月夜見 “平成のジュリエット”
 

 
 
 あんなあんな、ナミがゆってたぞ。昔むかし、がいこくに“ろみよ”と“じゅいえっと”っていう人たちがいて、二人はとっても仲良しだったのに、お家の人どーしは仲が悪くって。そいで、あそんじゃいけません、会ってもいけませんて、どっちもおとーさんたちから ゆわれたんだって。でも、そんなのかんけーないもんて、やっぱり“ろみよ”と“じゅいえっと”は好きどーしだったんだって。そいで、あんまり じゃまばっかされるからって、とうとう二人で、えいって大人の来れない“遠いトコ”へ行っちゃったんだって。



 おや、ナミさんたら小さい子供相手だからって、一応は抑えた表現してくれたんだなと思ったのも束の間で、
「でも死んじゃっちゃいけないよなぁ。」
 あっけらかんと言い放った小さな従兄弟のお言いようへ、思わず足元が不如意になりかかって、何にも転がってない舗道でつんのめりそうになったサンジであり、
「だって死んじゃったらサ、マックもケンタも“らふてぃ”のケーキも菱屋のコロッケも食えなくなるし。」
 なんともルフィらしい“because
(だって)”へ、
「出来合いのデリバものしか喰わせてねぇような言い方をするんじゃねぇよ。」
「………サンジくん、注意するポイントが違う。」
 ナミさんが呆れつつも笑ってくれたのは、あれは一体、いつの会話だったろうか。





            ◇



 暦の上でだけでなく、陽も長くなり暖かくもなって来ており、長かった冬もようやっと去りつつある。受験シーズンにも決着がつき始めており、あちこちで卒業式が晴れ晴れと催され。そういった“新しい門出”には縁のないクチの人々にも“そろそろ春休みだねぇ”なんて話題には顔も気が緩む頃合いに入りつつあった、弥生三月。

  「お、やっぱ此処だったか。」

 散歩のついでというよな足取りで、のんびりぽてぽてと歩んで30分ほど。さして遠いということもない高台の上にある小学校へと辿り着くと、勝手知ったる何とやらで、校庭を囲む金網フェンスに沿って大回り。校庭の端っこに据えられてある砂場の傍ら、鉄棒の方を眺めている二人連れの姿が見えたのへ“お〜い”と声をかけると、
「あ、サンジっ!」
 そろそろ土手なんかに出始めたツクシよりも真ん丸な頭を、薄くて小さい肩の上へ載っけてた、ちびちゃい方のが素早くくるりと振り向いて来て、お〜いと楽しげに手を振り返す。その傍らに立っていたのは、すんなりとした肢体を大きめのスカジャンでくるんだ女性で。そんなマニッシュな恰好をしていても、加えて言えば…しゃんとした背条の真っ直ぐなところなぞ、そこいらの半端な若い男衆以上に気合いが入ってて凛々しいくらいだってのに、肩越しに放られた一瞥に込められた余情の甘さの、何とも蠱惑的で魅力に満ちていることか。
「………よく分かんねぇぞ、サンジ。」
「良いんだよ、お子様には分からなくても。」
「あたしにも半分くらいしか分かんないんだけど。」
「良いんすよ、ナミさんのような美しい人には、言葉なんて野暮なもの必要ありませんてvv」
 相変わらずなお兄さんが、何が言いたいのかはよく分からんけど、何とも判りやすい仰有りようをしつつ…フェンスの枠の上縁に手をかけると、踏み切りの一歩、跳躍一つだけという容易さで、その身を上まで引き上げ、あっと言う間に校庭の側へと飛び越えて来た手際の見事さよ。
“あれじゃあフェンスの意味なんてないわよねぇ。”
 まま、不審者じゃあないことは学校関係者にもPTAにも周知の事実なんだし、見通しの良いところでの わざとの行為。中に入りますよと宣言してるようなもんなので、咎める人はいなかったし、恐らくはこれからも出なかろう。とはいえ、
「そうやって入って来た人は、ホントは一番に怪しいんだってこと。此処の子供たちは判っているのかしらね。」
「その点は大丈夫ですって。俺が理事んトコの子だってのはみぃ〜んな知ってますし。」
「…そうじゃなくって。」
 危ないから真似しちゃいけないとか、フェンスってのは仕切りのためだけに巡らせてあるんじゃないって事とか、行儀が悪いって事とか。モラルの問題を訊いてんでしょうがと、綺麗なお姉さんが眦
まなじり吊り上げて勢いよく咬みついてる傍らで、小さな坊やは一丁前に“やれやれ”と肩をすくめると、元の方向を向き直り、大きな瞳をわくわくと楽しそうに力ませて。そこでトレーニングに勤しんでいる、自分よりも年長さんの男の子の方へと注意を戻した。まだまだ風はそうまで暖かくはないってのに、Tシャツ1枚とカーゴパンツという軽装で、一番高い鉄棒に膝を曲げてぶら下がり、両の腕だけで自分の体を支えもっての懸垂を、ただ黙々と繰り返してる男の子。今時の随分とおしゃれな小学生にはめずらしく、髪を短く刈っているのは、実家の道場で剣道を嗜んでいる関係からで。そんなせいか、所謂“目ぢから”のくっきりした、少々利かん気そうな面差しが、ますますのことワイルドに見えてもいる。
「本当はな、まだ小学生だから“斜めけんすい”ってゆーのしか しちゃいけないんだって。」
 ミホークのおっちゃんからもダメってゆわれてっから、ガッコで時々、ないしょでやってんだって。こそこそっと暴露した小さな坊やの言いようへ、
「なんだ。お前にはそういうことも話すんだな。」
 日頃、口を利いてるところをあまり見かけぬ無口な少年。実家が道場というお堅いところだから躾けも厳しいとか、代々の家風で男は凛々しくあれと叩き込まれているとか。まだまだ小学生だってのに、そんな雰囲気がいかにもするよな彼だのにね。そんな風に想定していたところを裏切られ、意外だな〜なんて思ってたらしいサンジへと、
「こ〜んな可愛い子に始終まとわりつかれちゃあ、誰だって籠絡されちゃうってもんだわよ。」
 うふふと笑ったナミもまた、父が禁じている筈の子供にはまだ早い過剰な練習、こうして目撃していても今のところは黙っててやっており。それというのも、
『おねいちゃん、ゆーの? ミホークのおっちゃんにゆーの?』
 大きな瞳をうるうるさせたルフィからそうと問われたのが、何だかとっても罪な告げ口なのを責められているように思えて来たからに他ならず。弟の体を思ってやるなら、心を鬼にして辞めさせるべきなのかも知れないのだけれど、
“まあ、自分の限界ってものはちゃんと判ってる子だしね。”
 伊達に寡黙な訳でなく、黙って見据えるは自身の強さ。日々の鍛練というものは、性急になるばかりでは結局“退歩”にしか通じない、焦らず少しずつ丹念に積み重ねられたものこそが本物を作るのだ…との父上からの教えを、小学生にして ちゃんと理解している弟だと知っているから。それもあって、まま黙っててやろうかいとしている彼女であり、その代わり、時々はこうしてその練習の監視もしているというところ。
“あたしだって…暇な訳じゃあないんだけれど。”
 流行やおしゃれ、男の子の噂にと、色々とお年頃の中学生ともなれば、弟への関心だなんて父親へのそれ以上にありよう筈がないってのがセオリーなれど、
「いっち、にぃ。いっち、にぃ。」
 その、あんまり可愛げはない弟くんが一心不乱に練習に励む様子を、こちらさんも協力しているかの如く、じぃ〜っと熱心に見つめている、そりゃあ可愛らしい男の子が、
「いっち…にぃ。」
 時々リズムが乱れると、ハラハラしてのこと、無心のままに…きゅうぅなんて、柔らかい手でこっちの手を握って来てくれたりするもんだから。ま・いっか、なんて付き合ってやってたりする、コトの順番だったりするのだそうで。
「…っ。」
 年長なお兄さんの“とっくん”に、ただ見ているだけながらも付き合っている坊やの方はルフィといい、まだ二年生で。
「…っ、50。」
 それがノルマの回数なのか、胸のうちで数えてたらしき数を苦しげに呟くと、やっとのこと真下へすとんと降り立ったお兄さんへと、
「ゾロ、ゾロ、帰ろっ!」
 さすがに多少は堪えたハードさだっだか、膝に手をついて呼吸を整えているところ、ぱたたと駆けて来てまとわりつくルフィだったのへ。一応は顔を上げて見せた、五分刈り頭の少年の方は、ゾロという六年生。何か言った訳でもないし、笑って見せる訳でもない、何ともぶっきらぼうなあしらいなのに、そんなことには構いもしないで、
「すげぇな、ゾロは♪」
 10回から始めて、もう50回まで出来るよーになったもんな。あ、うん。判ってるぞ。ミホークのおっちゃんにも、ウチのとーちゃんにも内緒な? 男と男のやくそくだもんな まかしとけ。そろそろ春の陽気に誘われて聞こえ出すはずの、揚げ雲雀のぴくちゅくぴくちゅくという囀りもかくやとばかり、結構うるさく喋りまくってのまとわりつきだのにね。鬱陶しがることもなく聞いてやっているゾロであるのが、判る人には何とも判りやすい、彼なりの気の許し方であり。

  “こういうのを“破れ鍋に綴じ蓋”っていうんじゃないのかしらね。”

 欠けてるところを補い合っての迷コンビ…というのとも微妙に違って、あのね? 気性も性分も、恐らくは丸きりの正反対ながら、他でもない本人同士が相手を重々判り合っていて、納得し合ってくっついている。だから、ゾロのむっつりにルフィが焦れたり、ルフィの喧しいところへゾロが苛々したりということもなく、見た目ほど危なっかしくもないままに、一緒にいて上手く咬み合ってる彼らであり。
“…ちょっと妬けちゃいますかね。”
 そんな彼らだと判っている者らには、だが、自分たちが傍らにいることさえ“我関せず”な二人だってことまで判るから。そこんところが面白くなかったなと、後々になってサンジがこぼしていたりもしたものだったが。そんなもんじゃなく、もっと判りやすいまでの形にしちゃってた人もいたりして…。





            ◇



 当時は、可愛らしいから・子供好きだからなんてな動機による、非営利誘拐だの連れ去りだの、幼い子供が被害者になるよな物騒な事件が立て続いており、低学年生は集団での登下校をという風潮が全国単位で当たり前になっていた。とはいえ、お昼以降の授業は学年によってまちまちだし、それにそれに、

  『俺は へーきっ。』

 どういう根拠があってのことか、それは余裕綽々で胸を張るルフィ坊主を、説得で納得させられる者は…まず居なかったもんだから。
『だからね、ルフィくん。
 大っきな大人に抱えられてしまったら、もう太刀打ち出来ないでしょ?』
 先生から言われても、
『へーきだっ。かみついて逃げるもんっ!』
 彼の中では平気ならしく、
『ごっつい野郎から“おとなしくしろっ”て叩かれちゃうかもしれないぞ?』
 従兄弟のサンジ兄ちゃんからそう言われても、
『へーきだっ。オレも叩いてやるっ!』
 やっぱり余裕たっぷりな彼であり、
『お前が言うこと聞かないなら父ちゃんとかサンジとかを仲間が苛めるぞ、なんて言い出すかも知んないぞ?』
 お父上が満を持してのお言いようをなさっても、
『父ちゃんもサンジも つおいから大丈夫だっ!』
 むんっと力強く胸と腹を張っての抗弁は止まるところを知らなくて。
『う〜っと、え〜っと…。』
 これ以上の“怖い”をいっぱい挙げて、それでもって説いて聞かせるのは却って惨いことだったし。だったらしょうがないと、せめてゾロと帰って来なさいと言わざるを得なかったお父様だったそうで。今にして思えば…あのルフィにはあり得ないからと誰もそこへは触れなかったものの、あれって立派な“作戦”であり、だとするならば、大人たちがぐうの音も出ないままになってしまったところなぞ、それは見事な“作戦勝ち”だったのかもしれない。というのが、

   ――― ゾロとは遊んではいけません。

 何でだったのかは未だに明らかにされぬまま、いきなりの唐突さでそんな禁令が出たのが、ルフィが小学校に上がってすぐのこと。本来だったら遊び仲間が重なりようがないくらいの年の差があった彼らだったものの、家はご近所同士だったし、その上、
「だいたいさー。イミわかんねーよな。」
 だって父ちゃんてば、自分は毎週みたいにミホークのおっちゃんトコ行って酒飲んでるのによ。
「ま〜ねぇ。学生時代からの悪友同士だもの、しょうがないわよ。」
 同じ土地に生まれ育った同士で、しかも双方ともに腕っ節も強ければ、それぞれなりの個性からの人々から頼りにされての厚き人望もあったから。若い頃は結構やり合いもした、所謂“喧嘩友達”とかいうやつだったのだそうであり。とはいえ、相手が憎くて掴み合ってた訳でもない。一番の親友…なんて呼び方はけったくそ悪いが、それでもね? 何かあった時に一番信用が置けて、大事な人や後始末を任せられる奴だと、そんな風に思ってる人たちではあるらしく。
「なのに何で、俺がゾロと遊んじゃいけねぇんだよな。」
 大人が自分の子に一番に言っちゃいけないのが、生みたくて生んだんじゃないとか育て方を間違えたとか、その子のアイデンティティを根底から揺るがすような無責任発言とそれから、この“あの子と遊んじゃいけません”だと思う筆者なのですよ。そんなもん、当事者じゃないと判らないケースだってあるのよと言われそうですが、だったらどうしても危険だっていうその理由を、そこを徹底的に説明してやれと思う訳でして。繁華街とか逆にさみしい町外れ、危ない場所にお家があるからだとか、失礼ながら家族や関係者にどうも危険な人がいるとか。そこんとこまで言ってやり、その子が悪い子だからじゃないのよと、ちゃんと徹底してやんないと…なんて思うのは、中途半端な大人もどきの、単なる理想論に過ぎませんかしらね? こちらさんのお家の場合も正にそこが足りてなく、何でいけないのかという説明がずっぽり欠如していたもんだから。だったら聞いてやる必要もあんめぇと、腕白で天真爛漫で自分の欲求に正直だった坊やは、こらいけませんという叱咤の声さえ振り切って、大好きなお兄さんのところに毎日のように駆け参じてた。
「ゾロの練習の邪魔になるからとか、そっちの方向の言い訳もなかったの?」
「言われたけど、それは嘘だってすぐ判ったしよ。」
 この子にしては妙に即妙だったので、
「???」
 小首を傾げるナミへ、
「だって、ゾロは俺が行くと凄げぇ嬉しそうに笑ってくれたもん♪」
「嬉しそうに、笑って、くれた…?」
 ついついおうむ返ししちゃったのは、実の姉の自分でも、あいつのそんな顔なんてついぞ見たことなかったから。怪訝そうなお顔でいるナミの目許へ、ほんのりと朱のお化粧がほどこされる。瞼には暈して、目尻には濃く亳いてのそれは、日本古来の色白な女性の美しさを映えさせる、基本のお粧(めか)し。

  ――― 絳唇
こうしん 白玉たまをふくみ、
       紅瞼
こうけん 明珠を曜かがやか

 男性のネクタイの幅のように、眉が太かったり細かったりと年ごとに様々なブームのにぎやかな昨今でも、芸妓舞妓や花嫁への装い、和装での美粧にはさして変わりがないままで。白い歯を際立たせるために紅を引くのと同じように、目許にも紅を入れるのは、無垢で明るい眼差しを引き立てるため。白無垢に綿帽子の清楚な拵えが出来上がると、それまでは平気で無駄口を叩いていた坊やでさえ、思わず う…っと言葉に詰まってしまう美しさ。
「なによ、それ。////////
「だってよ。ナミ、凄げぇ綺麗なんだもん。」
 あら、今頃 気がついた? うん、今頃。あのねぇ…。面と向かってあっさり言われ、張り合いのない子だことと、三国一の花嫁が肩から力を抜き切って眉を下げると、
「そかー、だからサンジも張り切ってたんかー。」
「何が?」
「昨夜っから何度風呂に入って、何度髪を撫でつけてたか。」
 それを見て父ちゃんが、こういう晩はよ、男友達集めて独身最後の晩に名残を惜しむもんだろうになんて言っててな。
「〜〜〜〜〜。」
 きっと、本人は内緒にしときたかったことだろに、こうもあっさりと暴露されてはネと。ナミは苦笑し、介添えにと来ていた従姉妹のくいなが必死で吹き出しそうになるのを堪えていれば、
「準備はいいか?」
 ノックの音ともに聞こえた声へ、ルフィがドアへと飛びついて、
「ゾロっ、見てみろっ! ナミ、凄っげぇ綺麗だぞっ!」
 もともと男所帯同士のお式だからね、来賓も関係者も圧倒的に男ばかりで、厳粛さなんて殊勝なものは端
はなから期待してはいなかったけれど。式場という特殊な場所なら、それなりの形式というか順番というか、係の方があんまり逸脱はしないようにと気を回して下さっていたのにね。ルフィの手により“ば〜んっ”と大きく扉を開かれたもんだから、花嫁の控室は廊下から丸見えになり、上品な椅子へと浅く腰掛けていた白無垢の花嫁さんへのご対面にと来ていた、こちらも純白の紋付き袴の花婿さんが、

  「………………………………。//////////

 見事なくらいに絶句したそのまま、義理の弟さんの懐ろに後ろざまに倒れ込みそうになったほど。

  「…心の準備が途中だったらしいな。」
  「そこへ、あんな別嬪さんをいきなり拝んじゃあなぁ。」

 こそそこそそと周囲で囁かれ、
“…後で覚えてなさいよ、ルフィ〜〜〜。//////////
 あれほど、ゾロとの仲を取り持つのに骨折りをしてやったのに。新郎のみならず新婦にまで恥をかかせた無邪気な従兄弟へと、綺麗な花嫁さんがついついの恨み言。

  『何でなんだろ。父ちゃんが連れてってくれたのに。』

 そこまで覚えているほど初対面から惹かれてしまってたお兄さんとの仲を、恐らくは やっかみから妨害なんてな大人げないことし始めた、お父さんへと抵抗する加勢にも回ってやったのにね。
『ゾロはさ、年上の子が相手でも喧嘩とかする悪い子だなんて言うんだ。でも、ゾロは自分からは絶対に喧嘩なんてしないのに。』
 わざとらしくも偉そうに、怖いだろ逆らうなよと意気盛んな連中にしてみれば、あまりに子供離れして落ち着き払ってた少年剣士くんの沈着冷静さが癇に障ってしまうのか、ゾロは確かに喧嘩を吹っかけられることも多くって。負けることはなかったが、
『それでもそんな危ない子の周りで、可愛いルフィをチョロチョロさせる訳にはいかないだろうが。』
 万が一にも巻き添えを喰ったらどうするねなんて、尤もらしいことを言ってたけれど。
『それっておじさま、単なる焼き餅って言いません?』
 大人の会話に口を挟むなんてと、そこへお座りと叱るかと思えば…結構アバウトな父だったので、酒を酌み交わしに来てはゾロをこき下ろす、ルフィの父上のシャンクスへおしゃまな意見をしてやったもんだったし、
『あのルフィが見込んだってことは、それ相応の人物だってことになりません?』
 気の利いたこととか面白いことを言うでなし、姉の自分が見ても、一緒にいたって楽しいとは到底思えないような野暮天で。剣の稽古中だけは背中もピンと伸ばしてるけど、それ以外では結構なずぼらで、横のものを縦にもしない。それでも懲りずにまとわりついては、あっち行こう、こっちで遊ぼうと、休みのたび毎、無趣味な弟を連れ出してくれてた健気な坊やで。そんなルフィの審美眼や人性を見抜く目さえも蔑
ないがしろになさるのかと、そこまで言った時はさすがに、寡黙な父上に物言いたげな顔をさせたが、

  『…そうなんだよなぁ。ルフィが見込んだ男なんだものなぁ。』

 逆に、赤い髪をしたルフィのお父上はしみじみとした声を出し、
『そんなせいでか、昔は二言目には“父ちゃん”と“エース”、エースが独立してってからはその代わりに“サンジ”ってのがローテージョンみたく飛び出してたのがサ。気がつけば、向こうから父ちゃんと呼ばない日はあっても、ゾロの名を聞かない日はないと来てやがる。』
 それが何だか面白くなくってなと、大人げないのを判ったうえでのささやかな妨害だと、どうせ口でどんなに言ったって、納得させるよな理由がない以上は…ってんで、しっかり顔を合わせ続けてんだろうしよと。まるで今にも一人娘を嫁に取られそうな言いようをされたから、
“…だから、サンジくんと結婚してあげようなんて思った訳じゃないんだけれど。”
 周囲の人たちの思い入れを、さんざっぱら振り回したご本人はといえば、あの頃の自分と同い年の中学生にもなったってのに、童顔なまんまのお顔と並行してか、中身もさして代わってないまま。無邪気という名の完全武装で、やりたい放題やっても叱られない、無敵の坊やっぷりを発揮しており。それでも、

  ――― あららvv

 大学に上がっても相変わらずに剣道のことしか頭にないよな朴念仁の、今日ばかりはスーツなんてしゃれたものを着込んでる晴れの姿へ…心なしか赤くなり、そそそっと傍らに寄ったところを、ポンポンなんて大きな手で背中叩かれて悦に入ってる可愛い子。あれだもの、憎めないわよねと肩を竦めて苦笑をし、さてさてと…今日の主役の花嫁が立ち上がる。皆からの注目が集まる中、しおらしくもかすかに俯いたその陰で。そうだ、披露宴のブーケ。あれをルフィへと放ってやろう。あれで運動神経は抜群で、国体でも優勝した陸上部のエースなんだしね。式が済んでのお色直し、何とか控室へ呼び出して、こう言ってやりゃあイチコロだ。


  ――― 花嫁の投げるブーケを受け止めたら、幸せな結婚が出来るんだって。


 女性がって限定なのを言ってないだけで、嘘は言ってないからね。せっかくの門出にケチもつくまいと腹を決め、何にも知らない無邪気なジュリエットの前を、楚々と通り過ぎてく花嫁さん。さても目出度い船出のその日。自分から嵐を呼ぶよな真似は、どうか謹んで下さいますように………。
(笑)






  〜Fine〜  06.3.21.〜3.25.


  *誰が主役なんだかというお話になっちゃいましたね。
(苦笑)
   どこかで見かけた“平成のロミジュリ”というコピーが頭から離れなくって。
   そんな勢いだけで書き始めたからでしょう。
(おいおい)
   何か途中から“蒼夏の螺旋”の二人の小さい頃という、
   そんなノリで書き進んじゃいました。
   あっちの二人の幼少期には、サンジさんもナミさんもいないっての。

  *そのナミさんですが、
   嫁に行ったら今度はシャンクス父さんやサンジさんと同調し、
   “娘を出さない”側へ転んでしまうのも時間の問題かも知れずです。
   今回はその胸のうちに触れなかったゾロお兄さんですが、
   ますます大変だなぁなんて、実はしっかりと覚悟はしていたら笑えます。
   呑気なのはジュリエットばかりなり…。
(笑)


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