ロロノア家の人々 Tea timeより
     
天瓜粉(てんかふん) A


          



 それからまたまたバタバタと。お元気な子供たちはそれぞれに、お友達と誘い合わせて陽盛りの下へと飛び出してゆく。大人には狭くても彼らには十分な天蓋となる雑木林や神社の緑陰の中、まろぶように駆けてはしゃいで真っ黒になって。大人たちのそれぞれも、剣技の指導に習練やら、薪割りやら水汲みやら、
『ツタさん、ここらのトマト、もうもいでも良いのかな』
『そうですね。売り物にするのではありませんから、へたの傍まで真っ赤になったのだけ取って下さいな。』
『おうっ。』
 敷地の中に小さく設けた青物の菜園の手入れや、乾いた洗濯物の整理や夕餉の支度にと忙しく。やがて、
『ただいま〜っ。』
『ただいまっ。』
 夕暮れと共に汗をびっしりかいて元気よく帰って来たお子たちと、
『お母さん。衣音トコのおばさんが、これどうぞって。』
『わあ、大きなとうもろだ。こんな沢山もか?』
『…お母さん、とうもろこしだよ?』
『おお、そうか。旨そうだなぁ。』
『美味しいよ。な、みお。』
『うん。みおもちよちゃんと一緒に食べたもん。』
『あ。ずるいぞ、先に食ったな。』
『今日じゃないもん。』
『そうよ、昨日よ。』
『それじゃあ一日も黙ってたんだな。』
『あやや。』×2
 お子たちと漫才してから
(笑)
『ほらほら、皆さん。お風呂に行って下さいませ。』
『ほ〜い♪』
 楽しくお風呂に入って、美味しい夕餉をお腹いっぱい頂いて………さて。





「………寝たのか?」
「うん。」
 部屋の中には緑色した蚊帳が下げられ、その傍からだろう、蚊遣りの煙が仄かに匂い立つ。簾を巻き上げた縁側には、頭上の月からの淡く青い光が音もなく降りそそいでいて。時折さわさわと涼やかに響くのは、裏手の竹林の梢が波打つ潮騒の音のみだ。子供たちを寝かしつけて来た奥方は、丁度昼間の坊やと似た、タンクトップに短パンという恰好でいて。そんな自分とは相反する、濃紺の浴衣を着たゾロの。大きな体躯に程よく馴染んだ、いかにもゆったりと雄々しく、悠然とした様子に、
「………。」
 声もなく見とれたのも…束の間。急に"ぷふっ"と吹き出したルフィであり、
「? どした?」
「うん。お昼間の取り合い、思い出してサ。」
 子供たちが相手では何ともし難くてだろう、困惑し切っていた顔が同一人物とは思えなくって。久々に見た"見もの"だったよなとばかり、思い出し笑いが収まらない彼であるらしい。それどころではなかった当事者としては、愉快だと笑うルフィについつい"むむう"と眉を寄せてしまうゾロな様子。
「みおが寝しなにお父さんに"ごめんなさい"だってさ。」
 くすくすと微笑いつつのご報告。とんだ"大岡裁判"になるところだった、お父さんの取り合いっこだったが、
「よく見てるよな、みおは。」
 ゾロのすぐ隣りへと腰を下ろしながら、ルフィは感慨深げな声を出した。
「お兄ちゃんは道場で一緒、俺とは夜ずっと一緒。だから、お昼間の間の母屋にいるお父さんは、自分だけが独占していいのっていうあの理屈がさ。」
 毎日毎日、ほぼ同じことの繰り返し。なのに、何故だかいつもどこかが新鮮で楽しくて。くすぐったい笑いが絶えない、幸せな日々。
「知らず知らずの内に少しずつ、子供たちが大きくなっていればこその、変化の現れというものなんだろうな。」
「うん♪」
 そうと思えばそれもまた嬉しくてくすぐったい。縁側には昼間に水羊羹の竹筒を浮かせて冷やしていた平桶が置かれてあって、まだ青いカエデと氷を浮かべた池には、瑠璃色と翡翠の色したガラスの瓶子が二つほど。一つにはご亭主の好きな辛口冷酒が入っていて、もう一方には奥方の大好きな、金葡萄の蜜割り水がよ〜く冷やされて待っている。それぞれをお互いの小さな椀へと満たし合い、こつんとぶつけていざ乾杯。
「美味し〜vv」
 にひゃっと笑った奥方だが、
「…あ。」
 ふと。何かに気づいたような声を出した。
「どした?」
 辺りはただただ浅い夜陰が立ち込めているばかりの、盛夏の宵。昼間のバタバタや、宵の口のドタバタが全て嘘であったかのように静まり返っていて。さして険悪な気配なぞ潜んではいないがと、警戒気味に眉を寄せていた剣豪殿の耳に、


   ――― り・りーりーりぃー


 まだまだ幼い声ではあるが、涼やかに金銀の鈴を震わせているかのような、そんなような響きがかすかに届いた。
「………へぇ。」
「な? 聞こえたろ?」
 殊更に嬉しそうなのは、自分が先に気がついたからだろう。心豊かに満たされ、にこにこと笑顔の絶えない、小さな小さな愛しい人。ふと、
「………。」
 ゾロは手にしていた瑠璃の杯を盆の上へと戻すと、そっと腕を伸ばしてルフィの小さな肢体を抱き寄せる。小さな伴侶は逆らわず、抱えられたお膝の上で、素直に懐ろへと頬を埋めた。真新しい浴衣の藍の染料の香と、ゾロ自身の芳しい匂いとがする。あれほど無駄なく絞られているのだから熱代謝はいい身体の筈が、不思議と暑苦しくはなくて。むしろ…露出の多いこちらの素肌に触れる、浴衣生地の感触がさらさらと心地いい。
「ルフィ。」
「ん? なんだ?」
 少ぉうし眠くなったせいもあって、顔も上げないままでうっとりしていると、大きな手が髪をそっと撫でてくれて、
「天瓜粉
てんかふんの匂いがするぞ。」
「おう。汗疹
あせもが出来るからって、坊主やみおがツタさんからはたかれてたからな。それへとパジャマ着せたり抱っこしたりしたから、匂いが移ったんだろ。」
 くくくっと笑ったら、耳元に唇が寄せられて、


  「     。」


 二言三言、何ごとかを囁かれ。途端に耳まで赤くなった奥方が、その柔らかな頬をますます胸板へと揉み込む感触へ、こちらもくすくすと微笑ったご亭主の大剣豪である。仄かに甘い汗取り粉の香りは、夏には付き物な、だが、ささやかな幸せを感じさせる優しい匂いだ。空にはいつしか満点の星。明日の夜の同じ頃には、この天上の大海に光の大輪が華々しくも咲き誇り、世にも稀なる絶景となるのだが。今夜は、今だけは、この静けさを破らぬようにと、囁きの甘さだけで酔いしれたいお二人なのであったそうな。



     ――― やってなさいっての。
(笑)


  〜Fine〜  02.7.30.〜8.4.


  *祝! くぜちよ様サイト『遊楽天国』サマ、2万hit突破。
   …にしては、随分遅れてすみません。
(汗)
   ゾロをこよなく愛し、
   いつも楽しいお喋りを聞かせて下さる久世様。
   それに引き換え、
   いつも変てこりんなお話しか書けないダメダメなMorlin.を
   どうかお許し下さいませです。
(涙)

  *"天瓜粉"
   今時にはシッカロール、
   和名にしても"天花粉"の方が通りは良いようですが、
   実はその昔、瓜の根から採ったでんぷんから作ったのだそうです。
   懐かしいなぁ、あの独特の甘い匂い。
   夏と言ったらやはり、あせもの季節ですね、うんうん。
   今年は出来るだけクーラーに頼らないでいようと頑張ってみたら、
   物凄く久々に背中の一角にあせもが出たのは乙女の秘密です。
(爆笑)
  (あせもといえば、某Mーむ様のところでとっても可愛いらしいお話がvv)
こらこら

  *相変わらずなバカップルのお話ですが、
   久世様、ご笑納いただけると嬉しいです。
   夏コミケ、頑張って来て下さいませね?
   お土産にはレポート話を期待しておりますですvv


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