月夜見
 
 Treasure hunting A
   



          



  「…ったくよ。」

 何でまた、あの女の言いなりに ならにゃあならんのだと。ひん曲がった口許からぶちぶちと飛び出す愚痴はなかなか止まらず。そんなことに気を取られているものだから…というだけでもなさそうだが、お見事なほどに林の中を瞑想、もとえ、迷走中の剣豪殿である様子。
"……………。"
 出掛けにちらりと、肩越しに見やったミカン畑。船端からだとぶら下がった格好の足しか見えなかったが、陽溜まりの中、屈託のない寝顔をさらし、何とも無防備にうたた寝の夢を貪っていた小さな船長。

  『なあなあ、ゾロ。知ってっか?
   虹ってのはさ、それが始まる地面を掘ると、
   そこには途轍もない宝物が埋まってるんだと。』

 他愛のない話を"まあ聞け"と持って来がてら、懐ろへちゃっかりもぐり込み、人の朝寝を邪魔したくせして、とっとと先に寝ついてくれたりする、とんでもない奴で。へなりとばかり すっかり萎えたままに凭れかかって来た小さな体は、春の陽気より確かな存在感を持ってほわほわと温かく、
『…しゃあねぇな。』
 寝つくタイミングを微妙に奪われてしまい、戦闘隊長、自分の朝寝はしばし諦めた。
"………。"
 今のところの航路は風も波も穏やかで、先日来から突入した春島海域のやさしい気候の中、他のクルーたちも思い思いの持ち場にて、出来るだけ静かに着岸準備に取り掛かっていた。一体誰の行いのせいなのか、この船は引っ切りなしに危険や冒険の只中に突入しやすいから、こんな静かな"凪"のひとときは実は貴重で。贅沢にも"退屈だ〜〜〜っ"なんて言ってむずがる筆頭の船長が静かだと、船内のムードもまるきり趣きを変えてしまうから妙なもの。今日という日の"主役"であるルフィをこそ驚かせるためだとあって、ウソップやチョッパーも出来得る限りの慎重さでナミの指示通りに帆や舵を操り、ロビンは相変わらずの読書に耽り。
おいおい サンジはパーティー用の御馳走とデザートの下ごしらに入ったらしく、チョッパーに"後で手伝ってくれな"と穏やかな声をかけていた。そしてそして、この島に到着した途端、何だかよく分からない果物を探して来いと放り出された戦闘隊長さんである。
"…まあな、あれでも気を遣ってくれちゃあいるんだろけどな。"
 理知的で合理主義者で。それがために…こちらの言動や態度へ、事ある毎に"馬っ鹿じゃないのっ?!"と大いに憤慨して下さるお嬢さん
アマだが、譲れないものを優先しては不器用なことばかりしでかす自分たちの気性を結構きちんと把握してくれている彼女だと思う。
"譲れないもの、か。"
 木洩れ陽がその屈強な身を包む白いシャツにまだらな影を落とす小道。ふと。立ち止まって、思い出す。
"………。"
 ちょっと前、やはり只事ではない騒動に巻き込まれた。いや、切っ掛けはこちらから足を運んだようなものだから、巻き込まれたという言い方は微妙に違うのかもしれないが。海賊たちがエントリーしての大規模なレース…と銘打ったイベントで、だが実は全て謀略だったという、とんだ災難の渦中に飛び込んでしまった自分たちで。

   ――― その騒動の中、海賊たちを仕置きする、とある男に出会った。

 何となく。その男には かすかながら嫌な印象を覚えたゾロだった。本人へではなく、その葛藤に。本質はどこかあっけらかんとサバけたところがどこぞの誰かさんにも似ていて、なかなかに気のいい男であったが、その生業
なりわいは"海賊処刑人"。多くの賞金首を容赦なく屠ほふって来たというシュライヤの、そんな肩書への真っ向からの警戒とかそういう種類のものではなく、むしろ…見覚えのある感触とでもいうのだろうか。自分の中の何かを掘り起こされるようで、えも言われぬ不快がじくじくと這い上がって来るような。そんな気がして、妹との思わぬ再会を果たせた彼が、だが、単純には喜べないという顔をしたのへ、胸のどこかが つきんとばかり、かすかに反応して見せたから。

  "…似てた、か。"

 言ってみれば"類似嫌悪"というものなのか。元は"海賊狩り"だった自分。血塗られた手と、人でなくなりかけていた眸。姑息や卑怯もまた立派な"手段"である、諍いや裏切りの満ち満ちた地獄のようなこの世界にあって、抜いた刃は血を見ないままに収めることなぞ出来ず。相手が卑劣であればあるほどに手加減が難しく、已
やむを得ず、命を摘み取る結果となることも多々あって。やがては、いつかは、自分が倒される側にだってなりかねない世界だ。生き抜くためには仕方がないと、そうと割り切っていた筈なのに、それでも…心に屈託の澱おりは堆うずたかく沈みゆき。誰にも負けぬようにと昂然と顔を上げていることを自らに強いるあまり、克己心は奇怪にうねる古木のようにねじ曲がり、なまじ正義や正道を染ませていた心は、さしもの強靭ささえ悲鳴を上げかかるほどに擦り切れて。それでも果たしたい願いや野望のため、この荒らぶる海にて何としてでも生きながらえねばならないのなら。不確かな"明日"を繋ぎ留めておくためには、感情や礼節、人であるために必要なものは一切合切放棄しなければならないのかも。絶望にも似た苦汁を飲みつつ、それらを手放しかかっていたその時に、人から野獣に…人外の"鬼"になりかけていたその時に、

   ――― お前、俺の仲間にならないか?

 馬鹿みたいに無防備に。それは能天気にあっさりと、初対面の人間へ…人々から恐れられ、海軍という公安組織に捕縛されてた物騒極まりない男に向かって、そんな無謀な誘いをかけて来た少年がいた。あっけらかんしたと、だが、その根底には忽
ゆるがせに出来ない信念と覚悟と決意を抱いた、一端いっぱしの海の男。本人さえ諦めなければ夢は叶うんだと大声で言ってのけ、誰もが恐れる魔の海"グランドライン"を目指し、航路に入れば入ったで、こんな若造たちだけの一味で、あっと言う間に様々な伝説を打ち立ててしまった奇跡のような存在。大きな野望を諦めたその言い訳に、新世紀だの今時風だのと自分勝手な"幟のぼり"を掲げ、寸刻みな"目先の現実"だけを馬鹿喰いするしか能のない、こせこせと小狡いばかりな半端野郎が、だが、残念ながら大手を振って闊歩しつつある今時に、だ。

  "………。"

 懐ろ深く、たいそう肝の座った彼を少しずつ知れば知るほど、離れがたいと思うようになり、だが、それと同時、我が身を顧みることも無くはなく。成り行きだとはいえ"賞金稼ぎ"として人を斬って来た自分が、こんなにも真っ直ぐな少年の傍らにいても良いものか、果ては…欲しいなどと慾をかいても良いものかと。そう。野望一つを満たすので精一杯な筈の野心は、この、どんな泥水にも染まらぬ金色の魂もまた欲しいらしくて。そして…そのとんでもない想いがどういう奇跡か通じた喜びが身に馴染むと、彼の目映さに焦がれれば焦がれるだけ、我が身の陰が深く長くなったことを自覚した。遥かなる高みを目指す者同士として、馬鹿げた野望を"そうこなくっちゃあな"とあっさり肯定してくれた、その大きさに感嘆してくれたルフィ。全く同じ人間になるつもりはないけれど、お互いを一番に理解している、同じ属性の存在で居たくって。

  ………だが。

 ルフィと自分では何かが決定的に違うような気がしてならない。身を削られるような苦難にも、大望を嘲笑される屈辱にも、決して歪んだり曲がったりしない柔軟な魂を持ち、目指すは海賊王…という最終目的を決して忘れない,いつだって無垢なままに強靭な彼と。かつて首まで浸かっていた闇の世界の血の匂いが、時々鼻先を掠めることがある自分と。
"………。"
 その真っ直ぐな心ゆえ、友を侮辱されたり仲間を傷つけられたり、そんな彼らの夢への"一生懸命"を踏みにじられたりすることを最も嫌うルフィだが、では。自分はどうだろうか。高飛車な勘違い野郎がそんな愚行を為したなら、やはり許しはしなかろうし、自分の野望だって依然として諦めてなんかいない。だが…ルフィが窮地に陥れば、それは簡単に心が揺らぐ。信じているがそれでも、胸の奥でざくざくと裂かれ、ぎちぎちと軋む何かがある。それが彼の意気地を懸けた戦いであるのなら…自分の戦いを黙って見守ってくれたのと同じように、こちらもやはり、息を殺して見守るだけしか許されないと。分かっているのにそれが時に途轍もなく辛い。人を斬るのに迷いがなかったこの自分が、海の非情な掟を知り尽くしている筈な自分が、だ。この自分が何かに臆するようになった。そして、彼を前進させるためになら、自分の将来は二の次になってもいいとまで思うようになった。庇えば怒るし、無茶をすれば過ぎるほどの心配をしつつ…やはり怒るルフィだのに。

  ――― ゾロは世界一の大剣豪になるんだろう?

 だったら。要らないよそ見はするなと。自分を庇って野望に届かなかったら、約束が違うだろうがと、何だか訳の分からない理屈を振り回す彼だけれど。それでも、そんな彼をより遠きへ より高みへと、先へ先へ進ませたい自分がいる。
"…甘くなったもんだぜ。"
 甘さも過ぎれば苦くなる。"庇う"なぞと甘い言い方をして、その実は…自分の我欲から彼を振り回しているだけなのかもしれない。自分の野望を片手間にするだけの余裕なぞないくせに、あれほどの人物を守ろうなぞとは片腹痛い。
"……………。"
 何だかんだという考えがとりとめのない渦を巻き始めたがため、自然と止まった足取りは、路傍に見つけた倒木へと向き、その幹に腰掛けるゾロであり。何でまた、こんなしょむないことを思い起こしてしまったのかと、はああと大きな溜息をついたその矢先、

  「待てぇっっ!」

 いきなりの大声がしてハッとした。がささっと目の前の茂みが揺れて、そこから飛び出して来たのは…まずは膝が後方へと曲がった、ダチョウに似た大きな鳥と、
「待てっ、肉っっ!」
「…ルフィ?!」
 なんでまたこの彼がこんなところに沸いて出るのか、それこそ"サプライズ"な展開であり、
「おっ、ゾロじゃねぇかっ!」
 向こうでもこちらに気づいてにっかと笑った。
「何してんだ? こんなトコで。」
「そりゃあこっちの台詞だよ。」
 今日の主役がこんな林ん中で何をやっとるかと問えば、
「ナミがな、この林ん中に"お宝"を隠したって。それを探してたら、あの肉が飛び出して来てな。」
 正確には、まだ"鳥"であるが。
「ナミが"お宝"を隠しただ?」
 どういう意味だ、そりゃあと。怪訝そうな顔をする剣豪の腕を取り、
「良いから手伝えっ! あれ、きっと美味いぞっ!」
「どういう根拠があって言ってんだ、お前はよ。」
 一応の口答えはしたものの、どうせ聞いちゃあいなかろうなと苦笑が洩れる。
「急げっ、ゾロっ!」
「おうっ!」
 ごちゃごちゃと考える必要なんかない。そうだな、そうだと、今、鮮やかに実感した。彼と共に破天荒な冒険へと飛び込んで、自分なりのやり方で障害物を乗り越え、道を切り開き。それで彼と同じ爽快感を感じることが出来たなら重畳ではなかろうか。
「逃がすなよ、一発で仕留めろっ!」
「お安い御用だ。」
 キャプテン、と。そういえばこの一言で始まった"約束"でもあった二人の旅は、いまだ先の長いままにもっともっと続きそうな気配である。


   ――― それもまた良し、かな。








    aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif

     船長のお誕生日を祝う晩餐会は、いきなりメニューに乱入した大鳥のでっかい焼き肉も加わり、なかなかの盛況を見せた。(その後、オーストリッチのバッグが作られる予定が立ったのは、女性陣にだけの秘密だとか。)この島特産と噂の絶品マンゴーもたっくさん収穫出来、デザートの方もなかなかに豪華な品揃えとなった。
    「ん〜〜〜、甘くて美味し〜〜〜vv」
    「ホント。熟しすぎてもいないのにこの糖度はただごとじゃないわ。」
    「でも、しつこくないから幾らでも後引くぞ♪」
    「肉を柔らかくするんですよね、これ。」
    「え〜、そうなのか?」
    「でも、ルフィには関係ないわよね。」
     本人の身体が途轍もなく柔らかいですし。…じゃなくって。
    (笑) 骨まで砕く、丈夫な歯と顎をしてなさいますからね。

      "それと。甘いものはわざわざ摂取する必要がないってね。"

     ははあ。成程、それって、
    「なあ、ゾロ。あとで砂浜行って遊ぼうぜ。」
    「あのな、もう陽が落ちんぞ。」
    「だから良いんじゃんか。きっと綺麗だぞ、夕陽。」
     こういう会話を臆面もなく交わしていることでしょうか。
    (笑)


   何はともあれ、

    
HAPPY BIRTHDAY、dear Luffy!



   〜Fine〜  03.5.4.


   *講釈師、見て来たような、嘘を言い。
    今春の劇場版『デッドエンドの冒険』ネタを
    ちらりと使わせていただきました。
    ええ、まだ観てませんとも。
    でもでもビデオが出たら絶対買うぞと決めております。
    船長がカッコ良かったとどちら様でも絶賛されてたものだから、
    もうもう、春休み中ずっと、CMだけで萌えておりました。

   *………で。
    このネタは初年度に割と書いておりまして。
    (キリリクの『Kindness 2』とか。)
    人を殺したことがある。その手を汚しているという自覚。
    シュライヤの葛藤は当然ですし、
    ゾロも似たようなことを思ったことは多々あったろう。
    どんな事情があっても贖えない罪…に手をつけるほどの深い憎しみとか、
    生き抜いていつか報復してやるという怨念があったからというよりも、
    贖えないことだと思うような、どこかで潔癖な性分だったからこそ、
    捨て身になれた、そして強くもなれたんだろうなと思いますけれど。

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