月夜見 “初夏のお空に”
         〜大川の向こう

 
随分と駆け足でやってきた今年の春は、
あまりにせっかちだった感がある。
まだまだ肌寒いはずの頃合いに、急にぐんと気温が上がり、
桜の開花を早めた割に、寒の戻りも半端じゃあなくて。
結果、駆け抜けるという勢いで花見の季節はとっとと北上してしまい、
北国を優しい緋色で埋めているところ。
そして、置いてけぼりを食った西や東の人たちのところには、
いいお日和というよりも、
もはや“いいお天気”といった方がふさわしい、
溌剌とした初夏の陽気が訪れており。

「あら。」

そんな陽気に誘われて、
こちらのお宅でも
濡れ縁への障子を開けはなったところ、
正青の空に揃ってはためく
大きな魚の姿が、まずはと家人の目に入り。
滅多なことへは動じぬが、目新しいものへは目敏い彼女に
思わずのそれだろう、声を上げさせたほどだったりし。

「どうかしたか?」
「ええ。ほらレイさん、あれ。」

驚いたのは、でも、楽しい意外性へだったので。
障子を開けたその真っ先、視野へと飛び込んで来たのは、
青い初夏の空へと泳ぐ、こいのぼりの勇姿だったりし。

「ああそっか、そういう時期なのねぇ。」

世間様で騒がれている少子化傾向も、
この中州の里では まださほど深刻化はしておらず。
毎年どこかのお宅で新しい赤ちゃんが生まれ、
男の子も女の子も、それは健やかに育っていて。
五月と言えばの連休の終盤、
子供の日に付き物なこいのぼりも、
あちこちのお宅で各々に上げる習わしが守られており。

「マンションではさすがに無理だし、
 庭があってもそれほど広くなかったり隣接し過ぎてて、
 よそから苦情が来るからって上げられない家が多いそうだが。」

「あらレイさん。そんなことまで御存知なの?」

開けたままでも寒くはないなと一応は確認してから
正座からのかかとだけ立て、そのまま膝立ちという格好、
作法どおりの姿勢にて、障子を開いたシャッキーさんが、
戻したお膝を回すようにして振り返った先には。

「そうそう馬鹿にしたものではないサ。」

自分がそのように、意外そうに扱われたこと自体を楽しむように、
くつくつと愉しげに目許を細めて笑った、
この家の御主、レイリーという指物師の壮年殿が
着慣らした作務衣という格好で、胡座をかいて角卓についておいで。
これで名のある細工師であり、
手の込んだ注文が引きも切らずと待ち受けている身が、
今はやっと空いたのでと。
のんびり眸を通しているのが 新聞だけではなく
洋書の、しかもかなり手擦れしたペーパーバックだったりするのが、
それもまた意外や意外と映るかも。
そんな御主が、出したばかりの分厚い湯飲みを持ち上げて、
かすかに立つ湯気をものともしないで、熱いところを一口すするの、
ふふと頼もしげに見やった傍仕えのお姉様だったが、

「今年もルフィちゃんチのが一番早くに上がってたけれど。」

婀娜な笑みを浮かべた口許と同じほど、
切れ長の妖冶な目許を弧にたわめ、

 「今年は鯉が1匹多かったの。」
 「おや、それは。」

そういえばあの腕白さんは、
小学生に上がったのだからお兄さんと同じのが良いと、
稚魚みたいな鮮やかな青色鯉はヤダと
可愛らしい駄々をこねていたことまで里じゅうに広まっており。

「とうとう濃い色のへ格上げされたのかの?」

何せと、レイリー老が
そちらも冴えた目許をたわめて笑ったのは、

「あの家には、
 ご近所から苦情が来たほどに、
 鯉が一杯蓄えられとるはずだからの。」

ルフィへの甘やかしもさることながら、
長男坊のエースが生まれたおりだって、
あの赤髪のお父さんはそれはもうはしゃいではしゃいで。
この近郊じゅうの玩具屋を片っ端から
総浚えさせる勢いで回ってこいのぼりを買い占めたと、
今では懐かしい、
困った伝説を作ったことでも有名だったりするそうで。
なので、お古はイヤだと言わせはしない、
新古品の鯉が山ほどあるはずだからと、
即妙な言い当てをしたレイリーだったのだけれども、

 「それが、そうじゃないらしくて。」

あははと途中で はやばやと
思い出し笑いをしてしまったお姉様の言うことにゃ、

 「遠い従兄弟が
  ゴールデンウィークに遊びに来るのですって。」

 「ああ何だ、その子の分か。」

何でも家族で海外に移住していて、
それが久々の里帰り。
元から此処に住んでたご一家じゃあないが、
あすこのご一家とは一番親しかったので、
帰ったら必ず顔を合わせている間柄であり。

 「エースと年が近い子だっていうから、
  ルフィはもしかして
  覚えてないかもなんて話していたら、
  俺がサボんこと忘れるはずねぇだろって、
  マキノさんともども、
  私まで そりゃあ怒られちゃって。」

そのいきり立ちようがまた、何とも可愛らしくってと。
くすすと軽やかに微笑ったお姉様だったのへ、

 「そうか、そんなに仲良しだった子か。」

それは楽しみなのだろうなと、
目許を細め、重ねて微笑った名人の声の先、
やわらかな新緑の中へといや映える、
白いツツジが早くも咲いてた庭先へ、
隣家のこいのぼりの陰が
はさりと淡く舞った昼下がりだったそうな。




     〜Fine〜  15.04.26.



  *何てのか、
   気がつけばもう
   五月が目の前なんだなと。
   すっごく早いわぁ、この何カ月か。
   更新も遅れてしまっててすいませんね。
   PCの不調っぷりも
   半端なくってねぇ。(しくしく)
   そんな慌ただしさの中だったせいか、
   ショウキ様の七段飾りというネタを、
   うっかり取り込み忘れてます、迂闊〜。(笑)
   とりあえず、
   名前だけですが サボくん初書きです。
   アニワンもなかなかの進行ぶりですし、
   本誌はいよいよのクライマックスだとか。
   でも、あの策士が
   ルフィさんにすんなり倒せるんだろうかと
   やや不安…。

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