ロロノア家の人々
   ちゃ〜んと顔に書いてある
 

 


  ――― あれは確か、遠い冒険の日々のその突端
とっぱな近く。


 偉大なる航路の只中にて、歴史ゆかしき砂漠の王国を滅亡に追い込まんとしていた内乱を、両手に余るほどのごくごく少ない頭数にて収拾させて。海賊である自分たちへ"どうか手を貸してくれ"と協力を要請して来た果敢な王女様は、陰謀に掻き回されて随分と疲弊し切っていた王国の再興と、素晴らしき仲間たちとの引き続いての冒険の旅と、自分はどちらを選べばいいのか、しばし考えあぐねていたようだったが、

  『冒険はまだしたいけど、私はやっぱりこの国を愛してるから!!!』

 迎えに来た自分たちへ、彼女はきっぱり そう言った。そんな訳で袂を分かつこととなってしまったが、無言のままながらも背中を向けつつも、仲間の印を頭上に高々と掲げて、遠くそれぞれの空の下へと離れ離れになっても仲間のまんまだからなと誓い合った自分たちだったのを、今でもやっぱり覚えている。





 仲間が大切で、仲間が大好きなルフィ。馴れ合いは嫌い。でも、自分で決めたことへと向けて、自分の力でやれる限りの目一杯、なりふり構わず必死に頑張ってる懸命な奴は大好きだからサ。覚悟決めて頑張れるだけ頑張ったこと、ちゃんと見届けてやって。後は任せときなって、バトンを受け取るのは嫌いじゃない。だってそれは、馴れ合いなんかじゃないし、庇い合いなんかでもない。信念を貫こうとする強い心意気に感じ入ったから、共感出来るから。そんな奴にはサ、よ〜し、よく頑張ったなってねぎらって、こっちも出来る限りの力を差し出してやろうってなるもんだろう?





            ◇



 あれからもう、どのくらい経ったのかな。ビビも今頃は立派な王女として、再生かなったアラバスタ王国を切り盛りしていることだろう。もしかして結婚しているのかも? 一人娘だったから、婿を取っての"女王"になって良い治世に日夜励んでいるのかな。そんなことをふと思い出したのは、庭先にきれいな水色の矢車草がぴんと背条を伸ばして幾つも咲き誇っていたからだ。純和風の畳敷きの広い居間。春も盛りを過ぎ、そろそろ初夏へと移行しかかっている頃合い。濡れ縁に向かって障子や建具を開け放った広い間口の向こうには、ささやかな中庭が見渡せて、健やかに萌え出した新緑が梢に茂みに様々に発色して眩しいほど。そんな中にあった一つの色彩の鮮やかさから、するすると思い出した…それは勇敢な王女様。ふと、思い出したということは、

  "…忘れていた事になるのかな。"

 腑抜けになった訳ではなかろう。ただ、優先順位の関係で、記憶の奥へ奥へと追いやられていただけ。ビビの名前だって思い出せた。ただ、それの前に"矢車草"というお花の名前が先んじていただけ。陸
おかに上がってもう数年ほどの歳月が経っている。草花の名前なんぞ、自分の柄ではないし、何より海の上では縁がないからと覚える必要もなかったものだのに。大きな角卓に画用紙を広げて、愛らしい小さな手で握り込んだクレヨンで、何やらお花らしきものを幾つも描いている愛娘の手元を見るにつけ、簡単な花なら幾つか、名前を諳そらんじる事が出来る自分になっており。今年もお母さんが朝顔を植えたのよ、みおもお兄ちゃんと ひまありを植えたの、竹の垣根のすぐ傍よ? 夏になっていっぱい咲くと良いねぇと。回り切らぬ口で一生懸命に話してくれるのが、何とも言えず愛おしい。この子も双子の兄も、来年には村内にある幼稚園に上がる年頃で、数字を数えたり名前程度の字は書けたり、最低限に必要だろう知恵というのか知育というのかは十分に身につけている。運動能力はさすがのピカ一で、兄の方は父親の営む道場にて、大人も顔負けの勘の良さにて木刀を操っては対手を軒並み叩きのめしているほどだし、妹の みおもまた、駆けっこや鬼ごっこではお友達の中で負け知らずのすばしっこさ。小さきものへの愛しさだけでは到底荷が重すぎる"子育て"であり、事ある毎に自分たちがいかに不慣れな親だったかを思い知らされもした。そんなこんなを顧みるにつけ、ここまでよくも育ってくれたなと、感心するやら嬉しいやら。………という感慨に改めて耽っていたお父さんであったものの、

  ――― ???

 静かな居間であるのは結構なことだが、お絵かきに夢中な みおちゃんが大人しいのはさておいて、腕白盛りな坊やの方が妙に無言でいるのはちょっと気になった。縁側廊下から屋内へと明るさを取り入れるため、ガラスのはまった建具も開け放ってはいるが、実は…先程からしとしとと雨が降り出してもいる。おやつを食べにと一旦お外から戻って来た二人は、この雨に制されてしまい再びのお出掛けが侭ならず。それでとクレヨンと画用紙を広げた みおちゃんと、いつもなら競うようにお絵かきをするか、自分は自分で絵本を引っ張り出すか。彼もまたそれなりに"遊ぶ"はずの坊やが、どういう訳だか…じっとしている。お廊下の端、居間の角っこ。少し頑丈な柱が立っているのへと小さな背を預け、庭の方を黙ったまんまにて眺めている。何か気になっての所作ではない。恐らく視線はどこにも留まっていないと分かる。所在なさげに、自分の身の置き場に困っているかのように、ただただじっとしている。丁度、拗ねて膨れている時と同じ気配だと判る。着馴らしたTシャツに半ズボン。剥き出しのひょろりとした脚は早くも日焼けし始めて浅黒くなりつつあり、時折、行儀悪くも片足を持ち上げては、膝辺りを無精にも踵で掻いてみたりしている。
"………極端な奴だよな。"
 何となく。原因というか、理由というかには心当たりがある。お母さんの不在だ。この雨が降り出す前に、ルフィが村の逆の奥向きにある市場まで小麦と砂糖を買い出しに出掛けて行った。怪力俊足の持ち主だから、いつもだったらとうに帰って来ているものが、だが、物が物だけに濡らす訳にも行かず。少しでも小降りになるのをと、店の方で引き留められて待っているに違いなく。そして。お母さんが大好きな坊やとしては。早く帰って来ないかなと、待ちくたびれての意気消沈と相成ってしまっているらしい。深刻に寂しがってる訳じゃない。でもね、何だか詰まらない。お父さんは道場では"師範"だから、面と向かって甘えるのが何だか照れ臭い今日この頃で。その分もあってか、このところ昔以上のノリでお母さんへひたすら甘えるようになった坊やであり。

  "………。"

 そして。そんな様子が、何故だろうか…男のくせにと不甲斐なく感じられはせず、胸のそこが擽られるほど愛らしいことだなと思えてしまうのは、

  "これも親だから、なのかな。"

 やっぱり柄にないこと、感じてしまい、内心で苦笑をこらえる師範殿だったりするのである。





            ◇



 結局はやはり雨が上がってから戻って来た奥方であり、お買い物は全部無事なまま、彼の手で台所や蔵へと運び入れられた。そんなお母さんの後をちょこまかとついて回っていた坊やは、さあさ終しまいと手をパンパンと叩いたルフィに早速のように甘えかかり、廊下を使ってのビー玉遊びが始まって。あんまり楽しそうに歓声を上げるものだから、みおちゃんも落ち着けなくなって途中参加し、そのまま夕餉の時間になるまで、にぎやかな声は響き続けた。

  「? 何かあったかって?」

 お腹一杯にご馳走を食べて。お唄を歌いながらお風呂に入って、湯冷ましがてらに何かお話を聞かせてとせがまれて。それからそれから、うとうととしだした子供たちをそぉっと寝間まで運んで、さて。大人たちのお時間になり、ふと、ゾロは昼間の坊やの様子をルフィに語って聞かせた。まるで愛しい人を待つかのような、切なそうな後ろ姿だったから、一番の甘え相手のルフィにしか話せないようなことでもあったのだろうかと、ちょいと聞いてみたところが、
「さあなぁ…。俺もそういうの、察するのは下手だしなぁ。」
 パジャマ姿でお布団の上に向かい合って座ったまま、う〜んと腕を組んで唸ってしまう彼であり、
「でも、ゾロが気になったって言うんなら、よくせきのことなんだろうしなぁ。」
「…なんだよ、それ。」
 よくせきのことでなきゃ気にかけない人みたいな言いように聞こえて、少々目許を眇めたお父さんだったが、
「だってそうじゃんか。ゾロっていつだって、何も話さなくても察してくれたろ?」
 話の流れからルフィの思惑をきっちりと察し、どんな無茶にも"やれやれ"と苦笑混じりながらも、腰を上げて付き合ってくれた。恐らくきっと、その"読み"の中には…自分の好みや方針的には微妙に意に添わないことだってあったろうに。それでも"船長が決めたことなんだから仕方がない"って、大概は呑んでくれた懐ろの深さ。
「俺へってだけじゃあ なかったし。」
 ああこいつ、こういう覚悟を決めたなとか、そういう解釈をしたのか、おい…とか。ちろんと片目だけ開けて察して、だが。黙って好きにさせていたり、邪魔だてするものへは問答無用で立ち塞がってのフォローをしてやったりと。無言のままに、そういう把握や理解・協力をちゃんとしてくれる、いぶし銀の伊達男でもあったから。くふふん//////と、自分のことのように妙に誇らしげに笑って見せる奥方に、
「…そうだったかな。」
 ご亭主、そんなのよく覚えてねぇよと、それこそ昔の彼がよく使ってたような、伝法な口利きで躱そうとするのだが、
「見て見ぬ振りが苦手だったじゃんか、昔っから。」
 照れちゃって、このこのぉと、やっぱり笑う奥方に、
「そんなことねぇって。」
 あくまでも徹底抗戦の構えを取りたいらしい剣豪様。
「たった一つしかない命だからな、無駄には出来ねぇだろうがよ。」
 下手に事情を聴いてしまえば、人がいい自分はついつい手を貸したくなるやもしれない。それも、一緒に頑張ろうなという素直な形でではなくて、勝手にやりたいようにやったまでだという、ひねくれた格好で。だから、
「関わりたくなくて事情を聞かないように構えてただけだ。」
 でも。聞かなかった…あまりに危険だからと無視したケースって、ホントにあったのだろうかと、やっぱり苦笑が漏れてしまう。それがために、その命を風前の灯火状態に追いやってたくせにと、自分と彼との出会いの場を思い出すルフィであり、

  「…今、かなり古い話を思い出してねぇか?」
  「ぴんぽ〜ん。」

 ふざけたように正解のチャイムを真似て見せ、素早く立ち上がり、そのままお向かいさんの広い懐ろへダイビングする。
「…わっ、こらこら。」
 不意を突かれても動じずに、しっかと受け止める頼もしさよ。脇をくぐらせて背中まで腕を回し、分厚い胸元へぎゅうとしがみつきながら、ふにふにと相変わらずにやあらかい頬を擦りつけてくる奥方の甘えっぷりに、ついのこととて やんわりと目を細めながら髪や背中を撫でてやって応じて見せて、
「他人のことは言えねぇだろが。」
 せめてもの意趣返しにと思ってだろうか、同じ穴の狢だったことを持ち出せば、
「言えるさ。俺はホントに、人の話、聞かねぇもん。」
 すかさずのように"しししっ"と笑った奥方へ、威張って言うことかいと、ゾロがますます目許を眇めたが。確かに…この元船長さん、人の話を聞かなかった。いや、忠告とか進言に聞く耳を持たないというだけではなくて。例えば誰かの過去の話や、どういう事情があってそんなお顔でいるのか、何を背中に背負っているのかというような、所謂"因縁話"を、誰のであれ聞いたことは滅多になかった彼ではなかったろうか。だがそれは、
"今現在だけで十分だったからだよな。"
 そいつがどんな奴なのかは、自分の目と耳で確かめればいいこと。これから何がしたいのか、どうありたいのかだけで十分だからと、誰の過去の話も一切聞こうとしなかったルフィ。そうやって見極められないようでは、個性の強い荒くれやクセのあるひねくれを集める"海賊団の船長"なんて、到底勤まりはしないだろうと思っていたのか。それとも…ただ単に面倒だったからか。それだったらまだ良い。

  "自分の夢へは誰の助けも要らなかったから、
   だから誰が寄って来ようとどうでもよかった…だなんて、
   そんな寂しいことだけは言うなよなって。"

 実を言えば。そんな風に思ったこともないではなかったゾロだった。自分もかつてはそんな心持ちでいたからこそ、あまりにあっけらかんと誰でも受け入れ、そのくせ素性を知ろうともしないことへ、そんな杞憂を抱いた時期もあるにはあった。いつだって船の一番の先頭である舳先へよじ登ってた小さな背中は、仲間たちの制止の手を振り切って渦中へ真っ先に飛び込む悪い癖が治らないままだったし、それを認めたくはなかったけれど…自分たちが束になっても敵わなかったやばい奴を、彼は満身創痍になりながらもいつだって必ず打ち倒してしまったから。ゾロの勝負に手出し口出ししなかった"ケジメ"とは別物。実は彼こそが誰にも頼っていないのではなかろうかと、航海という"日常"に必要だから集めた仲間だってだけなのではなかろうかと、そんなことを思わないでもなかった。

  ――― けれど。

 仔猫のように うにうにと。深い懐ろから相手の肌の中へとそのまま溶け入ってしまいたいかのように、夜着の合わせから覗いている少ぉしひんやりとした赤銅色の肌へと頬を擦りつけていた小さな海賊王さんは、

  「聞かなくても、言わなくても判っててもらえるってのはサ、
   特別の中でも一等凄げぇ特別なんだよな。」

 幼い子供のような言い回しをしてから、うくく、と。楽しくて嬉しくてしようがないという、いかにも悦に入った声を上げたりする。誰でもない、大切で大好きな人から理解されていることへの幸せ。例え諸手を上げての肯定は出来なくとも、そういうところがあなたらしさだからと。苦笑混じりに判ってもらえる、そんな"特別"を貰える幸せ。自分が自分でいることを、他でもないあなたから認められてる、見守ってもらえている。それってとても嬉しいことだと知っている。それへとすっかりと依存するのではなく、でもね。気概の雄々しさやら腕っ節の強さやら、凄い奴だと尊厳を込めて認めている相手から、同じくらいに把握されてるってのは、理屈抜きに快感だし嬉しいし。そいつが見込んだ以上の"凄い奴"になって見せることで鼻を明かしてやろう驚かせてやろうだなんて、そんな茶目っ気じみた、でも判りやすくて励みやすい目標や意欲も、ちゃんと持ってて見せてもくれて。

  "………そうなんだよな。"

 悠然とした顔をしたままで、強敵相手にタイマン張れる、場合によっては複数が相手でもねじ伏せちゃるぜと、狡猾そうに笑える度胸も技量も持ち合わせていて。でも、それだけじゃない。誰をも踏み込ませないのではなくて、誰かにそれなりの支えになって貰うことの、ほどほどの温みの大切さもよくよく知っている。それによってのゆとりや余裕もちゃんと持ち合わせている、人としての器量を見失わない彼だから。だから、この自分がついて行けたのだし、フォローを努めようとまで思った。そして…気がつけば。こうまで愛しいと思って、離れがたくなっていたのだから。自分の勘や感性を、今になって褒めてやりたくもなった剣豪様であるらしい。



  ――― んん? 眠いのか?
       …違うもん。
       何か口寂しいのか? 俺の指はそんな美味くなかろうよ。
       だ〜か〜ら〜〜〜。///////
       言ってもらわにゃ判らないよなぁ。
       意地悪っ。もうい…、うぅ…んぁ…ヤダ…んん。///////



   さあさ、いい子はさっさと寝た寝た。(前にも使ったかな、この引き方。/笑)



  〜Fine〜  04.5.23.〜5.24.


  *カウンター・ニアピン・ダブルス リクエスト
    ひゃっくり様『ロロノア家のお話で、以心伝心なご夫婦vv』


  *何かそういうタイトルの歌があったような気がするんですが。
   誤魔化したってお母さんにはお見通しなのよという1番と、
   帰りが遅くなったのを叱ったパパのお顔に
   実はとっても心配したんだからねと書いてあったよという2番の。
   確か"みんなのうた"だったような………。
   すいません、うろ覚えです。

  *原作の中、ゾロル派がこれだけは外せないと思うのが、
   この二人ってば、ホントに言葉少なに、
   時に、アイコンタクトだけで意志の疎通をはかってる点でして。
   短い一言とか、立ちはだかった背中の強かさだけで、
   相手の覚悟や意図を読んでしまうんですもの、
   これを絆と呼ばずしてどうしますか。(手を"ぐう"に握って!)
   …とはいえ、
   リクエストからは微妙に的を外しているような気もするのですが、
   いかがなもんでしょうか、ひゃっくり様。
どきどき

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