月夜見

    The lost child in the sea fields
  



 前にビビが話してくれたおとぎ話の中に、こういうのがあった。悪い魔法使いが貧しい青年に頼んで、狭苦しい洞窟だったか古い樹のウロからだったか、拾い上げさせようとしたのは、見るからにボロっちいランプ。ところが、魔法使いはせっかく取って来てくれた若者をその穴へ閉じ込めようとしたもんだから、何をするかと青年は当たり前ながら抵抗し、何とか逃げ延び、そのどさくさ紛れにランプをも持ち帰ってしまう。あまりに汚いものだからと、何の気なし磨こうと擦ったところが、不思議な煙が噴き出して、現れ出たのはランプの精。彼は、よくぞ封印の闇から救い出してくださいましたとお礼を言うと、若者を“ご主人様”扱いして、何でも願い事を叶えて差し上げましょう、なんて言い出す。王様がびっくりするほどの大きな屋敷を一晩で建ててしまったり、本当に何でも出来ちゃう魔法が使えて、そりゃあ凄い奴なのに、じゃあ何でまた、自分が束縛されてるランプから離れられるようにって望まないのかなぁ?って、思ったもんだった。

  『そういうものなんですよ、ルフィさん。』

 そういうものってのは、水が冷たいとか沸かすと熱いとか、持ってたものから手を放すと落ちるとか、そういう“ジョーシキ”の他にも たんとあるらしいってのは、さすがに判ってたつもりだったけど。それも“そういうもの”なんか? こないだ、この話を思い出したついでに、ロビンに同じ“どうして?”を訊いたら、

  『言ってみれば、魔法使いへの“ハンデキャップ”ね。』

 ロビンは楽しそうに笑ってそう言ってた。
『ハンデキャップ?』
『そう。何か特別に秀でているものを持つ人はネ、別なところが全然全く足りてないってことが往々にしてあるの。』
 それでバランスが取れているの。天は二物を与えず、なんて言うでしょ? そうと付け足してから、
『不思議な魔法でおよその何でも出来る魔法使いは、でも、自分の願いや望みのためにはその力を使えない。逆の観点から言えば、そういう“但し書き”になっているからこそ、何でも出来るのかもしれない。』
『ほえ〜っ。』
 じゃあ、本人にはあんまり嬉しい能力じゃあないんだな、それ…なんて言い出したのはウソップで。どうしてだ? だってよ、結局は他人の望みばかりを聞いてやるだけなんじゃんか。友達とか気に入ってる相手の願いを叶えてやれんならいいじゃんか。そっかなぁ、魔法が使えるってことにだけ寄って来るような、調子のいい奴ばかり集まって来たらどうすんだよ。
『あ、それは有り得るわね。』
 きっと鬱陶しいわよぉ? なんて、ナミまでが囃し立てたんで、せっかく面白い話だったのに何だかややこしくなっちまって。むむうって膨れてたら、

 『せっかく、
  何でも鵜呑みにしないで“何でだろ?”って気がつく大人になれたのにな。』

 それがこの結果じゃ、タマなしだななんて。ぽふぽふって大きな手のひらで頭をお軽く叩いてくれたゾロへ。何だよそれ、って、八つ当たりするみたいに咬みついちまった。結局は子供扱いなんじゃんかって、

  “そうだ。あれって今年の誕生日の話じゃんか。”

 むうってムクれた俺へ“ほ〜れvv”って、サンジがでっかいパフェ出してくれたんで、すぐさま機嫌も直って…その勢いで一部始終を引っくるめて忘れてた。いつだって“自分は大人だ”って顔でいるゾロ。そりゃあさ、甘いものより肉よりお酒が好きだしよ、鬼ごっこや隠れんぼ、途中で飽きちゃあ勝手に降りるズルするしよ。どうしてもどうしてもって強請
ねだれば大概のことには“しょうがねぇなぁ”って折れてくれるし。…いや、それはそのままでいいんだけど。年だって2つしか違わねぇのに。俺とあんまり変わらないくらい、手先は不器用な奴のくせに。それにそれに、

  「方向音痴なくせしてよっ!
   どこで迷子んなってやがる、あんのバカヤロがっ!」

   ………………。

 この人から言われていては終しまいな、これ以上の暴言はなかろう言われようだと思う人、手を上げて。
(こらこら)





            ◇



 港から市街へと連なる通り。そこに沿って広がるのは、どこの港町ででも見受けられる、テントがけの露店が居並ぶ市場のにぎわい。潮風にさらされ陽光にさらされ、しかも結構使い込まれているせいで、傷んでるところだって目につくのに。人の行き来の活気のせいでか、暖かみさえ感じられそうな石作りの家々や町並み、石畳が延々と続く。そこへと満ちているのが、ぅわんと1個の塊となっているようにさえ聞こえる、雑踏の活気あるざわめきで。そこから誰か一人の声だの気配だの、探り出すには相当な集中力が要るに違いないし、
“それに、ゾロってば気配消すの得意だしよ。”
 日頃なら、あんまり他人の行動は意に介さない船長さんが、珍しくも頭から湯気が立ちそうな勢いにて憤慨しながら、旅人たちや商人たちが多数行き交い、明るくにぎわう港町の一角を、誰かさんを探して駆け回っておいでだったのには、当然のことながら理由
ワケがある。
『そうそう無駄遣いするのもいただけないから…こうしましょう。』
 今回の上陸、補給に関しての買い物はそれぞれの管理担当に任せるという格好になった。前の島からさして距離がなかったので、それほど不足があるという状態でもなかったし、次のログが半日で溜まるとあって、そんな強力な磁線が通っているのなら、次の島もそんなに離れてはいないか、はたまた大きな土台であるという推測は容易で。
『どこの島でも手に入る燃料や何や、消耗品はここで満タンにしなくてもいいでしょ?』
 そんな処断が下されたので、それじゃあ…と純粋に戦闘班の誰かさんと誰かさんは、荷物もちという労働も免除され、呑気に見物気分だけを背負って船から降り立った。それでなくても剣士さんの方は、数日後にはお誕生日を迎える身。本人はもしかすると忘れ切っているのかもだが、それでも仲間の皆にしてみりゃ、自分らが楽しみたいイベントでもあるからと、その準備にも余念がなくって。プレゼントやパーティーへの準備と言ったお買い物は、出来れば当人には見られたくはなかったのでと、わざわざそういう流れになったとも言えて。何事もないまま、呑気に町の見物で、時間つぶしをしていただくつもりだったのが、ところが…ところが。

  『お? お前ら、俺らから金とろってのか?』
  『俺らを誰だか知ってての、言い掛かりなんだろうな?』

 露店の中の小さな出店、菓子や酒など飲み食いしていた無頼風の連中が、そっちからこその勝手な言い掛かりをつけながら、狼藉をおっぱじめていたところへと行き合ってしまい、
『おおうっ。喧嘩だ、喧嘩だっ!』
 でもなんか、店の爺ちゃんと姉ちゃんは場慣れしてないみたいで不公平だぞと、勝手に乱入してしまった誰かさん。
『なんだ、このチビはよっ!』
『関係ねぇ奴ぁ、すっこんでろっ!』
 海賊としての脅威や勢力の一番判りやすい評価、賞金額のランキングにて、若さとデビューしてからの歳月の最短記録を更新しかねぬ勢いで、S級の億単位へとあっと言う間に上り詰めてしまった“麦ワラ海賊団”のルフィ船長は。とはいえ、平生の姿や言動、立ち居振る舞いがてんでお子様。風格や威容なんてものにはまだまだ縁遠い身なせいでか、当の本人と間近で会えば会うほどに、そういう肩書なんですというのを、気づいてもらえないタイプの…相手へもある意味でいい迷惑なタイプの航海人であったりしたもんだから。名前だけが先行しているという観が強く、殊に、日銭を稼ぐ派の、小さな所帯の海賊であればあるほど、なかなか当のご本人だと気づいてもらえない。今回のもそんな流れになってしまい、頭から舐められての対峙の様相。軽く殴ってまずはと店の人を賊から引きはがし、こっちが相手だと戦意を誘導しての睨み合いに入る。普通だったならこのまま、各人へパンチの2、3発もお見舞いし、あっさり熨せていたところだったのに。

  『…っ! ルフィっ!!』

 直接の諍い相手は確かに大した奴らじゃなかったし、頭数も両手で足りた。ただ、そんな様子を見ていた何物か、賞金稼ぎかそれとも海軍の密偵か、もっと判りやすく港湾関係の係官かが途中から敵陣営へと乱入して来て騒ぎが膨張。状況悪化に舌打ちしたゾロは、
『お前はこの爺さんとそっちの女連れて離れてろっ!』
 荷車の陰に隠れて縮こまっていたお店のかたがたの腕を取って、ルフィへと押しつけたゾロであり、
『やだっ! 俺の喧嘩だっ!』
『馬鹿ヤロっ! 爺さん、腰傷めてるじゃねぇかっ。』
『…え?』
 のっけは見物に回ってたゾロが加担したのは、そんなせいもあったらしく、
『悪化させちゃあ助けても意味ねぇだろが。早くどっかに避難させて医者に診せさせろ。判ったなっ!』
『あ、おうっ!』
 しまった、理路整然と指示されちまった。判れ馬鹿とか、空気読めねぇ奴とか、曖昧な言い方されたなら、何が言いたいのか判んねなんて嘘言って、まだまだ居座れもしたけれど。こうまではっきり指示出されちゃあな、しかも返事しちまったしで、しょうがねぇって二人まとめておぶって駆け出してる。
『あ、待てっ!』
 背中へ向けてのそんな声もしたけれど。声の主ごとそのまま引き倒された気配が、しっかり伝わって来たのも拾えたから。道を塞いでた野次馬吹っ飛ばす勢いで駆け出せば、
『…あれ? ルフィ?』
 さして進まぬうちに向こうから声を掛けて来たチョッパーと逢えたんで、これ幸い、お爺さんを押しつけて引っ返した船長さん。
“俺はゾロみたいな“方向音痴”じゃあないから。”
 目標がはっきりしてるなら、そこへ真っ直ぐ行けるから。来た道戻るだけなんて簡単なことに時間はとらない…筈だったのに。駆け戻った通りには、路上にバタバタ倒れてる、海賊だの賞金稼ぎだのの姿しかない。
『…え?』
 そんな惨状を遠巻きにしている野次馬たちの向こう、遠くからきれいに揃った足並みの靴音がする。そうか、海兵が駆けつけそうだってんで、とりあえず逃げたんだ。そうと察したのとほぼ同時、足元に見つけたものがあったんで。
『…っ!』
 凍りついてる場合じゃなかったが、ギョッとして、つい。立ち尽くしてしまった船長さん。それでもさしたる間はおかず、ハッとすると、それを拾ってやはり駆け出す。気づかなかった訳じゃああなかろうに、放っておいて逃げたなんてと、それほど慌ててたってのが窺えて。彼をそんな目に遭わせたのが誰かと言えば、

  “…馬鹿ゾロ。”

 凄腕のくせに、抜けたことしてやがってよ。そもそもは俺の喧嘩じゃんかよ。
“何か酷い目に遭ってたら、ただじゃあおかないんだからなっ。”
 物騒な方向での鼻息も荒く。心配して探しているのか、はたまた…その真逆で腹立ち紛れの憂さ晴らし、報復でもしたいのか。ご本人もまた相当に混乱しているご様子であり。
「…どこだどこだどこだ〜〜〜っ、ぞろっ!」
 姿が見えず、向こうからの声掛けの気配もなかなかないのにギリギリと苛立って来たそのリミット。つい、大声上げて叫んだところが、
「…いてっ☆」
 ひゅんっと飛んで来たのが真っ赤なリンゴ。麦ワラ帽子越しの頭に当たって、そりゃあよく弾んだの。ゴムゴムの腕を伸ばしてキャッチをし、飛んで来た方を見やれば…絨毯だろう、やたら背丈のある巻物が材木置き場みたいに何本も向背へと並べられた屋台の裏手、やっとのことで目当てのお顔を見つけて、駆け寄ったルフィであり、

  「何だなんだ、この怪我はこの傷はよっ!」
  「ば…馬鹿っ、声がでかいっ!」

 見つかったら元も子もなかろうがと、手前の出店で塞いだカッコになってる路地裏、一応は大通りから遮蔽された空間にて。やっとの対面を果たした開口一番、ついつい怒鳴った船長さんへ、こっちもついつい叱るように怒鳴り返してしまい、

  「…兄さん、あんたも声がでかい。」
  「あ・と。すまねぇ。」

 絨毯屋の恰幅のいいおじさんに、お背
せなで注意されてる始末。(笑) 最初の怒号に慌てての反射。小柄な船長を懐ろに掻い込むようにして、大きな手のひらでそのお口を封じてた彼だったが、そんなややこしい態勢だったのへは、ちらりと視線を向けたのにツッコミもなく。…一体どこまで何が判ってらっしゃるおじさんなのやら。まま、それはともかくとして。
「何でもっとスマートに躱せなかったんだよっ。」
「ああ? 何が。」
 ちゃんと無事に逃げ延びたのに。こうやって追っ手を撒いて再会も果たせたのに、これの何が不満かと。ゾロにはルフィのお怒りの素が正直なところ判らない。そりゃあまあ、彼が先程口走りかけたように、全くの無傷ではない。いつもの軽装、薄手のシャツに腕にはバンダナ。濃い色のワークパンツに刀を下げるサッシュベルト代わりの腹巻き…というほぼ定番の恰好をしている、そのあちこちに。よくよく見なくとも判るものだけで、何から逃れて来たのかと胡散臭く思うには十分なほどの、擦り傷切り傷をたんと抱えている身の彼であり。
「大した代物じゃあねぇっての。」
 それもまた、ここのおじさんが提供してくれたのか、平らな反物風に晒布を巻いたの、傍らの大樽の上から手に取ると、ハンカチくらいの長さにピビッと真っ直ぐ裂いて見せる。その腕にも…既に白い晒布は巻かれてあって。
「つまりは…ズボラしたんだな?」
 よくルフィのことを、詰まらない小者の構える、下っだらない小手先の騙しに引っ掛かるから始末に負えんと、そこんところはナミやサンジと同様にルフィを叱る彼だったりするのだが、
「ゾロだって、結構こういうズボラしやがってよ。」
 彼の場合は、実戦の最中、舐めときゃ治る程度の怪我や傷だからと、多少の誤差というもの、勘定に入れないでの無茶な攻勢を手掛けることが多々あって。今回もそれをやったらしく、前腕やら腿やら、服を鈎ぎ裂いての怪我を大小、あちこちにばらまかれている有り様なのが…見慣れてるルフィでも痛々しいほど。彼の言い分はといえば、
「だってよ。あんな狭いところじゃあ、大技は使えねぇ。だってのに、いやに人数が居やがったから。」
 一気にからげるのは無理かと断じ、かといって、一人一人を右へ左へ、いちいち捌くのはちと面倒だとも感じた。慎重に徹底して対処にあたり、反撃出来ない身にまで叩きのめしておかないと…というほどもの、肝の座った手練れがいた訳じゃあなし。一太刀で2人、一薙ぎで3人なんてなドンブリ勘定で撫で斬っていたら、その狭間にささやかながら切り傷を負ってしまっただけのこと。で、ここで問題となるのが、
「舐めときゃ治るってなぁ…。」
 間違いなく刀傷。間違いなくすっぱりと、擦りむいた以上に切られてる。
「何だよ、筋まで行ってねぇから軽い軽い。」
「そう言っててチョッパーに叱られて、縫ったところが塞がるまではって禁酒3日を言い渡されてヘコんでたのは誰だったかな?」
「う…。」
 ちなみに。常人なら最低でも1週間クラスだったそうだけど。怪我の深さにはからから笑えても、禁酒には怯んだ困った剣士。眸のみを例外として顔は全くフォローしない彼だから、素早い攻勢で右に左に畳み掛けたのだろうその時に、胴切りした相手の制御下から失速した刃先が掠めたらしき金創が、左の頬にも斜めに走ってて。縁にこびりついてた血もとうに乾きかけており、彼曰くの“大したことはない傷”なんだろうが、
「小者でも数いるとぼろっぼろにされんだ。」
「放っとけよ。」
 ふんっと、鼻息荒く言い返すゾロへ、
“だって…。”
 それがもちょっとのっぴきならないレベルの修羅場であったなら、ゾロだって油断なんかしなかったろう。自分から手を出したものなら尚更に、機転を利かせてのあっと言う間、例えば…屋台の骨組のくくり縄を目にも止まらぬ早業で切り裂いて、連中の上へ落として煙に撒くとか。そんなくらいは易々と出来たはずだってのに、

  「…これ。」

 ずっとぐうに握ってた手。差し出して上にして開けば、

  「あ…。」

 そこにあったものを見ては、さすがに。ゾロも表情を引き締める。根元の金具もついたままの、金色の棒ピアスが1つ。鮮血と砂とにまみれて落ちていたのを見て、
“そっか、それでか。”
 いやに突っ掛かるルフィだったのはそのせいかと、やっとのことで合点がいった。こんな…体の一部分にも等しいものを吹っ飛ばされたほどの攻勢がかかり、しかも避けられなかったゾロなのかと。そうと思って…気が気ではなかった彼なのに違いなく。

  「すまんな。」
  「…馬鹿ゾロ。」

 大体だ、こっちって俺らの船があるのと方向逆だし。いや戻ろうとは思わなかったが。嘘つけ。なんで嘘なんだよ。ゾロは方向音痴だから、行こうとしてた方向と今居るトコとは絶対に逆になんだよっ。
「…おい。」
 絶対にとまで言われては立つ瀬がない。しかもしかも、そんなことを言い立てるルフィの肩越し、向こうを向いて立ってるおじさんの大きな肩が、異様に震えているのも見えたから。今更怖がられるような会話じゃあなし、笑われていると解釈するのがこの際は無難というもので。
「あったくよっ。なんでそう迷うんだよ、お前ってば。」
「迷ってなんかねぇ。」
 大きく胸を張って言い返されたのへ、
「現に迷ってんじゃねぇか。」
 何言ってるかなとこっちも負けじと、薄いお胸を張って言い返せば、

  「道には迷っても、太刀筋では迷ったこたぁねぇ。」

 おおう。決め台詞ですか、剣豪殿。ドンッと、山我流の陣太鼓でも効果音に鳴り出しそうな、毅然とした態度で胸を張っての言い切りだったが、
「迷子んなるのは認めたな?」
「…道は、な。」
 いい加減にしとかんと。屋台のおじさん、今度は背中までもが震えておられる。今日びの海賊は漫才のセンスも必要なんだろかと、誤解をされても知んないよ?
(苦笑)





            ◇



 大体ゾロは不器用なんだから。ほほぉ、選りにも選っていまだに箸をばってん握りする奴から言われちまった、まいったねと。まだやるか、掛け合い漫才…というよな会話をしもって。海兵の追っ手から匿っていただいた屋台のおじさんに、お礼と別れを告げて、さて。剥き出しだった腕や懐ろ、晒布を巻いた白が痛々しくもあらわになっているのは、何にか負けたことを宣伝してるようだからと言い出した剣豪、珍しくもそんな理由からシャツを買って羽織りつけ。そんな自分が勘定を済ませるのを待ってる船長さんをちらりと視野に入れ、
「…何だよっ。」
「いんや。」
 しまった、苦笑が見とがめられたと。素っ惚けてあっちを向いた。ルフィからわざわざ言われるまでもなく、自分は相当に不器用だという自覚がある。親友との約束で具体的な形を取った“世界一強くなる”という目標は、されど。今の時代、微妙な恰好で“現実的”なそれだったから。生き残った者の唱える言葉だけが正義であり、強さもまたしかり…であるがゆえ、卑怯上等の海賊たちが犇めく大海原に出れば、冗談抜きに、気を緩めればあっと言う間にその命が潰えるという、生と死の狭間を覗ける機会がそこいらにごろごろと転がっており。世界一という称号を得たければ、金や地位や功名、そういった一種 浅ましい欲望を満たしたいだけの輩たちとは志が違ったとしても関係なく、同じ泥の中であがくことを強いられる。
“覚悟の上、だったんだがな。”
 綺麗ごとだけを積み上げて果たせるものじゃあなかろうと、そのくらいは判ってた。遠い峰は遠いから気高く見えるだけで、長く険しい道程のそこここには、ただの難所のみならず、他者の足を引っ張ろう、食い物にしてやろうという筋違いの輩も潜んでいよう。はたまた、人斬りという罪に手を染める背徳も、避けては通れぬ現実。そんな穢れを山ほど背負い、どんどんと人から堕ちてゆく身を苦く実感しつつも、それで挫けているようでは、野望達成はまだ遠いと自身を叱咤し、真っ直ぐだった想いが軋む音から眸を背けてた。なまじ、正道とか情というものを知っていただけに、それらを見切って踏みにじる痛さが心を容赦なく苛
さいなんだ。

  ――― なあお前、俺の仲間にならないか?
       断る! 海賊なんて下衆な奴のなるもんだ。

 野望を叶えるためには、なりふり構ってなんかいられねぇと言いながら、それと同じ口で そんなことを言って憚らなかった。自分でも気づかぬまま、ぎりぎりのところで“世の正義”にしがみついてた、いい証拠だったのかも知れないと、今にして思えるゾロであり。ああそんな矛盾に気づけぬほど逼迫していたのだなと、その頃を懐かしくも振り返ることが、今は出来る。肩から余計な力が抜けて、でもそれは決して、誰かしら依存出来る対象が出来たからではないとも判る。不器用で良い、要領悪くていい。今時にはそういうのが流行らなくとも、きちんと順を踏んでの凌駕なら、どこの誰からも文句は出ないというもので。そんな基本にさえ気づけないほどになってた自分。剣で強くなること以外は何もかんも捨てたつもりが、そしてだからこその選択が…幽鬼になるか人でいるか、どっちに転ぶかを決めねばならない難関が迫っていたその時に、

  ――― 人でいても良いんだぞと、そのままでも強くなれっぞと。

 独りでいようとすんなと肩を叩いてくれた、鷹揚に構えろと背中を押してくれた存在が現れた。赤髪の英雄譲りの少年の心を持ったまま、不器用なままで良いんだと胸張ってるルフィに逢えて。やっと深呼吸が出来たし、心から笑えた。いつかは、あのミホークのような、孤高の覇者になるしか道が選べなくなるときが来るのかもしれないが。

  “まだまだ先の話だよな。”

 だって自分は、この場所でもっともっと強くなれるから。このとっぴんしゃんな船長さんが、これでもかと試練を運んで来てくれるし、それに。この小さな彼のゆく道はもっと険しく、目指すゴールはもっと遥か遠いから。その道程、この腕で切り開いてやれなくてどうするか。
“………。”
 今 負っている手傷とは深さも痛みもまるで違って、悲壮さで心まで削っていた傷だらけの体を、更なる身喰いでなお傷めつけ。情も要らなきゃ共感も要らないと、そんな片意地張ってた、尖った眸だった遠い自分が擽ったくて。やっぱり苦笑を浮かべて見せた、まだまだうら若き大剣豪候補。
「あ〜あ、腹減った。サンジが何か作ってくれてっからよ。船へ戻ろうぜ。」
 さっきまでの騒ぎもどこへやら。町のにぎわいがあっさり修復されてたように、こっちも何食わぬ顔になり、屈託なく笑うお陽様へ、
「ああ、了解。」
 こちらもまた、惚れ惚れするような深い笑みを返してやって。軽快な足取りにて駆け出した二人連れ。遠回りも回り道も問題ないが、どうかどうかくれぐれも、失意のうちに諦めることはないように。晴れやかなお顔でのちの航海へも旅立って下さいましねと。彼らの頭上の天高く、秋の蒼穹が笑っておりました。


         
HAPPY BIRTHDAY!  ZORO!





  〜Fine〜  06.11.11.


  *途中から何が言いたいのかが絡まってしまって往生いたしました。
   ウチはゾロルサイトですんで、
   やっぱりルフィさんとの関わりははずせないかなと、
   その辺をちょっぴり悪戦苦闘。
   でもでも、シリアスは向いてませんね、やっぱり。
(泣笑)

ご感想などはこちらへvv**

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