ロロノア家の人々
     お伽話はいかが?  “Tea time”より

            *先の『サクラ、サク』の設定から、
             またまたお子たちが幼い頃へ戻っております。
             どうかご容赦下さいませ。



 その部屋には大きめの有明を2つも置いてあり、障子の向こうは、廊下の縁側の雨戸を閉じてすっかり暗いにもかかわらず、畳も、部屋の中央に2組敷かれた布団も、黄昏時のような温かな明るさに染まっている。襟と前立ての縁取りが黒いビロウドの、茜色の綿入れをパジャマの上に着た妹御は、毛布から乗り出すようにはみ出させた胸から上を、母御のお膝に枝垂
しなだれかかるように乗っけていて、まるで小さな猫の仔みたい。自分のお布団に入っている小さな兄の方は、うつ伏せた格好で枕に両手で頬杖をついていて。すぐ傍に座っている母が伸ばしてくる手に、淡い緑色の髪やすべすべの頬を撫でてもらって、こちらもうっとりと嬉しそう。
「…そいで、母ちゃんは約束したんだ。グランドラインをぐるっと一周して来たら、また会おうって。必ず戻って来るから、そのときにケンカの続きをしようなって。」
「クジラさんは? それで良いよって?」
「おお。ぶお〜〜〜って鳴いて、約束したさ。そいで"誓いの印に"って、おデコんとこに、でぇっかい海賊のマークをペンキで描いてやった。」
「お母さんが描いたの?」
「ああ、そうだ。」
「クジラさんて、物凄く大きいのでしょう?」
「母ちゃんたちが船ごとお腹に入ったくらいだ。そりゃあ大きいさ。」
「そのおデコに描いたの?」
「そうだ。こ〜んな太い筆を抱えて、走り回って描いたんだ。この部屋より…いいや、この家くらいは広かったからな。」
 胸を張る母の言葉に、
「凄ぉ〜い。」
「お母さん、お絵描きするの好きだもんねvv」
 子供たちはキャッキャとはしゃいだ声を上げた。それをやさしく見やりつつ、
「さあ、そろそろ寝ないか。」
 促してみるが、
「や。今度はお姫様のお話っ。」
「ああっ、みお、狡いぞ。クジラのお話もお前が聞きたいって言ったやつじゃないか。次は俺の聞きたいお話だぞ。」
「だって、お昼にお兄ちゃんと衣音くん、鮫おじさんのお話、また聞いてたじゃない。あれ、お父さんもお母さんもお怪我するお話だから凄っごく怖いのよ? ちよちゃんがいたら泣いてたわよ?」
 鮫おじさん…。もしかして魚人のアーロンのことだろうか。どちらも譲らず、眠るどころか、小さな拳で小突き合いを始めかかる兄妹に、
「ほらほら、喧嘩しない。」
 ルフィは苦笑を見せながら、手を伸ばしてそれぞれを引き分ける。
「じゃあ…うん、そうだな。砂漠で帆掛けのお舟にそりゃあ上手に乗ってたビビの話をしよう。砂の上をでっかい船で航海してたおっさんたちと会った時の話だ。」
 途端に喧嘩は収まって、
「砂漠なのにお舟なの?」
「砂のおじさん?」
 子供たちは母の顔を見上げてわくわくとお話が始まるのを待った。


 勿論、遊んでもらうのが一番好きなのだが、時々母御が聞かせてくれるお話もまた、子供たちには格別な"娯楽"であった。まだ一度も見たことのない広い広い海と、その向こうにある様々な島や外国のお話。仲間たちとの船旅の様子や、辿り着いた島での冒険・探検、降りかかって来た不思議な出来事などなどといった"体験談"や、話上手な仲間から聞いたという昔話や伝説、民話。言葉を余り知らないルフィのこととて、いつもどこか拙い紡ぎようで、どう言えば良いのかなと"えとえっと"と詰まることも多々あったが、身振り手振りの一杯入った話し様と、何よりも自分が体験した冒険であるが故の臨場感があって。聞く側の子供たちはどんなお話でもわくわくと眸を輝かせて聞き入り、
『それでどうなったの? お母さんたちはどうしたの?』
と、どんどん次のお話をねだって限
キリがない。
「…で、風に乗るとそりゃあもう軽くなってな。まるで高い空の上を飛んでく鷹や鳶みたいに速かったぞ。」
 あの灼熱の国・アラバスタで、ユバを目指して砂漠を横断した時に出会った砂の一族と、そこでビビ皇女が見事に乗りこなした小さな帆掛け舟のお話。坊やの方は広大な砂漠を風を切って疾走した模様のスピード感にわくわくし、長い髪をなびかせて鮮やかに小舟を操ったという才気煥発な皇女の活躍には妹がうっとりと憧れの表情を見せる。声もなくうっとりとしているのかなと、膝に突っ伏した姫の顔をそぉっと覗き込めば、
「…おや。」
 瞼を降ろし、すうすうと小さな寝息を立てていて。どうやら途中で寝入ってしまったらしい様子。声を出さずに苦笑をし、わざわざ立ち上がるほどのこともなく、膝立ちで小さな体を抱えてそっと布団の中へ寝かしつけてやる。………と、
「お母さん…。」
 坊やの方が小さな声をかけて来て、
「んん?」
「あのね、えと…。」
 もそもそと言葉を探しながら、すぐ傍らの母上のお膝に小さな手を伸ばしてくるから、
「そか。みおに譲ってやったんだな。」
「うと…。」
 短い言いようでもちゃんと通じて、その通りなのが恥ずかしかったか、坊やは枕にぱふっと顔を埋める。時々こうして、さりげなく"お兄ちゃん"なところを見せる腕白坊主。ホントは自分が甘えたかったのに、妹が先にお母さんのお膝を取ってしまって。押しのけてまで横奪りするのは気が引けたのか、今まで我慢していたのだろう。
「じゃあ、ねんねするまでだぞ?」
 立ち上がると、坊やのお布団の側に寄って、すぐ傍ら、掛け布団越しに寄り添うように横になる。途端に嬉しそうな顔になって、坊やの側からも擦り寄って来た。
「ほら。ねんねだろ?」
「うんvv」
 背中を軽く叩いてやって。小さな声で何かしらこそこそと話しているうち、やがては坊やの方もすんなりと眠りについた。昼間さんざん元気一杯に駆け回っているのだ。健やかな疲れが"もうおやすみ"とばかり、そうっと迎えに来たのであろうて。くうくうと無心に眠る愛しい坊やと姫の、ふわふわとやわらかな頬をそっと撫でてやり、ルフィはいかにもしあわせそうな吐息をそっとついたのであった。


            ◇


 あとを隣りの間で控えていたお手伝いさんに任せ、綿入れの袖の奥へ手を引っ込めるような格好で自分たちの部屋へとたとた向かう。すると、まだ春も浅く仄寒い夜だというのに座敷の縁側の大窓を開け放ち、月光に青く染まった庭を眺めながら手酌で酒を楽しんでいた夫が、すぐ傍らまでやって来た奥方を小さな笑顔で迎えた。
「寝たのか? 子供たち。」
「うん。」
 すぐ隣りへと腰を下ろしながら、ほんの少し眠たそうな顔のルフィに苦笑をし、
「手古摺ったみたいだな。」
 自然な動作で肩を抱き寄せ、膝辺りを抱えて。さきほどルフィがお嬢ちゃんを抱えたように座ったままで軽々と、愛しい妻の小さな体を自分の膝の上に、懐ろ猫のように掻い込んでしまうご亭主である。………こういうことにも使えるんだね、あの尋常ではない馬鹿力は。
(笑)いくら奥方が小柄でも、大人一人を、座ったままでこういう風に扱えちゃうとは。…恐るべし、愛の力。おいおい まま、それはいつものこととて、おいといて。
「なんかさ、俺の話す"お話"は、却って興奮させるみたいでさ。」
 きゅうと軽く抱え込まれた温かく頼もしい胸元へ、すりすりと甘えるように頬擦りをしながら、困ったもんだという顔をするルフィだ。色々な話を語り聞かせること自体はルフィとしても大好きで苦にはならないのだが、やさしい童話やほのぼのとした民話よりも、血沸き肉躍るような冒険話の方が好きな子供たちなものだから、結果としてワクワクと興奮させてしまい、早く寝かせるためだという目的には不向きならしいのが何ともはや。
「俺なんかの話し方であれほど喜ぶんだから、ウソップやビビから直接聞いたら、もうもう興奮しまくって手がつけられないかもな。」
 くくっと笑うルフィのどこか悪戯っぽい声に、
「ウソップのはホラ話が多かっただろうが。」
 ゾロが苦笑を返したが、
「でも、あの子たちも好きなんだぜ? ほら吹きウソップさんのお話が良いって、そんな風に名指しでねだられることもあるし。」
 かつて二人が"海賊"だった頃、この剣士が昼寝に突入していて相手にしてくれず、暇を持て余していた時なぞに、
『しようがねぇなぁ、俺だって暇じゃねぇんだぜ』
とか何とか言いつつも、色んなゲームで遊んでくれたし、釣竿や玩具も沢山々々作ってくれた、それはそれは気のいい狙撃手。どこか夢見がちなところのある青年で、少しばかり"見栄坊"でもあったため、ゾロが言うようにホラ話やウソが多かったものの、それでも聞いててワクワクするようなお話を一杯してくれた。彼のホラ話は、どれも聞いた者の元気を鼓舞させるためのものばかりで。こちらは正真正銘、揺るぎなき本物の様々な知識を持ち、海や気象に関しては殊更に造詣が深かった航海士なぞは、
『またそんなウソばっかり』
と小馬鹿にしたり呆れたりしたものだが、その割に、彼女もまた結構機嫌よく聞いていたものだ。そして、
『それじゃあ、今日は"夏至の妖精の輪"のお話をしましょうね?』
 グランドラインの旅路の最初、しばしの間だけ一緒だった砂漠の国の皇女は、古くから伝わるという様々なおとぎ話をそりゃあ沢山話してくれて。その中には…物凄く専門的な古文書を紐解かねばお目にかかれないような貴重な逸話だったと後日になって判ったようなお話もあったから、どれほどの知識の持ち主であったかは推して知るべしというところか。しかも、二人とも同じ話は二度とはしなかったから、その蓄積たるや凄まじいものがあった訳だ。
"けど、ウソップの場合は、出鱈目な話だったから繰り返したくとも出来なかった…のかも知れないけど。"
 あはは♪ それはあったかも知れませんね。
"………。"
 その膝に腰掛けたまま、頬を寄せた胸元。今もなお、広々と深い懐ろにすっぽりと取り込まれ、見上げれば"んん?"と目顔で訊いてくれる。昔からちょくちょくこんな風に抱え込まれていたが、先程自分も小さな娘を膝に抱っこしていたせいか、
"俺もあの子たちみたいに子供扱いされてたんだろな。"
 それを感じてくすぐったくなる。ここ一番の大勝負には頼りになるキャプテンだが、それ以外の場面ではどこか出鱈目で破天荒。それがために巻き込まれたトラブルも数知れず。何でもない日常においても、物知らずだったり非常識だったりと、始終お騒がせのしまくりで。そうまで面倒な船長を支えねばならない立場を、皆してさぞや後悔したことだろうに、あの懐かしい羊頭のキャラベルでの航海を思い出すと、いつもいつも皆の笑顔しか浮かんで来ない。
『ほら出来た。きれいになったでしょ?』
 海賊の世界でも稀に見るほどの"守銭奴"ではあったがホントはやさしくて、宝物だった麦ワラ帽子をいつも繕ってくれたナミ、
『何だなんだ? また壊したのか? ほら貸してみな、どれどれ…。』
 いちいち大騒ぎするやかましい奴なだけでなく、手先が器用で大概のものは何でも作れた"発明家"のウソップ。
『今日のおやつは蜂蜜味のシフォンケーキだぞ。特別に生チョコのトリュフつきだ。』
 口が悪くてす〜ぐ怒る短気者ではあったが、ルフィの好物を充分心得ていて、毎日何か1品は必ず船長の大好きなメニューを作ってくれたサンジに、
『ダメだぞ、ルフィ。ちゃんと手当てして薬だって飲まないと、治りに時間が掛かるんだぞ?』
 どんな敵にでも立ち向かうのと裏腹、その小さなドクターの調合する苦い薬から逃げ回るルフィを、それは根気よく追い回したチョッパー。そして、
『…どした? 眠いのか?』
 口数は極めて少なくて。なのに一番理解してくれていた。ルフィの突飛な言動へ、真っ先に気づいて…時に叱りつけながらも、いつもいつも最適な対処を取ってくれ、万全なフォローをこなしてくれていた。ルフィと交わした最初の誓いもずっと忘れず、ちゃんと"大剣豪"の地位に上り詰めたゾロは…今もこうして傍にいてくれる。
「…なあ。」
「ん?」
 あの頃と同じく、当たり前のことのように懐ろへと抱えてくれている夫へ、
「ゾロは何か知ってるか?」
 ルフィは小さな声で、どこかねだるように訊いてみた。
「何が。」
「お話だ。」
 子守歌だの寝物語だの、彼には不得手だろうことを、甘え半分にちょくちょくねだっていた昔をふと思い出した。少ぉし困ったような顔をする剣豪であり、彼にそんな顔をさせられることが何だかくすぐったくて。いつまでも駄々をこねては甘えたなぁと思い出していると、
「…ひとつなら知ってるぞ。」
 おやおや、意外な。
「んん?」
 どんな話だ?と目顔で促されて、
「人の話を全然聞かねぇ、無鉄砲で目茶苦茶な、とっても元気な男の子が、何とビックリ"海賊王"になっちまった話だ。」
 可笑しそうに、愛しげに。眸を細めて囁くから、
「う…。そんなだったら俺だって、無愛想で酒飲みで、ゴロゴロ寝てばっかいるのに強くてかっこいい男が"大剣豪"になった話を知ってるもん。」
 むうと軽く睨み合い、だが、堪らずに吹き出すとくすくすと笑い合う。真冬に比べると柔らかな色合いの、まだどこか幼い春の夜陰が、昔を静かに懐かしむ二人をそっと包んでいた。



      *おまけ***


「…案外とさ。」
「ん?」
 ひとしきり笑ってから、ふと、ルフィが思いついたように口を開いた。
「俺があの子らに話してるようなノリで、俺らのこと、話してるウソップなのかもな。」
 かつてのようにやはり子供たちに懐かれている彼ならば、冒険話もしていようから、その中で自分たちのことも語られているかも。静かな声でそんな風に言った彼だが、
「それはなかろう。」
 ゾロは大振りのぐい飲みを盆に戻すと静かな、だが、それはくっきりとした声でそう言い切った。
「??? 何でだ?」
 なぜ、そんな自信ありげに言い切れる?と小首を傾げる奥方へ、
「あいつが割と臆病で、すぐにケツを割っちゃあ何でも白状しちまうほど、口が軽かったことは否めないがな。それだけは何があっても口外しないと思うからだよ。」
 眇めた見方をするなら、情報が目当てな海賊たちに付け狙われぬようにという自己保身のため。そして…それより何より、ルフィたちの身の安全を慮
おもんばかって。自分が知己であること、仲間だったことなどを、一切口外しないでいる彼だと、それだけは何だか確信出来るゾロである。最初こそ何かとどこか腰の引けていた彼だったが、戦いを重ねるうち、どんどん強くなっていった"誇り高き海の勇者(見習い)"。男の誇りの価値を良っく知っていたし、特に"友情"には敏感でうるさかった。
"ましてや、今はあのお嬢さんとチョッパーが傍にいるんだしな。"
 最愛のカヤの前で、それから…いつまでも子供のような純粋な瞳でもって、勇敢な仲間たちを尊敬していたトナカイドクターの見ている前で、侠気
おとこぎに抵触するような無様な言動は、それこそ死んでもしなかろう。
「…じゃあさ、俺たちもあんまりウソップとかビビの話はしない方が良いのかな?」
 同じ理屈をそちら側から引っ繰り返せばそういうことにならないかと、ルフィが素直に訊くと、
「さあな。」
 ゾロはどこか曖昧な微笑い方をする。
「賞金稼ぎや海賊なんかの"情報通"の耳目を舐めてかかっちゃあイカンのだろうが、こちらは言わば"終着点"だからな。こっちからの話が海まで届くってことはそうそうあり得ないと思うんだが。」
 ちょこっと省略の多い説明に、
「???」
 やはり意味が掴み切れていないらしい奥方が怪訝そうな顔になる。それへと柔らかく笑って見せて、
「ビビは"お尋ね者"ではないから論外だし、ウソップの話は大ボラなのばかりなんだろう? それでなくたって子供向けのお伽話ばかりなんだ。わざわざ海の上まで伝えに持ってく奴はいないだろから大丈夫だよ。」
 心配はいらないさと太鼓判を押してやり、甘い香りのする妻の黒髪の中に鼻先を埋める夫君である。ん〜んと甘えて見せる彼に"やめろよう"とくすぐったげに笑って、奥方も仄かな不安をどこかへ吹き飛ばした模様。どこかからうっすらと香るのは梅だろうか。甘酸っぱく華やかな香りに縁取られた春の宵は、静かに更けてゆくのだった。………風邪ひきなさんなよ? お二人さん。



  〜Fine〜  02.3.20.〜3.23.


  *非常に判りにくいでしょうが、
   ウソップのバスデイ企画です、これ。(汗)
   この時点ではまだルーイちゃんも生まれてませんね。
   診療所が徐々に徐々に軌道に乗って来た頃でしょうか。

  *やっと“ノーマルな”更新ペーストやらに戻りました。
   今のところ、んのんびり構えておりますので、
   今度こそ、2月3月のような馬車馬更新はやらないと思います。
   というか、ネタがない。(笑)


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