月夜見 一触即発の定義


「…んだと、こら。」
「上等だ、表へ出ろっ。」
「充分"表"だよ、ここは。」
 後甲板にてカード遊びをしている4人から離れたところ、主甲板の真ん中でその諍
いさかいは始まって、
「またかよ。」
「懲りないわよね、実際。」
 ウソップやナミが、注意はカードの上に据えたまま、声だけで呆れている。
「いいのか? 止めないで。」
 まだ慣れの薄いチョッパーが、向こうの様子にちらちらと目をやりながら、心配そうな声音でついつい訊いたが、
「放っときなさいって。あんたやあたしたちがまともに割って入ったら怪我しちゃうわよ? なんたって人外魔境の化け物3人組の二人なんだから。」
 あとの一人は、ナミのところから流れて来た"あかんべジョーカー"のカードを手札のどこに混ぜようか、ただ今考え中である。
「暇な日が続いて血が滾
たぎってるんだったら、いっそ暴れた方が頭も冷えるわよ。」
 ナミは平然としていて、
「何だって喧嘩のタネになるんだから、あいつらってば。いつかなんてゾロとルフィとで、あわや殺し合うかっていう規模の大喧嘩までやらかしたんだものねぇ。」
 その時の当事者の片割れは、カード片手に依然として小首を傾げていて、
「そうだっけか?」
 おいおい。またそれを素手の拳で制した誰かさんも凄かったが。
(あはは…。)
「けど、怪我しないかな。あいつら半端な腕っ節じゃねぇからな。」
 それこそ腹蔵なしなルフィの付け足しに、
「船が壊れるのも困るよなぁ。備材にも限りがあるしよ。」
 ウソップの何気ない一言も加わって、

  …………………………。

「………んもうっ。」
 とうとうナミがカードを伏せて立ち上がる。そんな航海士さんを見送って、
"ルフィって実はちゃんと…。"
「ルフィって実はちゃんと把握してんだなって思ってるだろ? チョッパー。」
 心の中をきっちり見透かされたため、
「ひえぇぇいっっ!」
 びっくりして思わず"バンザ〜イ"した揚げ句にカードを頭上へ撒いてしまったトナカイドクターへ、ウソップが立てた人差し指を"チ・チ・チッ"と宙で横に振って見せた。
「こいつにはそんなつもりはない。これだけは覚えときな。こいつの言葉には裏なんてない。だから、感動するほど何かしら"含み"があるよなことは絶対に言わねぇんだ。早合点して買いかぶってると、後でえらい目を見んぞ。」
 妙な迫力さえあるウソップの言いようへ、
「…うう。」
 言葉の内容よりのその勢いへ、大いにたじろいだチョッパーだ。そこまで言うかな、自分たちのキャプテン捕まえて。
(あはは)


          ◇


  「………。」「………。」

 片やはポケットに両手を突っ込んだままの直立姿勢。金髪に映える青い眸のたたえる眼光も鋭い、鞭のように撓しなやかな長身痩躯の黒ずくめコック。もう片やは刀の柄あたりへ手を軽く載せた、いつもの立ち姿。こちらは深い翠の眸をやや眇すがめた、太々しい笑みのこれまた映えたる鋭角的な男臭い顔の、雄々しく凛々しい肉置ししおきをした腕自慢の剣士殿。いかにもな殺気を孕んで身構えているようには到底見えないお互いだが、一撃必中、まともに喰らえばただでは済まない必殺技が、ここからひょいっと繰り出される訳だから、考えてみればその方がよほど恐ろしいというもので。

  「………。」「………。」

 まるで、早打ち勝負の"荒野の決闘"が今にも始まらんとしている酒場前を思わせるような。乾いた陽射しに照らし出され、潮騒の音だけがさわさわと場にたゆとう、いかにも緊迫感あふれる主甲板だったが、そこへと恐れも知らずに割り込んだものがある。
「サンジく〜ん。お腹空いちゃったの、何かない?」
 そーれは呑気なトーンで伸びやかに響いた美声に向かって、
「あ、は〜い。」
 ………おいおい。それって脊椎反射かい、もしかして。しっかりと声のした方へと振り返り、手を振りながらの"良いお返事"をした後で、
「…後で覚えてろよ。」
 これまたしっかり、剣突き合ってた相手に向かって啖呵を切るのを忘れないところが………まるで"文楽"の早変わり人形のような人だこと。
(笑)まあ、このパターンの場合、いつだって後々まで覚えてないのはサンジの方になる筈で、
「…ふん。」
 肩をすくめた剣豪は、キッチンへと向かったシェフ殿に背中を向けると、自分のいつもの指定席である上甲板へと足を運んだ。………と、
「良かったな、止めてもらえて。」
「ルフィ?」
 待ち構えてでもいたかのように。にんまりと笑って立っていたのは、麦ワラ帽子の船長さんである。あれ? でもさ…あんた、いつの間に? 後甲板にいた筈では? あ…そか。ゴムゴムで飛びついたメインマストの帆桁か見張り台経由で、頭上を渡って来たわね。こういう神出鬼没は毎度のこととて、いちいち驚きはしない剣豪らしかったが、
「ホントは困ってたんだろ? 引くに引けなくて。」
 そんなような言いようをされて、
「………。」
 ややあって、ため息をついて苦笑する。
「ま、少しはな。」
 あのシェフ殿に関しては、仲間に加わってからこっちのずっと、何かと向かっ腹が立つ相手だというのが偽らざるホント…いや本音。とはいえ、まさか本気で相手の息の根を止めようとまでは思っちゃいない。二、三発殴り合って身動き出来なくさせられれば御の字かなと、そのくらいの"つもり"でいる訳で。しかも、幸いにして今のところは、直前で何がしかの…仲間たちからの恩情による邪魔が入って、そこまですら進んだ試しはない。
「これだけは俺にも分かることだけどな。」
「ん?」
「もしもサンジが大怪我したら、飯を作る奴がしばらくいなくなるから、これは相当不利だぞ? ゾロ。」
 なんだか一丁前にも筋の通ったことを言い出す船長さんだが、
「………お前、ナミに何か吹き込まれて来ただろ。」
 おいおい。
「馬鹿にすんなよな。」
 おおっ?
「俺だってそんくらい判るぞ。サンジが身動き出来なくなったら、メシはともかく、少なくともおやつは出なくなるんだからな。」
 …やっぱりなぁ。いざって時はともかくも、日頃はその程度なんだろな、認識は。むんと胸を張った船長さんへ、剣豪も"くくっ"と小さく笑って見せる。冗談はさておき、
「人を見下すのはよくないと思うぞ?」
 ルフィが言いたかったのはそれであったらしい。喧嘩腰になるたびに交わされる悪態の数々は、決して褒め言葉ではなくて。こうも引っ切りなしな衝突を繰り返す彼らは、その都度、相手を罵倒する文言を並べ合っている。もしかしてそんな心根を常に抱いているようなら、それはちょっといただけないのではなかろうか。自主独立、それぞれが好き勝手をやっているこの船において、あまり意見というものを振りかざすような彼ではないのだが、先程チョッパーに感心されたせいかどうかは不明ながら、あまりにも立て続く彼らの諍いに、少なからず思うところがあった船長さんなのかも知れない。だが、
「見下してなんかいねぇさ。」
 ゾロは腰から刀を外し、板張りの上へと無造作に腰を下ろすと、
「コックとしては大したもんだって思ってる。働きもんだしな。こんなデタラメな船のコック、普通の奴にゃあ到底こなせまいだろから、破綻なく続けてるそれだけ見たって大した奴なんだろうさ、きっとな。」
 おおう、そんなに褒めて、一体どうしたの? まさか、Morlin.に"ゾロサン"を書けと?
おいおい
"………。"
 そうではなくて。
あはは ゾロからの評へ、ルフィがまるで我がことを称賛されたように"にかり"と笑った。
「ったりめぇだ。サンジはこの俺が選んだコックなんだからな。」
 そう。そういう人物なのだからという評価も一応頭に入れてはいる。だが、それはあくまでも"ルフィの物差し"の問題だ。彼のトレードマークにして宝物な"麦ワラ帽子"をただの古帽子ではないと把握してやってるように、あくまでも船長殿を介した時の評価に過ぎなくて。息をつくような笑い方をしたゾロは、
「だよな。だから、俺としては、だ。戦闘能力では“ちょいとばかり”格下な奴だって思ってるだけだ。」
 そうと言ってのけたのだった。…だからそれが"見下してる"って言ってんでしょうが。こんの石頭が。堅いのは外だけかと思ったら中身もだったのね。
「成程なー。」
 だから、船長もっ! …ったく、どいつもこいつも。ま、あれでしょうな。洟も引っかけないという言い方があるように、意識してない相手には突っ掛かる価値さえない筈だから。多少なりとも力量を認めているから、しかもそれが自分の専門分野だったりするから、ついつい何かと喧嘩腰になる、と。
「そっか。だから、ウソップやチョッパーとは喧嘩しねぇんだな。」
 こらこら、またそうやってト書きを勝手に読む。
「まあ、そうなるかな。」
 剣豪さんまで………ま・いっか。
(苦笑)えらいこと省略されているやり取りだが、つまりはこういうこと。ウソップの器用さや舌先三寸、チョッパーの医学的知識は、それぞれに大したもんだと認めもするが、それらはそうであると同時に自分に備わってなくても特に"羨ましい"とまでは感じないもの。自分の中で、役割分担がくっきりと違うと、戦闘要員ではなく後方支援の係である彼らだと、言い方を変えれば"守ってやる奴ら"だという割り振りになっているので、
『だーーーっ、ややこしくなるから大人しくしてろ、邪魔すんじゃねぇよっ
(怒)
などと感じることはあっても、正面切って張り合うことはまずないと踏んでいて、結果、衝突もない。こういう理屈を踏まえた上で、
「じゃあ、ナミと口喧嘩するのは、あれも一種のバトルで、ナミが達者だからか?」
 屈託ない調子で訊かれて、
「ま、まあ、そうなるんかな。」
 口ごもってやんの。
(笑)ナミさんのあの度胸は戦闘能力に匹敵するパワーだし、何たって鼻面引き回されてるネタの"借金"という弱みもありますしね。(笑)
"うっせぇよ。"
 へへ〜んだ。ホントのことだろがさ。筆者を睨んでいるその横合いから、
「じゃあじゃあさ。」
 ぺたんと傍らに座り込み、身を乗り出すようにして。ルフィがいやにわくわくとした顔になる。あまりに楽しそうなものだから、
「んん?」
 一体何を思いついたのだろうかと、注意を向けてやったその鼻先、


  「俺は?」

  「………は?」


 世にも珍しい"剣豪の化石"が甲板上に出来上がる。ちょっとした思考停止から硬直を起こした彼が、仰有る意味が飲み込めないんですけど…という悪あがきをしようとしかかった訳だが、
「俺には"負けねぇぜ"って張り合いたいって思うところ、何かあんのか?」
 ご親切にも丁寧に噛み砕いてのご説明、ありがとうございました。…と思ったゾロでは決してなくて。
「う…。」
 叱ったり怒鳴ったりということもままある間柄で、それとは別口の意志の衝突、つまりは"喧嘩"を、全くしでかさないという彼らでもない。大概は些細な切っ掛けから始まるそれなのだが、時として日付をまたぐほどの冷戦状態を招くことだってあり、結構意地を張り合う、負けず嫌いの強情っ張り同士だと、それはお互い重々自覚しているのだが、
「………。」
「…何だよ。」
 潮騒の音が何ターンか繰り返された末でのしばしの沈黙の後、
「さあな。あるのかどうだかな。」
 素っ気なく答えて、手枕の上へ頭を落ち着かせ、ゾロはそのまま目を閉じようとする。
「何だよ、それ。」
「喧嘩ったって、つまらん言い合いばっかだろうがよ。キャプテンにいちいち刃向かってたら話になんねぇからな。」
 何か曖昧だぞ、それ。当然ルフィも納得せず、
「説教はすんじゃんか。」
「されるようなことをするからだろうが。」
 おお、さすが。これに関しては打てば響くの即答だ。
(笑)
「なあって。ウィスキーピークでも喧嘩したろう?」
「あれはそもそも、お前の側の誤解だろうが。」
 そうだったよねぇ。どっちかと言えば、暴走してたルフィを制
めるために已なくという感が強かった。…少なくとも始まりは。
「なあ〜、じゃあどうなんだよう〜。俺とは張り合わねぇのかよう。」
 ゆっさゆさと肩と胸板を揺さぶるが、もうもう慣れたか知らん顔のまま、堂々と寝たふりに入る剣豪殿である。その胸中で、
"…負けると判ってるところはあるんだがな、これが。"
 苦笑が洩れる彼であったが。………それって"アレ"ですか? 亭主の好きな赤烏帽子。(ああ、これではルゾロ発言になっちゃうかも?/笑)それはともかく、
「なあってば、なあぁ〜。」
「………。」
 どんなに揺すっても満足のいく返事もないし、とうとう眸は開かずで、ルフィはぷうと膨れてしまう。どんな答えがほしかったのやら、ともあれ、この拗ね方はいかにも子供じみていて、
「判った。もう良い。サンジに遊んでもらう。」
 こらこら。そういうことで"相手になってくれよう"とねだってたんじゃなかったろうが、あんたは。よいせっと片膝立てて立ち上がりかけたそのタイミング、
「おおうっ☆」
 向こうを向きかけた隙を突かれ、無防備だった片方の手首を捕まえられて。腰に腕が回されて"ぐいっ"と引かれたと、そう思ったと同時に、もう既に"ぽそん"と馴染みのいい膝へ、尻から軟着陸していたりするから。
「あれぇ?」
 見上げれば、にっかり笑ってる男臭い顔が青空の中で逆さになって見下ろしてるから。あの一瞬の内に、起き上がって座り直して引っ張り込んだと? は、早業だねぇ、剣豪様。
「…んだよ。遊んでくれねぇんだろ?」
「そうとは言ってねぇよ。」
 現金な人である。
"こういうところが敵わねぇんだが、だけど相手に気づかれてないうちは、負けてはないってことなんかねぇ。"
 さあ、どうでしょう。ただ一つ、はっきり言えるのは……………負けず嫌いだねぇ、あんたたち。



     ◇ おまけ ◇


「そうそう喧嘩っ早いって訳でもないのに、なんでまたあたしとかサンジくんとかが相手だとす〜ぐトサカに来ちゃうんだろ、あいつ。」
 そう。冷静で状況判断にも優れているとの評価も高い剣豪殿は、だが、ここの仲間内たちの"とある顔触れ"に限ってだけ、対すると打って変わってしょっちゅう血管浮かせて剣突き合っている。けど…それって、彼の側に問題があることなんだろうか、果たして。
「お前の物言いで腹立てんのはゾロだけに限ったこっちゃねぇぞ。」
「あら、そおぉ?」
 口の減らない三倍返し攻撃といい、結構"鬼畜"ですもんねぇ。
あわわ まあ、ナミさん本人が気がつかなくても無理はないかも。何せ、剣豪の他というと、狙撃手さんとあののんびりトロトロ船長さんに船医殿でしょ? サンジくんは論外だしねぇ。
「それに最近は、どっちかって言うとゾロがぼそっと突っ込んでサンジが突っ掛かってるってパターンになりつつあるし。」
 おおう。結構観察してますのね。
"退屈しねぇからな。見てっと。"
 あっはっはっは。巻き込まれないならそうでしょうな。
「でも、ルフィには何言われてもそうそう怒り出したりはしないよな。」
 チョッパーがひょこんと小首を傾げて見せた。
「なんで、あの相性をサンジにも構えられないんだ? ゾロは。」
「そりゃ仕方ねぇだろ。あれはルフィだからって相性なんだし。」
「…言うわね、ウソップ。」


  〜Fine〜 02.3.15.


  *設定は微妙に"アラバスタ・その後"です。
   ロビンお姉様もまた一時的なお客様なんでしょうか?
   何だか、まだ落ち着きませんで、
   当分は変則的なお話が続くかも。
   ああ、それよか砂漠が舞台のお話も書きたいんですがね。


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