月夜見

    “バニラムーン・ミントスター” 〜月がとっても青いから…後日談
  



 ここ数年というもの、夏は限りなく暑く、冬は果てしなく寒く、台風はこれでもかと襲い来るし、夕立ちも降るときゃ半端な降り方じゃあない、雷だって落ちまくりと来て。何とも油断のならない気候が続くものだから、
「台風が来るぞってニュースにも、ああまたかなんて淡々と言っててサ。皆して反応が薄いんだよな。」
 そいで通り過ぎてから、うわ凄かったななんて言ってやがんの。イマドキの若いのって学習能力無さ過ぎ…だなんて。自分こそ“イマドキの若いの”の筆頭だろに、それなりのご意見を感慨深げに並べつつ。カウンターの上、レジ近くに幾つか置かれた、ガムやミントタブレットなどをレイアウトしている商品陳列用のミニスタンドを、買う気もないくせに撫で撫でと指でいじってる。一丁前にアメリカの野球チームのキャップを、少しばかり斜めにかぶって、小さな肩には薄手だが長袖のウインドブレーカー。昼の間はまだまだ残暑が厳しくて、照ってりゃ外は結構な気温になるってのに、そんなものをTシャツの上、きちんと羽織って来てたのは、
「此処に行くって、姉ちゃんたちに言ってあんのか?」
「おうvv
 よく判ったなゾロ、なんて。そりゃあお気楽に にひゃっと笑って見せる男の子。大きな眸を笑みに添わせて細めると、ますますのこと仔猫みたいな印象が強くなり、なあなあと まとわりついて来るところまでもが、やっぱり猫みたいな坊やだったりし、
「此処は冷房が利いてるかんな。長く居るなら上着がないと風邪をひく。けど、そういうことまで自分で用心するよなお前じゃなかろ。」
 だから、姉ちゃんたちが上着を持ってけって言ったに違いないと、あっさりと種明かしをしてやれば、
「凄げぇ〜、ゾロって“たんてー”みたいだ。」
 たんてー? そーだ、現場に残った証拠で犯人を当てちまうたんてーだ。
「ああ“探偵”な。」
 幼い風貌にいかにもそぐう、ちょっぴり舌っ足らずな言い回しをするところもまた相変わらず。
「アレから毎日来てねぇか、お前。」
「んん? そっかな。そうでもないぞ?」
 ガッコはまだ“たんしくチュウ”だけどな、そろそろ文化祭の準備とかあるし、運動会の練習もあるしよ。
「買い出しとかリレーのバトン渡しの練習とかあったから、毎日は来てねぇはずだぞ。」
「いや、何もきっちりと“1日も欠かさず”とまでは言ってねぇってよ。」
 そうと言い返せば、ぱたぱたっとレジ前からこっちまで駆けて来て。
「…俺が来ると鬱陶しいか?」
 訊いて来た声のトーンがちょっぴり落ちたので、
「………。」
 ラベル貼りの手を止めて、
「そんなこたぁ言ってねぇ。」
 言いつつ、手のひら広げて真上から。片手で頭ごとを掴むみたいにしてやり、指の腹でムギュムギュと軽く揉むよにしてやれば、
「しししっ。//////////
 迷惑なんかじゃねぇってという、こっちが言いたいことはすぐさま伝わったらしくって。目元をギュッと細くして、何とも嬉しそうに笑ってくれるのが…まあなんだ。こっちにも ほわんと嬉しい…かなと。

  ――― ゾロ、手が止まってっぞ。
       判ってるよ。/////////

 雑貨のラインの下段前へと片膝ついて。ごみバケツなどのペール用40@対応ポリ袋、お徳用40枚入りを、値段のラベルを貼りつつ、棚へと補充しているお兄さんのすぐ間際に。同じように…こちらさんはお膝を抱えるようにしてしゃがみこみ。陸上競技用のピストルみたいな機械でもって、カシャカシャと軽快に貼られてく一連の手際が面白いのか、大人しくも飽かず眺めている男の子。少し前からの、このコンビニの常連で、でも、以前はどこかこそこそ振る舞ってた。彼がここのオーナーさんの実子だっていう事情が通じていなければ、よもや万引き目当てかしらなんてな疑いを持たれたかもしれないくらい、挙動不審だった彼のお目当ては。夏になって増量キャンペーンが始まった空揚げの揚げたてタイミングでもなければ、まんが週刊誌の早売りが持ち込まれる搬入タイムでもなくて。賞味期限が間近いお弁当やお総菜に値引きシールを張るのはスーパーマーケット。コンビニではそのまま廃棄するのがセオリーなところが多くて…いや、だから、そういうのを狙ってた訳でもなかった坊やが、じっとじっと注意をそそいでいたのは。深夜枠の一番最後、早朝までシフトを受け持ってた、レジのお兄さんその人であり。ちょっとした騒動があって、引き合わされたその時に、直接訊いてみたならば、
『ゾロがチンピラ追っ払ってるのを見たんだ。』
 坊やの通うガッコじゃあなく、交流戦があって足を運んだ相手のガッコの近所のコンビニ。お客さんが絡まれてでもいたものか、性
タチの悪そうなチンピラどもを数人、店の裏手の路地まで追いやってから、特に身構えもせぬまま“ほいほいっ”と薙ぎ払ってしまった頼もしさが。通りすがりの坊やの気を惹き、その後もずっと気になって気になって。そいでとお店まで来てみれば、いかにも無愛想な、どこにでもいるよなレジのお兄さんではあったけど。

  ――― あのな? 時々な? ゾロ、優しいお顔してたんだ。

 近所のマンションの子とか、塾帰りの子とかが夜も遅くに寄ってくと、うっせぇななんて顔になって、ぎゅうって眉 顰めて怖い顔すっけど。でも、真っ直ぐ帰れよって必ず言い置くし。そんなことの端々に、小さく小さく苦笑するのが、凄っげぇ渋くてカッコよくて。強いのに怖いのに、なのに優しいのが カッコいーって思っちまって、

  『それで俺、あっと言う間に、ファンになっちまったんだvv

 無邪気でしかも無防備で、稚
いとけなくって、実はもう高校生だっていうのが信じられない、イマドキには奇跡みたいな、無菌のまんまなオトコのコ。潤みの強い、黒々とした大っきな眸でもって、じぃっと見上げて来られっと、
“…心臓に悪いったらねぇっての。”
 迷子の仔犬とか捨てられてた仔猫とか、ちまいのは苦手なクセして見過ごせなくて持って帰ってまうクチだなお前…と。エロコックに鼻先で笑われちまった、詰まんねぇことまで思い出し、むかっとしかかってたところへと、
「ゾロっていっつも“一人シフト”だよな。」
「まぁな。」
 タイミングよくもお声を差し挟んで下さったので。憤怒がするすると冷めたのはありがたく。大変なんじゃねぇの? いや、この店の客って駅の利用客が大半だから。うん。最終が出た後は、ほとんど誰も来こねぇも等しいんでな。だから、一人で十分なんだよと説明してやれば、
「でも、今は夕方シフトじゃん。」
「ああ。」
 高校生のバイトの子が急に来れなくなっちまってな。まあ今日は連休中だから、平日ならガッコや会社帰りの人で混む時間だが、見ての通りでさほど客も来ねぇしよ。
「営業マネージャーの、ベンとかいうおっさんがそういうの見通すのの名人なんでな。」
 本人が此処に来たことは一度もないってのに、総菜パンの発注とか雑誌のラインナップの差し替えなどなど、彼の立てた見通しが大きく外れた試しはなくて。その彼からの連絡があっての臨時シフトなんだと言えば、
「俺も手伝おっか?」
 人の話をちゃんと聞いてたんかと思うよな、可愛らしい申し出をしてくれる可愛い子。
「いいよ。給料分は働かねぇと。」
「けど、サンジはナミに逢いにって、ちょくちょく店に来てっぞ?」
 向こうさんも自分と同じ条件で雇われてる筈なのにね。そうらしいなと、今日も臨時休業の札が降りてる、お向かいのスタンドバーに、窓越し、ちらりと眇めた視線をやってみる。そう呼ばれるのは途轍もなく不本意だけれど、自分と同族、言わば相棒の、すかしたお兄さんが切り盛りしている小さな立ち呑みバーは、こんな小さな駅の店舗にしてはおしゃれだと、結構人気も上がりつつあったのに、
“週に3日も定休日があるバーってのも、なかなか酔狂なもんだよな。”
 そんないいかげんな店だのに。タイミングが合ってのたまたま、開いてる時に丁度来合わせると、他でもいいことがあるんだってなんてな、結構な噂を広められ。ある意味、やっぱり流行っているそうで。…いや、そんなことはどうでもいいんですけれど。
“………。”
 棚への補充をとチェックをし、台車に乗っけてバックヤードから持って来ていた、ポリ袋やらポケットティッシュやら。それを定位置へと適当に突っ込んでる手が、時々ぞんざいになってしまうのは。他でもない、この子のおかげで。
「…お前サ。」
「うん?」
「俺の正体を嗅ぎつけて、それで気になってた訳じゃあないってな。」
「うん。」
 その血が黄金に変化する、ちょっぴり変わり種の“ゴーディエン”という人間である俺たちを。むやみに狩ろうとする輩たちから守ろうと、保護してくれたハンター・シャンクスの息子。特殊な能力を嗅ぎ取れるその代わり、感応が過敏になるので夜中しか行動出来ない一族だってそうだのに、彼は混血だから今のところは一般人と同じなのだそうで。
『こちらの彼へ、関心が起きたのは…もしかして?』
 ゾロの正体に惹かれてのことかと問われて、だが、そんなじゃないと応じてた。好奇心が旺盛そうな、お元気で腕白そうな、ごくごく普通の男の子。ガッコでは柔道部に入ってるとかで、それ以外にも、運動部の助っ人を一杯こなしてるとか言っていた。そんな行動派が…こんなことへ毎日のように付き合ってて退屈じゃあないのだろうかとか、こっちが思ってしまうから。お客さんの側でしか見たことないだろう、コンビニの仕組みとか何だとか。そういうのが珍しいのも最初の内だけで、結局のところ、毎日毎日 同じことの繰り返しだ。しかも、彼はただこっちの手元を見てるだけ。雑誌の立ち読みとか、新製品のポスターやチラシなんぞを眺めるのとか。目新しいものへと寄ってくところは変わらないけど、そんなものだって30分とはかからないから。一通り見回って来ると、その後はレジ前へ駆け戻って来て、9時頃から最終が出るまでを付き合ってくれてる。
「そいや、今日が早番だってのは?」
「サンジに訊いた。」
 せーかくには、ナミへのメールで教えてもらった。腕で抱えた膝小僧の上で“にししvv”と楽しそうに笑ってから、やっぱりじぃっとこっちの手元を眺めてる。退屈だぁと駄々を捏ねるでなし。時々目が合えば、嬉しくてしょうがないと言わんばかりに笑ってくれて。それが…こっちにもほわりと暖かくて。そんな空気を、今日もまたほわほわと感じていると、

  ――― あのな? あのさ…。

 おやや、何をか言いかけて、なのに…言い淀む。明け透けで不器用で、だから…って順番で、嘘なんてついたこと無さそうな子だからね。このためらいは、疚しさとか勿体振ってとかいった種のものじゃあなさそうで。商品棚に貼ってるバーコードをスキャンしてく、価格入力チェッカー片手に、
「どした?」
 おやおやと こちらから水を向けてやれば、
「あのな? …10月最初の日曜に、ウチのガッコ、運動会があるんだ。」
 そんなもん、大人には詰まんないかも知んないけどさ。すぐ足元のPタイルを張った床、指の先でうにうにと撫で回しつつ、声がそのまま小さくなって、やっぱり言い淀む彼であり。何だかもじもじ、抱いてたお膝にお顔をくっつけてもじもじ。体、柔らかいんだなぁと思ったほどに、小さな顎からふかふかの頬っぺから、膝より下へとずんずんと沈めてくもんだから。そのままだとお前、ころんと丸まってお団子になっちまうぞと、雑技団みたいな様子へ感心しつつ、ついつい話の内容よりもそっちに気を取られてしまったゾロだったが、

  「いいぞ。見物しに行ってやる。」
  「え? ホント?」

 そうだった。こいつのお姉さんたちってのは、両親ともにっていう純粋なハンターらしいから、大人になるにつれ、陽のある中での行動はキツくなってったらしくって。そういった行事へもなかなか来てもらえないでいたのかも。
「やたっ!」
 ホッとしたように顔を上げ、バンザイまでしたその弾み、すてんと後ろへコケて尻餅をつくのがまた。判りやすい幼さが、憎めない愛らしさにしか思えなくって。天真爛漫ってのはこういうのを言うんだなぁって、しみじみと思い知ったほど。思えば、あまり誰ぞに関心を据えたことなどなかった自分で。人から関心を持たれては不味かったからでもあったが、そういう気構えでいたものが何でまた。こんな小さな坊主になんでまたと、自分でも不可解だなと思わないではなかったけれど。
「しししっvv/////////
 そりゃあ嬉しいと真っ赤になって笑み崩れるお顔を見ていると、理屈なんてどうでもよくなる。これまでだって、割と何でも“ま・いっか”で済ませていた性分で、これに限って根拠をまさぐるのも訝
おかしな話。心地いいなら まあいいかと、やっぱり深く考えないで、お兄さんがくすすと笑えば…ますます真っ赤になる坊やであり。秋の夕陽はつるべ落とし、あっと言う間に暮れるから。そんなところで二人揃って…片やいつもは仏頂面の屈強なお兄さんと、片や中学生みたいなあどけない男の子と。照れ合いながらしゃがみ込んでなんかいたら。煌々と明るい店内がよく見通せる、壁一面のガラス窓の外を通る人たちから、不審に思われちゃいますってばよ?




  〜Fine〜 06.9.17.〜9.18.


  *ナミさんのBD話に使った設定のその後をちょこっとvv
   仰々しくも詰め込んでた割に、深くは掘り下げてなかったですね。
   どういう由縁を展開させればいいのやら、やっぱりまだまだ考え中です。
(苦笑)

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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