しだけ、楽しみでもあったりもするのだ、実は。

  「じゃあね、あのね。」

 この声は kinakoちゃんだなと聞き分けつつ、ゆったりと近づきつつあった師範殿だったが、


  「あたし、大きくなったらルフィのお嫁さんになってあげる。」

   ――― はい?


 おおう。何だか今日は大胆なお話になっているような。
"…おやおや。"
 確かに。ルフィは彼女たちから見れば、大人というよりも自分たち寄りの"お兄さん"という立場の人物であり、身内の父親や兄、従兄弟のお兄さんなんぞへ仄かに思慕の情を募らせるようなノリで、強い親しみを感じる対象にだって、なり得ないとは言い切れない。大きな瞳に人懐っこい笑顔や、小柄で細身の体つきに、舌っ足らずな声なぞは、優しげであどけなくて、幼い少女からは取っ付きやすいには違いないのだし。毎日のように面倒見よく遊んでくれる、気の良いお兄ちゃんに、お嫁さんになってあげようという気持ちが起きたとしても、不自然なことではないのではなかろうか。………ちょっとそこの人。後ろ向いたって、その肩の震えは丸見えですぞ?
(笑)
"これは…初めての展開じゃあなかろうか。"
 女の子ばっかりという環境だから、こういう流れにだってなるということなのだろうか。やっぱり偏ってるってのは良くないのかなぁなどと、思ったところで今更どうなるものでなし。問題なのは"今"であり、

  「あ、kinakoちゃんたら、ズルい〜〜。あたしもあたしも。」
  「そうよ、ルフィは皆のお兄ちゃんなんだからね。あたしもお嫁さんになりたい。」

 おおうっと。Pちゃんも Chihiroちゃんまでもがそんな風に言い出したから、これって…もしかしてハーレム状態なのかも?
こらこら 思わぬ展開へと来合わせてしまい、当のルフィは一体どうするのだろうかと、広場の入り口、ついつい立ち止まってしまったゾロである。此処からは、やはりいつものように…古びた切り株に座って、視界の開けた西の方を眺めているルフィの小さな背中が見えるばかり。さぞかし"困ったなぁ"と、慣れない話題に眉を寄せているのだろうと思いきや。
「…あ、ゾロ。」
 やはりいつものように、こちらの気配をあっさりと読み取ったらしく。ぱっと肩越し、こちらへ振り返って来たルフィであって。そのお顔は…さして困ってはいない、至って平生のそれである。いくら幼い子供からのものであれ、一応は求婚のお言葉。真剣なものとしては受け取らないにしたって、それなりのリアクションは…やっぱり出ちゃうものだろうがと、それこそ彼らしくもなくゾロが戸惑っていると、
「皆、悪いな。」
 左右に前にと集まっていたお嬢さんたちを見回してから、ひょいっと立ち上がって、そのまま とことことゾロの傍らまでやって来て、

  「俺、もうゾロと結婚してるからさ、他の人とは結婚出来ないんだ。」

 少し堅い道着の袖ごと、旦那様の頼もしい腕に がっしと抱き着いて、しししっと嬉しそうに笑ったルフィであり。
「えー。」
「そんなの詰まんない。」
 こらこら、お嬢さんたち。そういう問題かというお言いようはお互い様で、愛らしい頬をそれぞれに膨らませる小さなレディたちだったが、
「こればっかりは譲れないぞ。だって俺、ゾロが一番好きだもん。」
 屈強で恐持てのする筈な師範殿へ、ぎゅううっと力いっぱい しがみつくルフィを見ては、
「…ふ〜ん。」
「じゃあ、仕方ないね。」
 おおおう、なんてあっさりと。
(笑) 乙女同士(ん?)にしか分からない、何かしら伝わるものでもあったのでしょうか。
「お師匠さんが好きなんて、ルフィって大人なんだね。」
「そだね。」
「怖いお顔なのにね。」
 …師範殿、言いたい放題されとりますが。
(笑) それはともかく、一件落着、
「さ、もう夕方だからお帰り。」
 促せば素直に、

  「は〜い。」「またね。」「また明日ね。」

 手を振って、村の方へと駆けてゆくおしゃまなお嬢さんたち。あれで来年は小学生なのだそうで、
"う〜ん。"
 ウチのお嬢さんはどうだったっけ。そういえば、お父さんのお嫁さんになるなんて、可愛いことを言ってくれたのは、確かあのくらいの頃ではなかったか。そんなこんなと思い出してか、半分ほど感慨深そうなお顔になってた師範の腕に、
「どうしたんだ? ゾロ。」
 しがみついたまま"ぐ〜りぐりvv"っと。依然としてふかふかな頬、無邪気にも押しつけている奥方に気がついた。
「いつもああいう会話をしとるのか?」
「う〜ん。お嫁さんがどうのっていうのは結構いつもだけど、具体的に告白されたのは初めてだったかな。」
 くすくすと微笑って見せたルフィであり、いつものような"あはは…"という豪快な笑い方ではない辺り、多少は"繊細な話題だった"と分かってはいるらしい。そういえば、あの切り返し方もなかなかお見事で、
"随分と此処に馴染んだっていう、これも成果みたいなもんなのかねぇ。"
 自由奔放というよりも破天荒で出鱈目で。行く先々で騒動を起こさないと気が済まないのかと、皆から呆れられていた彼だったのに。忙しいツタさんの手を煩わせてはいけないからと聞き分けが良かったり、小さなレディたちの気持ちを察してやったり、昔に比べたら桁違いに大人しくなったもんだと改めて感じて。だが。
"………。"
 だが、果たしてそれで良いものなのだろうかと、そんな気分も沸いて来る。どんな枠にも収まらないくらい、伸び伸びと闊達でいてこその彼だったのに。この土地という"陸
おか"に繋ぎ留めてしまったことで、窮屈な思いをさせてはいまいか、器の小さい人物にしてはいまいかと。果たして良かったのだろうかと、そんなこんなを思わないでもないゾロで。
「んん? どしたんだ? ゾロ。」
 どこか怪訝そうな顔になって、こちらの顔を覗き込んで来る愛しい人。屈託のないお顔へ、どう訊いたものかと少々戸惑って見せると、
「何だ何だ? 天下の大剣豪が、腹減ったくらいでそんな情けない顔してんのか?」
「…☆」
 おいおい、奥方。
「俺も腹減ったけどな、家までの競走くらいなら出来んぞ?」
「あのな…。」
 何をまた とんちんかんなことを言い出すかねと、窘
たしなめかけて…ああ、そうか。

  "特に変わった訳じゃあないか。"

 思えば昔だって、身に染みて知ってることという範囲内であるのなら、危険は避けたし言いつけも守ったし。中でも"約束"は必ず守ったし、仲間は一番大切だったルフィではなかったか? 大事な仲間のこと、あんまり詮索はしないながら、それでも。一緒にいて拾ったその人の"大切"への敬意は、きっちり払っていた彼だった。カヤからもらったゴーイングメリー号をウソップがどれだけ大切にしていたかとか、ミカンの樹はナミの宝物だったこととか。サンジの包丁には勝手に触っちゃあいけないこととか、チョッパーの帽子は自分の麦ワラ帽子と同じ、大切な人からもらった掛け替えのないものだったとか。そしてそして、ゾロの白い刀だけは特別なのだとか。そんな仲間たちとの約束も、きっちり果たした彼だったのだし。要するに。

  "何でもこなせる奴だったってか?"

 もちろん、器用にも簡単にとはいかないけれど、頑張れば"普通のお兄さん"にだって収まることが出来るようになった。鈍
なまったのではなく、新しい"得意"を身につけた彼なのだ。
「なあなあ、どうしたんだよう。」
 妙に黙りこくって、じっとこちらのお顔ばかり見やるゾロだから。ちょっとだけ心配になったルフィであるらしくて。んん?っと小首をかしげる仕草が、何かしらの小動物みたいで愛らしい。
「…いや。」
 何でもないよと、小さく笑って、
「駆けっこはごめんだなって、思っただけだ。。」
 もっと腹が減るからな、くつくつと笑ってやれば、
「あ、そか。」
 そうだなと、にっぱり笑った彼であり。そのまま腕を組んだまま、二人並んで家路を辿る。暮れて来た秋の里の空には、宵の明星がちかりと光って。海の上でもそうだった、仲の良い二人をただただ黙って見下ろしているばかり…。




  〜Fine〜 03.9.13.〜9.14.


  *カウンター 102,000hit リクエスト
    kinako様『ロロノア家設定で"ルフィの保育士さん奮戦記"』


  *何だか『残暑の頃』と似ているお話で済みません。
   あの話の中の"保育士さんルフィ"を
   気に入っていただけたものですから、こうなりましたです。
   Pちゃんさん、Chihiroさん、
   作品中に勝手にお名前をお出ししてごめんんなさい。

  *今時はお母様方もお忙しいのか、
   それとも若者みたいに気が立ってらっしゃるからか、
   他所の子へ信じられないよな意地悪とか、
   逆に自分の子への無責任とか、なさってるケースが随分あるそうで。
   こんな風に地域全体で子供たちを一緒くたに育てるなんて、
   もう無理な話なんですかね。
   ああ、この子は何処そこの誰ちゃんだ、なんて。
   昔は当たり前に把握してたんですけどもね。
   偉そうなことを言ってますね。
   気に障った方がおいでなら、すみませんでしたです。


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