月夜見 good-night baby  〜月夜に躍る・Z
 

 

 海が間近い港町は、陽射しも風も鮮烈なまでにお元気で。髪をなぶる潮風の香が強くなったような気がして、気の早い若者たちが誰よりも早くと、ひらひらと薄着になって肌を陽にさらして伸し歩く。来たるべき夏への期待に煽られて、わくわくと落ち着かないのは、何も蓮っ葉な子供らばかりではなく。遠目に望むる水平線の下、海の色が重い藍から溌剌とした青に変われば、外海の船が観光客たちと共に華やいだ空気を運んでくるから。さあさ稼ぎ時だよ、忙しくなるねと、元は居酒屋や立ち飲み屋なんかだった"小料理屋"や"旅館・料亭"の老舗の女将たちが腕まくりして頬をゆるませ合う。

  ――― これも『バラティエ』さんのおかげだよねぇ。

 観光地としての成長甚
はなはだしき港町の、少ぉし場末の一角に、この町をこうまで盛り上げた原因となった小さな小さなスナックがあって。うら若きマスターとその弟さんが切り盛りしていた小さなお店が、今や遠き外海からのお客様方を定期的にこの町へ大挙して招き寄せるまでの名店として名を上げて、はてさて もう何年目になるのやら。ただの…港の荷役労働者向けの場末の寂れた盛り場でしかなかったこの界隈を基点にして、どういう訳だか場違いなお嬢さん方がウロウロするようになり。それが"インターネット"という世界規模の"口コミ"の威力であったと分かった頃にはもう、昨夜のお酒が残ってるよなオジさんがうんうん唸ってた路地に、流行の服をまとったお嬢さんたちのグループが闊歩するようになっていた。そもそもは、美味しい料理を良心的な値で食べさせて得た評判だったのだが、ちょいとシニカルな横顔が端正な美貌のマスターや、腕白そうながらも見ようによってはコケティッシュな弟さんの、それぞれの見目の麗しさと愛らしさが、女性たちの"目の保養"には打ってつけのレベルであったことが拍車をかけて。色々な思惑からの来客は"引きも切らず"というノリで押し寄せるようになった。とはいえ、それに気を良くして手を抜くということもなく、薄利多売の地道さは変わらず。よって、特に羽振りが良くなるでもなく、店の構えも小さいまま、彼らなりのペースにて淡々と営業を続けているのであるが、有名になっても驕おごらないなんて今時の人には珍しく謙虚なことだねぇと感心されているところの、そんな彼らの"慎ましさ"には…実はもう一つほど理由があったりするという"事情"に関しては。皆様にはもうお解りのことでしょよネvv





            ◇



  ――― きし…っ。


 空耳か、それとも単なる"家鳴り"現象、家の軋む音かなと。気づいたとしても、そんな風に解釈して頭の中から追いやってしまい、元の作業や思考へ とっとと戻るような、それはそれはささやかな気配。ホントだったなら、こつりとか ギシリとか。少ぉし年期の入ったフローリングの床の板張りを、体重移動に合わせて軋ませる足音がついて回る筈なのだが、音どころか気配も、匂いもしない。だが、間違いなくそこには"とある存在"が、悠々とした態度と足取りにて"侵入"を果たしており。町中の夜のこととて、漆を流したようなというほどのそれではないものの、間違いなく夜更けの夜陰が立ち込めている時間帯。一応は戸締まりをしてあった筈の町家の二階にいきなり現れた、気配のない"影"さんであったが、

  「………こんな坊主の閨
ねやに夜ばいかける趣味があったんか、貴様はよ。」

 そんなお声が掛けられたと同時。閉じ損なってたカーテンの隙間から忍び入る、仄かな月光の青い光に濡れて、ちゃきりと物騒な鍔鳴りの音と共に閃いたは………。

  「冗談でもそんなご大層な牛刀を構えるのは やめてくれんか。」
  「お前でも怖いか。」
  「いんや。」

 こっちも本気になっちまうからだと、いつの間に引き抜いたのか、彼の武器であるスティール鋼の大太刀"和同一文字"を手に、不敵な笑みを男臭いお顔に浮かべたのは"侵入者"である青年であり。そんな彼のきっちり消されていた筈の気配を嗅ぎ取って、相手が分かっていながら刃渡り30センチはあろう洋包丁という物騒な武装をもってして"お出迎え"をして見せたのも、同世代だろうスリムな肢体をした青年である。
「俺はこの坊主に呼ばれたから来たんだがな。」
「こんな遅くなるなら、先触れのメールくらい寄越しな。」
 こそこそとした声でやり取りしていた二人だったが、

  ―――ふにゃ…。

 うにゃむにゃという寝言のような小さなお声が、部屋の片隅から漏れ聞こえたため。この組み合わせでは珍しい、示し合わせのための目配せをし合うと、そのまま坊やのお部屋を後にしたお兄さんたちであったりする。





 ここは例のグリル&スナック"バラティエ"のオーナーシェフである青年と弟くんの住まいであり、
「知り合いの家へまで、気配を殺してっていう ややこしい方法で訪問するかね、こいつはよ。」
 階下の居間、寝酒を味わっていたらしきサンジが、そんな客人へと新しいショットグラスを出し、濃色の酒をなみなみとそそいでやれば、
「ついさっきまで"仕事"をしていたもんでな。」
 その余波だ、そうそう目くじらを立てるなよと、グラスを手渡された偉丈夫が苦笑する。差し出されたのはなかなかの逸品であったようで、最初の一口で"おっ"という顔になった緑髪をした青年、勝手に手を伸ばして2杯目を頂戴してみる。
「で? 一体、何の用向きがあったんだ?」
 芳しき香りをまとった、しっかりしたモルトの奥深さに、仕事明けの解放感もあっさりと解き放たれたらしきこの青年。実は…ここいらでは有名な怪盗で、本名はロロノア=ゾロだが通り名を"大剣豪"といい、難攻不落の大金庫や過激な防犯装置を物ともせずに突破しては、強欲な金満家や汚職疑惑の高き役人議員のお宝をちょちょいと浚い、貧しい人々へばら蒔いたりする。不正談合や癒着の証拠になるだろう書類を浚って来て、広場に掲げるなんてなお茶目もやってのけたりするものだから、市民の皆様方からの快哉を集めている、今時には珍しい"義賊"でもあって。謎めいた正体は一切不明…ということになってはいるが、彼への連絡
つなぎをつける場所でもある『バラティエ』のオーナーであるサンジには例外だったし、その弟で、ごくごく普通の高校生であった筈のルフィくんにまで…正体が露見したことから始まったのがこのシリーズなのですが。これ以上の詳細はこれまでのお話を各自で読んでいただくこととして。おいおい

  「ほれ。」

 ソファーに挟まれたローテーブルの上、サンジがゾロへと差し出したのは、筒のように丸めた癖がついた、少し大きめの厚手の白い紙であり。
「??? …おや。」
 常の警戒、窓辺近くに立っていたものを傍らまで寄り、その紙を手に取ったゾロが…切れ長の目許をかすかに見張って見せる。

  「表彰状か。」

 金色の唐草や鳳凰などが美麗な文様となって描かれた縁模様の中に、達筆な筆にて綴られた称賛の文言が十行ほども並んでいるだろうか。…めっきり和風の賞状ですね。西欧だとタイプ打ちの印刷にサインという感じののっぺりした賞状を、スティールの額縁に入れるか、皮革製の二つ折のカバー装丁にして授与…というところでしょうからね。
「運動会でもあったのか?」
 この兄上が見せてくれたということは、あの坊やが見せたかったものだという繋がりなのは判るけれど、表彰されるほどに学業が飛び抜けて出来る子ではなかろうにと、暗にそういう言い方をした怪盗さんへ、

  「自慢の弟に何て言いようをするかな、お前はよ。」

 苦々しげに細い眉をしかめて見せて、
「まあ…確かに、勉強でもらった代物じゃあないんだけれど。」
 こりこりと白い頬を指先で掻いて見せ、
「ほれ、ここだ。」
 賞状の上をとんとんと突ついたそこには、

  『ビデオ作品、剣豪乱麻』

 などというお題目が記されてあり、
「ほら、例の自主製作のビデオがあったろうよ。」
「…あ〜〜〜、あったあった。」
 ルフィを筆頭に、数人ほどの高校生たちが集まってこの春先に撮影していた1本の映画もどき。何とお題が"怪盗・大剣豪の活躍"と来たもんで、いくら暗黙の内にも"英雄"扱いされている有名人だとはいえ、非合法な"泥棒"なんてことを題材にした作品。しかも昔の人の話じゃあない、今現在、実在する人物のことであるだけに、

  『不法行為を賛美称賛するとは何ごとか』

 様々な関係筋からお咎めが飛んで来るのではなかろうかなんて危ぶんでいたのだが、
「それが、だ。毎年恒例になってた寸劇の方が上演中止になっちまってな。」
 演劇部の部長だった上級生が、何でだか突然海外留学に出てってしまったものだから、ただでさえ…製作陣営の立ち上げも台本作りも、配役たちのキャスティングさえも全然手をつけていなかったもの、進めようもないままに学園祭の当日になってしまい。
「何も上演出来ませんという訳にも行かない。そこで執行部の面々が自棄になったらしくてな。こうなったら…と、ルフィたちが作ってた映画を上映させてほしいって打診があってのお披露目となったらしいんだが。」
 怪盗とその行為を賛美するのはいただけないが、分かりやすい勧善懲悪という基本設定であったのと、どこの誰という想定の出来ない悪徳資産家からの強奪劇となっているため、単純にエンターテイメント作品だとも解釈出来る。そこで大目に見ましょうということとなり、むしろ出来のよさに拍手喝采を浴びたのが…確か先々月の話。

  「あれが何と、大町のシネマフェスに出品されて、
   インディーズ作品部門の最優秀賞を取ったんだと。」

  「…そんな場で上映させたんかい。」

 親ばかもどきなお兄様は上機嫌で誉れをのみ喜んでいらしたが、大町のシネマフェスといえば…海外からも多くの著名監督が詰め掛けて、大ヒットロングランしそうな自信作の数々をご披露する、世界的にも有名なコンペティションであり、

  「素直な取り掛かりようが
   画期的な味わいのある、革命的な作品になってるって賞賛されたんだとよ。」

  「革命的っていうより、いっそ"クーデター"なんじゃねぇのか?」

 何というのか。ゾロとしては…あの作品がどういう経緯で撮影されたのかという発端を知っているだけに、単純に解釈して"良かったこと"と手放しで喜んでやる訳にもいかなかったのだが、

  「何だよ、さっきから。」

 めでたい話に水差してんじゃねぇよと、宝石のような水色の眸を眇めて睨みつけてくる、弟思いのお兄様には逆らえない。

  「…何でもねぇよ。」

 他でもない"自分"が題材になってた作品だったから気恥ずかしいだけだと、ぶっきらぼうに言い返せば、
「そりゃそうだろうな。」
 英雄扱い、立派なヒーローなだかんなと、愉快そうに"くくっ"と笑い、
「いいか? これからはますますと仕事に真剣慎重に当たって集中するんだぞ? ルフィの作品を地に落とすような失態は許さねぇからな。」
「へえへえ。」
 目許が真剣なお兄様には逆らわない方が良かろうと、適当に相槌を打つ怪盗さん。さっき侵入した二階を、天井板越しに見上げて小さく笑った。仕事にと呼び出す時は昼前に声を掛けてたっぷりと昼寝させておかないと、時計の短針が水平以上へ上がろうとする時間帯には瞼が重くなる"お子様"で。実の兄上にこうまで可愛がられていながら、どういう訳だか…危険な仕事を生業とする、少しも優しくなんかないゾロに、時には"頼りにしてくれない"と泣きながら抗議するほど真摯に懐いてくれている可愛らしい子。今夜の呼び出しにしても、嬉しい誉れを一緒に喜んでほしくてのものに違いなく、

  "…何だかな。"

 身一つなればこその大胆な行動を発揮させるための決断に、要らぬ要素が増えるからと、最初の頃は疎ましいとさえ思っていたものが。今ではその拙さが…擽ったいくらいに愛らしく微笑ましいと感じられるまでになっており。

  "こいつに言われたからじゃあないけれど。"

 いかんいかん、気を引き締めなければなと、それこそ失態は許されんぞという決意も新たにする"大剣豪"様だったりするのである。


  ――― 明日んなったら、ルフィがきっと自慢げにお前に見せると思うから、
       そん時は初めて見せられたっていう顔をしろよな。

       ああ。


 そのくらいは判ってるさと苦笑混じりに応じる辺り、サンジに負けないほどあの坊やに甘くなっている怪盗さんであるらしいのだが、はてさて、ご本人にそんな自覚はあるのやら。彼らの真上の天空には、地上の人々のささやかな葛藤やら意地っ張りさ加減やらを微笑ましげに見下ろすお月様だけが、ぽっかりと浮かんでいるばかり…。



  〜Fine〜  04.6.12.〜6.13.


  *kんな親ばか二人に見守られて、
   ルフィくんが一体どんな子になるのか、お母さんは心配です。
(笑)

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