月夜見

      “お兄さんは心配性?”  〜月夜に躍る・]V
               
*ルフィBD記念SS (DLF)

 


 東洋の日本という国では、五月五日は“端午の節句”という節目の日で、男の子の無事な成長を祝い、勇ましい武者人形や兜を飾ったり、刀のような形の菖蒲の葉を浸けて、清々しい香りと殺菌作用を出した湯に入ったりするのだそうで。それと同時に“こいのぼり”という魚の形をした吹き流しを、庭や軒先から出来るだけ空高く揚げる風習もあって。これは、急流や滝さえ駆け上がってのその末に、龍となって天へ昇るという勇猛な鯉に子供の成長をなぞらえて、あんな風に元気よく育ちなさいよという意味だとされているが。本当の発端はというと…そもそもは厄よけ目的の貴族たちの宮中行事だった“端午の節句”を、次に天下を制覇した武家社会では武芸精進の祭事だとして引き継いで。男子が生まれれば それをしろしめして馬印を揚げたのへ、庶民たちが倣ってのことなのだとか。裕福な庶民が跡取りが生まれた折、自分たちだって格式高いお祝いとやらを真似したかったが、されど武家ではないから馬印なんてないし、そもそもそんなことを真似たらお叱りが来ないか? じゃあ鯉の吹き流しはどうだ?と思いついて始めたものなのだそうで。

 “じゃあ、鯉って淡水魚は“出世魚”なのかな?”

 確か日本では、ブリだったか、大きくなるにつれ漁師たちから呼ばれる名前が変わる魚がいたはずで。龍になるだなんてとんだ出世じゃねぇかなんて、声は出さずに くすすと微笑って、カウンターの上へ広げていたグラフ雑誌をパタリと閉じる。それは繊細な白い手は、一見するとピアニストのそれのように、指がすらりと長いめで、いかにも器用そうに綺麗だが、よくよく見れば細かい傷がいっぱいあって。ほとんどが刃物で作った金創だから、深いものだと消えないままになるのもしょうがない。傷は傷だ、不手際の証で勲章とは呼べないよなとご本人は笑うばかり。とはいえ、愛嬌たっぷりのドングリ眸をした小さな弟は、兄のこんな手が大好きだと言う。それは器用になめらかに、それこそ手品師のような鮮やか華麗な動きの果てに、見事な料理を次々に作り出してしまうからで。
『それだけじゃねぇんだかんな。』
 人を食うことにしか関心が向かないように言うなと憤然とした後で、
『…泣いたり悔しくて怒ったりしたら、いっつも撫でてくれたしよ。』
 いつまでもいつまでも、小さな肩や背中が震えなくなるまで、ずっと頭を撫でてくれた温かな手だったから。自分との年の差が多少は開いている兄だが、それでも親ほどの差はなくて。自分だってそんな大人じゃないうちから親を失った身、心細いときもあったろう、辛いときだってあったろに。ルフィがべしょべしょと眉を下げ、今にも泣き出しそうなお顔になると。ほ〜ら泣くなと声をかけ、時には怒ったような声を出しても、それでも…抱えてくれた腕は温かだったし、気が済むまで一緒にいてくれた優しさは、ルフィを伸び伸びした明るい子に育みつつ、同時に…思いやりのある、それは心根のやさしい子に育てもした。

  『サンジっ。』

 弾けるような笑顔や、甘えの滲んだ上目遣いで、こちらの名前を呼ばわる可愛い弟。出来るだけ一緒にいてやりたかったが、少しでも実入りのいい仕事を選んでの、それはくるくると忙しく働きづめでいた反動。夜中なんぞは傍らにいてやれずで寂しい想いもさせたので、ちょっぴり甘えん坊にもなってしまったかも知れず。それでも、この兄にしてみれば自慢の弟。品行方正な優等生というものからは、残念ながらちと程遠いけれど。今時の子供ならではでPCの扱いに長けており、それのみならずの身も軽く。いつも駆け回っているせいでか元気で健康で、誰をも惹きつけるような“お日様笑顔”を絶やさない、溌剌とした明るい子であり。兄の苦労もよくよく知っているせいか、得意ではなさそうながらも一応は、お勉強にも熱心にあたってのその結果、高校は首席での卒業という快挙を成し遂げ。卒業式では壇上に上がって、卒業生代表としての挨拶を朗々と読み上げるという華々しさよ。そんな弟の晴れ姿を見つつ、
“俺の手柄ではないのだろうが。”
 いやいやこれこそあなたの努力の賜物、胸を張って威張っていいことですよと、言って差し上げたくなるような。遅咲きの桜がはらはらと舞う様までが、切なさに息が詰まった感動へ拍車をかけて下さって。そりゃあもうもう、胸が潰れちゃうんじゃなかろうかというほどもの、嬉しい感激に襲い掛かられ、声もないまま過ごしたおめでたい一日もとうに過ぎ去って。今は萌え出した若葉が主役の五月の初め。可愛い弟御の誕生日を前に、今年はどんなケーキを作ってやろうか、料理は依然として辛いものは避けた方がいいのかな、なぞと。食いしん坊な弟への毎年恒例の贈り物、店を休んでまでして作る、飛びっきりのメニューをああでもないこうでもないと思案していたお兄様。どこかしら謎めいた陰を含んでの、斜に構えることの多かりしな細おもて。ちょっぴり鋭角的な きりりとした横顔には、数多訪れる女性客たちの大半が、いつだってうっとり見惚れるばかりだってのに。しゅっとした芯が通っての強かに、いつも真っ直ぐのその背中、今日はやや丸め気味にしてのカウンターに肘をつき。グラフ雑誌やレシピのメモを眺めながら、その端々にて…何を思い出すものか、時折くすすと思い出し笑いなんか浮かべている やに下がりようだったりし。
「…よしっ、と。今年はこれで行こうかね。」
 スナックぽいカナッペを揃えた前菜に、見目鮮やかなサラダとあっさりした冷製スープ。それから白身魚の塩釜焼きに、メインの肉料理はやっぱり豪快なステーキを構えた方がいいだろう。仕上げはフルーツ畑の上へこいのぼりを描いた、ショートケーキの2段重ね、と、豪華なメニューがやっと決まった折も折、

  「サンジ。」

 まだ“準備中”の看板のままな店のドアを、そぉっと押し開けて入って来たのが、たった今、メニュープランが固まった宴の主役様。
「何だルフィ、まだガッコじゃなかったか?」
 今眺めてた雑誌の舞台の日本では、丁度今頃は“ゴールデンウィーク”とやらいう長期の連休らしいけど。ここいらは当然、そんな休日には縁がないただの平日。めでたくも高校を終え、次のステップ、大学への進学準備に入っているはず。今日は新しく通うこととなっている大学のキャンパスを見に行ってたはずだってのに、何をまたこんな場末でうろちょろしておるかと。怪訝そうな声を投げかけたところ、
「〜〜〜。」
 その背後でゆるやかに閉まったドアの前。何だか物言いたげな、だが、それへと躊躇(ためら)いがブレーキをかけているというような、そんな微妙なお顔をしている弟だと気がついて。
「???」
 生まれた頃からという一番付き合いが長い相手であれ、いやいや、だからこそ。こんな神妙そうなお顔をしている彼には覚えがなくて。サンジの細い眉が“んんん?”と不審そうな気色をそのままに寄ってしまう。
「何かあったのか?」
 よもや、あの怪盗気取りの朴念仁が、傷つけるような物言いでもしたかと。この大事な坊やへの、今現在 最も間近い脅威をすぐさま思い出すところが、おサスガなんだか…親ばかなんだか。だが、
「〜〜〜。」
 可愛い弟くんは、ふりふりとかぶりを振ると、そのまま力なく項垂れてしまい。
「ルフィ?」
 案じるお声を掛ければ、そのお顔をそろりと上げはしたけれど、
「…サンジ。」
 いつになく打ちひしがれておりますというよな、それはそれは辛そうなお顔。そんな傷心っぷりをこうまで間近に見て、黙っていられるお兄様ではなく。もどかしくも忙しげに、その長身を宙へと躍らせると ひらりとカウンターを飛び越えの、姫の膝下へと駆けつける騎士の如しの俊敏さで、すぐの間近へ駆け寄って。まだまだ小さな双肩へ、そおっと手を置き、お顔を覗き込む。
「どうした。話してくれないと判らないだろうが。」
 日頃の態度がついつい邪険なのは、あまりに可愛い弟だからとやに下がらないよう、照れ隠し半分の反発で、乱暴さが出るまでのこと。どんな女性が相手でもこうは行かないというほどに、切なそうなだが…柔らかくての脆い中にも際限のない包容力を思わせるような、傷ついている身には凭れたくなるよな、そんな優しさの込もった眼差しを向けてやり。まだまだ子供という趣きの強いお顔の、ふかふかの頬をそぉと手のひらに包み込むようにして撫でてやる。この頃では拗ねることはあっても、寂しがったり、こんな風な痛々しいお顔なんて見せなくなっていたはずなのに。何があっても自力で何とかするようになり、ああ、もう自分の手は要らなくなったのだなと思い、大きくなったことにホッとしつつも、一抹の寂しさもあったサンジだったものが。いざ面と向かうこととなればやはり、こんな顔はさせたくないと痛切に感じ入る。
「ルフィ?」
 懐ろに掻い込んだ温みが小さくしゃくり上げ、まだまだ不器用そうな手が、こちらのシャツをきゅうと掴んで。一体何があって、こうまで打ちひしがれている彼なのかと。訊きたいけれどどうしてだろか。喉の奥が重く塞がれているみたいで、詰問の言葉がなかなか出て来ない。そうこうする内にも、少しは落ち着いたものなのか、
「…あんな?」
 やっとのことで声を発し、何かしら語り始めた彼であり。自分よりも上背のある兄上の、案じるようなお顔を見上げ、うるうると潤ませた大きな瞳が瞬いて、


  「俺、このままじゃサンジに迷惑ばっかかけると思うんだ。」

   ………………はい?


 え? え? それってもしかして。何かが原因で困ってるとか大変なのとかいうお話には、なりそじゃないよな気がするんですが?
「ずっとサンジと同居してて。お店のお手伝いもなかなかこなせなくて。」
 いや、それは。アテにしてないというか、居てくれることが大切なんですが。
「サンジは優しいから、俺んこと いつも気にしてるし。
 でもそれじゃあ、好きな人が出来てもお付き合いなんて出来ないでしょ?」
 そそそそ、そうなんだろうか。これでも結構、仕入れに出た先とかで何げに遊んでる方ですが。あ、いや…その、えと、あの。
「だから。俺…あんな? もう高校も卒業したしさ。」
 はははは、はい?


  「大学に行くことになったことだし。そろそろ独立しようと思ってサ。」


   ……………………………はい?



 がっこうのしたみにいったら、でさきで うそっぷさんと なみにあって。そしたら、そのだいがくってのが、うそっぷさんが でたとこだっていうから、いいげしゅくを しょうかいしてやろうって はなしになって。おれは じっかから かようから いらないっていったら、なみが あらあら いつまでサンジくんの すねかじり するきなのって いいだして。サンジくんは いわないだろうけれど、みせにくる おんなのことか、でーとに さそっても ことわられるのは めがはなせない おとうとさんが いるからだって いわれてるの、あなた きがついてるのって いわれて。ああそうかって、おれも うかつで いまごろ きがついて。もうおれ、じぶんでせんたくやそうじやごはんたきもできるし、うそっぷさんがいう げしゅくだと きのいいおおやさんが ごはんとかおふろとか よういしててくれるから なんもしんぱいは いらないぞっていうしで。それにそこって、ぞろのあぱーとにも ちかいから、さんじも しんぱいしなくて いいんじゃないかって…。


 あれれ? ルフィの声が、聞こえはするけど意味が把握出来なくなった。それだけ衝撃が強かったのか、ああ、視野が暗くなって来て、足元から力が抜けていく。ルフィがどっかに行くだって? そんなの聞いてねぇってば。いきなり決めることじゃねぇだろが。なんかナミさんとかウソップとかって名前も聞こえたが。ゾロって名前も聞こえたが。何でそんな話が持ち上がってて、しかも俺にはもう決まったような頃合いに持ってくるんだ、お前ってば。おいこら、何とか言えって…。












  「…じ、さんじっ。起きなってばっ!」
  「わっっ!!」

 ああビックリした、と。がばっと身を起こした兄上様の、絹糸みたいな金の髪がやや乱れて張りついたおでこへと、
「どしたんだよ。何かうんうんって うなされてたぞ?」
 自分の丸ぁるいおでこをくっつけてやったルフィだったが、
「………。」
 どこか呆然としたままのお顔を向けているばかりなのが、何とも不審なサンジであり。
「???」
 今朝いきなり電話で入った、臨時の出前の予約があって。それに叩き起こされたそのまま厨房に立ってゆき、20人分の…シュリンプ・カクテルやスズキのポアレ、ローストチキンにシーザーズサラダ、ふかふかのババロアとそれから、チョコのコーティングもなめらかなオペラケーキまで。半日かからず作っての、たったのさっき、引き取りに来た市長さんの奥様へと手渡したばかり。何でもお嬢さんの大学合格通知書が届いたのでと、身内だけでのお祝いのサプライズパーティーを開くのだとか。そんなお話を“ああそうなんですか”と聞いてた辺りから、何だか眠たそうなお顔をしてたけれどもさ。ボックス席でなんて寝てないで、上のお部屋で仮眠取れって、布団を敷いてから呼びに来たらば。

 「………。」

 いつもだったら、こんな風に居眠りしてたって、あっと言う間に切れのいい応対を返すまでのしゃっきりとした目覚めを迎えるその彼が。ルフィのお顔をただただじ〜〜〜っと見つめるばかりという、挙動不審な態を見せており。

 「さ…。」
 「ルフィっっ!!」

 一体どうしたんだと訊きかけた、ルフィの声を遮っての絶叫と共に、
「わっ☆」
 がばちょとばかり、長くて案外と頼もしい腕が自分を引き寄せ、気がつけば…その懐ろへと抱き寄せており。
「さんじ?」
「頼むから…っ。頼むから、そんな…独立するなんて言い出さないでくれって。」
 兄ちゃん、何でもするから。唯一嫌いなシソのサラダや、イカシソロールとか、無理に食わせたりしないから、なんて。何でまた、今それが出てくるやらっていう、ルフィがあまり好きじゃあないメニューのことを言い出して。
「…サンジ?」
 ああ、やっぱ堅い胸板してんのな。あんな重たいフライパンをひょひょいって煽ってるくらいだから、見かけ以上に力持ちだろうってのは思ってたけれど。うわ〜、ゾロと同じくらい堅いんじゃなかろうか。でも、いい匂いなのは変わらないよなvv 不思議なスパイスの香りが染みついてて、どこか遠い国の古い図書館とか、王様の礼服ばかりを吊るした衣装の蔵みたいな匂いがしてサ。あんな細く見えるのに、うわ、余裕で隙間なくくるまれてんの、俺vv

 「♪♪♪〜♪」

 何だかよく判らないけれど、嫌いなシソのメニューが免除されるらしいし、久し振りに暖ったかい抱っこもされたしで。サンジの寝ぼけ、様様だなぁvvと。思わぬラッキーに嬉しそうな坊やだったりしたそうです。

  “………でも独立って何の話だろ? 俺、まだ高校生だぞ?”

 さてねぇ?
(苦笑)





      HAPPY BIRTHDAY! TO LUFFY!




  〜 どさくさ・どっとはらい 〜  07.5.5.


  *サンジお兄ちゃんは苦労が絶えないということで、
   ………なんでルフィBDの当日のお話が
   こういう傾向のに落ち着いちゃたんでしょうか。
   ウチって“ゾロル”サイトだった筈なのにねぇ。
(苦笑)
   ちなみに、もうお気づきの方もおいでかもですが、
   このシリーズに限っては、ルフィの年齢を数えるのは やめにしました。
   サザエさんワールドのお隣りで、
   コナンくんのいる米花町の姉妹都市です。
(こらこら)
   今回、冒頭に卒業式の話が出て来たのも、
   サンジさんの見た“夢”だったからこそで。
   何かしらの必要に迫られるまで、永遠の高校生です。
   とゆことで、どうぞよろしくですvv
(苦笑)

ご感想は こちらへvv**

back.gif