月夜見
       TRICK OR TREAT!
        〜お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!

(原案協力;久世サマ『遊楽天国』)


《ハロウィン(Halloween)》

 11月1日の万聖祭(Hallowmas)の宵祭りで、
 だから10月31日の夜に催される。
 この夜は魔界の扉が開いて化け物がやって来るとされていて、
 そこで様々な化け物に扮して、
 彼らをもっと怖がらせ、追い返そうというお祭りなのだとか。
 カボチャを刳り貫いて作るランプも、言わば悪魔払いの魔よけみたいなもの。
 特に子供たちは、
 近所の家々を"TRICK OR TREAT!"と唱えながら回って
 1軒1軒からお菓子をもらえる楽しい夜でもある。
 追い払わにゃならない亡者が来るという辺り、
 やっぱり…以前にどこかで書いたが、日本の地蔵盆に似ている気がする。
 収穫の時期であり、同時に季節が冬へとなだれ込む大きな変わり目。
 風邪を引いたりしないよう、
 節目を意識して冬対策を取りなさいよということなのかも知れないですね。
 (でも、物騒な米国とか夜中に歩ってて大丈夫なんかしら?)
 ちなみに日本では陰暦の十月(現在の時節だと十一月頃)を
 「神無月」といって、
 八百よろずの神様たちが、全員"出雲大社"へ集まってしまうのだそうです。
 神様がいらっしゃらないので、
 火の回り、体調には殊更に気をつけなさいねというところでしょうか。



 ………で。

『ONE PIECE』の世界にキリスト教にまつわる行事が出て来ても良いのだろうか。あ、でも、ウィスキーピークのサボテン岩に山ほどあった墓標は十字架型だったし、尾田センセーもルフィにサンタ服を着せたクリスマスのイラストを描いてらっさるくらいだし、まんざら縁がない訳でもないのかも知れない。


「…で、子供たちはかわいらしい魔物の扮装をして町を歩いて回るの。お菓子をくれなきゃ暴れちゃうぞって言ってね。」
 航海中は単調な毎日が続いて暇だからと、お祭りや記念日は出来るだけフォローして馬鹿騒ぎのタネにしようというのが彼らのモットー。…はっきり言って余裕である。陸の上ならいざ知らず、ここは海の上なのだ。物資だって限られているのだし、いついかなる天候変化や海賊たちからの奇襲、海軍からの臨検があるやも知れず、体力だっていざという時のために温存しておくもの。だというのに、普通の海以上に何が起こるか判らない『グランドライン』に入ってまでそれを貫いていられるとは、余裕を通り越して…ただ単に騒ぎ好きの馬鹿どもの集まりである。馬鹿騒ぎ好きな馬鹿。なんか回文みたいだねぇ。…いや、違うってのは判ってますから、メールは送って来ないように。
おいおい 食材の中から一際大きなカボチャを選んで、中身を刳り貫くところまではコック氏に任せて、そこへ彫刻刀を振るって無表情で不気味な顔を彫っていたナミや、これもコック氏の手によるクッキーやらキャンディやらを小袋に分けてカラフルなリボンをかけているビビ。色画用紙をホウキに乗った魔女やお化けカボチャ、コウモリなどのシルエットに切り抜いて、金銀のモールと共にキャビン周りに飾り立てているウソップと来て、この船で"子供"扱いを受けている組が、
『これって一体何の準備なんだ?』
と、訊いて来たのへナミが答えてやっていたところである。キッチンではこういう騒ぎには恒例のお祝い料理の製作にサンジが忙しそうに立ち回っていて、秋晴れの高い高い空の下、とっても良い匂いが甲板中に立ち込めている。
「あんたたちも何かに扮装しなくっちゃねぇ。」
 言われて、
「え〜、そんな急に言われても用意してないぞ。」
 甲板に出された作業用テーブルに張りついて、ナミやビビの手際をワクワクと見物していたルフィとチョッパーが、困ったと言いたげに顔を見合わせた。何の日かも知らなかったくらいだ、準備がある筈はない。だが、
「大丈夫。あんたたちの分もちゃんと支度してあるから、そうね、おやつが済んだら着せてあげるわね?」
 ナミはニコニコと笑ってそう言うと、かぼちゃランプの仕上げに勤しんだ。



「…で。そりゃ何の真似だ。」
「狼男っていう化け物なんだと。」
 別に今更、何か特別にかぶらなくたって、素の本人たちで十分"化け物"なんでないかいという顔触れだが
こらこら、それでもこういうものなんだという習わしに倣って…というか、ナミやビビに遊ばれているのがありありとした扮装をしているルフィであり、何だか…焦げ茶色の大型の犬に食われて、その口から顔を出してるような頭部と、むくむくの暖かそうな胴着という縫いぐるみもどきを着せられている。肉球つきの大ぶりな手ぶくろまでつけていて、でもこれって、
"狼男って言うより、ただの立って歩く犬だな。"
 可愛らしすぎてどの辺が化け物なのだろうか…と剣豪は思った。人語を解するカルガモや立って歩くトナカイがいる船なので尚のこと、大した違和感はない。
おいおい
「あとな、こういう仕掛けもあるんだぜ?」
 両手の肉球を胸の前で合わせるようにしてくっつけると、彼のお尻でふさふさの尻尾がふりふりっと大きく動く。
「………。」
「面白れぇだろ〜♪ ウソップが作ってくれたんだぜ?」
 本人は気に入っているらしいが、これのどの辺が狼なんだか。そこまで言うと、せっかく気に入ってるところへ水を差すようなので、多少は控えめに、
「座りにくかないか?」
 そう評したところ、
「うん。ちょっとな。」
 そう言って、ゾロの膝の上、うまいこと尻尾を足の間に落とし込むようにして腰掛けるから、成程、器用なことを考えつくもんだと感心した。ここはメインマストの見張り台の上だ。昼前辺りから始まった皆の準備に煽られて、居場所がないと感じたゾロは自主的にここへ避難していたらしく、ついさっきまでぐうぐう寝ていたのを、この格好のルフィが起こしに来て一遍に目が覚めた。さすがは恋人さんで、目が覚めるような愛らしさだったと?
"おいおい。"
 あはははは♪ そろそろ日暮れとあって、少々風が冷たくなって来ているが、この格好なら寒くはなかろうルフィが不意にぽそんと凭れて来たのは、この暖かさを分けてあげようと思ったから…だけではなかったらしい。
「あのな、ナミがな、今日一番好きな人にキスしてもらうと一年ずっと良いことがあるって。」
 だから…と、はにかみながらそっと目を伏せる彼であり、
"…あのアマ。"
 ゾロが…少々赤くなりつつも、苦々しげな顔になる。何も知らないことを良いことに、またまた勝手なことを吹き込んだらしい。ちなみに、キスすると良いとかキスしても良いと言われてる風習ってのは、クリスマスの寄生木
(やどりぎ)の下と、年明けの瞬間くらいじゃなかったかと。
「…ゾロ?」
 無論、そんな事とは全く知らないルフィは、目を開けると…少々苦い顔をして動かないゾロへとキョトンとしてから、何をどう誤解したのか、
「俺のこと…一番じゃないのか?」
 少しばかり声が細くなる。鼻をくすんと鳴らしかねない様子に慌てて、
「あ、いやいや、そうじゃなくってだな…。」
 改めて見やった格好に、
「これが…ちょっとな。」
 鹿爪らしい顔になり、原因は他にあるんだよと言い訳を始める剣豪殿だ。額の上に突き出した狼の鼻先をちょいちょいと突々いて、フード部分を後ろへ押しやり、
「これも…外せないのか?」
 こちらの胸板に当てられていた両手に触れる。ご丁寧に肉球&爪までついた、いかにも“作り物で〜す”という手袋は、やはりこういうことへのムードには障るような。…でも、この場にナミがいたならば、
『な〜にを気取ってんのよ。』
とあっさり誤間化しだと見抜いて思い切り笑ったに違いない。ムードなんてもの、いつも自分の方から蹴散らしてないかいと、だ。だが、そこは万人に不公平なしに素直な船長さんで、それが理由だったのか、ああ良かったと、それはそれは嬉しそうな笑顔になって、
「外せるぞ♪」
 ころころと真ん丸くデフォルメされた"狼手ぶくろ"は、爪を引っ張ると手首辺りに切れ目が覗いて、そこから手を出せるようになっている。小さな両手が出て来ると、やっと安心したような顔になったゾロで、
「…あ。」
 今度は逆に、ごちゃごちゃ言う暇も与えずという勢いで、間近へ引き寄せたそのまま、愛しい人の小さな頭を、大切な水晶玉でも扱うかのように強い指先全部で支えるようにして………。



「ルフィ〜〜、ゾロ〜〜、始めるわよ〜っ!」
 夕暮れの茜の中にこっそりと、夜陰の紫がたなびき出す頃合い。下からそんな声がかかった途端、愛しい恋人の頼もしい胸板に凭れて、うっとり浸っていた夢見心地があっと言う間に覚めたらしい。…これだからお子様は。
「あ、あ、早く降りようよ。」
 がばっと跳ね起き、ゾロを急かしながら見張り台の縁を跨ぎかけるルフィだったが、その襟首を…大きくのけ反って逆さまになったままな狼の顔を後ろから掴んで、
「ちょっと待て。お前、その足で降りられるのか?」
 この着ぐるみ、足元もやっぱり大きな爪つきの足で爪先までくるまれていて、どうやって登って来たかは…知っている。ゴムゴムのロケットだった。でも降りるとなるとなかなか難しそうで、
「えっと…。」
 きゅ〜んと考え込む狼さんへ、
「乗っかるか?」
 ゾロが、立てた親指で肩越しに自分の背中を示すと、
「うんっ!」
 それだけで通じるところが相変わらず。少しして…おんぶされて甲板まで降りて来たルフィが、御馳走やお菓子を満載されたテーブルへまっしぐらした後に、
「どうだった? 新説"ハロウィン伝説"。」
 ワインで満たされたグラスを手渡しながら、にまにま笑っている魔女のナミに捕まって、感謝することね、ホントなら自分からこういう節目にかこつけるもんよと、からかい半分に発破をかけられてしまった剣豪だったとか。温かそうな色合いの、電飾やランプ、テーブル・キャンドルなどが灯され、明るく賑やかに沸く船上は、即席お化けたちが眩しく楽しく笑っていて、繃帯でぐるぐる巻きになったミイラ男のウソップと吸血鬼のサンジがどっちが由緒正しいかを争っている傍らで、ポップにデフォルメされたヘビのカチューシャをつけたゴルゴン・ビビと、帽子の両脇に大きなボルトの頭と先をつけられたフランケンシュタイン…のつもりらしいチョッパーがお腹を抱えて笑っている。どこか滑稽なやり取りに、事情も知らないルフィまで加わって、勿論、ナミもゾロも笑い出す。幸せそうな笑顔には、どんなお化けも寄りつく隙はなかろうほど。

  さあ、皆さんもご一緒に、
    "TRICK OR TREAT!"


  〜Fine〜   01.10.25.

  *ちょっと強引なハロウィンものです。
   特に『蜜月まで〜』とは断ってませんので、
   このお話のルフィは化け物が怖くないということで。(焦)
   久世さんトコの掲示板でちょこっと思いつきを書いたら、
   久世さんが続きを考えて下さいまして、
   それで出来上がったのがこのお話。
   季節限定ネタではありますが、
   宜しかったなら、皆さん、お持ち下さいませ♪

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