月夜見  〜 雨 〜とある幕間


     1

 悪魔の実の呪いがかかっているルフィに限らず、航海中の海の上では、実は誰にせよそうそう泳げない。浸かった後に体から塩水を洗い流す真水が大量に要るからで、ウソップ謹製なのかそれとも当たり前に普及しているのか、淡水化機能付き海水汲み上げ装置というのがあるようだが、それにしたって手間暇のかかること、どんなに暑くてもそう気軽に海へドボンとはまる訳にはいかない。
 暖かな航路では驟雨…スコールがたまに降る。ざっと景気よく降ったかと思うと、すぐに雲が切れて晴れ間が覗く、後腐れのない雨だ。こういう雨の時は甲板でずぶ濡れになると気持ちがいい。洗濯代わりだと頭からかぶるのもいいし。
おいおい だが、しとしとと降り続く冷たい雨は気が滅入る。特にルフィあたりが"退屈だ、退屈だ"と騒ぐかと思いきや、妙におとなしいのが皆の注意を引いた。
「…もしかしてまた虫歯かよ。」
 おいおい、シリーズが違うぞ。
「何か思い出でもあるんじゃないの?」

〈なあシャンクス、どうして海の水はあふれないんだ?〉
〈何だよ、ルフィ、藪から棒に。〉
〈だってサ、川や池はこんな沢山降ったらすぐあふれちまうのに。海ってずうっと広いからもっと一杯雨を受けるんだろ? なのに、どうしてあふれたりしないんだ?〉
〈さあ、どうしてかな。ベン、お前知ってるか?〉
〈お頭が知らねぇことを俺が知ってる筈がないでしょう?〉
 何故だかマキノさんがカウンターの向こうでくすくすと笑っていて、今から思うに、あの時のベンの言いようはたぶん嘘だったに違いない。海面から蒸発する水蒸気がどうのという本格的な説明は、ルフィのみならずシャンクスも含めることとなる聴衆相手にはさぞかし骨が折れるだろうからと思ってのものだろう。シャンクスは"う〜ん"とひとしきり唸っていたが、
〈じゃあ、こうしよう。次の航海で調べて来てやる。海のどっかに大穴が空いてるのかも知れないからな。〉
〈ホントか? 約束だぞ、シャンクス。〉

          ◇

 静かな部屋の中。船を揺らす波の音には慣れた耳に、別口の水音が間断のない細波のように聞こえる。雨はまだ降り続いているらしい。そんな静寂
しじまの中、
「………。」
 ぽかっと目が覚めた。記憶がごちゃ混ぜになっていて、しばしの間、ここが何処なのかも判らなくて。とほんとした薄い明るさの漂う、湿り気を帯びた冷えた空気の中、部屋の中のあちこち…天井の縁、壁の染み、はめ込みになったクロゼットの扉。そういった物々をぼんやり眺めていると、
「…ルフィ?」
 すぐ傍で覚えのある声がした。視線を巡らせると、ナミがじっとこちらを見やっている。さほどの緊迫はないが、それでもどこか…日頃の彼女に比べると随分と心配げで、
"…あれ?"
 するすると思い出すのは、ちょっとした悶着があったこと。雨の中、不意をついて襲ってきた海賊ども。結構手強くて、それでも追い払いはしたが、逃げ帰る賊どもを最後まで見ていられなかった自分で、
"ああ、そうか。俺、怪我しちまったんだ。"
 間が悪く甲板に出ていたナミやビビを、女なら抵抗も少なかろうからと思ったか、楯にしようとしてか、真っ先に狙った卑怯な輩たち。かっと頭に血が昇り、ゴムゴムの技で叩き伏せたは良かったが、伸ばし切っていたその腕を別の手合いに切り裂かれた。伸びている時の切り傷は、縮めると数倍深くなる。戦闘に鳬がついた安堵が、その痛みをご丁寧にも呼び戻してくれて、降りしきる雨の中、倒れ込んだ後の記憶がない。そして今、ナミという看護役までつけられてベッドに横たえられているということは、自分は相当な怪我を負い、手当てを受けたらしいということになる。
「…なぁ。」
 鎮痛剤でも与えられたか、重くはあるがそうは痛まないところからして、傷自体の手当ては無事に済んでいるのだろう。看護というよりは、勝手に起き上がらないようにという一種の"見張り"なのかも。目が覚めた自分へ、じっと見つめるばかりで何とも声をかけてくれないナミだったので、こちらから訊いた。
「ゾロは?」
 途端に、ナミの顔が、驚いたような呆れたような、そんな苦笑で塗りつぶされる。
「あんたねぇ…。」
「? 何だ?」
「開口一番に訊くのがそれなの?」
 言われて、それもそうだなと気が付いたのか、
「あ、ごめん。」
 上掛けの縁から出ていた首を窮屈そうに折って、ルフィは素直に謝った。傍についててくれた者を差し置いて、それはやっぱり順番が違うだろう。ナミは吐息をつくようにくすっと小さく微笑って見せる。今更なことよねと、そんな顔をする。
「あのバカなら外よ。」
「外?」
 先程から聞こえる雨音。だのに"外"に居るというのか?
「見張りか?」
「ううん。自分から外に出て頭を冷やしてんのよ。あんたに…余計な怪我を負わせたって、気にしてんじゃないのかしら。」
「…長いことか?」
「そうねぇ。あんたの手当てが済んでからだから、それでも半日近くはなるかしらね。ビビも何度かキャビンへ戻るようにって声をかけてたけれど。」
 途端、今度はルフィが何とも言えない吐息をつく。口許を尖らせて、船窓を見やる。
「いつも言ってんのにな。」
 責任を感じる彼であるのが判らないではないが、非戦闘員である女性陣の負傷ならともかく、船長である自分の負傷にまで責任を感じるなと、これまでにも何度言ってきたことか。
「良いじゃないの。考え方まで縛るのはよくないわよ?」
「そういうことになるか?」
「考えようによってはね。」
 それに、
"あいつにとってのあんたは、ただの船長じゃないんだし。"
 殊更に心配する彼であっても、それは仕方がないじゃないのと、言いたかったがそれは堪えた。そこへと、
「なあ。」
「なぁに?」
「ゾロが反省してんだったら。俺もダメかな?」
「? 何がどうダメだって?」
「俺も皆に心配かけたろうからさ、逢いたいの、我慢しないとダメかな。」
 一瞬、彼が何を言っているのか、聡明で且つ飲み込みのいいナミでさえ良く解からなかった。だが、
「………馬鹿ねぇ。」
 それが…剣豪に逢うのを我慢することが自分への"お仕置き"になると言い出した彼が、可愛らしいやら愛惜しいやら、でもちょっと馬鹿馬鹿しいやら。
「今のあんたはどんな我儘を言っても良いの。欲しいものは何でも言いなさい。お仕置きや罰なら、元気になってから幾らでも背負わせてあげるわよ。」
 これでやっと、雨に打たれている馬鹿剣士を呼び戻せるしと、ナミは素早く席を立つ。
"これ以上、怪我人や病人が増えちゃあ堪らないわ。"
 まるで自身への言い訳のように、そんな風に胸中で呟きながら…。


 彼女がこの医務室から出て行って幾刻か。
"?"
 おやっと思った。廊下をこちらへやって来る、足早な靴音がしたから。日頃の生活の中、彼は滅多に足音をさせない。用心深いというよりも、それが習い性になっているかのように。それが今は、いかにもな大きい音を響かせていて、小走り…いやいや、充分"走って"いることを示す足音がする。それがどんどん迫って来て、おざなりなノックとほぼ同時にドアが開いた。
「…ルフィ。」
 ずぶ濡れだったところをナミに無理から着替えるよう言われたのだろう。いつもの白いのではないTシャツと、ありあわせな…恐らくはパジャマの上らしき、ネルっぽい生地の襟のあるシャツを羽織っている。足音といい、恰好といい、何から何までちぐはぐなのが、彼がいかにも慌てて来たことを現しているようで、
「…何だよ。」
「ごめん。」
 ベッドの中で可笑しそうにくすくすと微笑っているルフィに、ゾロも入って来た時の勢いを削がれたらしい。ちょいと眉を顰めて、それでも、ベッドの傍へ寄ると、引き寄せてあった小さな丸椅子にやや神妙そうな顔で腰掛ける。ナミは来ないようであり、大方"看護を代わってくれ"というような言い方をした彼女なのだろう。
「………。」
 会わないのが自分へのお仕置きになる…なぞという、しっかり"ノロケ"半分な求めをした割に、その当の彼へ、何を言うでなくじっと見つめているばかりなルフィであり、だが、
「…ダメだ。」
 おや。ゾロのこの応じということは、ちゃんと通じているらしい。横になっているルフィを覗き込めるようにと、やや前かがみに腰掛けていたゾロの、その両腕は腿へ手首あたりを軽く載せるようにして垂らされていて。ルフィの目顔にあってその腕がかすかに動きかけたのだが、
「雨で濡れてたんだ。冷たいからな。」 
「やだ。」
 どうやら剣豪殿の腕をどうにかしてほしいという目顔での訴えだったらしく、だが、冷え切った体であることを思い出したゾロがダメを出したという訳だ。言葉が要らないやり取りがすぐさまこなせる辺り、いやぁ奥が深い。………で、
「ナミが言ってたぞ。今の俺は、何を欲しがっても良いんだって。」
 怪我人の特権を"控えおろう"とばかりに振りかざしたルフィだったが、
「体に障るもんは例外なんだよ。」
 おお、理屈や舌戦は苦手な筈だが、さすがにルフィごときには負けてはいない剣豪殿だというところか。というよりも、相手を気遣えば当然に滲み出して来る良識的判断が働いただけのこと。だが、
「障んないから、なぁ…ゾロ。」
 今度はねだるような声音になって、遠い方の右腕を上掛けから出し、こちらへと伸ばして来るルフィで、
「………。」
 それでも全く動かないゾロだとあって、身を横に倒してまで手を伸ばそうとするものだから、
「ば…っ!」
 馬鹿と言いかけ、慌てて立ち上がる。怪我をしているのは左腕。そんな寝返りを打てば、もろに下敷きになってしまう。制すように肩を押さえると、その腕へ…まるで細い蛇がしなやかな動きでするするっと樹に巻きつくように、ルフィの腕が袖口からすべり込んで這い登っていて。
「…ホントだ。冷てぇや。」
「だから言ったろうがよ。」
 触れてしまってはダメも何もないのだろう。ちゃんと寝かしつけ直してやってから、椅子へと戻ると、改めて腕を伸ばして髪の中へ手を突っ込み、わさわさと撫でてやるゾロだ。幼い子供へでもするようなことだが、彼の大きな手のひらのその重みが好きで、こうされることをねだることが多いルフィであるらしい。それを示すように、目許を細めていかにもご満悦という顔になっている船長殿であり、
「もう良いだろ?」
 離しかけた手を、ルフィは素早く掴まえて、
「ダメ。」
 引っ込めることを許さず、逆に自分の羽織る上掛けの中へと引っ張り込んだ。
「…こら。」
 怪我人を相手に強引な抵抗も出来ず、されるままになっているゾロへ、
「へへっ。でも、温
ぬくいだろ? そっちの手も入れとけよ。」
 悪戯っ子のような顔で言う。引っ張り込まれた手は、丁度ルフィの薄い胸板の上へ伏せるようにされていて、
「あのなぁ…。」
「んん?」
 色々と言いたいことはあったが、黒々とした人懐っこい眸には逆らえない。
「…冷たくないのか?」
「へーきだ。ゾロの手だからな。」
 どういう理屈だよと閉口しつつも、じっと見つめられる眸に急かされて、もう一方の手も上掛けの中へと潜り込ませた。胸板の上へ並べられた2つの手のひらを、幾回りも小さな手が愛惜しげに交互に触る。ごつごつした指を握り、冷えた甲を撫でてやりながら、
「こんな冷たくなるまで、なんで甲板なんかに居たんだ?」
 ルフィが訊いた。声からはそれまでのはしゃいだ調子が消えて、少し静かでぽつんとした響きがあって、
「そんなことしたって、俺の傷、塞がんないのに。」
「…そうだな。」
 ゾロとしても、性懲りのない自分だと判ってはいるらしい。同じことで同じ説教を何度も何度もされてきた。ルフィを守り切れなかったことを、まるで自分の責任のように酷く悔やむのは辞めてくれと。また叱られるかなと、くすぐったく構えていると、
「でもサ、ナミに言われた。」
「? 何をだ?」
「誰が何を思おうと、それは勝手なんじゃないのかって。確かにさ、誰かに言われて辞められることじゃないよなって、俺もそれはそうだよなって思う。」
 相変わらず素直で、ナミの鮮やかで正当な論法の勢いにあっさり呑まれたのだろう様子は、その場に居なかったゾロにも手に取るように判った。…いや、そんな大層なことじゃないんですけれどもね。だから、今日はお説教はしないつもりらしいルフィへ、
「それはそうなんだろうが…。」
 ふと、ゾロが口を開いて、
「でもな、こうしてくれとかこうであってくれとか、そういう風に望まれるのも、結構嬉しいもんなんだぜ?」
「…?」
 何を言い出すんだろうかと目線を向けると、だいぶ温まった両手を上掛けの下から引っ張り出し、その片方で髪の短い後ろ頭をがりがりと掻いて、
「俺はそういうの少なかったから、なかなか悪い気はしないなって、な。ああまた言われちまったかって思いながら、そんな風にも思ってた。」
「…ふ〜ん。」
 判ったんだかどうなんだか、曖昧な声を返したルフィだったが、実のところはたいそう嬉しくって、胸の奥に何かが灯ったような気がして言葉に困っただけのこと。間違っちゃいないよ、むしろ嬉しいぞと口に出してわざわざ言うなんて、日頃の彼にはまずは無いことだのに。こうしていつだって嬉しくなる答えをくれる。そうやって自分をさんざ甘やかすのが彼でもある。
「だったら、こんどこそ反省してくれよな。」
 こんなことを言わせるほど、大雑把で、ルフィには割と隙だらけで、
「ああ。けど、だったらお前も無茶は控えろよ。」
「あやや…。」
 おおっと。今日のところは"相打ち"ってトコですかね。


     2

"………。"
 雨音はまだ途切れず、室内にまですべり込んで来る。だが、室内の温度はさほど下がってはおらず、どこかとろりと柔らかい暖かささえ感じる。さっき見ていた夢。細かいところはもう掠れて忘れたが、シャンクスが出て来たような気がする。今よりもっと小さかった子供の頃は、背伸びをしても限度があって、陽が沈むまでには家へ帰らなきゃいけないという制限もあって。手で直接に触れられる"世界"には随分と限りがあった。立ったそこから見える範囲だけだったようなもの。だから余計に、そんな自分には到底乗り出せない大海原とその果ての世界にいつもいつも焦がれていた。そんな海での胸のすくような冒険を、いっぱいいっぱい話してくれたシャンクスだったからか。それとも大好きだったシャンクスが海に漕ぎ出して行ってしまったから、それを追うように海に出たいと思うようになったのか。果たしてどちらが先だったんだろう。
"…昔すぎて覚えてねぇや。"
 子供の頃の彼の"世界"はシャンクスに聞かされた話で精一杯だった。それが今は、自分で何処へでも行ける。色々なところへ行って、色々なものを見て。そう、これからだって。
"………。"
 思い出せばシャンクスのことは相変わらず好きだけど、今はただ、海に出たからこそ得られた仲間たちと送る日々が、毎日毎日たまらなく愛惜しい。
「なんだ? にやにやしやがって。」
 もうすっかりと暖かくなった手で時折髪を梳き上げてやっていた剣豪が、そんな彼に気づいて訊くと、毛布に埋まるようになっている童顔がにんまり笑い、
「ん〜ん、何でもない。ゾロのこと、好きだなぁって思っただけ。」
 そんなことを臆面もなく言うものだから。途端に…剣豪の喉がくぅと鳴って、
「…何だよ、そりゃ。」
「あ、耳が赤くなった。」
「///うるせぇよっ。」
 何でもない会話にさえ、胸がしみじみとくすぐったくなる。冷たい雨も気にならない。これが幸せでなくて何が至福だろうか。………とそこへ、トントンというノックの音がした。
「ああ。」
 ゾロが声をかけて応じると、
「薬だぞ、ルフィ。」
 ドアが開いて、小さなトナカイがトコトコッと入って来た。赤い山高帽子の両脇に開けられた穴から出ているのは、紛うことなき枝分かれした角。だのに、人のように二本脚で立って歩く彼は、やっと仲間として手に入れた頼もしき船医で、トニートニー=チョッパーという。
「水薬にしたからな。早く効くし、飲みやすいぞ。」
 手ぶらに見えたが、よくよく見ると、肩から腰へ斜め掛けに紐を掛けていて、そこに小瓶を二つほど吊っている。薄い水色のと無色のものとの二本で、ゾロが気を利かせてどいた丸椅子にぴょんと飛び乗ると、まずは無色の水薬の瓶を外して差し出した。
「まずはこの線のトコまで飲め。
 後は、食事の度にやっぱり線のトコまでずつ飲むんだ。」
「え〜、今飲むのか?」
「そうだ。化膿止めだからな。一応縫いはしたが、傷を残さないためには体の中からの手当てだって必要なんだ。」
 生真面目で、かわいい外観に似ず結構頑固。普段は真ん丸な眸を、半分に切ったゆで卵のようにした上で、少しばかり斜めに吊り上げてじっと見つめられると、そこは逆らえず、栓を抜いて言われたところまで飲む。途端に、
「苦げぇ〜っ!」
 唇がしびれでもしたかのように、口の端をむずむずと震えさせるルフィであり、これはなかなか効きそうだなと、傍で見ていたゾロも思った。そこへ、
「ゾロも飲め。」
「はあ?」
 鼻先へと突き出されたのは、水色の液体が入った方の瓶だ。
「こんな雨の中、何時間もずっと外に居て。ビビから聞いたけど、氷みたいに冷えてたそうじゃないか。風邪を引くかもしれないから、予防のために、これ、飲んどけ。」
 さすがはお医者で、言ってる理屈は判る。だが、まだどこも何ともないうちから薬を飲むというのは性に合わないらしく、
「いや、良いって。」
 ゾロは辞退の意を込め、顔の前で手を振って見せた。が、
「ダメだ。飲まないとルフィの傍には置いとけない。」
「…え?」
 何ですて?
「怪我で弱ってるルフィに風邪を伝染
うつされては困るからだ。」
 おお、御説ごもっとも。
「飲まないなら此処から出てってもらう。」
「…う"。」
 事が自分の専門分野だからだろう、とっても威厳のある言いようであり、加えて、理屈の上でもきっぱりはっきり正しいせいで、これはさしもの剣豪殿とてそうそうは逆らえない。そうか、この人を従わせたかったら、善良さと気合いがものを言うんだな。
おいおい
「判ったよ。」
 子供じゃないんだからとそこは聞き分けたゾロで、突き出された小瓶を渋々手に取った。まあ、苦いものがルフィほど苦手な訳でなし…と思ってのことだ。小さなコルクの栓を抜き、くいっと持ち上げてあおったものの、
"………い"。"
 先程のルフィと大差無い顔になったと思う。苦いなら覚悟はあった。ところが、
「甘くしといたぞ? ナミが、ゾロは薬が大嫌いだって言ってたからな。」
 そう、激甘で歯茎が痺れそうなくらいスィーティな代物だったのだ。
"あのアマ…。"
 さすが、油断も隙もないお仲間たちだ。そこへ追い打ちを掛けるように、
「そっちは、今、全部飲むんだぞ?」
「全部〜っ?!」
 声が裏返っとるぞ、ゾロさん。
「???」
 事情が判らず、小首を傾げるルフィを前にして、それこそ"お手本"として子供たちへ大人の振る舞いを見せねばならない。まるで居合いにでも挑むかのように呼吸を整え、
"…よしっ。"
 おいおい、○ューサイの青汁じゃあるまいに。薬ってそんな覚悟して飲むものかい? それでも何とか一気に空けて、
「よ〜し、よく飲めたな。偉いぞ。」
「お、おかげさんでな。」
 そんな…肩でぜいぜいと息をしなくとも。
あはは そんな二人の仲睦まじい?様子に、新しく加わった仲間とも何とか上手くやってけそうだと、ルフィとしてはやはり至福。薬が効いてかとろとろと温ぬくくなって来て、訪れた睡魔に誘われるまま、瞼を降ろして微睡まどろみに身をゆだねる。
「…ルフィ?」
 ゾロだろうか、いや、これはチョッパーの方かな? 声を掛けて来たの。でも、答えるのさえ億劫で………。


「………。」
 くうくうと眠る小さな船長に、二人は顔を見合わせて。肩をすくめて小さく微笑ったのが剣豪なら、ポリポリ…と頭を掻いたのが船医殿。
「後は診てるから、お前も休んでろよ。」
「え? あ、うん。」
 この二人が殊更に仲が良いのは、チョッパーも先刻承知。容態も心配は要らないようだしと、
「じゃあ、何かあったら呼ぶんだぞ?」
 念を押すと、
「ああ。」
 どこか生返事ぽかったのが厄介払いをされたようにも思えなくはなかったが、にこやかに手を振られて、こちらからも手を振り返して部屋を後にする。サンジがナミやビビらと共に、お茶を入れて待っててくれてるキッチンへと向かいつつ、
"ウソップが言ってたな。あの二人、お互いを亡くした兄弟みたいに思ってるって。"
 ………ちょっと待った。誰が"亡くした兄弟"だって? またそのネタで一悶着ありそうな火種ですが、今日のところはとりあえず。淑
しめやかな雨音に包まれたまま、静かに静かに休息を取る、ゴーイングメリー号とそのクルーたちであった。


   〜Fine〜  01.7.1.〜 01.10.1.



 *ドサクサ紛れに、チョッパー初登場でございます。
  実はまだ良く判ってないキャラクターなんだけれど、
  某サイト様で凄く可愛いお話を読んで以来、
  彼の事を早く書きたくて仕方がないMorlin.だったのでございます。
  パスタさん、見てる?
こらこら
  
   

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