ロロノア家の人々
  
 
“雨あめ降れ降れ、母さんが〜♪”
 


 
          



 降り始めの音は、笹や竹の葉の風に揺れて互いに擦れ合う音とよく似ていたがため、なかなか気がつくことが出来なくて。時折、鼻先へ滴が落ちてくるのへも、葉の上に溜まってた朝露か、数日ほど前の雨の名残りだろうなんて、妙に決めつけて気にしないでいたら、多少は傘の代わり、雨を受け止めてくれていた梢たちでも間に合わない、驟雨っぽく結構な降り方でザッと勢いよく雨が落ちて来た。
「ほら、急ごう。」
 人より遥かに長く伸ばした両腕で小さな連れたちをしっかと抱え、見通しも足元も悪い、少しばかり鬱蒼とした竹林の中、ばしゃばしゃと小走りに駆けていたルフィが見つけたのは、この林の少し奥まった辺りに設えられてある、小さな小さな作業小屋だ。竹を切り出す道具や縄などが保管されており、ちょっとした休憩にも使えるように、囲炉裏が真ん中に切ってある小さな座敷もあって、
「おお、炭が残ってるぞ。」
 つい最近に使った人があったのだろう。土間の隅にあった炭桶に、使い勝手のいい大きさになっているものが出してあったので、囲炉裏の灰を少々掘ってそこへと火を移した炭を置く。そうまで寒い訳ではなく、むしろ湿気のせいで蒸し暑いほどだったが、濡れた服を着たままだと体が冷える。上に着ていたシャツを脱いで、ぎゅぎゅうと絞り、鍬だか鋤だかの柄を竿の代わり、桶を受け台にして差し渡し、3人分の濡れものを囲炉裏の周囲へと干し出した。
「二人とも寒くないか?」
 聞くと。お元気な坊やは、丸いその形のまま短く髪を刈られた坊主頭をぶんぶんと振って見せ、
「オレはへーきだ。」
 胸を張る。だが、
「みおは、ちょっと寒いよう。」
 小さな妹が自分で抱くようにした二の腕を擦りながらそう言って、お母さんの懐ろへくっつくのを見ると、
「あっ。みお、狡りぃっ。」
 ホントは自分も少し寒かったのにっと、慌てたようにくっつきに来るから可愛いもの。ふやふやと柔らかい子供たちをお膝に抱っこしてやり、座敷から土間への高めの段差に腰掛けて、
「早く止むといいんだがなぁ。」
 板張りの薄い壁の向こう、ざあざあと降りしきる雨脚に詰まらなさそうに眉を下げたルフィお母さんである。



 自宅の裏の竹林の中で、思いがけないにわか雨に遭い、とんだところで雨宿りすることとなった母子であり。囲炉裏に掛けた鉄瓶から、すぐにも湯気が立ちのぼるほどだから、まま、風邪はひくまいが。これも此処に置かれてあった茶器を使って熱いお茶を淹れ、念のためのおやつにとツタさんから持たされた 竹の葉にくるんだ おこわのおむすびにぱくつきながら、土間の上に小さく開いてた蔀窓から外を見やって、
「ゾロかツタさんが迎えに来てくれるからな。」
 途切れぬ雨脚に、こちらも小さな肩を落とす子供たちへとそんなお声をかけるお母さん。ほんのちょっとのお出掛けだった筈なのにね。この後、お家の皆と合流して楽しく過ごす筈だったけど、この雨では午後の予定もお流れだろなと。それでの意気消沈を見せている子供たちだと、こちらからも判るだけに何とか励ましたっかたのだが、
「お父さんには無理だよう。」
 たちまち坊やが口許を尖らせた。
「? なんでだ?」
「だって迷子になるに決まってる。」
 まだ言うか、この子は。
(笑) 世界に名だたる"大剣豪"として、寡黙な横顔も男らしく、何とも凛々しい武人であるそれはそれは頼もしいお父さんの。唯一にして救いようがない弱点が…大層な"方向音痴"だという点であり、これでよくもまあ、目印のない大海原で海賊なんぞやれたもんだと、隣村の大師範からも呆れられているほどの筋金入りなものだから。そろそろ反抗期なのか、何かにつけて坊やがあげつらい、それをみおちゃんが必死で庇う今日このごろ。
「お兄ちゃんダメなのよ、そんなこと言ったら。」
「だってホントのことだもんね。」
 こないだの龍神様の神社へのお使いだって俺の方が早くついたし、あの時はお父さんにお供えとかの荷物全部持ってもらってたんでしょう? けど、朝一番に出たのにお昼前になったのは遅すぎるもん、途中でお花とかのお買い物もしたからでしょう? そいでも3時間もかかるところじゃないよぅだ…と、相変わらず容赦のないお子たちへ、

  「目印があるとこへは大丈夫だぞ。切り出す竹にリボンを巻いて来たろ?」

 しかもここのすぐ傍だから、気配がすればこちらで気がつく。そうと言って"まあまあ…"と場を収めたルフィだったが、その前にさんざんと腹を抱えて笑ったのは言うまでもないことだったりする。…おいおい奥方、ご亭主の面目を考えるとよろしくない態度なのでは?
(苦笑) それはともかく、
「七夕さんには止むのかなぁ。」
 お父さんを棚卸しするのはひとまず置いて、目印を思い出したお子たちは、振り続ける雨の音にふうと溜息。というのが、間近い七夕飾り用の枝のよく張った竹を選びにと、裏の竹林へやって来ていた3人であり、午後にはお父さんや門弟さんたちがそれを切り出し、お家の母屋の軒端に立てて、枝振りや高さを調整することになっていた。余った小枝や竹の筒では、手先の器用な門弟さんがいるので、細工ものを作ってもらえる。節をうまく使ってのカマキリとか、軒につるす薬玉みたいな ぼんぼりさんとか。去年は綺麗な小鳥の籠を作ってもらって、沢まで蛍を捕まえに行ったっけ。そういった騒ぎや作業を見るのが楽しみだったから、ちょこっと元気がなくなった子供たちだったが、まあね、今年は中止って運びになった訳じゃない。明日にずれただけだと思い直して、小さなおでこをくっつけ合って、お母さんのお膝の上、他愛ない手遊びにきゃっきゃとはしゃいでいたのだが、

  「あ、誰か来たみたい。」

 竹の葉にザアザアと当たる雨脚の音がなかなかの賑やかさだが、それでも。雨の中を行く誰かのそれだろう、笠に雨脚が弾かれている音がするような。ここの竹林のざわめきを子守歌代わりにして育った子供たちだから、かすかな違いも判るらしくて、
「お父さんかな…。」
 大好きなお父さんならと声を掛けたがった みおちゃんの小さなお口を、だが、ルフィはそおっとながらも手で塞いだ。
"…どうして?"
 妙に硬い表情になった母に、みおちゃんだけでなく坊やもキョトンとして見せたが、
「あの足音はゾロじゃない。」
「足音?」
 この雨脚の音の中に足音なぞ聞こえただろうかと、子供たちが顔を見合わせたが、ルフィにだけは聞き取れたらしくって。
「ゾロは滅多なことでは足音を立てねぇ。笠や蓑に当たる雨の音はしょうがないとしても、あんな無様なべちゃべちゃした足音は立てねぇ。」
 じゃあ誰だろう。ツタさんだったら笠じゃなく傘をさして来る筈。門弟さんたちかな? 手分けして探してくれてるとか。村の人かもしれないね、やっぱり竹を見に来てて。こそこそと囁き合う子供たちを右と左の小脇にそれぞれ抱え、小柄なお母さんがすっくと立ち上がった。

  「お迎えを待ってる場合じゃないみたいだな。ちっと濡れるが我慢しな。」
  「あ、うんっ」
  「はいっ!」

 小さくて陽気で、いつも一杯遊んでくれる楽しいお母さんだが。その笑顔がちょこっとだけ引き締まり、ぴんと背条を張って男の人らしく身構えると、お父さんと同じくらいに頼もしくなるから、さすがは"海賊王"であり。子供たちも心得たもの、元気のいいお返事を返して見せたのだった。











          




 雨脚のみならず、風に揺れて波打つ竹の梢の音もあって。これは気配を隠しやすいなと、随分と余裕で小径の真ん中に立ち、その先に見える粗末な小屋を伺う…不審な男。道着のような前合わせの小袖に脛で絞った袴という、擦り切れた和装束。腰に和刀を提げているところを見ると、渡り剣士かそれとも賞金稼ぎというところだろうか。目深にかぶった笠の縁をちょいと指先で上げ、
"…あんな子供とはな。"
 それとなく尾けていたまま、子供たちと共に小屋へと入った相手の姿に苦笑を浮かべる。この山野辺の村には、名にし負う大剣豪と結構な賞金首の元海賊が身を隠して住んでいると、風の噂に聞いた。こんなにも海から遠くへこそこそと隠れるなんて、そいつらよほどの腰抜けだろう、そんな風に高を括ってのお運びであり、
"あんなに子供だということは…。"
 本人に数兆もの懸賞金が掛かるほどの腕っ節や能力があろうとは到底思えず。だとすれば…どこぞの名家のご落胤か、それとも海軍の元帥辺りのお偉いさんの、火遊びの果てに出来た子供か。その存在を抹消したくての公私混同、そんなところでのあの賞金額なのかも知れないなと、自分なりのアタリをつける。
"腕の立つ剣士を護衛につけたんだろうが、こんな形で追われたんで陸へ逃げた、か。"
 結構文学的な想像力のある御仁だが…ちょっと濡れごとがらみが過ぎませんかね、その設定は。それとも、裏の世界の情報にはそういう例が珍しくないということなのかな?
う〜ん
"事情は関係ないがな。"
 大町というところから情報をまとめつつてくてくと歩いてやって来て、そのまま本人に大当たりしようとは思わなかった和笠の賞金稼ぎ。護衛役の剣士もいない、これは絶好のチャンスではなかろうか。懐ろ手をしていた片手で顎をさすり、にんまりと笑う。小さな子供を連れていたから、それも足枷になって都合がいいと、卑怯な算段を固めた刺客。積もった笹の葉のせいで不安定な足元を、ざくりと草履の爪先で掻き分けて、作業小屋へと歩みを進めた。


 日頃から誰ぞが住まわっている訳ではなさそうな作業小屋であるらしく、雨ざらし風ざらしになったままな煤けた外観をしてはいるが、近くに寄ってみると…囲炉裏に火でも起こしたか、炭の匂いがかすかに香る。つっかい棒で開けたてをする小窓が開いているが、中からの気配は伝わって来ず、
"…静かなもんだな。"
 雨に打たれて元気が萎えたのか。子供が相手となることへの抵抗はないらしいが、
"あまりに疲弊し切って憔悴している者を手にかけるのも何だな。"
 抵抗力の低い子供たちを相手に奇襲を仕掛けようとしているくせに、何を今更、殊勝な言いようをしているものやら。これも古びた板戸の前に立つと、その端へと手をかけて、もう片方の手は刀の鍔に。親指で押し上げるようにして"ちきっ"と鯉口を切りながら、引き戸を思い切り横へと薙いで開け放った男だったが、

  「…なに?」

 さほど広くはない屋内。雨のせいで薄暗いが、そこはその道の玄人だから。顎を固定し、ぐるりと一瞬で室内を見回して…誰の姿もないことへ怪訝そうに眉を寄せる。戸口からいきなり土間になっており、片側には段差があって囲炉裏の切られた小さな座敷。土間には小振りの釜戸があって、水を汲みおく壷やら薪の束やらが竹の伐採用の道具と一緒に並んでおり、田舎の台所のミニュチュアのような拵え。

  "人がいた気配はあるのだが…。"

 囲炉裏の炭も、かんかんと焚かれてはいないが消されてもいない。こんな狭い空間なのに、見落とすということはあるまいし、さりとて…外へと出る戸口はこの一か所だけ。壁に穴があるでなし、一体あの子供らはどこへ消えたのかと…半ば呆然として固まっていた刺客だったが、

  「…いっせぇのっ!」

 背後からそんな声がして、はい?と振り返ろうとしたタイミングへ、

  ――― どばしゅっっ、と。

 物凄い勢いで何かが襲い掛かって来て、背中にばちんと突っ込んで来たから堪らない。
「ぐがっ!」
 何かざわざわしたものが背中へ当たった途端に、ばしゅっと水が弾けて顔を襲い、一種の目潰しになった。人間何が怖いかと言って、正体の分からないものに襲い掛かられるのが一番恐ろしいそうで。不意打ちだったこともあって、そのまま前へと突き飛ばされた賞金稼ぎ。土間に転げて、それでも何とか身を起こし、素早く背後を見据え直したのはおさすがだったが、
「何奴っ!」
 しっかりと開かない目許を懸命に瞬いて、頑張って見据えた戸口には、だが、誰の姿もない。ただ、
"…竹?"
 小屋の周囲付近、こうまで間近い位置には植わっていなかった筈の竹の先が、板戸の端から覗いており。風に撫でられ ざわざわと、濡髪のように揺れている。
"まさか…。"
 弾力のある竹の、結構太くて長いものを切断して横向きに構え、この自分の背後で思い切り撓らせてから"ばっちん"と弾いて来たということだろうか。
"そんな子供だましの仕掛けが…。"
 理屈としては浮かんでも、そう簡単に出来ることではないと、かぶりを振って振り払う。まだ雨の露を梢にたたえた竹をそうも素早く刈り取って、この小屋の様子を伺っていた自分の向背、こそりと回ってそんな大掛かりな悪戯を仕掛けただなんて、
"一体誰が構えられようか。"
 大方、妙な格好で倒れていた竹が滑ってくるかどうかして、別な竹と竹の間にでも挟まって。強く撓った揚げ句に弾けたそのタイミングへと、たまたま自分が来合わせただけだと…。随分とこじつけっぽい言い訳を頭の中で展開し、
"どこへ行った。"
 本来の狙いである、ここにいた筈の少年と子供らの行方を考察する。入ってみてもどこにも外への出入り口はない。ふと見上げた天井近くに、囲炉裏の煙を逃がす窓というのか戸窓というのか、それがありはするけれど。結構な高さがあるので、そこから出入りしたければハシゴが必要になろう。
"縄ばしごをかけたとしても…。"
 子供たちがするすると素早く上れるものではあるまい。煙のように消え失せたのだろうかと、怪訝そうに眉を寄せてる刺客だったが、

  ――― ぱちゃん、と。

 少し離れた辺りに、水たまりを踏んだような足音がしたのを聞き逃さなかったところは、やはりおさすがで。

  "…何者っ!"

 どうして・どうやってはともかくも、現にそこに誰かがいることへと感覚が働いて。離れた戸口へ飛ぶように張りついて、板戸の脇へと身を寄せると、そろりと外を透かし見る。そこには慌てて駆け去る数人の人影があり、二つの小さな人影の背を押しているのは、先程 目星をつけた少年だったから。

  "…いつの間にっ!"

 どうして・どうやってはともかくも、現にそこに彼がいる。不用意な足音で見つかっちゃったと、向こうもこちらに気づいたらしく、こうなっては遠慮なんかしてられないとばかり、バチャバチャ水たまりを蹴立てての撤退を開始。
「待てっ!」
 こうなってはこっちだって、息をひそめての奇襲という訳には もういかず。剣を引き抜き、彼らの後を追う。踏み分けられた通路もあるが、雨のせいで見通しが悪く、しかもこちらのは土地勘がない。相手が子供連れで足が遅かろうところへ付け込むしかなく、先をゆく背中を見逃すまいと睨みつけ、健脚を生かしてただただ走る。
「待たないかっ!」
 それで相手が待てば世話はないのだが、威嚇を兼ねて呼び続けると、肩越しちらりと振り返った童顔が見えた。どう見ても十代ぎりぎり、大きめの子供というお顔だが、それにしては場慣れしていて、
"伊達に海賊だった訳ではない、か。"
 もっと小さな子供たちをとうとう小脇に抱え上げ、小径の途中で不意に…姿を消した。
"ちいっ!"
 しまった、見失ったかと、消えた辺りまで駆けつければ。そこから横へと土手になっており、鬱蒼としていた竹林がいきなり開けて、濡れて彩度を増した緑の短い下生えの広がる、ちょっとした広場になっている。
"…なんだ。"
 向こうさんでも見通しの悪い竹林の中を逃げるのは限界だったか、広々と開けた視野の中、たかたかと駆けてゆく背中へ、大刀の鞘に添わせてあった小さな細身の小柄を飛ばした。
「…っ!」
 当たりはしなかったが、顔の間近を掠めた銀の疾風には気づいたらしく。ぎょっとしたように相手が立ち止まる。
「よ〜し、いい子だ。そのまま、そこにいな。」
 竹林の中を駆けていた時には気づかなかったが、遠い空にゴロゴロと雷の躍る音がする。これは早く片付けないと、本降りの土砂降りの中で重い屍を運ぶのは一仕事だと、ついつい気が逸ったか、
「直接の恨みがある訳じゃないがな。これも巡り合わせってもんだ。俺も食ってかなきゃならんのでな。」
 ちゃきり、と。大刀を構え直した気配が届いたか、追っていた少年がゆっくりとこちらを振り返る。雨に濡れた黒い髪が額に頬にと張りついて、幼い面差しが幾分か…妖麗にも見えたりして。自分の両脇にぴったりとくっつけるように、二人の子供を寄り添わせ、思いがけない強靭な眼差しでこちらを見据えて来る彼であり。

  「そうだろな。直接の恨みがあるんなら、そんな風に間は置かねぇ。」

 問答無用で、どんな手を使ってでも息の根を止めるもんだろサと、くくっと低く笑って見せる。ばちばちと痛いほどの勢いになっている雨に打たれても、微塵ほどにも萎えてはいない気概。そして…驚くことには、二人の子供たちもまるきり怯えてはおらず。きりきりと鋭い眼差しにて、こちらをじっと睨みつけてくるではないか。

  "何なんだ、こいつらは。"

 逃亡者の眸ではない。追われる者の顔ではない。弱き者の声ではない。どこにも武装はなく、がっちりと雄々しい訳でもなく、なのに…挑みかかって来るような強さを秘めた眸を、凛然と向けて来る不思議な少年。

  "…追い詰められた開き直りか?"

 こんな対峙は初めてで、そこの知れない何かを感じ、思わずの事、肩に力が入ってしまった刺客殿。それでも何とか刀を握り、

  "お命、ちょうだいっ!"

 何もかもを振り払うかのようにして、頭上へ高々と振り上げたその時だ。

  「ゴムゴムの…っ!」

 少年が放った、腹の底からの気合いに乗った一喝が鳴り響き、それが別の何か、大きな響きに掻き消されて…。


  "えっ? ええっ?"


   ――― 眼前が真っ白に塗り潰されて、その後の記憶が、彼にはない。






            ◇



 やっとのこと、雨が小降りになって来て。デタラメな歌、楽しげに歌いながら作業小屋まで戻って来たところへ、

  「ルフィっ!」

 その戸口前にて、肩で息をして立っている偉丈夫が一人。黒っぽい道着を雨に濡らして尚のこと黒く染め、短く刈られた緑の髪からおとがいにまで、滴り落ちるは、雨かそれとも汗なのか。
「お父さんっ!」
 手をつないでいた みおちゃんが、ぱちゃぱちゃと水しぶきを跳ね上げて大好きなお父さんへと駆け寄って、
「ほら、見ろ。ちゃんとすぐに来たじゃないか。」
 ルフィが坊やへ妙なことを自慢げに言ったものの、
「でもサ、雨が振り出してから随分経つよ?」
 やっぱり真っ直ぐは来れなかったんだ、なんて。まだちょっぴりと、面白くなさそうなお顔の坊やであり。ゆるりとした歩調にて待ち人の傍らまで歩み寄った二人へ、

  「…これはどういうお遊びだ。」

 ゾロが節の太い親指を立てて指し示したのは、戸口の脇、まるでオブジェみたいに、つまりは意味なく、横向きに縄でぎゅうぎゅうと縛りつけられている太い竹。先の梢が入り口からはみ出しているので壁の飾りとも見えずで、どういう意味合いがあることなのか、彼にはちっとも判らないらしくって。

  「えへへ…。」

 顔を見合わせたルフィと子供たちは、何だか妙に嬉しそうに…何かを企んででもいるかのような、ちょこっと悪っぽい"にやにや"という笑い方をして見せている。

  「隠れんぼと鬼ごっこをしたの。」

 お嬢ちゃんがそうと言い、

  「お屋根からゴムゴムでお外に出てね。」

 坊やが胸を張り、

  「「その竹で悪いおじちゃんを退治したの。」」

  「………はい?」

 声を揃えて屈託なく言われても、やっぱり何だか話が見えないお父さん。その後で、奥方から、


  ――― 向こうの野っ原に、雷に打たれた賞金稼ぎが伸びてるよ。
      あの雷雨の中で、長い金物振りかざすんだもの、
      避雷針だっけ? それんなっちまったらしくてな。
      一応は、刀を弾き飛ばしてやったから、大事はないと思うけど、
      随分なショックを受けた筈だから、まだ伸びたままじゃないのかな。


 それともこそこそ逃げ出してるかもなと、くつくつと笑うルフィであり。自分たちは"ゴムゴムの網"の改良版にて稲妻からの放電を防いで避けて無事だったことを付け足して。さあさ竹を切って帰ろうねと、何事もなかったかのように笑っている。………いやまったく、無邪気に見せといて、やるときゃやるのね、奥方も。

  「???」

 何が何だか、まだ訳が判っていないらしきご亭主が、全ての事情を把握するのは、お家に帰った彼らを手配書片手に駐在さんが訪ねて来たお三時の頃合い。物騒な賞金稼ぎが大町でお二人の噂を聞きほじってたらしいですよと、事の始まりを語ってくれて。ああそいつなら…と、焼き団子片手にルフィがもう一度、事の次第を説明してから。

  「…るふぃ〜〜〜。」

 子供を連れててそういう危ないことはだなと、懇々とお説教されたか、それとも…危なかったから上手に逃げただけじゃんと、上手いこと言いくるめることが出来たのか。それはまた、別のお話ということで…。



  〜Fine〜  04.6.28.


  *お元気な奥方はお久し振りではないでしょか。
   カッコいいルフィという、
   Web拍手さんからのリクが頭から離れなかったらしいですが、
   突貫ではこんなもんです、はい。
   あああ、子供連れて乱闘は無理だよ、うん。
   もうちょっと後先を考えて書きましょう。
おいおい

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