月夜見 微睡まどろみの舟
        
 『蜜月まで何マイル?』より


 ドラム島から離れつつある航路は、向かう先が"夏島"のアラバスタであるせいか、日に日に暖かさを増してゆく。まずは雪催
もよいの垂れ込めるような分厚い雲が遠ざかり、甲板でも長いこと過ごせるようになり、やがてはコートが要らなくなって、ぽかぽかの陽射しがやっと戻って来た。
「ふにゃ…。」
 そうなると、久し振りの"ひなたぼっこ"も堪能出来るようになる。元々、昼間はそれほど眠くならない性分のルフィでさえ、久方振りのいい日和には勝てなかったか。このところ肩車したり抱えたりして"懐ろトナカイ"扱いしているチョッパーを胸元へと抱っこしたまま、上甲板の真ん中でコロンと転がっていたりする。彼もまた、いつものノースリーブシャツという服装に戻っており、凍傷になりかけてまだらになっていた痛々しかった肌も、さすがの食欲に加えて…ゴムの体質は新陳代謝が違うのか、もうすっかりと元のやわらかで健康そうなそれへと戻っていて。
「うにゃ…。」
 少しばかり横を向いた頭から、麦ワラ帽子がころりと脱げた。かくんと甲板の板張りへ傾いた首条の、上にさらされている方の片側がすっかりあらわになっていて。斜めの仰
あおのけ方向へと顔がのけ反りかかっているせいか、口許が薄っすら開きかけているのがまた、いつもの童顔にも増すあどけなさを呈している。発育途上の長っとろい腕で、ゆるく抱いたトナカイの毛並みが、このところずっとお気に入りな彼であるのだが、さすがに今日のような暖かな日には少々暑いのか、小鼻の頭にほんのりと汗をかいていて。
"………あれ?"
 何か…誰かの気配がした。あらためての物音はせず、辺りには…潮騒の音と、高いところで帆がはたはた鳴っている"風の太鼓"の音しかしないのだが。降りそそぐ陽射しとはまた違う種類の温みと、心地いいやわらかな匂いとがすぐ傍にいる。
"えと…。"
 頭の中で何かがしきりと"こっちへ来いよ"と意識を引っ張って誘っているから、少しばかり集中しにくい。ああそうだ、あれをやっとかなきゃって思う時ほど眸は開かないもので、ちょうどそんな感じで、今にも深い眠りの中へと転げ落ちそうなものだから、
"知ってるのに…。"
 意識がぷつぷつと今にも途切れそうで、そしてそれがちょっとだけ気持ち良いものだから、何も無理に起きなくても良いじゃないかとそんな気もしないではない。だって、この人は別に怒ったりはしないから。放っぽり出すように相手もしないまま、ただただ眠り続けていたとしても、きっと小さく微笑って傍に居続けてくれるから。
"………。"
 どうしようかと少しばかり迷っていたら、そっと腕を掴まれた。大きな手だ。ゴツゴツと骨太で、いかつくて。でも、温かいから大好きなその手が、出来るだけそっとそっとルフィの腕を掴むと、その輪を解こうとしていて。
「…ふにゃ?」
 さすがにそうまでされると寝てもいられない。…とはいえ、まだ頭の半分は寝たままな状態で、とりあえず眸を開けると、
「…あ。」
 起こしちまったか…という、少々残念そうな顔が視野に飛び込んで来た。すぐ傍に片膝ついて屈んでいたのはやはりゾロで、そぉっとチョッパーを取り上げようとしていたらしい。
「んにゃ? なんだ? ゾロ。」
「なんだじゃねぇよ。」
 気づかれぬように運びたかったらしいが、問いかけまで出来るようでは完全に起こしたようなもの。残念そうに吐息をつくと手を離し、向かい合っていた体の向きを変えて、横になったままなルフィの隣り側へ、甲板の板張りに長い脚を投げ出すようにして座り込む。
「こんな汗かいて寝てるから、抱き枕は要らねぇんじゃねぇかと思ってな。」
 言いながら大きな手のひらで頬に触れ、そこから伸ばされた長い親指の腹が額髪の真下、薄く汗ばんだ肌を拭ってくれた。さらっとした感触が心地良い。
「んん…。」
 すぐ傍にある匂いも温みもあんまり気持ちが良いものだから、腕にチョッパーを抱えたそのまま、ぐぐっと大儀そうに上体を少しだけ浮かすと、ぽそっと大好きな"枕"へと乗り換えるルフィだ。甲板の感触も嫌いではないが、やっぱり膝枕の方が断然寝心地が良い。頭の落ち着き場所を探すようにグリグリもそもそと動いても、くすぐったくはないのかじっとしていてくれて、
「…ったく、無防備な奴だよな。」
 やっと落ち着いたところで、髪を指で梳くようにしながら、ぱさぱさともてあそび始める彼であり、
「手を触るまで、気配にも気がつかなかったんじゃねぇのか?」
 そんなことを言い出すゾロなものだから、
「んなことないぞ。判ってたぞ、ちゃんと。」
 言い返したら、
「嘘をつけ。」
 …おやぁ? いつもなら"ああ、そうか、そうだな"とか、いなし半分に言ってくれるのに。からかうように"そうかぁ?"とか言ってくれるのに。今日は即攻で否定されてしまった。
「嘘じゃねぇもん。判ってた。」
「こんくらい近けりゃ判るよな、確かに。」
 あれれ? 何だか少し変よ、どうしたのかな?(な、懐かしすぎる)
おいおい
「………ゾロ?」
 いやに突っ掛かって来るのを怪訝に思って、膝の上、正確には腿の上で"ぐりんっ"と頭を巡らして見上げれば、何だか表情まで淡々としていて、
「着てるもんが違うだけで、見分けがつかなくなるんじゃねぇのかよ。」
「???」
 ここでピンと来てくれないところが、まったく"困ったさん"な船長殿である。皆様には、もう既にお気づきだろう。あのドラム城にて丸一日ぶりに再会したその時、城の尖塔頂上からいきなり突撃をかましてくれたルフィであったこと。
『何てこと、してくれてんだ、てめぇはよっ!』
 そりゃあビックリしたでしょうし、その後がまたいけない。
『ゾロの服、見覚えがあったから、てっきりあいつらの仲間かと思って。』
 執拗な敵であったワポル前王配下の軍勢たちが着ていたコート。それを"追い剥ぎ"して着ていたゾロなのだから
おいおい同じなのは当然な話で、
「コートは覚えてて、仲間の顔は二の次かよ。」
「あ…悪りぃ。」
 ここでやっと、何を遠回しに言いたい彼なのかに気がついたルフィであるらしい。加えて言うなら…このバージョンに限っての彼らは"ただの仲間"という間柄ではないのだから、珍しく根に持ってる剣豪であってもそこは仕方なかろう。
「けど、あれは敵のカッコしてたから間違えたんじゃねぇか。普段なら間違えたりしねぇもん。」
「ほほぉ?」
「判るったら判るって。」
「どうだかな。」


 暑苦しそうだからと手を伸ばした割に、今やってるちょっとした言い争い(但し、双方共にどこか嬉しそうである
ぷくく☆)の方がよほど暑苦しいと、誰か言ってやってよ、言ってやってよ、もうっっ!
"仲が良いんだな、やっぱり。"
 ずっとすぐ傍で一部始終を聞いていた(っていうか聞かされていた)チョッパーも、少々呆れ顔になるほどの、お二人さんであったとさ。



 ―― 後日、アラバスタ上陸直後に、まるきり見覚えのない砂漠独特の民族衣装を着て、髪もきっちり隠していた彼をちゃんと見分けて、面目を躍如するルフィだったのは言うまでもないことであった。(たとえそれが厄介ごとを背負って帰還した彼であっても、このバージョンのゾロならそうそう文句は言うまい。言わないと思う。…言わないんじゃないかな? ま・ちょっと覚悟はしておこう。)
こらこら




     ◆◇ おまけ ◇◆◆


「大体、俺がこんな眠いのは、ゾロが昨夜………むぎゅむぐ…っ!」
「あ、ああ、まあ、いい日和だしなぁ。添い寝してやるから、ほら、寝直せよ。」
「? どしたんだ?」
 急に様子が変わった二人に、チョッパーがキョトンとすると初めて口を挟んだ。
「ルフィ、喋っちゃいけないのか? ゾロ。もしかして喉でも傷めてんのか?」
「あー、いやいや。何でもねぇんだ。心配は要らねぇぞ。」



  〜Fine〜 01.12.10.


 *何ですか、WJ今週号の姫…もとえ、船長さんは、
  全てに鳧をつけたという満足感からか、それはそれは寝顔が可愛らしかったそうで。
  そんなお話を聞いたのと、
  最愛の?ゾロさんを見分けられたり、られなかったりした面白さを、
  ちょこっと早い目ながら扱ってみたくなりまして。
  (アニメはアニメで、
   Mr.2に吹っ飛ばされたルフィだったことへマジギレして、
   刀まで抜いたゾロさんがまたおステキだったしvv)
  ああ、寒い時期は甘甘が染みますねぃ♪


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