月夜見

   “秋のお楽しみは”  〜月夜に躍る・][
 


 コンテナが積み替えられるだけだった、生粋の、生え抜きの商業港だったものが、この近年急にめきめきと観光地と化した小さな港町の一角に、その観光化へ大きく貢献した、小さなグリルがある。バラティエという名前の小じんまりした洋食屋で、煤けたレンガの壁にスモークのかかったブロンズガラスのドアという、大した装飾もないままの、あんまり冴えない店構え。それに相応な…というべきか、港湾労働者が贔屓にしていた単なる食堂、寝る前にちょいとご褒美レベルの名のある酒をちみりと飲める店という程度のそれだったのが。何年前からのことだろか、カウンターの向こうに、バーテンだかボーイだか やたら若いのが立っているようになった。どこの売れ残りか ばっさばさなパンを焼いたトーストやホットドッグ、やはり売れ残りらしいクズ肉を使ったシチューもどきがせいぜいのメニューだったのが、ちょいと見栄えのいいカツレツだの仔牛のグリルだのも出すようになり、それがまたとんでもなく美味いと評判になった。お高くとまった出しようをするわけじゃあない。これまでの油っぽいばっかりなシチューと同じ器で、コク深いデミグラスソースの味わいの中にとろけそうなタンを煮込んだビーフシチューが出て来たり、水がなければ飲み込めぬサンドイッチが載ってた同じ皿で、さくり・かりかりとした衣の下から瑞々しい白身魚やエビのフライが現れる、ミックスフライ タルタルソース添えが出されたり。あまりに驚いた常連たちは、だが、当初はその驚きを静かに引っ込め、自分たちだけで独占したがったらしいものの、古来より言われている通り、人の口に戸は立てられぬ。羽振りのいい航海士やら船長クラスの方々から“何か美味しいものはないか”と問われたのへ、礼金目当てや点数稼ぎに紹介する者が続出し、それがため店の名がそういった階層の方々の間へも広まったのもあっと言う間。とんでもない穴場だという噂が世界中に広まり、こんな貨物港には場違いな階層の客人を招き寄せ、それへ合わせてのこと、町のほうがすっかりと華やいだそれへ模様替えしてしまった…と、この説明を持ち出すのも久々ですねの、はい、あの皆さんのお話です。



        ◇



 といっても。だったらということでご登場する…精悍屈強なその身ひとつでどんなものでも盗んでみせます、大剣豪との異名を持つ緑頭の怪盗さんが活躍するのかというと、何だかそうでもなさそな気配。

 「………。」

 最初にご紹介遊ばした、このお話の舞台になることの多かりしな たまり場、グリル“バラティエ”のフロアではあるものの、臨時休業の札を下げててお客様は不在な中、シンと静まり返っているばかりで…何だか様子がおかしいみたいな。

 “まあ、おかしいのは今に始まったことじゃあないんだけれど。”

 ちゃんとした理由があっての休みなら、それこそ誰が来ようと店は開けまい。たまたま予約がなかったとはいえ、ここをこそ目指して来る女性客らががっかりと引き返すのが、ブロンズガラスの向こうに何度も何度も見えており。そんな様を目にして、このうら若きオーナーシェフ殿が、いそいそと休業のプレートを引っ繰り返しに行かないなんて、意外にもほどがあること。それを思えば、なんてまあ異様な事態だろうかと。そんな順番で何か変よねと怪訝そうにしているのは、この店の常連中の常連であるのみならず、裏の世界の様々なコネクションへの連絡役もこなしておいでの、ナミという女傑様。べちょりとした色香はないが、要領のいい世渡りが上手な、所謂“小悪魔”っぽい雰囲気たたえた、闊達そうな美女であり。勝手知ったる裏口から入って来はしたものの、

 『
ナミさん、いらっしゃい!』

 その顔を見りゃあたちまち相好崩したはずのサンジが、何の反応もないままに、

 「……。」

 じっとじぃっと、カウンターの上を見下ろしているばかり。一体どうしたのかとその視線を追ってみやれば、そこには小さなケーキ皿があり、ちょこりと載せられてあるのが1個のお菓子。チョコレートでコーティングされた表面もつややかな、プチケーキかそれともタルトか。ゴルフボールとテニスボールの中間ほどの大きさの代物で、飾りつけは一切なしの素っ気なさは、このフェミニストでもあるシェフ殿の作にしちゃあ珍しい。

 「そりゃそうだ。あれはルフィが作ったんだ。」
 「あら、あんたもいたの。」

 まあな、どうせ此処で昼飯食うんだろって、あれを運ばされたからなと。カウンターに間近いボックス席からけろりと応じたのは、やっとのご登場、当シリーズの本来の主人公である、怪盗“大剣豪”ことゾロだったりし。

 『なあサンジ、何でここんトコ、おやつがカボチャばっかなんだ?』

 事の初めはといえば、そんな他愛のない一言から。正確には、カボチャ風味のケーキやタルトが続くのはどうしてかと訊いたルフィであり、
『美味しいのが安かったからって、カボチャを買い占めちまったのか?』
 無邪気なご洞察くださったのへ、おいおいとの苦笑交じり、

 『何言ってやがる、今月末はハロウィンだろうが。』
 『はろいん?』

 まあ、ここじゃあ、そういうシーズンですよなんてなデコレーションをするようになったのもこの何年かになってからだがな、と。サンジの側でも、弟のそんな発言へあんまり大仰には驚かない。くどいようだが、昔はただただコンテナが行き来するだけという殺風景な町だったので、そういう行事が歳時記にはあると知ってはいても、特別なお祭り騒ぎをするでなし、各ご家庭でお母さんがカボチャのプディングやパウンドケーキを焼くくらい。むしろ、それへと向けての特別な荷が増えるので忙しくなるという土地柄だったので。ここで育ったルフィにも“秋と言えば”と思い出す行事ではなかったらしい。

『はろいんだと、かぼちゃなんか?』
『ああ。これをくりぬいて顔にしたランタンを並べたりして、
 冥府ってトコからやって来る魔物を追い返すんだって…。
 確か去年も話したような気がすんだがな。』

 ちなみに、ウチのお馴染みさんなら他のお話でも説明したのを覚えておいでかも知れないが、そもそもはその“ジャック・オー・ランタン”っての、ケルトの民が蕪で作っていたそうで。嘘つきなことで評判のジャックという男が、願いをかなえる代わりその魂は地獄へ持ってくぞと持ちかけた悪魔さえ騙しおおせて、死後も地獄へは行かずにすんだ。だが、大嘘つきなので天国にも行けない身。そこでの 永遠の闇の中、小さなランタン灯しつつ、延々と歩き続けねばならなくなったそうで。そこから“悪魔さえ疎むジャック”として顔を彫ったランタンを灯したのを真似たのが始まりであり、やがてカボチャの方が安価で手にはいるようになったので、細工もしやすいしと、こっちで作るのが主流のようになってしまったそうな。昼のランチの部と晩からのグリルの部の端境、ドアには休憩中というプレートを降ろした無人の店内で。痩躯へまとわせたワイシャツの袖、凛々しくもまくった姿で下ごしらえにかかってた、ルフィにはお馴染みな戦闘用の格好をした兄貴のそんな説明のお言葉へ。頬張っていたケーキも忘れて聞き入ってたものが、

 『じゃあ、今年は俺がサンジへ何か作るっ!』
 『はい?』

 だってよ、何かあるごとに いつもいつも俺にはケーキとか作ってくれてたじゃんか。母ちゃんいなくても寂しくないようにって。

 『だけど、そんなサンジには誰も作ってくれなかったんじゃんか。』
 『あ、えと…。』

 いやあのな。お前へって作ることが、俺へもお楽しみになってたんだがと。そうそう、そういえばよかったと気がついたのは後になってから。決まったよーし頑張るぞと、意気揚々、手近にあった料理本を開き始めた弟へ、ありゃりゃ、何だか妙な雲行きになっちまったなぁと、苦笑をこぼしたのが一昨日のことで。

 「……それで。あれがその成果というか贈り物なのね?」
 「らしいぜ。」

 ったくよ、人んチのキッチンを粉まるけにしてくれて、一昨日からこっち湯さえ沸かせなくて往生したぜ、と目許を眇めたは、これまたくどいようだが このお話の本来の主役である剣豪殿であり。おやまあ、相変わらず仲のいいことでとの苦笑をこぼしたナミさんが、
「あのアパートで作ったんなら、あんたもご相伴に…。」
「預かってねぇよ。」
 ますますのこと不機嫌そうに目許を眇めたゾロだったりし。きっと、

 『ゾロは甘いの苦手なんだろ? じゃあ味見させても意味ねぇな』

 とか、いなすようなことを言われたんだよ? 目の前で2日も一生懸命に打ち込んでたその成果だってのに。

 “うっせぇなっ!”

 おお怖い。
(笑) どうやら図星であった模様です。(大笑) そしてそして、そんな二人のお仲間が見やる先では、きっと不味いかもと警戒してんだぜ、いやいやそんなことはなかろう、大方食べてしまうのが勿体ないと思っているのよ。でも、ルフィにすりゃあ美味かったかどうかを聞きたいに違いない。そろそろガッコから帰って来るころだし、タイムリミットはもうあんまりないんじゃあ?

 “ううう〜〜〜〜。”

 勝手な言いようを聞こえよがしに囁き合ってる外野のお声にも急かされつつ、弟至上な至高のシェフ殿、人生最大の逡巡に、汗まで流して困惑中でございます。




   〜Fine〜  09.10.25.


  *罪作りな坊やが作ったのは、
   キャラメル風味のガナッシュが入った、
   プチケーキ・ア・ラ・ショコラでした。
   お初にしちゃあ、スポンジもふんわりとしていて、
   なかなか美味しかったそうですよ?
   朝 観ていた園芸番組で
   “チョコレート・コスモス”というのを特集していたのと、
   昨日とってもとっても嬉しいメールをいただいたので、
   ありがとうございました、頑張りますのお礼を込めて。

  *ところでこの時期というと、日本では来月に“七五三”がありますね。
   あれって呉服屋さんが広めたようなものだってこと、御存知ですか?
   昔は子供の死亡率が高かったのでと、
   “7つまでは神のうち”なんて言って、
   無事な生存は神様のみぞ知るとされていて。
   それが3つまで、5つまで7つまで無事に育ちましたとのお祝いは、
   各地のどこにでもたんとあった。
   三つになったお祝いは、それまで剃ってた坊主頭を伸ばし始めること、
   五つになると、男の子は袴を履き、
   七つになると、女の子は着物を紐で着ていたものが、
   ちゃんとした帯を締めて着るようになる。
   この最後の帯解きは、室町時代からあったもの。
   男女ともに九歳で迎えた儀式だったが、
   それがいつしか、今のような年頃にすることとなっての、
   しかも呉服屋さんが触れ回ったことで統一されたようなものだそうで。
   節分ののり巻きへのかぶりつきといい、
   アキンドの皆様も なかなかやるやるvv

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

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