“春の足音？”



　冬が来るのは早かったけれど、春が来るのはちょこっと遅い ここいらでも。随分と陽が長くなって来て、その陽射しも何だか濃密になって来て。風のない日なたでじっとしてると、毛並みが熱くなっちゃうほど。

　　"でもまだ朝は、息が白いかな。"

　今朝はちょっとだけお寝坊したから、朝ご飯の後にのお散歩になった。ゾロもついて来たがってたけど、テーブルの上、ノートパソコンが出しっ放しだったのをちろんと見やって、ダ〜メっとお断り。月末には提出しなきゃなんない、会員さんたちのデータ。日頃からちゃんとまとめとかないから、こうやって月の半ばを折り返す頃に一気に困るんじゃないかサ。前にも言ってたけれど、ゾロは隣り町のスポーツクラブで、ウェイトトレーニングのインストラクターさんのお仕事を、週に３日ほどの割合でこなしている。どっちかと言うと口下手で、人に何か教えるのってホント難しいよななんていつも言ってるゾロだけど。何だかんだ言ってても、なかなか評判のいいインストラクターさんなのだそうで。会員さん同士のクチコミから専任担当をご指名されるケースが増えたらしい。となれば、管理しなきゃならないデータも頭数分増えるって訳で。ま、頑張ってねとお尻尾をくりんって振って、背中でバイバイ。居間の大窓からパタタンと、まだ朝の気配の色濃いお外へ飛び出した。
"今年はまたお友達が増えるのかな。"
　シェットランドシープドッグの"るう"の姿になってのお散歩に出ると、あちこちのお家から犬族のお友達の気配も届く。悲しいことに寿命を迎えて亡くなった子もいれば、ご一家ごと引っ越してった子もいて。この時期だけだと限ったことではないけれど、それでも顔触れが大きく変わるのは春先だからね。ちょっとわくわく、色んなお家の庭先にちらちらと視線を投げつつ、たかたかと走る。
《 あ、ルフィだ。 》
《 おはよう、ルフィ。 》
　庭に向いたリビングの窓に後足で立ってまでして張り付いて、こっちへご挨拶してくれる子とか、出窓にぴょいって乗っかって"わうあうっ"て声をかけてくれる子とか。みんな元気そうだね、良かったことと、安心しもって広場へ向かう。別荘地には悲しい付きものもあって、避暑に来た人が、でも、シーズン中だけ可愛がって置き去りにしちゃうペットも少なくはない。ここいらは永住しているタイプの人が多い 旧市街地の別荘地だから、そういう子たちは比較的少ないんだけれど。都心に近い周囲の新興の別荘地には、やっぱり…そういう不届きなことをする人がいるらしくて。

　　《 おう、ルフィか。 》

　昔はネ、此処に限らないタイプの野生的で逞しい子ばかりだったものが、いかにも血統書がついてますっぽかったり、外の世界とか土地の仁義とか全然知りませんっていうような、気の毒なくらい世間知らずな捨て犬が増えた。シーズンが終わると人が減って、食べ残しも見つからなくなって食べてけなくなるからってこっちにまで流れて来るのを、古顔の野良のボニーとかサカキとかが上手に仕切ってる。気の良い奴らなんで、俺も出来るだけ相談に乗ってやってたりする。…とはいえ、やっぱり格が違うって言うのかな。伊達に寿命のサイクルが違う彼らじゃないんだよ？　俺よりも短い歳月しかまだ生きてない筈のサカキの方が、面子とかが腹ぺこより大事な場合もあるんだよとかいう理屈をちゃんと分かってて、そんなの訝（おか）しいって言い張る俺へ説明してくれたりする。あ、サカキっていうのはね、紀州犬の野良なの。そいでボニーはボクサー犬の野良。俺より４つくらい年下なのに、凄げぇ"大人"なの。

　　《 チビさんの様子はどうだい。 》

　最近の話題は大概これ。ウチの海カイはどうしてるんだって、そればっか訊かれる。俺が半分は人間で、しかも雄なのに子供産んだって話も通じてて、ま・そういうこともあるわなって、動じない所がまた凄い。

　　《 元気してるよ。最近は這い這いが上手になってね。 》

　ちょっと目を離すといつの間にかテーブルの下とか、ソファーの裏とかにもぐり込んじゃって見失うから、大人たちは油断も隙もない状態なんだ。ツタさんが徹底的にお掃除してくれてるから、床のどこを舐めたって大丈夫なほどではあるんだけれど、それでもね。例えばお風呂場に入り込んで、30cmほどの残り湯に落ちて溺れたなんていう怖いお話も聞くからさ。

　　《 でも、お前さんがいれば、匂いや気配はすぐにも察知出来ように。 》

　う…。それがね。あのその、やっぱりさ。ついつい、おやつに気を取られていたり、ゾロのお膝でウトウトしてたりするとね、反射が鈍るみたいでサ…。////////　到底 威張れた話じゃないから、お座りの姿勢から"きゅう〜ん"ってうつむいちゃうと、おやおやって二人に笑われた。

　　《 それはそうと。 》

　ボニーがちょっぴり眠たそうに目をしょぼしょぼさせて話題を変える。

　　《 確かあんたらは、生まれて１年経つと、
　　　　人の姿と犬の姿と、使い分けが出来るようになるんだったよな。 》

　あ、うん。そうだよvv　はたはたってお尻尾を振る。俺が人型になったとこ、知ってるだろ？　ああ、なかなか可愛い坊ちゃんだね。じゃあな、

　　《 カイくんはどんな犬の姿になるんだい？ 》
　　《 あ…えと。 》

　それはちょっと、まだ判らない。何がどう作用するのやら、親と同じになるって訳でもないらしいしね。

　　《 俺の両親だって、シェパードとグレートデンだったもの。 》
　　《 …成程。 》

　………その"成程"って、どう解釈したら良いのかな？(笑)　今の姿が俺の人の姿に凄い似てるから、ゾロやツタさんはきっと俺みたいな可愛いタイプの小型犬になるんじゃないかって言ってるんだけど、

　　《 ああ、チワワとか テリアとか。 》
　　《 ミニチュアダックスとか パピヨンとか。 》

　う"〜。二人もそう思うの？　訊くと、二人は顔を見合わせて、

　　《 ルフィはお気に召さないのかい？ 》

　どこか不思議そうな声で言う。だってサ…。

　　《 俺は…ゾロみたいにカッコいい、強い犬種になってほしいんだもん。 》

　いつだってそう思ってるのにね。それを言うと、ゾロもツタさんもどこ困ったなぁっていうお顔になる。そう。丁度、今のボニーやサカキみたいに。

　　《 だってな。お前さんに似てるんだろう？
　　　　それがお前、いきなり大型犬になってもだな。 》
　　《 そうそう。良いか？　考えてもごらん。中身は変わらないんだぞ？
　　　　なのに…見かけはゴツイのに、
　　　　陽気で無邪気で、可愛いもんが大好き〜〜〜なんてのは。
　　　　いかんとは言わないが…。 》

　………うん。それはちょっとギャップがあり過ぎかもだね。そんなこんなと、たいへんお勉強になるご意見を聞いて、じゃあそろそろ帰るねって、お家へＵターン。時々 毛並みに吹きつける風もなんだか甘くて、どこかで梅とか咲いてるのかもしれないね。とたとた・たかたか、軽快な速足で帰ってくれば、居間の大窓に内側からべちょりと張り付いて、カイが"ママお帰りvv"ってご挨拶してくれてる。真っ黒な髪は猫っ毛で、大きな瞳にふかふかなお肌の、ゾロ曰く"ルフィをそのまま二頭身の赤ん坊にしました風"の坊やちゃん。居間を全部使ってのお散歩中みたいだなぁvv　………って、あれれ？

　　《 カイっ!? 》

　ちょっと待ってよ、ねぇ。今、傍にいたゾロのお膝、胡座かいてるお膝に掴まって、うんって踏ん張って。前のめりになりかけて、でも、ぎゅううって頑張ってしゃがんだ姿勢になって。それから……………。

　　……………立った?!

　すぐにも窓にダンッて両手を突いちゃったけど。今、確かに、両手を放して立ってたよね？　パカッてお口が開いちゃって。ゾロもツタさんも似たようなお顔になってて。それから…もうもう嬉しくて！　こっちからも窓にぶつかりそな勢いで駆け寄ると、後足で立って窓ガラスを"かしかしかし…っ"て目一杯に前足で擦っちゃったよう。うわあ、凄いっ！　まだ８カ月に入ったばっかりなのにっ。うひゃあぁ〜〜〜っ！　カイってもしかして天才かも？　凄い凄い凄いっっっ！！！








　　　　　　　　　　　　◇



　何の前触れもなかった、坊やのお初"立っち"に興奮冷めやらぬロロノアさんチでございましたが、居間へと上げられたシェルティのままのママのお耳に いつもみたいにカプッて齧りついて、やっと皆さん平生に戻り。(笑)　メッと叱られつつ引きはがされて、お母様はお風呂場にて人間の姿に戻ることにした。

　　「凄いよね〜♪　カイってばvv」
　　「そうだな。早いよな♪」
　　「早けりゃ良いという訳じゃないのでしょうが、やっぱり嬉しいものですよねvv」

　ほかほかと暖かな窓辺に皆して輪になって座ってて。大人たちが無邪気に はしゃぐ中、カイくん本人は、ママのお膝に這い這いでにじり寄ると抱っこをせがむ。一足早い春の陽気に浮かれる大人たちをよそに、坊やはちょこっとおネムになったみたいです。初夏になったらお誕生日。今から待ち遠しい皆様でございましたvv　………筆者だって待ち遠しいですvvちょんっ





　　〜Ｆｉｎｅ〜　　04.2.19.


　　＊カウンター 123,000hit　リクエスト
　　　　　Chihiro様 『puppy's tailのお話』

　　＊ただただ いちゃついてばかりの、ウチで一番新顔の新婚さんですが、
　　　間近い春、そして初夏にかけては一大イベントが待っている。
　　　………カイくんてどんな犬種になるんでしょうね。
　　　これまでは全然考えないで書いて来ましたが、
　　　呑気に構えてたらすぐなんですよね、子供の成長。
　　　（ちょっと違うぞ。/笑）
　　　皆さんはどんな子がお好みでしょうか？こらこら