月夜見

   “春のあけぼの”  〜月夜に躍る・]Z
 


本当なら子供を使ってちゃあ手が後ろへ回るんだが、
俺は困ってる奴を放っておけない性分だから…なんて。
どこか調子のいい言いようをして、
その実、とんでもない駄賃で夜中まで人をこき使う主人の下。
それでも日銭になるには違いないからと、
皿洗いから酒びん・空きびんの出し入れ、
ゴミ出しに掃除と、毎日毎日ふらふらになるほど働いてた時期があった。
早くに親なしになっちまった兄弟二人、
誰ぞの世話になるったって、港湾労働者中心の下町にはろくな施設もなくて。
それより何より、人の世話になること自体がどうにも落ち着き悪かったんで。
古ぼけたアパートに、塒(ねぐら)だけ、何とか確保して。
少しずつ資金をためて、屋台でもいいから自分らで稼げる身になろうと、
その後、本当に親身になってくれた師匠に出会うまでの何年か、
ただただしゃにむに働いて働いて。
一人で留守番させられる弟が、いつも寂しそうにしていたけれど、
パンケーキやサンドイッチを作りおき、
ちっとの間の我慢だぞと言い聞かせると、
泣かないもんとの我慢からか、
口許力ませて“うん”と頷く様子が何とも健気で。
それが活力をくれたもんだった。

 ―― とはいえ

風が強い日や雨の晩だけは、
さすがに夜の暗さが怖いのか、
来るなと言ってあった店へまで、
迎えと称して夜道をやって来ることが何度かあって。
途中に乱暴な運転をする奴が抜け道にしている路地とかあるんで、
来んなと何度も言ったんだけれど。

 『兄ちゃvv』

そうそう、昔はそう呼んでたんだ。
今はサンジと呼び捨てだけれど、
昔は回り切らない舌で“兄ちゃ”って。
あれって結構気に入りだったんだがな。
留守番も出来ねぇのかとか、
出来るだけ独立出来るようにと躾けたせいか、
案外早くしっかりした子になりやがってよ。
自分がそう仕向けたのに、何か寂しくなったもんだよな。
出来のいいピザ生地のタネみたいに、
指が埋まるんじゃないかってほどふわふかな頬っぺ、
夜風にさらして真っ赤にしてよ。
冬の冷たい雨ん中とか、
ふうふう吐息を白くしてやって来ちゃあ、
店の裏口からちょこりと顔を覗かせてた。

 『だあ、こら。来ちゃいかんって言っただろうがよ。』
 『でも兄ちゃ。家には何かいるんだ。』
 『あんな狭っ苦しいトコ、誰も来ねぇよ。』
 『いるんだもん。がたんって音がしたもん。』

寒いからか怖かったからか、
小さな肩をブルッてさせるのが、何とも言えず愛らしく。
そんなの見ちゃあ、さすがに絆されもするもんなのか。
なんのなんの、客に里心がついて早々に帰られちまうからだろう。
今日はもういいからって、その日の分の給金くれて、
掃除は明日しなって早いめに帰らせてもらえたもんで。

 『今日はな、あのな、坂の上のお姉ちゃんたちがお菓子くれた。』
 『そうか。でもあんまり懐くなよ?』
 『なんで?』
 『客から子持ちだと誤解されたら気の毒だろうが。』
 『???』

夜目だから何とか若く見えてるお姉さんたちだが、
中には俺らの母親で十分通る人もいたから、
そこいら気ぃつけなと…言っても判らぬ幼子相手。
こっちだってまだ子供だったのに、
そんな機微へと苦笑が洩れたのも懐かしい。

  ―― 勝手に火ぃ使ってなかろうな。
      何でって、お前。火事んなったら危ねぇだろうが。
      電子レンジで温められるもんばかり、
      ちゃんと作ってってやってるんだ。

だから、コンロは触んなって言ってたのによ。
何か甘い匂いがすっぞ?
これは玉子を焼いてる匂いか。
しょうがねぇな、じゃあ手際を教えといてやっからさ。
だが、いいか? 今はまだ目玉焼きだけだぞ?
出し巻きやオムレツは、もっと大きくなったらだ。


  「……って約束したよな。」


ホントに口がもしょもしょ動くほど、妙にリアルな夢だったと。
薄暗い室内を見回しながら気がついた。
古ぼけたカーテンの合わせ目が、
金の縁取りを思わせる光を滲ませていて。
最近は陽が明けるのも随分と早くなったと思いつつ。

  ―― ああ、何だか懐かしい夢を見た。

そんな感慨と共にゆっくりと吐息をつくのは、
この港町の発展に貢献大な、うら若きオーナーシェフだ。
実は喧嘩だって強いし、
巨大なフライパンでチキンライス20人前を一気に仕上げられる、
そんな脅威の細腕一本で、
今や世界中から押し寄せる、口の肥えた食通たちを、
毎日毎日コンスタンツに捌いてる天才シェフだが。

 「…。」

よくよく見回さずとも、ここは店の二階じゃあないと判る。
出来るだけ自宅に戻って寝るようにしているのは、
まだ学生という身の上な、食いしん坊な弟の朝飯や弁当のため。
そして、珍しいころの夢を見たのは、

 “…ああ、下で何か作ってやがるな。”

実際に卵を焼いてる匂いが漂って来ていたかららしく。
山の手ならばいざ知らず、港に間近い場末の裏町、
こういう町だからこそ…というと語弊もあるかもしれないが、
自分自身が少々後ろ暗い稼業の人間たちともつなぎのある身。
よって、戸締まりは厳重にしているため、
得体の知れぬ存在が勝手をしているとは思わない。
第一、

 「…わ。」

さっきもそうだし、今もまた。
グラスだか皿だか取り落としたらしい物音がしたし。
誰ぞが忍び込んでのことならば、
その時点で泡を食って飛び出してるか、
ルフィの方がこの匂いで目を覚ましての
“誰だお前”という騒ぎになってるはずだろうから。
そして、だから…この匂いや物音の正体は、
ルフィ本人がやらかしてることでもあって。

 “…何やってんだかな。”

腹が空いたらいつも、
強引でも遠慮がちでも起こしに来た奴がなぁ。
飯にせよおやつにせよ、自分で手掛けるようになろうとは。
そんな疲れて見えたかなぁ。
起こしがたいと思ったのかなぁ。
だったら、その気持ちも汲んでやらんといかんのかなぁ。

 「………。」

起こしに来るのを今か今かと待ってたものの、
ああ、こっちが落ち着けない。
これ以上、皿やグラスや、はたまたオーブンや、
何か壊されても洒落にならんし、
仕方ねぇのなと億劫そうに身を起こし、
寝起きでもさほどには乱れておらぬ、
金色の直毛へ手を差し入れてもしゃもしゃと掻き回す、
結局は、彼の側からも弟離れがなかなか遠い、
甘やかすの大好きな兄上だったりするのであった。





  おまけ



パジャマの上へカーディガンを引っかけて、
わざとらしくも欠伸混じりに階段を降りてけば。
表へのドア、ばったんと閉める音がした。

 “え?え?”

おやしまった、のんきに構え過ぎたかも。
友達との約束でもあったのか、
いつまでの童顔でおチビな弟の姿はそこにはなくて。
だが、
流しや配膳台の上、
いかにも大慌てで出掛けましたと言わんばかりな、
取っ散らかりようだったりし。
雑に使ったら二度と触らせないと言っておいたので、
包丁だのまな板だのはきっちり洗ってあったものの、
野菜の切り屑の取りのけ方が雑だし、
何より、水たまりが台の上のあちこちに。
ちゃんと拭いてけと言ってあるのによと、
苦笑混じりに台拭きを探せば、

 「………お?」

流しや調理台とは別口、
そこで食べるためのテーブルが置かれてあるその上に、
ちょこりと小さいのにそれだけ単独で“で〜ん”と、
偉そうに乗っかっていたものがあり。
お手持ちサイズのプラスチックの箱には、
サンジも重々見覚えがある。
時々気分を変えてと使い分けてる、ルフィへの弁当箱で。

 「何だあいつ。」

せっかく作ったもんを忘れたのかなと、
眉を寄せてしまったのも一瞬。
すぐ下、テーブルとの間に挟まれたカードがあって、
何だろと引っ張り出せば、

 『サンジへ。俺が作った、心して食え!』

ありがたい文言が、真ん丸い字が躍っており…って。

 “え?え? ええっ!!”

蓋を開ければ、
まま標準的な品揃えだが、
それでもきちんと詰められたおかずにご飯にと、
ルフィ自身が一番に気に入りの、
和風の“お弁当”が詰まっており。
自分のものも作ったが、
余り物じゃあなくのきちんとこちらも数の内にて、
ちゃんと作ってくれたらしくて。

 「……おやまあ。」

つまむと薄焼き玉子へほどけそうな出し巻き玉子や、
表と裏で焼き加減が異なるシャケというのが何ともはやだが、
それでもあの子が作ったと思や、
感動のオーラがかかって…2割増に美味しそうに見える大作で。
自分で出来るようになったとはという、
切ないやら嬉しいやら、
感慨もひとしおのお兄様だったことを付け足させていただきます、はい。



  「……で、
   もしかしてゾロんとこ行ったんじゃあなかろうな、あいつはよ。」


   まあまあ、お兄様。
(苦笑)





  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.03.02.

  *カウンター 304,000hit リクエスト
    ひゃっくり様 『怪盗ゾロ設定で何か』


  *お待たせ致しました〜vv
   なんか前の時も同じようなこと言ってないか?
(ひやひや)
   サンジさんでという指定はなかったので、
   的外れだったかもな代物ですいません。
   丁度お誕生日ですし、
   こちらではアニワンでサンジさん大活躍でしたので。
(笑)
   過保護な兄ちゃんサンジ大好きですvv
   微妙な心境のお兄様、
   晩になってから店へ来た怪盗さんへ、
   ネチネチ厭味言ってたら笑えます

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

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