月夜見 
“海賊はうたう”
  



 毎度お馴染み、グランドラインを航海中の彼らは、当たり前っちゃあ当たり前のことながら、その旅程のほとんどを海の上、つまりは船の上で過ごす。お話が進むにつれて、燃料駆動の列車や車輛や船もあるにはあるらしい世界だってのが、判っても来たけれど。あくまでも期限を切っていない気ままな旅がしたいなら、そして…出来るだけ積み荷を節約したいなら。腕のいい航海士さんの指揮の下、風や海流のご機嫌を正確・周到に読み取って、最も素朴な天然動力による航海をするってのが、依然として正道で通ってもいるようであり。我らが“ゴーイングメリー号”もまた、キャラベルという帆船なので。風の向くまま気の向くまま。大きな翼に乗って飛ぶような速さで爽快に疾走する時もあれば、べったべたな凪に捕まってしまい、丸っきりの全然、進まないまんまな時だって珍しかないというのが、その航行であり。

  ――― ざ…っ、ざざんっざんっっ

 今日はなかなか、朝からノリのいい波がメリーを乗っけて遊んでくれてるせいで、船足も順調、甲板にいると頬や髪を懐っこくもなぶってく風が気持ちいいくらい。
「う〜〜〜んっ。」
 頭上へ向けて、伸び伸びと腕を突き上げ、大きく背伸びをしていたナミが、ぐぐんと延ばしてた総身から一気に力を抜くと、いかにも心地よさそうに溜息をつき、
「い〜いお天気よねぇvv
 世界で一番苛酷な海だなんて、一体どこのお話? と言わんばかり、カラッと晴れた青空を見上げて、ご自身までもが超御機嫌な笑顔をキラリンvv
「こんな日は是非とも穏やかなままに過ごしたいのだけれど。」
 わざわざ言わずもがななことを、ついつい口にしてしまうのは、せめての願望。あたしは決して、過ぎるほどもの騒動や冒険は求めちゃあいなかったのよと、前以てはっきり意志表明しておきたいから。何か起こってからでは負け惜しみに聞こえかねなくて、そんなの誰よりも自分で癪だから。
“…ある意味、悲観的なあまりの布石なのかも知れないけどね。”
 たった独りで泥棒稼業に駆け回ってた頃は、確かに用心深くはあったけど、こんなにも被害者意識が強すぎるあたしじゃあなかった筈なのにな。何か一気に老け込んだなぁなんて、何も起こってないうちから、そんな後ろ向きなことを思ってみていたりしたナミさんだが、

  「………あ。」

 そんなデッキへと潮風に乗って届いたものがある。

  ――― ♪♪♪♪♪〜♪

 いかにも調子っ外れな、鼻歌というかデタラメ唄というか。時折、やーやーとかフンフン・フフンとかいう“声”になったり、そうかと思えばハミングに戻ったりする、お気楽そうなメロディが、船首、舳先の方から聞こえて来て、
「お。ご機嫌そうじゃないですか。」
 初夏向けの新作スィーツ、ふわふわムース最中・ソフトシャーベット添えなんてなデザート用にと、生クリームをホイップしていたシェフ殿が、開けっ放しにしていたドアからひょこりと顔を出し、
「凄いな〜、ルフィはvv
 今日のも新しいのだぞ? 一体どれだけの歌を知ってるんだろう…なんて、感嘆交じりに呟きながら。緋色の山高帽子をフリフリと揺らしもって、小さな船医さんがデッキ前の柵の隙間からお顔を覗かせる。
“いや、あれは大半が即興なんだろけどもね。”
 例えば、軽快に翔ける船の揺れとか。波が風が刻むリズムに身を乗せて、思いつくままの音を様々に紡いでく。
「聞いてますよ? あいつめ、この俺様を探すより先に“海賊には音楽家が絶対必要なんだ”なんて、よく判らんことをほざいてやがったとか。」
 人一倍の喰いしんぼのくせしてなんて罰当たりなと、わざとらしくも目許を眇め、袖をまくりあげた腕へと抱えてた大きなボウルの縁を“かっつん・かつん”と泡立て器で弾く。ご本人はただ単に、泡立て器のU字になってる針金の隙間からクリームを落としただけってつもりだろけど。そのリズムはきっちりと、今の今、ルフィが口ずさんでた鼻歌と同じリズムだったりし、
「今日は調子いいみたいだな。まだダ・カーポに辿り着かねぇ。」
 幼なじみがピアノを弾いていたからね、少しは音楽用語も知ってるウソップが、そんな洒落た言いようをし、
「ダ・カーポ?」
「ああ。」
 なんだ?そりゃと小首を傾げる船医さんへ、
「一通りのメロディラインをね、もう一回戻って繰り返すっていう音楽記号のことよ。」
 くすすと笑って説明して下さった考古学者さんも、いいお日和になると聞こえてくる、船長さんの鼻歌は結構お気に入りであるそうで、
「ホント、よくもまあ閊えもせずに、長々とバリエーションが続くわね。」
「あれは戻ろうにも最初を覚えてないからでしょうよ。」
「あ、それはアリかもねvv
 そうかと思えば、聴いてて“キィッ”て苛々しちゃうほど、同んなじメロディのそれも凄く短いのを、何遍も何遍も何遍も繰り返してくれる時だってあるし、と。おやおや、皆さん、これでも一端の“船長の鼻歌”評論家でいらっしゃるご様子。
「だって、他には音楽なんて聞こえて来ない環境ですもの。」
 買い揃えりゃあ、若しくはメカはお任せウソップ博士に依頼すりゃあ、蓄音機くらいは手に入りもしようご時勢だけれど。となると、好みの問題ってのがかち合うに違いなく。クラシックだ、いやいやシャンソンだジャズだ、何のラップだ、そんなもんキッチンに行きゃあナンボでもあるぞ(?)と、それぞれの好みが恐らくはあまりにも重ならないままに揉めること請け合いで。
「あと、いきなり勃発する騒ぎに掻き消されるってのがオチでもありましょうしねぇ。」
 せっかくのお気に入りのお歌を、そんな騒動と共に聴いていたことを原因とする、不愉快なことを思い出してしまう“条件反射曲”へと塗り替えたくはないので。結局、音楽なんぞを流そうなんて、日頃は思いもよらぬゴーイングメリー号だったりしたのだが。

  ――― ♪♪♪♪♪〜♪

 今日も元気だおやつが美味い〜とか、黄色い浮きはウキウキのウキ、真っ赤な浮きはタランラランのウキ〜などという意味不明な歌だとか。そういうお呑気な歌が流れてくるのへは、不思議と皆さん、笑いが絶えぬままに聞き入って過ごすようになっており。ちなみに、今日のお唄には歌詞がついておらず。とはいえ“もう一回繰り返す”もつかないままに、ずっと延々、もう30分近くもを歌い上げられている。
「釣りでもしているのかしら。」
「いんや。さっき通った時は、何てこともしねぇでメリーに座ってたぜ?」
 草履の裏を合わせての、ご機嫌さんな胡座をかいて、麦ワラ帽子の縁をはためかせながら、進行方向を眺めていたぞと、狙撃手さんが応じたその途端に、

  ――― ♪〜♪………。

 おやおや? いやに唐突に、ハミングが途切れてしまった模様で。さほど大きなお声じゃあなかったものの、不意に掻き消えてしまうと…妙なもので、有った時よりも“無い”ことの方が無性に気になってくる。
「…どうしたのかしら。」
「そっすねぇ。」
「キリのいいところじゃなかったけれど。」
 電池が切れたか? いや、朝のおやつのメレンゲカステラはたんと喰ってたぞ。じゃあ何でだよ。


   「…う〜ん。」×@


 一体何事が起きたやらと、男衆3人が揃って腕を組みつつ額を寄せ合うそんな中、
「馬鹿ね、見てくれば早いじゃないの。」
 呆れながらもそうと言うが早いか、行動派な航海士さん、船首へ向かって たかたかとステップを降りてきまして。ああそっか、何だそうだよなと、残りの男衆も納得の頷きを見せ合いつつ、その後へと続きましたけど。
「…あらあらvv
 ただ一人、キッチン前へ居残った、黒髪の綺麗なお姉様、
「野暮なことにならなけりゃあ良いのだけれどvv
 何てまあまあ微笑ましい子たちなのやらと、頬杖をついて擽ったそうに笑ってたり。

  ――― だって………ねぇ?

 妙なところで途絶えたお歌。気を取られるようなものが進行方向へと見えたのかしら。いや、それだったら全員へ届けとばかり大騒ぎするよな奴ですて。ふと見降ろした足元に、金貨でも落ちていたとか。それで黙っちまうなんてのは、ナミくらいのもんだろよ、あ・痛たたた…☆ 思いっ切りつねるなよ、こら。お腹が空いたのかな、やっぱり。だったらもうすぐ昼飯だって言ってやる。

  「…まさかまさか。」
  「まさかまさか?」
  「まさか…舳先から海へ落ちたんじゃないでしょね。」

 一番に心配しなけりゃいけないことが、どうしてなかなか思い浮かばなかったのか。ぞぉっとしながら皆して足を速め、上甲板へと駆け上がってみてみれば、


   「え?」「…あ。」「おや。」「ありゃりゃ☆」


 考古学者のお姉様が危惧したその通り。お歌に飽いた船長さんは、良いお日和にぬくぬくと髪色を温めて。潮風や…悪戯な大きめのお手々が頬を擽るのへ“うにゃい…”と時折むずがりながら。お唄よりも大好きな、居心地の良い“寝椅子”の上へ、仔猫のようにクルクル小さく丸まって転寝している真っ最中でありまして。

  「…何だ、どした。全員で集まりやがって。」

 急な会議でもぶち上げるのかと、いかにも怪訝そうなお顔になって皆を見上げつつ。甲板の上、いつもの大胡座をかいて座ってた緑頭の剣豪さんの、事情が全然分かってなかろう男臭いお顔へと向けて。うう〜〜〜っとばかり、何とも言えないお顔を向けるしかなかったようでございましたとさ。




  〜どさくさ・どっとはらい〜vv〜  06.6.04.


  *そろそろお昼寝は単独でないとキツイ暑さになりますねぇ。
   ああ、でもでも、
   お気に入りの相手なら、そんなの関係ないのかな?
(うぷぷvv

ご感想などはこちらへvv**

back.gif