今でこそ小じゃれた観光地化しつつある港町だが、その始まりは海運における物流の一大拠点。当時はまだまだ青二才だった、さして蓄積もない新参者ら、若手の貿易商やら商社を構えたばかりの起業家やらが、世界市場へと殴り込みをかける足掛かりにしようと、何もなかったも同然の未知数の海岸へと、今でこそ“車軸(ハブ)”と呼ばれて重用されてもいるような、中継地としての港を開いて幾歳月か。情報流通の進歩や加速化の波にうまく乗っての物流管理の妙や、はたまた新商品を発掘するセンスに優れていたがゆえ、今時の商売が少しずつ当たっての町の発展は。とどめに女性客を大挙させるという、こちらはどんな商売人も目論んじゃあいなかった流れによって、物流プラス集客という、願ったり叶ったりな一大市場への発展まで招き寄せ。ラグジュアリとかエグゼクティブとかいった、歴史の浅い成り上がりが次にと求めるにはお決まりの要素、ハイソサエティにしてセレブな、選ばれた者のみがまとえる洗練…という趣きを帯びるに至った訳だけど。
「でもそれって、元を正しゃあサンジの貢献じゃんかよな。」
「まあまあ♪」
柔らかそうな頬をいかにも不服そうにぷぷぷーと膨らませた弟が、一体何へどう憤慨しているのかは重々感じ取れているし。大事な君がそう思ってくれるだけで、もう十分に報われておりますよと。この街に限った話じゃあなくの、伊達男シェフとして有名な、グリル“バラティエ”の店主、金髪痩躯の二枚目、ミスター・サンジェストが、カウンターの向こうでグラスを磨きながら、その花の顔容(かんばせ)をくすすとほころばせて咲き笑う。
―― こんなところには勿体ないと誰もが思い、
その次には、
こんなところにあったことを、こっそりと嬉しく思う店
何たって…客と言ったら酒の肴にしか関心がなさそうな港湾労働者が大半で、物流盛んな港ではあるけれど、食材が豊かかと言うとそうでもない。珍しいもの新鮮なものが来るには来るが、コンテナに入ったまま右から左へただ通り過ぎるだけ。もともと漁業にも向いてない海だったので地場産業は皆無に等しく、名産とされる食品もない。町のほとんどがそんな土地だってのに、場末の路地のどん突きに、そりゃあビックリするよな絶品料理を作るコックがいると、船乗りたちの間で囁かれ出したのは何時のころからか。荷役の連中の噂が航海士へ広まり、船長クラスの人物がお忍びで運ぶようになり。果ては大型船舶を回している大きな会社のオーナーだの、思わぬ人々にまで伝わったそんな噂が…気がつけば、これ以上はなかろう穴場のグルメスポットとして、誰からともなくというクチコミで広まり。その評判が、選りにも選ってネット上でも扱われたもんだから。暇とお金と、それから、一頃に比べればずんと行動力のついた女性たちが、こぞって実際に足を運んで下さるようになって。そんな不可思議な襲来が、遅ればせながら町の品格というもの、後づけながらも磨いていっての現在に至っており。よって、この町を華やかな方向へと発展させた仕掛け人は、伝説のシェフであるサンジではないかと言いたかった坊やだが、
「とはいっても、この花祭りは開港以来の催しだしな。」
此処へと会した彼らが話題にとしていたのは、町の賑わいのお浚いなんかじゃあなく、明日にも始まる町を上げての催しのことで。勿論のこと観光客もその沿道へと集まる、大通りでのにぎやかなお祭り。町の歴史や最も集荷されることで特産品となったものをモチーフにしたり、今時はやりのあれやこれやに扮したり。ちょっとした寸劇の実演を交えた動く舞台、造花やイルミネーションで飾った“フロート”が、幾つも幾つも連なっての大通りでの行列をご披露する“花祭り”。財を成した人々が住まいを構え、近年には瀟洒なホテルが居並ぶよにもなった、山の手側の広場で開幕式が執り行われ、一番古くて一番広い幹線道路を港へ向けて降りてゆく、この頃ではワールドニュースでも取り上げられることがあるほどの、なかなかに華やかなパレードであり。
「ワールドニュース云々ってのは、
どっかの商社の てこ入れがあってのもんだろうがな。」
ほんの何日か前までは全くの全然関心なんてなかったくせに、今日はまた妙に詳しいことを口にする男が、テーブルに広げた器具らしきあれやこれやを点検しているのを、
「………。」
それもまた面白くないと言わんばかり。下唇を突き出すようにして膨れつつ、カウンター席からの肩越し、眺めやっている坊やはルフィといって。この港町で生まれ育った腕白盛りの高校生。まとまりの悪い黒髪を、さして構わぬままにしていて、大きなドングリ眸が絶妙のバランスにて収まった童顔と相俟って、どうかすると中学生にも十分見えよう幼い外見。しかも、屈託のない笑顔を惜しみなく振りまく、どこかおおらかな坊やなもんだから、これで学校じゃあ、男女の別なく なかなかの人気者でもあるらしい。お勉強よりも体を動かすことのほうが好きで、とはいえ、そこは今時の子だからか、PCの操作や活用にも長けており。古ぼけてはいるが丁寧に磨かれたカウンターに広げられたブックノートには、話題に上っていたところの花祭りのサイトが開かれている。昨年のフロートを撮ったものだろ、町のあちこちの景観やら港を見下ろす丘の上からの眺望と共に、笑顔で様々な扮装を楽しんでいる人たちの写真がコラージュされており、今年開催されるパレードへの、協賛企業や参加グループ、出発の日時や何やという詳細も、リンク先のページにこまごまと紹介されているらしい。
「昔っからこの日はどういう訳だか晴れるそうでな。」
「あ、それ知ってる。特異日っていうんだよな。」
かの東京オリンピックの開会式が催された日だからと、後に“体育の日”と呼ばれた国民の祝日の十月十日は、そりゃあもうもう晴れてばかりの、不思議な特異日の代表だそうで。何せ開会式からして、前日までざざ降りだったのが一転してカラッと晴れたのだとか。それを指して奇跡と言われてもいるほどの“晴れの特異日”だったのに、何でまた“何とかマンデー”とかいうので不確定な日にしちゃったんでしょうかねぇ。
「ちなみに、敬老の日も晴れの日が多かったらしいのに、
やはり連休目当ての何とかマンデーで移動する祝日になったそうだがな。」
実際、どうなんでしょね。連休にした方が行楽には当てやすいってのは道理ですが、せっかくの当日が雨では予定もおじゃんになりやすいでしょうにね。家族孝行とかアウトドア好きばかりでもないから、連休になる方が…と、支持は高いのでしょうかね。なんてな、日本のカレンダーの話はともかく。
「明日も、その例に漏れずのいい天気になりそうだって話じゃないか。」
大いに助かると笑って見せて、すっかり機嫌がいいらしいお兄さんへ、
「…曇ってた方が顔とか見られずに済むし、
逃げるときにも物陰に紛れ込めて楽なんじゃねぇの?」
晴れたって全然よくないと不満をぶち上げるルフィなのは、彼がそのお祭りで目論んでいることが、彼にとっては生業ながら…それでも、あんまり衆目の集まる場で披露することじゃあないという点を案じているがため。
―― だって彼は、この町じゃあ名うての怪盗だったりするから。
顔が割れたら速攻で捕まるじゃんか。指紋だ何だの証拠は山ほど、警察も押さえてるってのによ。無造作に大胆に振る舞っておれたのも、どこの誰かが判らなかったからのこと。取っ捕まったが最後、これまでの罪も全部暴かれて、とんでもない刑罰が降りかかってくるのは間違いない。だってのに、
「平気だって。祭りのアトラクションの一部くらいにしか思われねぇよ。」
「だってさ…っ。」
あくまでも呑気そうにしているところが、他の場、他の事態へのそれへなら、いっそ頼もしいとか思えもしたろうが、
“ゾロの馬鹿ヤロ。”
今回ばかりは勝手が違う。そこのところがどうして判らないのかなと、いつも通りに準備に余念のない師匠が、どうにも苛立たしくってしょうがないルフィだったりするのである。
◇◇◇
まだ学生のルフィが、名だたる怪盗であるゾロの追っかけを始めたのは、その鮮やかな所業の数々に惚れたから。あくまでも金満家や富豪の大金庫を狙い、自慢の宝石やら工芸品やらを盗み出し、ついでに…脱税の隠し金なんぞを鷲掴みにし、目眩ましのための木の葉よろしく町中にばら蒔いてったり、はたまた、官僚や政治家との癒着や、大企業の不正の証拠となろう、帳簿や書類まで持ち出してしまうので。ともすれば義賊のような扱いをされてもおり、熱狂的なマニアも多数。どんな艱難が相手でも、叩き壊すとかいう力づくは最後の手段で、まずは身軽に取っつき侵入しての、あくまでもスマートに片付けてしまう。銃や火気は使わず、その身ひとつで対処し、どうしてもという時に持ち出すのが、刃渡りの長い、日本刀のような一振りの刃物。どうやらベルトへ仕込んだ特殊鋼のものらしく、大昔の武士や侍みたいだということから、ついたあだ名が“大剣豪”。
「…。」
そういったお手並みの見事さもそうだけど、そもそも彼が請け負う仕事は“奪い返し”が主。理不尽な手管で奪われたお宝と、それを持ってかれたことで踏みにじられた尊厳を返してもらう復讐のため、ブツそのものは依頼人が割れてしまうのでと盗らない場合もあるけれど、そういう時はさんざん恥をかかせるような、引っ掻き回しを請け負うその痛快な気心とか、義憤に動ける心意気が好きで好きでのそれで。とんでもなく小さい頃にちょっとした縁があっての、追っかけ回したその揚げ句に、弟子というかアシスタントというか、そんなポジションを得たのであり。
“だってのによ。”
今回の仕事は、何だかいつものとは毛色が違うような気がしてならない。確かに、本来の持ち主からの取り返してほしいという依頼で、表立って取り戻せない品だというから頼まれたようなもの。そういう拠んどころのない事情も、いつもの段取りでつなぎをつけて来た依頼人の素性にも、これといって引っ掛かるものはないのだが、
“それって、さぁ…。”
ルフィが一番引っ掛かっていることへ、だってのに引き受けた本人は全然気に留めてもない様子なのも、何だか無性に気に障る。だって、
「今回の依頼って、これまでみたいに
手掛けたゾロが“良くやった”って喝采浴びることじゃあないかも。
それで、落ち着かないんでしょ?」
「…っ。」
不意に声を掛けられて、ハッとしてお顔を上げたルフィのいたテーブルへ、お邪魔するねと椅子を引いて腰掛けたのは。街路沿いのカフェテラスに座を占める様が何とも絵になる、セミタイトな型のミニスカートにタンクトップとボレロを重ね着たという、いかにもな初夏の装いも若々しい、
「ナミ…。」
「何よ、シケた顔。」
日頃からもサンジの店“バラティエ”によく顔を出す常連にして、実は…裏の世界の情報屋。殊に、非合法な仕事への依頼を一手に引き受け、それぞれが巧妙に素性を隠している一流どころへの、連絡の“つなぎ”も請け負うことで生計を立てているというから、見た目のキュートさに誤魔化されてはいけない、奥の深い女性。ルフィとも本来ならば…サンジはともかくゾロの関係者だということから、仕事での関わりしか持たない主義を通すべきなのだろうけど、まだ高校姓という幼さがついつい気になるらしくって。仕事には水をも漏らさぬ周到さを発揮するくせに、他じゃあどっか抜けてる大雑把なゾロや、裏の世界の常套はよくよく知っているのだろうに、それは無造作に弟を出入りさせ、その結果…後悔しまくってた、やっぱり迂闊なサンジでは頼りにならぬと思うのか、悩めるお顔を見とがめちゃあ、こんな風に話相手になってもくれて。
「泥棒は泥棒。法を犯しての力技で他人のものをぶん捕って来るんだから、どんな事情があっても褒められた生業じゃあない。それは最初から判ってたことでしょうに。」
殊更低めはしなかったが、それでも周囲へは広がらない声音にて。ルフィへだけ届くようにと口にした彼女の言いようへ、
「…。」
ルフィはむむうと口許を歪めた。何たって、話を持って来たのはやはりナミだったので、事情背景の全ては彼女も知っているはず。そして、
『今度ばかりは英雄扱いされねぇじゃんか。』
ルフィがそんな言いようをして、請け負うのは辞めようよと止めたその場にも居合わせただけに。多くを言わぬままながら、坊やを諌めて下さっているのだろうけれど。
「だってよ…。」
「まあ…ゾロはあんたにとっちゃあ“英雄”だから?
ダーティーな評判が立つのがヤだってのは判らんでもないけれど。」
「違げぇもん。」
「はい?」
「ダーティーな評判ってのは別にかまわない。
正義の味方じゃあないのも判ってる。」
「こらこら。」
「ただ、何てのか…。」
うまく言えないのがもどかしいけど あのな?と。頭の裏側がでんぐり返りをしていそうな、そんなうにむにを“う〜〜〜ん”っと、髪の毛越しに両の手で掻き回しつつ、
「きっとこうなるんだろなって、その時の構図がサ。
ブーイングの嵐になりそうなのが、どうにも胸糞悪いってだけだ。」
「…それって、物凄く判りにくいんですけど。」
まったくだ。(苦笑)
◇◇◇
悩める青少年が、中身くしゃくしゃになりかかってるオツムを抱え、ヤダなヤダよぉと心痛めているのも知らず。当の怪盗さんはといえば、
『今回は単純な仕事だからサポートも要らね。』
人の気も知らないで、そんな安請け合いな言いようを残して、身支度を整えるとそのまま出掛けて行ってしまい。こっそり後を尾けようにも、真っ昼間ではこっちの分が悪すぎて、あっと言う間に人込みの中に紛れられての見失ってしまったほど。せめて夜中なら、こっちもいつぞやに駆使した、鉤づめワイヤーを使っての空中散歩もどきで飛び上がっての追っかけも出来たが、こうまで人の目があってはそんな無謀なぞ出来やせぬ。
“発信機も外してやがるし〜〜〜。”
靴底へこっそり仕込んだ虫ピンみたいな小ささの発信機も、PCで追跡開始とばかりナビゲイト画面を呼び出してみりゃあ…地図の中でルフィの足元を示すばかりなところをみると、しっかり感づかれての外されていたらしく。
“う〜〜〜。”
もう知らん、俺は関係ないんだ、勝手に悪党にされりゃあいいさと。思いつく限りの悪態をつく端から…同時進行で落ち着けなくてのソワソワが、胸元をぎゅぎゅうっと掴んで苦しいばかり。あがり性なんかじゃないのにサ、何より、自分が何かするって訳でもないのにサ。心臓が、胃が、ぐいぐいと喉の奥にまで迫り上がって来そうな勢いで、なんとも落ち着けないったら。町なかには居ない方がと思いながらも、でも気になって。結局は、フロートの通る街路に出ているルフィであり。
【 次のフロートは、○○会有志の皆様です♪】
【 フロート前のダンスチームへ、盛大な拍手をvv】
数時間前に開幕イベントが催された今年の花祭りは、先頭に子供らのブラスバンドをおっ立てて、ゆるりゆるりとその行進を始めていて。観光客や見物の人々が、警備員が設置した柵に鈴なりとなっての押し合いへし合いしながら、通りをゆくパレードに歓声を上げている。人気のアニメの着ぐるみが愛想を振り撒き、そうかと思や、市議会議員のお歴々が野暮ったい背広姿で手を振ってたり、お菓子メーカーが新製品を詰めた袋を舗道へ向けてばらまくかと思や、商店街のサンバチームのマドンナが、肌もあらわな衣装で腰やら尻やら振って舞うのへ、男衆が鼻の下を延ばしたり。沿道の店屋の二階や三階の窓からは、紙吹雪が振り撒かれ、軽快な音楽と歓声とが微妙な和音で入り混じって、今のところは心地いい賑やかさ。フロートとフロートの間をゆく、路上パフォーマンス風のダンサーらの一団が、音楽の節目にぱぱーんっとクラッカーを鳴らしたのへは、警備陣が少々緊張しかかったものの。届けは出ていたらしく、捕り方が飛び出すほどの騒ぎにはならない。華やか賑やかなパレードは、そのうち取り巻きの数も膨大な一番の花形が通る番となり、
【 本年度のミス・フラワーが登場しますvv どうか盛大な拍手をvv】
昨日の前夜祭にてコンテストが行われ、そこで選ばれた“花祭りの女王”が乗ったフロートが、しずしずと…テレビ中継のメインカメラを据えられた本部前を通過する。今年はワールドニュース規模の取材は入っていないがその代わり、近隣の市や町のケーブルテレビ局が協賛していて、実況の映像が生放送で各地の公共施設や何やのワイドビジョンへと流されるのだとか。それへの関係者、クルーたちがカメラだのガンマイクだのを振り向けて、臨場感あふれる画面をと構えていた本部前にて、
『姉に恥をかかせた主催者の一人に泡を吹かせたいから、
中継の只中で奪ってほしいの。』
通りの上空には、車道の両側に設置された街灯を使っての、万国旗やモール飾り、電飾などが張り渡されてもいて。フロートの移動についてゆく格好の、移動カメラ用のケーブルも何本か混ざっている。その中の太いのが一本、不意にぷつりと切れて落ちたから…
「…っ!」
「きゃあっ!」
「何なに? 電線なの?」
「感電しちゃうっ!」
そこへと差しかかりかけていた女王のフロートが、悲鳴の上がる只中で急停車したのは言うまでもない。奇抜な衣装に身を固め、周囲を取り巻いていた学生ダンサーたちは、蜘蛛の子を散らすように群衆の中へ散り散りに逃げ去って。警察のブラスバンド隊は楽器を手に手に呆然自失。警備の担当は部署が違うからで、その当事者とも言えよう警備班の面々は、逆にフロートへと駆け寄ると、周囲への注意を振り向けながら、問題の電線へ誰も近づけぬようにと即席の人垣を設けてしまう手際のよさよ。直前まで気品ある微笑みを振り撒いていた女王は、つややかなサテンのドレスに身を包み、ビロウドにファーの縁取りがある、裾長の深紅のガウンをまとっていて。何事かと準ミス二人が左右から寄り添ったこともあってフロートの中央から身動きが取れず、ただただ立ち尽くすしかなかったようで。後のインタビューでは、
『自慢の空手の型をご披露出来なかったのが残念です』
などと、微妙にとんちんかんにも勇ましいことを仰せだった。(笑) それはともかく。
「何事だっ!」
「電線が切れたんですよっ。」
「だから、どこへの配電線だ?」
そう、電流が通っていてこその電線であり、それが無造作に落ちて来たから、だから危ないと大騒ぎになったのだろうにね。
「どこか何か停電してるか?」
「…あれ?」
「中継や連絡用のブースに異常はありませんが。」
「信号機も…点灯出来ますよ?」
「両側の建物にも異状は無いそうです。」
続々と集まる“異状なし”情報に、あれれぇと、このブロックの警備班チーフが首を傾げたその視野の中、
―― 何かの陰が、羽ばたくように閃いて。
そりゃあいいお天気だったから、鳥が飛び交えばその影が黒々と落ちて、人々の頭上をなめるように横切りもしていた。ただ、今度の影はそんな小さなものじゃあなくて。何だどこだと皆が見回したその視線が、次々に上がって…頭上へと集まる。どこから飛び降りて来たものか、遊園地によくある、高く上がって大きく旋回するブランコ遊具みたいに、遠心力によって斜めにピンと張ったワイヤーの先に掴まってのひゅんっと。何かが勢いよく、こちらへと滑空して来るところであり。あんな感じの蜘蛛の超人がいたようなと思い出す間もあらばこそ、細いワイヤーにその身を預けた黒づくめの誰かさん。目出し帽ほど趣味の悪いそれではなかったが、黒のニット帽に口許はシャツの襟を延ばして覆っていて、見た目は大して変わらぬ成りにて。カラスの悪戯よろしくも、通過点のさなかにいた今年の花祭りの女王の頭上から、金色に煌くティアラをば、それは見事に掻っ攫ってしまったのだ。
「え?」
「あれ?」
「ちょっと待って、今のって…。」
落ちないようにとピンで留めてりゃ少しは抵抗にもなったろに、そんな配慮はされてはおらずで、何かのコントみたいな鮮やかさで、あっと言う間に攫われてしまった…黄金のティアラ。しかもしかも、
「今のって、もしかして怪盗“大剣豪”じゃなかったか?」
雑踏の中から、誰かがそんなことを言い出す声がした。
―― 馬鹿、お前何を言い出すんだよ。
だってよ、俺、ほらいつかの大追跡の中継見てたしよ。
ああ俺も俺も。
俺も見てた。
あのときの背格好に似てなかったか?
そ〜か〜?
不穏なざわめきが観客の間に広がり始める。だって“大剣豪”は義賊だぜ? そうだよ、金持ちのお宝を奪ってくなら判るが、何で祭りの女王から? か弱い女からむしり取るなんて訝(おか)しいよ。でも現に。いやいや待て待て…と。たった今 目撃した情景と、こんなことが出来そうな存在と。でもだが、そいつはこんなことをする奴だろか? 皆の楽しみを奪うのは、らしい所業じゃあないと思うが。俄な探偵や批評家があちこちで、さっそくにもあーだこーだと物議を醸し始めてしまい、パレードの賑わいは一気にしぼんでどこか不穏なざわめきに満たされかかっていたものの、
「…え?」
「あれ、見て見て。」
そんな中。問題の、花祭りの女王の乗ったフロートが、厳かにもしずしずと再び動き始めたではないか。オープンカー形式で、ステージ状の舞台の前方に小さな運転席がついているというタイプのそれであり。操作していた運転手もまた、騒動の喧噪に紛れて姿を消しているのも関わらず、車体がゆるやかに進み始めており、そんな不思議現象へと皆が注目することで、微妙な沈黙が生まれてのそれから。
「…あれって何?」
「くす玉、かな?」
街灯の間へ吊り下げられた小さなくす玉が、観衆の注目の的となった。通りを横断してのまたぐような格好で、張り渡されてたケーブルがあり。その真ん中へ ちょ〜〜〜んっとぶら下がっていたのが、ドッジボール、いやさバスケットボールくらいの大きさの、金色の丸ぁるい張り子の玉で。いかにも此処で割れますといいたげに、真ん中に継ぎ目が見えてもいて、それの真下へとフロートが差しかかったその瞬間。
―― ぱかり、音もなく真っ二つに割れたその中から、
何かがどさりと降って来て。
「きゃっ!」
丁度真下だった女王が再び身をすくめ。そんな彼女へぶつかりそうになったのを、準ミスの一人が受け止める。みかん色の髪をした、コンパクトグラマラスな肢体のお嬢さんは、それを手の中に見るなり、
「ええぇええぇぇっっっ!!!」
何とも言いがたい素っ頓狂なお声を上げてから、それを高々と掲げて見せて。
「こ、これって、ティアラじゃないの?」
「え?」
ほらと差し出されたは、さっきまで女王が頭に乗せていたのと同じ冠。繊細な細工の金の下地に宝石が幾つもはめ込まれた、紛うことなき歴代女王の頭上に輝いて来たそれではないか。
「で、でも…。」
このフロートが出発したそのときからのずっと、彼女の頭に乗ってたほうは、さっき妙な蜘蛛男に持ってかれたばかり。こんなすぐさま返してもらえるような間合いじゃあないし、ああまで大胆な奪い方をしておいて、なのに何でそんなことをするものか。
「あー、ちょっと失礼。」
なんだこりゃと、困惑で空気が固まってた場へと、もしもしと掛かったお声がまたもあり。そちらを見やれば…おお、此処ってば、街で一番大きな宝石店の前じゃあありませんか。声をかけたのは、ふくよかな体型をぽよんと揺らしたオーナーさんで、
「何でしたら、ウチの鑑定士に見てもらいませんか。」
何せそのティアラは、ウチの先々代が注文を受けて丹精したもの。どんな石が使われてるか、土台のデザインはと、隅から隅まで鑑定士やデザイナーへ代々伝えられてるくらいです。
「よって、偽物か本物か、すぐさま判るというもの。」
主催の一人でもある以上、こんな騒ぎでお宝を失っては面目も丸つぶれとあって、ふんと鼻息も荒く申し出たのであるらしく、
「じゃあ、見てもらいましょうよ。」
誰が言うよりいち早く、問題の冠を持っていた準ミス嬢が、はいと気安く差し出して。片メガネをはめた職人さんが、あちこちから厳かに、まじまじと眺め回してのいわく、
「ああ、何だ。本物ですよ、これ。」
まるで偽物じゃあないのが、残念とでも言いたいか。放り出すような言い方をしたものだから。却って信憑性が増したというか、
「な〜んだ。」
胸をなでおろす人がいれば、
「凄げぇ凄げぇ。」
妙に興奮する人もいる。
「何が凄いって?」
「だってよ、だったら今のって、空中滑空つきのイリュージョンだった訳じゃんかよ。」
ひゅーんって飛んで来て、掠め取ったと見せといて、実は本物はこっちですって。じゃじゃ〜んって感じ? 身振り手振りでそんな説明をする、フロートについてたストリートダンサーさんの言い分へ、周囲の若いのがホントだ凄いと同意するのに、さしたる時間は要らなくて。
「凄っげぇ。」
「今年のパレード、サイコーっ。」
「ナレーションつけときゃもっと良かったっ。」
「それは言えてるっ。」
何だかよく判らないけれど、盛り上がるときゃ盛り上がれと言うことか。シンとしていたのが一転、ど〜んっと弾けて後はただただ歓声の坩堝(るつぼ)。さっきのあれ、新人パフォーマーか? そいや誰かが“大剣豪”じゃねとか言ってなかったか? ないない、それはないってよ。やはり好き勝手な言いようを口々に並べる観衆たちであり、
「…何なんだよ、これ。」
大歓声に沸く中、それぞれどういう理由からか…呆然としてしまう顔触れが幾つかあって。殊に、ブーイングの嵐になることを恐れてたルフィの小さな肩を、とんとんと叩いた人がある。惚けたまんまで振り返れば、
「よお、どした。腑抜けた顔してよ。」
「あ…。」
ついさっき、蜘蛛の超人もかくやという瞬発力で宙を駆けてった誰かさん。自分のその強靭屈強に鍛えぬいた体を、遠心力もかかっての凄まじい力が要ったろに、双腕だけで支え切っての、豪快極まりない空中遊泳を演じたたくましい体躯へと、
「…っ、こんのバカやろがっ!」
「わわっ! こら、痛いって。」
なんでそうポカポカ叩くかね。知らねぇょっ。
◇◇◇
舞台は場末の安ホテルのロビー。チェックアウトの時間じゃなかろうに、無人のロビーを急ぐ人影があり、
「どこへ行くのかな、お嬢さん。」
「…っ。」
明かりを落とされたフロアのどこかから、不意をついて掛けられた声へ、ぎくりと…先の尖ったエナメルのハイヒールの足元が止まったのへと、
「せっかくのお宝を受け取ってもらわないとねぇ。」
「な、何のお話?」
「それでなくとも。
準ミスもまた、色々とPR活動に駆り出されて忙しくなるはずって話なのにサ。」
「何の話だか、わたしには…。」
空とぼけようとするお嬢さんだったが、
「いやいや、人違いなんかじゃあない。化粧で雰囲気を変えてるが、あんただよ、女王が逃げ出せないように最初にしがみついて押さえてたのはな。」
そうといって彼女をついと指さしたのは、頑丈そうな体つきの影で。それへと続いた別の声がして。
「あんたを含めて、
フロートからいち早く逃げ出して、車を動けなくしてくれた運転手さんといい、
野次馬の中の一際声の通る“さくら”といい。
色々と賑やかしのお膳立てまで添えてくれたようだけど。」
すらすらと並べ立てられたあれこれには、
「〜〜〜っ。」
まだまだお若い娘さんとしては、息を飲むしかなかったらしい。
床へ頽れ落ちたところを更に責め立ててな、それっぽちの小細工で俺らをハメようだなんてねぇ、器と年期が違うぜと詰め寄って、
「結果として失敗に終わった仕儀、誰が黒幕なのかをキリキリと白状していただいたってワケ。」
「なんだ。そこまではさすがに掴めてなかったんだ。」
「しゃあねえだろが。市議や主催主幹の中に怪しい動きがあるなんて言って来た市長様だって、実は土壇場で寝返っただけって身かも知れんのだしよ。」
花祭りの興奮覚めやらぬ街は、あちこちで街灯屋台も出ての賑わい。それでとこっちは臨時休業、看板を下ろした店内には、今年のパレードを引っ掻き回した面々が別な意味での“祝杯”を上げている。ソロやサンジ、ナミといった、実行犯ならぬ“実行班”だった大人たちから今やっと全容とやらを聞かされたルフィも、最初こそ不貞ていたが…あまりに痛快と笑う皆に釣られてしまい、今じゃあにっぱしと一番の笑顔。
「依頼があったのは、母上の形見のイヤリングをつけたままで返してしまったっていうティアラ。何代か前の女王だったお姉さんがうっかりつけちまったらしく、イヤリングを返してくれって言っても取り合ってくれなんだとかでな。手元まで戻してくれなくてもいい、だってそんなしたらば自分や家族に疑いがかかる。そこまでの殊勝な言いようは、こっちを信じさせるのに効果的になると思ってたらしいけど。」
問題の冠の写真を、こっちこそ魅惑のブローチたちのような、色とりどりのオードブルが並んだテーブルの上へとすべらせて、
「こういう公共の財産ってのはな、それも宝石や金銀を豪勢に使ってりゃあ、持ち出すたんびに細密に調べて、使用前使用後のチェックってのをするもんなんだ。」
「あった宝石がないのと同様、妙な石が増えてりゃあ、こりゃおかしいって気づくし、問題にもなる。こんなデザインじゃなかったって、意匠を担当した筋から怒鳴り込まれかねねぇからな。」
「あと、管理への不審も招くから、どっちにしたってそのままじゃあおかれねぇ。」
今にも逃げ出さんとしていたらしい彼女は、こういった理詰めの追及にうっと言葉に詰まって視線を泳がせて見せたそうで、
「あの後にくす玉から出た方のは、メンテナンスを担当していた管理課のお偉いさんの自宅に忘れてあったのを届けてやったもんだから、それこそ“本物”に間違いもないってもんで。」
くつくつと笑った怪盗さんが、夜陰に紛れてこっそりと回収して来たに違いなく。
「まあ役者はともかく、
企みの全容は、
あのおっさんとあのレディの頭から出たってだけじゃあなかろうけどな。」
何とはなくの予想は、実をいうと話を持って来られたときから既についていた。代々の女王がその頭へ掲げて来たティアラにそんな不備なぞあろうはずもなく、それでも一応は調べてみたところ、本体が丸々と偽物で。
「そもそもは、持ち出して金に換えようって企みがあったのが発端らしくてな。」
何せ年に一回しか使わないもんだ、持ち出す機会ならたんとあったんで模造品もたやすく作れたらしかったが、ただ“無くなりました”だの“すり替えられてました”では理屈が通らん。
「そこで、
世間を騒がしてる怪盗が持っていきましたってことにすりゃあ、
何と保険まで入るって寸法だと、悪知恵出したのがいたらしくて。」
つなぎ役のナミへの接近まで漕ぎつけられたあたり、そっちの筋への顔も利く手合いが一枚咬んでるのは間違いなくて。まま、そんなのは政財界じゃ珍しいことではないけれどと、大人の面々が肩をすくめて見せた後、
「くす玉と無人フロートの仕掛けはウソップの細工。
それで、こっちが仕立てた第2幕の始まりって運びになった訳でサ。」
今頃、関係筋の面々は、反省会だか、それとも逃げ出す準備だかにおおわらわに違いないと。日頃偉そうにしているクチの何人かを想定し、笑い飛ばしてるウソップやナミではあったけど。
「ホントに心配してたんだからな。」
「ああ、気づいてた。」
恨めしそうに囁いたルフィへ、怪盗さんが肩をすくめる。気づいてたってのは何だそれと、小声で噛みつく坊やへと、
「だから。今回の段取り全部を話したら、お前がティアラを攫ってく役をしたいとか言い出すんじゃないかってな。」
「うう…。////////」
おっとと。それは否めなかったか、言葉に詰まって縮こまった細っこい肩を宥めるように、小さな背中、ポンポンと叩いてやって、
「話してやんねぇと、仲間外れのなんのってゴネねぇかって話も出たが。」
「…判った。どうせサンジが止めたんだろ。」
皆まで言わさず、いつだってそうなんだからなと、やっぱり不服げに唇尖らせる小さな王子様へ、
“…いや、今回は俺が反対したんだが。”
まま、納得してるんなら、ま・いっかと。バレたらこうまで機嫌が悪くなるのを見てのこと、黙んまりを通そうと決め込んだ怪盗さんであり。………案外と調子良かったりするみたいです、天下の大怪盗。(笑)
“うーるせぃよ。”
〜Fine〜 08.6.19.
*カウンター 281,000hit リクエスト
ひゃっくり様 『怪盗ゾロ設定で何か』
*お待たせ致しました、やっと出来ました〜vv
いやもう、
怪盗シリーズなんて久し振りにも程があったんで、(日本語が変)
まずはと書き手からしてお浚いの必要がありまして。
昔は凛々しかった…というか、骨太で頼もしかったのに、
ゾロさんてば、どんどん絆(ほだ)されてませんか?(くすすvv)
ルフィが殊の外 甘えっ子なのにも自分でビックリで、
でもまあ、ウチじゃあ年少組のルフィだからしょうがないですかね。
種明かしが説明の羅列っぽいのが相変わらずに気掛かりで、
少しでも楽しんでいただけてれば幸いです。

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