ロロノア家の人々
     
お父さんと一緒  “Tea time”より


 春寒の冷たい雨がほぼ一日中降ったその翌日、長男坊が熱を出した。いわゆる微熱という代物なのだが、日頃たいそう元気で食いしん坊なのが、どこかくったりと怠そうにしていて食欲もない。ルフィは慌てて主治医のセンセーを呼びに行き、十分もかからぬ内に、往診用の鞄と看護婦さんごとお医者様を背負って、泥ひとつ朝露一滴も浴びせずに戻って来た。
こらこら そのお診立てによれば"風邪でしょう"ということで、湯を沸かすなどして部屋を乾かさないようにした上で、暖かくして栄養をとって、安静にしていれば大丈夫、ひき始めに気づいたようなものだから、こじらせもせぬまま数日で治りますよと仰有って下さって。………そして。
『いい子にして寝てな。』
 母御の付きっきりの看病が始まったのが昨日の昼前から。普段はあれほどにやんちゃな坊やが、昼日中から布団に入るのを嫌がりもせず、言われるままに大人しく横になっていて。やわらかな頬を真っ赤にして、時々ぜいぜいと咳をする様子が何とも痛々しい。だがまあ、医師殿が言うように、ひどくはならないだろう様相でもあって。
『奥様、代わりますよ? お夕食、召し上がって下さいな。』
 夕方になってツタさんが声をかけたのだが、うっすらと汗をかいた額に張りついた、子供独特の細い髪を掻き上げてやりつつ、ルフィは首を横に振る。
『いい。何か、腹減ってない。』
 思えば、自分の痛みには頓着しないくせして、他人の怪我やら病気やらにはそれは判りやすくおたつく彼だったと、夫であり、海賊仲間でもあったゾロは昔をちょろっと思い出す。絵に描いたような無鉄砲で向こう見ず。どえらい目に遭ってから"あ・そっか"と自分の迂闊さや不注意・不用心に気がついてポンと手を叩くような呑気者。
おいおい そんなせいもあって、怪我は大小にかかわらず絶えなかった自分たちで。男の矜持を懸けた大勝負などに挑もうものなら、それこそ生死の境を徘徊さまようような大怪我だって負ったもの。そして、そういう"勝負"自体の意義はきっちり理解するのだが、怪我へは…どうしても我慢がならないのか、こんなに心配させてとばかりの恨めしそうな顔をして、良くなるまで傍らから離れようとしなかった彼であったのを、ふと思い出して苦笑が洩れる。ツタさんが何と勧めても頑として動かない彼であることへ吐息をつくと、
『ルフィ、ちゃんと食って来い。』
 選手交替、今度は夫君が当たってみた。
『良いって。』
『良くない。お前が引っ繰り返ったら、今度は坊主が心配するぞ。ちゃちゃっとで良いから腹に入れて来い。』
『うう"…。』
 いくら大好きなご亭主からの進言であれ、やはり坊やが心配で堪らないらしいルフィだったが、そんな風に言い諭す夫の後方、伝染
うつるから入らないようにと言い置かれていた両親の部屋のその戸口から、ちょこっと姿を見せていた妹御の顔に、
『…うん。食べてくる。』
 やっと諭された彼であったらしい。お兄ちゃんのことが心配でしようがないという顔をした可愛らしい娘御もまた、大切で愛しい我が子だから。ほったらかされて不安ばかりを抱えさせては、あまりに可哀想だ。
『みお、母ちゃんとご飯食べよう。』
『あ、うん…。』
 そうして母に手を引かれ、どこか名残り惜しげに小さな肩の向こうを振り返り振り返り、ご飯を食べるお部屋へと一緒に向かった小さな姫だった。


            ◇


 いっぱい汗をかいたのが効いたのか、翌日には熱も引いて、ただ、まだどこか元気がない。治りかけという時期が一番微妙で、大事を取らねばならないのだということで、引き続きルフィが傍らについてやっている。赤ん坊の時はそれなりに、熱も出したし夜泣きもしたしで、やはりはらはらしたものの、この地に落ち着いた頃から今の今まで、そういえば坊やも姫も風邪ひとつ引いたことがなかったのだと思いが及んだ。ツタさんもその点へはルフィに言われて初めて気がついたらしくって、
『そういえばそうでしたね。』
 よって、主治医の先生にも、腹痛や怪我でお世話にはなっていたものの、病気で診てもらったのはこれが初めてだった。
"まあ、熱や風邪への免疫がついたのは良かったことだな。"
 何の病弊にも縁がないというのは、喜ばしきことながら、されど危険なことでもある。免疫のない体がいきなり病に襲い掛かられると大変なことになると、昔、小さな船医殿から口を酸っぱくして言われ続けたものだと思い出す。頑健極まりのない自分やルフィにはそれでも平気であると納得しているにも関わらず、子供らには罹るべき病弊には早めに馴染んでおいてほしいと。少しでも強い体になるためであるなら、それも仕方がないという考え方をしようじゃないかと。いくら大剣豪であれ、そこは…どこの親御さんともなんら変わらぬことを希望してる、実は平凡な父御であったりするのだ。そんなロロノア=ゾロ氏が、新聞を片手に奥向きの茶の間へと足を運んだのは、朝食後の門弟さんたちの習練を見守った後のこと。紬に着替えたいつもの凜然とした姿には何ら変わりはないのだが、実を言えば彼もまた、ほんのちょっぴり覇気がない。坊やが心配なのは勿論のことだし、それに加えて…奥方が坊やの看病にと夫婦の部屋に籠もったきりなのが、少々手持ち無沙汰だったりもするらしい。
おいおい お商売をなさっているお家でなし、申し送りなどといった伝達事項があったりするような用向きがある訳ではないのだが、そこはそれ、まだまだたっぷりと愛しい奥方であり、自分に構けず何か他のことへ熱中している横顔であれ、いつもいつもすぐ傍らで眺めてたいなだとか、今だに思ってたりするのだ、この純情な旦那様は。(笑) ………と。
"おや。"
 縁側廊下で一続きになっている奥向きは、子供たちの部屋、家族の茶の間、そして夫婦の部屋という順番で手前から連なっているのだが、その子供部屋の前の縁側に、ちょこっとお行儀悪く、あんよを両方、前へと投げ出すようにして板張りへ直に座り込んでいるお嬢ちゃんを見かけた。ミルクを入れたコーヒーのような淡い薄茶色のコーデュロイのジャンパースカートに白いブラウスとピンクのカーディガン。小振りの抱き人形を胸元に抱えていて、
「どうした。」
 掛けられた声につやつやの黒髪を肩先で散らしてこちらを振り仰いだ顔が、何だかとっても詰まらなさそうだ。今日は日和も穏やかで。この廊下にも、ガラス越しに降りそそぐ陽射しが、板張りを軽々と暖めるほどにあふれていて。お友達の多い子だから、てっきり…この上天気に誘われて外へと遊びに出掛けたと思っていたのに。そんな言い分を言の葉の響きに含ませた、父からの"どうした"だと、ちゃんと判るらしい娘御は、だが、
「………。」
 口を重く閉じたまま。拗ねて膨
むくれている訳でもなさそうで、再び俯いた幼いお顔に仄かな翳り。それを見て、
"…ああ、そうか。"
 何となく察しがついた。急な発熱に苦しそうだった兄のことがこの子なりに心配で、それでおちおちと外へ出掛けられないでいるのだろう。初めてのことだとわたついた大人たちの様子に、訳も分からないまま、不安だけが尚更掻き立てられてしまったに違いない。傍らへと屈み込み、少ぉし俯いたお顔を覗き込むと、陽に暖められたさらさらの黒髪をその大きな手でそっと撫でてやる。
「…いい子だな、みおは。」
 ちゃんと察したぞというのが、これまたお嬢ちゃんの方へも届いて。頬をぱぁっと染めて恥ずかしそうに唇を噛む様子がまた愛らしい。そんな彼女へ、
「そっか。じゃあ、お外に行かないなら家で遊ぶか。」
 父はそうと言い、
「…?」
 そこに"省略されている言葉"が彼女にはちょっと意外で。娘御はそぉっと父の顔を見やったが、やわらかく笑ってくれたそのお顔には"んん?"という、"いかがかな?"という、悪戯っ子のそれのような気色が乗っかっていて。
「…うんっ♪」
 たちまちのようににっこりほころんだ姫の笑顔に、父御の顔もますます和みを帯びたのであった。


   以心伝心、言葉少なに何を伝えあった彼ら父娘であったのかというと………。


 茶の間の中央には、かなり大きな角卓が据えられており、普段の食事はお台所に近い部屋で食べることにしている一家だが、お祝い事などの折にはここで正餐をとったりもする。座る場所は大体決まっていて、一番奥の床の間の前が家長である父。その右横の脇に母御。そして、父と向かい合う位置の長辺に二人の子らというのがスタンダードな着席順。親子対話を構える時は母が父の隣に座すこともあるが、それは今のところ例がない。………で、いつもの定位置に新聞を広げて泰然と座している父の右脇、普段なら母であるルフィが座っている場所に、今日は娘御がチョコンと座っている。手には小さな片手急須を持っていて、これも小さな湯飲みへとその先を傾けて"お茶を淹れる真似"。そう、父上が彼女に"遊ぼう"と誘いをかけ、そして始まったのがこの"おままごと"なのである。
「はい、お父さん。お茶が入りましたよ?」
 使っているのは本物ではなく、彼女の大切な宝物のおままごと道具。この村より随分と都会な大町に家族で出掛けた折に、おもちゃ屋さんの店先で彼女を一目で魅了したお道具のセットで、ちゃちなプラスティックではなく、景徳鎮もどきの透かし陶器の皿やブリキの鍋、木工品の茶碗や湯飲みといった具合に、素材を色々と組み合わせた、結構手の込んだ逸品である。まだ小さな彼女にはたいそう広い机の上、すすっと撫でるように腕を伸ばし、何とか父御の前へと湯飲みを置くと、父は新聞を膝の上へと降ろして、
「ん、ありがとう。」
 丁寧な会釈を見せてから、いかにも小さな…彼が晩酌に使っているぐい飲みくらいの大きさの湯飲みを手に取る。大きな手の陰にすっぽりと隠れてしまったそれを、そのまま口元にあてがって傾けようとしたところが、
「あ、あ、お父さん。」
 困ったように制止する声がして。
「?」
 見やると、お嬢ちゃんがニコッと笑って付け足した。
「熱いですよ? 気をつけて下さいね?」
「あ…ああ、そか。そうだな。」
 ??? なんでしょう? 意を得たりな父御は果たしてどうするのかと見やれば、湯飲みの縁にふうふうと息を吹きかけ、それから飲む真似をする。ああ成程、とっても熱いお茶を淹れたんですよと、そういう"演技指導"が入った訳やね。
(笑) なかなか本格的な"おままごと"であるらしく、だが、父上は呆れもせずただクスクスと機嫌よく笑っているばかり。その視線の先では、つやつやなお膳の上を、ふきんに見立てたハンカチで拭う振りをしている娘御が、
「新聞には何て書いてありますか?」
 その仕草の片手間という、いかにも"奥方"がなさりそうな聞き方をする。ルフィでさえ聞かないようなことを聞くから、これはお友達とのおままごとで仕入れた口の利き方なのかもしれないなと、ますます父上はくすぐったそうな顔になった。
「ああ、今日は一日いい天気だそうだよ。」
「そうですか。それは ようございましたね。」
 適当に言ったものへ、なかなかどうして、きっちりと的を得たお返事。おませな物言いでありながら、少し舌っ足らずでイントネーションもどこか棒読みなところがまた、何とも言えず可愛らしい。一通り卓の上を拭いた"奥様"は、少しばかり体の向きを変えて"旦那様"の方を見やると、
「そうそう、今度タチバナの町にサーカスが来るそうですよ?」
 少ぉし小首を傾げていて、ああこの物言いは、言葉遣いは違うけれどルフィが見せる甘え方とそっくりだなと、今度は苦笑が込み上げて来る。どこで何を見られているやら。子供の目というのはなかなか油断がならないものだ。
「子供たちを連れて観に行きましょうよ、お父さん。」
 ごっこ遊びにかこつけて、本当にねだっている彼女ではない。サーカスが来たのは先月で、この一家も近所のご家庭からのお誘いに応じる格好で全員で見物にと繰り出している。まだ記憶に新しいそれを、夫婦が相談する話題に相応しいと思って持ち出したらしく、ゾロは微笑うと、
「そうだな、そうしようか。」
 是と応じて見せた。何となく、こちらの口調までどこか芝居じみているような気がするのだが、まま、そこは"ごっこ遊び"ならではのこと。お嬢ちゃんが不自然だと言い出さないなら、これで充分合格なのだろう。旦那様のお返事に、
「じゃあ、お弁当が要りますね。皆たくさん食べるから一杯。」
 そう言って"お母さん"は小さな両手を胸の前で重ね合わせて、ぎゅっぎゅっぎゅっとおむすびを作る真似をし始める。傍らにはいつの間に用意されたのか、炊きたてのご飯を移したお櫃
ひつがあるらしく、
「お父さんも手伝って下さいな。」
 見えないおしゃもじを手に、そのお櫃からご飯をよそいあげる真似をして、その先をこちらへと向けるものだから、
「あ、はいはい。おむすびを作るんだな?」
 こちらもそれを手のひらへ受ける振り。
「熱いから気をつけて下さいね。」
「う、あ、えっと。あちち…。」
 なかなか細かい演出を指定・要求する監督さんである。
(笑) あんまり熱いからと片方ずつ交互に持ち替える真似。それからいよいよ"ぎゅっ"と、三角のおむすびを握る真似をすると、
「わぁ〜、お父さん、大っきな手。」
 この"お父さん"は夫への呼びかけではなく、いつもの父御へと呼びかける時のもの。父の手が大きいのは良く良く知っていただろうに、その手がおにぎりを作るという仕草を初めて見て。それがやっぱり、日頃に見ているツタさんやお手伝いさんの手より断然大きなものだから、ごっこの演技を忘れるほど、改めてびっくりした彼女であるらしい。お膝で立って、すぐ傍まで身を寄せて。自分の小さな手を重ね、ごつごつ大きな父の手の甲をそぉっと撫でては顔を見合わせて"うふふ"と愛らしく微笑って見せるから。………ラブラブですのね、お父様。
(笑)


            ◇


 坊やが眠る寝室の隣りの座敷で、一抱えほどの直径のある陶器の火鉢の傍らに座り込み、しゅんしゅんと沸騰していた鉄瓶を鼎
かなえから降ろして火箸で炭を確かめていると、縁側の建具のガラスを軽く突つくように"たんたん"と叩く気配があって。そちらを見やったルフィの顔がパッとほころんだのは、
「あ、サミさんだ。」
 すぐ傍まで立っていくと、そっと引き戸をすべらせて開ける。雨上がりの足元の湿った中をわざわざ、居酒屋『えるど』の女将さんが来ていてくれたのだ。
「坊っちゃん、お熱出したんですってね。」
 出先で誰かに話を聞いて、それで足を運んでくれたのらしく、
「お風邪なら玉子酒なんか効くわよ。言えばツタさんが作ってくれるんじゃないの?」
と生みたて玉子をお見舞いにと持って来てくれた。
「うわぁ、ありがとう。」
「いいのよ。ウチのお料理にはこれしか使わないんだって、ダンナが取り寄せてる品物だから、わざわざ買いに行ったってもんでなし。」
 それにしたって、それなら大事なお商売もの。その心遣いが嬉しくて、
「あ、そだ。上がってよ。」
 丁度坊やも眠ったことだしと、席を移そうと二人連れ立って台所の脇の囲炉裏部屋へ向かいかけた。ところが、
「? どしたんだ? ツタさん。」
 口元へ手を当てて。どこか困ったような、だが、堪え切れない笑顔をたたえたツタさんが、廊下に座っているのである。用事があってやって来たお部屋に、だが入れなくて待っているというような風情でもあったが、ルフィたちに気がつくと、口元に人差し指を立てて見せ、
「奥様、…ほら。」
 すぐ傍の部屋を示して見せる。こちらは縁側のない方のお廊下で、縁側のある方には障子がはまっているのだが、こちらは襖。だから、襖の閉ざされている今、部屋の中の様子は直には見えない。ホントは立ち聞きや覗きというのははしたなくて、日頃のツタさんなら絶対にやらないことなのだが、
「あ………。」
 薄く開いた襖の隙間から見える光景は、あまりにかわいいそれなものだから、お茶を運んで来たものがついつい声を掛けられぬままになり、結果として聞き耳を立てることになった彼女であるのだろうと、ルフィにもサミさんにもすぐさま通じた。

  「…お父さんも手伝って下さいな。」
  「あ、はいはい。おむすびを作るんだな?」

「………っ☆」
 ルフィとサミさんもまた、拳を胸元へ引き寄せた両の腕の肘の先、脇にじたじたと羽ばたたかせるようにしながらちょこっと興奮してしまう。声は出せずに、されど目顔で"観た? 観た?"と互いに受けた同じ衝撃やら感激やらを確かめ合うばかり。あの、怖いものなしで天下無双の大剣豪が、幼い愛娘の言いなりに"おままごと"をしているだなんて、これは確かにちょっとどころではない見ものである。さしたるお道具も広げないままに"ごっこ遊び"のお話は進んでいるらしくって。剣を取っては世界一の誉れも高い、それはそれは頼もしき寡黙な師範殿は、今、その大きな背中を小さなお嬢ちゃんの目線に合わせるべく少しばかり丸めていて、

  「熱いから気をつけて下さいね。」
  「う、あ、えっと。あちち…。」

 おっかなびっくり、おむすびを作る真似をご披露している最中だったりする。
"うわぁ〜vv"
 彼には得意ではない筈の"している振り"を、演技を、娘御の言いなりになってやって見せている柔らかな声音が、聞いていて何ともやさしくて。
「わぁ〜、お父さん、大っきな手。」
 お嬢ちゃんの方こそが、ついつい自分の役回りを忘れて、嬉しそうに小さな両手で撫でている手へ、
"そうなんだよな、大っきいんだよな。"
 微笑ましいなと楽しげに覗いて見ていたものが、何だか…胸に直接の温度を感じてドキドキとし、頬が熱くなるルフィである。愛しい夫の優しさや頼もしさの象徴。昔から大好きだったゾロの大きな手。とんでもない力持ちで、刀がなくても十分に敵を殴り倒せる頼もしい手。到底"器用"とは言えず、時々拙い無骨な手。意地を張ってそっぽを向けば、顎先を掴まえられた強引な手。軽々と抱えてくれた腕の中、安心させるように頬を撫でてくれた温かな手。ルフィの小さめな肩をすっぽり包み込めるほど大きな手。
"………。"
 子供のおままごとへも真面目に付き合ってやる、そんな男。ホントは苦手であろうに、器用に誤魔化したり躱したりが出来ない不器用者。これが例えば昔の仲間のシェフ殿辺りだったなら、
『お前や皆を幸せにするために大きい手なんだよ』
だなんて台詞を、ぺろっと言ってのけそうだが、それも出来ぬまま。良いようにあやされて構われるがままになっている。彫りの深い眼窩に切れ長に開いた緑の眸は、いつだって冷たく冴えてまるで冬空の星のようだのに。鋭角的なその顔も、鋼をも切り裂くその剣戟も、敵に向かえば鬼神のように鋭く強くて怖くって。だのに、守る者へは、例えようもないほどやさしくて暖かくて。
"…不思議なことなのかな、それって。"
 自分でもくすくすと笑ったくせして、ふと、そんな風にも思う。その暖かな両腕
かいなに、そして頼もしい背中に、いつも当然のように守られていた自分は長いこと気がつかなかったが。今、幼い娘の楽しそうな笑顔を、守りたくてか、もっと見たくてか、不器用なくせに頑張って可愛らしい遊びに付き合ってやっている彼が、くすぐったいほどに愛しくて、自分の夫であることが誇らしいと思えたルフィだ。

  「…お父さん?」

 ふと。茶の間の会話から"くすくす"という微笑い声のトーンが落ちて。はっとしたが時は既に遅く、
「こら。」
 からりと襖が左右に割られて、覗いていた女性陣
(?)たちがわたわたと慌てた。隠れんぼで言えば"みぃ〜つけた"といったところだろうか。
「覗き見とは良い趣味じゃないか、お3人さん。」
 実は随分と前から気づいていたらしいくせに、今やっと気づいたような白々しい訊き方をする旦那様であり、
「あ、えと。ツタさんは通りすがりだぞ? そいで、サミさんは坊主のお見舞いに来て下さってて…。」
 あわあわと慌てつつもそんな弁明を並べるルフィへ、わざとらしく…ちょいと怖いめの三白眼になって見せ、
「まあ良いさ。それよか、お前も付き合いな。」
「ふえぇえっ?」
 有無をも言わせず、二の腕を取る。
「あ、でも、俺、坊主の看病が…。」
「もう大分良くなったんだろ? ツタさんに任せれば良い。」
「サミさんのお相手もしなきゃ…。」
「そうか。なら、サミさんにも混ざってもらうか?」
 おいおい、ご主人。


 小さくて無邪気な子供たちと大好きな伴侶と。気が合ってやさしいお友達もいて、お母さんみたいな暖かい人もいつも傍に居てくれて。ほわほわとやわらかな日々は、けれど時々、思わぬタイミングでドキドキを連れて来ては、どぎまぎと慌てさせてもくれるから。
"だーい好きだよ? ゾロのことvv"
 わざわざ口に出して言う機会も減ったけど、この胸の奥底にそんな想いが変わらず涌き続けている限り、ドキドキを連れてくるときめきもまた、いつまでも弾け続けるのだろうなと、奥方は小さく小さく微笑って見せるのであった。


「じゃあ、お母さんは"赤ちゃん"ね?」
「あ、赤ちゃん?」
「頑張れな。」
「うう"…。」


  〜Fine〜  02.4.19.〜4.22.

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    一條隆也サマ『当たり前の日常の中で、不意にくすぐったくなる恋心』


  *すいません。今回はえらいこと強引です。
   書いてみたかったゾロとみおちゃんのおままごとへ、
   一條サマからのリクを無理からこじつけてるようで、
   何だか心苦しいです。
   勿論、返品可ですので、ご遠慮なく仰有って下さいませです。


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