月夜見 puppy's tail
 

  番外編 “夏休みにて”  U
 


          



 そこは元来"観光地"ではなく、古来より有名な温泉の源泉を中心に拓けた湯治場であり、やがては外国人向けのホテルや施設が増えこそすれ、それでも長い間とても静かな温泉保養地であった。それが、ハイソな人々にだけ限られた高級な避暑地として、セレブリティの条件みたく個人向けの別荘が建ち並び始めて。自宅以外にまだ屋敷を保有出来る方々の、バカンス向けの豪奢な別邸。そんな"贅沢品"の小じゃれた佇まいへ憧れや夢を持つ人々からの"現地には無理でもせめてその近場に"という求めに応じて、割安な物件のため、近在の、もちっと…下界に近い都心寄りに土地が開拓され、安価で手頃な"別荘"が群れをなして増殖。近隣にはアウトレットショップやアミューズメント施設を取り込んだ大型ショッピングモールまで出来、一種のベッドタウン化さえ見せた。そんなせいで人の出入りが増え、騒がしくなるかと思いきや、それらが丁度"衝立
ついたて"のような役割を果たしてくれて、見物の輩をシャットアウトする格好になってくれたから、何が幸いするかは本当に分からない。とりあえず、この辺りは相変わらず、閑静で落ち着いた由緒正しき"奥の院"として、下界とはちょいとペースやカラーの違う時間が、それはゆったりと流れているようであった。



 そんな土地には随分と久方振りに、新しい住人が増えた。といっても、アクティブな自治会だのパッショネスな青年会だの
おいおいが機能しているような土地柄ではなく、隣近所の詮索に余念がないという方向での"暇人"もそうそうは居ないので、どんな方々なのかという詳細に関しては、直接の"お隣りさん"の間くらいにしか正確なところは伝わっていなかったのだが、

  『かわいい男の子と、ゾロと同じくらいの年カッコの男の人。』

 その別荘を仔犬の姿の時のお散歩エリアにしていたご縁
から、妙なところで物見高い伴侶が、新参の住人たちの情報をちゃっかり仕入れて来ていたりする。それらによれば、オーナーはえらく年若い青年で都内の商社に勤めている会社員。一緒に居るのは十代半ばくらいの男の子だというから、話だけ聞くと自分たちのような組み合わせの二人だとか。
「でね、何でも外国に住んでる知り合いの人に、坊やのお誕生日のプレゼントにってあのお屋敷をもらったんだって。」
「まあまあ、それはまた。」
 子供が遊びの出先で見聞きした他愛のないお話という感じで、軽く聞き流しているらしいツタさんはともかく、
「…ルフィ。」
 ゾロの方はというと、そこはやっぱり…少年の保護者であり、伴侶でもある立場上、捨て置けないと感じるものもあるらしい。ながらで聞いているかのようなポーズを取って、衝立
ついたてみたいに広げていた新聞をおもむろに畳み、
「そうあれこれと他所様の事情を聞きかじってくるんじゃない。」
 好奇心が旺盛なのは、この年頃にはしようのないことでもあろうし、お友達になった相手のことが大好きになればなるほど色々把握しておきたいと思うのも自然な欲求なのかもしれないが。他所様の事情というもの、何でもかんでも詮索するのはあまり褒められることではない。渋いお顔になってクギを刺すゾロへ、だが、
「別に"訊いて"なんかないもん。俺、るうのカッコでしかあの家には行ってないんだからさ。」
 即妙に切り返してから、銀のスプーンを相変わらずの"赤ちゃん握り"の…しかも逆手で操って、おやつのハニープリンをつるんとお口にすべり込ませる、幼い奥方だったりするものだから。
「う…。」
 おっかなびっくりなお行儀はともかく
(笑)、彼の言い分もまた事実なので、う〜んと唸るゾロである。そのお宅の住人の方々と最初に接したのが、今の坊やの姿ではなくシェットランドシープドッグの姿の時だったルフィは、それ以降もそちらの姿でばかり遊びに行っていて。となると、お口は利けないのだから…成程、住人たちの会話をただ聞くだけであり"聞きほじくる"という真似は出来はしない。
「それでも…お前が人の言葉を理解出来るとは思っていないからって話すことの中には、口外されたくないこともあるのかも知れんのじゃないのか?」
 今度は"盗み聞き"という方向から窘めようとするゾロだったが、
「そんな場で聞いたことは、俺、ゾロとツタさんにしか話さないもん。」
 相変わらず、口の達者な坊やであることよ。一方で、元来それほど口の立つ方ではないゾロとしては、こうまで鮮やかに切り返されると、
「う…。」
 やっぱり唸るしかなく。
(笑) とはいえ、

  「…ごめんなさい。」

 そこは、やっぱり。物の道理や世間一般の良識とやらへ、ついつい屁理屈を並べたくなる小生意気な年頃ではあるものの、それが"屁理屈"であり、褒められないことであり、何よりも…大好きなゾロが眉を顰
ひそめてしまう種の"浅ましくて嫌いなこと"であると、ルフィとしてもきっちり理解している。
「お調子に乗っちゃったね。"るう"だからって気を許してあれこれ話したり見せたりしちゃう"内緒"かも知れないのに、実は"聞いたことどこかで話せる子なんだよ"なんて。そんな気はなくても騙してるよなもんだしね。」
 ちゃんとスプーンを置いてから、決して妙な卑下からでなく素直にそうと言って、ごめんねと繰り返すルフィであり、
「………。」
 少々複雑そうなお顔になったゾロが、わざわざ立って行って坊やのすぐ傍らへと腰を下ろす。そんな彼へと甘えの滲んだ瞳を向けつつ、やはり素直に"ぽそん"と懐ろへ凭れてくるルフィの小さな肩を抱き寄せて、
「分かっているなら良いさ。」
 ゾロはふかふかな黒髪に鼻先を埋めた。
「お前の側にしたって、聞きたくもないことをいきなり聞かされるようなことだってあるんだろうしな。」
 これだけは確かなこと。ルフィは何も、故意にそうなるようにと図ってはいない。愛らしい仔犬姿の彼に向こうが勝手に気を許すという場面だって多々あって、そういうケースであるのなら彼には何ら非はなかろう。それより何より、あまり人の目に立たないよう、見つかっても近づかないようにを出来るだけ心掛けてもいる彼だ。
"あんな可愛い仔犬が寄って来たら、つい引き寄せたくなるだろし、何かしら他愛のないことを、話し掛けたくもなるもんだろうしな。"
 このルフィのもう一つの姿。大きな琥珀色の瞳の愛らしさや、ふかふかさらさらな黒髪、柔らかでみずみずしい肌の感触もそのままに、元気で愛嬌たっぷりな、小さな小さなシェットランドシープドッグへと変身出来る彼であり、ここいら一帯をテリトリーにして、バネの利く健脚にて たかたかと軽快に駆け回るのを日課にしてもいる。そんな"彼"と出会った折りには…油断してつい、隠して来た本音や秘密を語ってしまう人だってあろう。そういう"呟き"は矢鱈と口外しちゃあいけないことだと、ちゃんと分かっている彼であるのなら、いちいち叱ることもないなとの認識も新たに、
「ホント、良い子だよな、ルフィは。」
 ただただやんちゃなばかりじゃあない。人を思いやることをしっかり心得ている優しい子。今の今、俎上に上がってたケースのように、話を聞く側にばかり回ることとなる体験のせいもあるのかもしれない。物の言えぬ小さなシェルティとして人々の間を渡り歩きながら、色々な人がいること、様々な葛藤や人間関係があることを、見聞きして来た彼でもあろう。
"俺なんかより蓄積の幅は広いのかもな。"
 大人の葛藤の奥深さは子供にはなかなか分からない代物だろうから、それらの見聞を全てきっちり咀嚼して理解しているかどうかというのは別問題であるものの。頭でっかちなばかりの蓮っ葉な子にはならないでいる、彼なりの"慎み"のようなものへ、とりあえずは信頼を置いてもよかろうと。そんな風に感じたらしい旦那様である。一方で、
「ふふ…♪」
 一応は"良い子だ"と褒められて、ご機嫌さんになったルフィ。大好きなゾロの懐ろの中に掻い込まれたまま、頼もしい胸板に頬擦りをしつつ、
「あ、そだ。ねえねえ、ナミさんやサンジさん、そろそろ遊びに来るのでしょう?」
「ああ。」
 いきなり話題が変わってしまい、それがどうかしたのかなという物問いたげなお顔で見下ろせば、
「海
カイにね、ベビー服をいっぱい持って来てあげるってvv」
 小さな小さな赤ちゃん、二人の大切なベビー。カイくんのこととなると、そこはやっぱり…何よりも優先させちゃうルフィであり、無邪気でお元気、暇さえあれば外へと飛び出している相変わらずな腕白坊主ぶりも、この"宝物"の存在にだけは敵わない。
「どんなのなのかな♪ ナミさんは"い〜っぱい"って言ってたけど、どんどん大きくなるから、う〜ん、同じサイズのが沢山あっても困るよねぇ?」
 口調までもが急に母親めいた物言いに変わっていて、ねえ?なんて小首を傾げながら見上げて来る可愛い奥方に、
「あ、ああ。そうだよな。」
 少々面食らってしまった、若い若いお父さんであったりする。やっぱり"母"は強いということか。しっかりしろっ、元・全日本チャンピオンっ!
(笑)











          



 聞いていた列車がいよいよやって来た。幾つも連なった車両たちがホームへとすべり込むように到着して静止したところへ駆け寄って、ホームから車内を覗き込む。ここへこそやって来た乗客ばかりの車内には座席に居残る人もなく、網棚からボストンバッグを降ろす人や、中央の通路に立ち、先の人から順に降りてゆくのを待つ列やらが見えるばかり。ここいらは日本を代表する観光地でもあるので、外国からの旅人も少なくはなく。それでも、たった一人で降り立つというクチは珍しいからか、その金髪碧眼の青年には人々からの注目もやたら多く集まっていた。ただ"異国の人だから"というだけが理由ではない。
"…カッコいいもんな♪"
 初夏の陽射しの中に立つは、すらりと伸びた長身痩躯。白磁の肌に甘い蜜をくぐらせたかのような金の髪。特に長く垂らされた前髪の陰には、深い青を中央に封じ込めた宝石を思わせる瞳が何とも印象的で。西欧人としての彫の深さはあるものの、それでも繊細そうな面差しはやさしく整って、端麗にして静。観光地へ来るくらいだから、いかにも堅苦しい地味ないで立ちでこそないけれど、それでも…日頃からかっちりしたファッションでいるらしいことを窺わせるような、スマートなジャケットを厭味なく着こなしているところがまた、ただ開放的なリゾートへ遊びに来たのではなく、歴史もある奥の院へ"襟を正してやって来ました"という理知的な風情を感じさせ。お陰様で彼を視野に少しでも掠めた人、特に女性陣は、必ずのように視線を奪われ、通り過ぎてなお彼に見とれ、それから連れと共に小声で何ごとか黄色い声混じりで囁き合うという全く同じ行動に走っているのが、傍から見ていると何だか………。
"う〜ん。"
 ホントは物凄い"子煩悩"なお父さんなんだけれどもねと、それを言ってやりたくなりつつ、
「サンジっ!」
 約束した通り、ホームでのお迎えを待つ彼の元、軽快な駆け足にて向かったルフィである。軽やかな駆け足に先んじた呼びかけへと、素直に顔を向けて来た彼
の人は、
「…ルフィか?」
 一瞬、眸を見張ってから、ゆるやかにその面差しをほころばせる。ぽんっと地を蹴って最後の一歩で飛びついて来た小柄な少年を、懐ろへと柔らかく受け止めて、
「サンジ、サンジ、久し振りだようっ!」
「分かったって。ほら、ルフィ。」
 ぎゅう〜うとしがみついて ぐりぐりぐりと。おでこや頬を一心に擦りつけてくる愛らしい坊やを、彼の側からもジャケットの胸元へきゅうと抱きしめながら、
「ほらって。お顔、見せてくれよ。」
「あ、うんっvv
 今ここに居る彼だという実感を全身で味わってたルフィに負けないくらい、彼の側からも思い入れは深い。まずは、とばかり、仰向いたお顔を両の手でそぉっと両側から支えて、やわらかな頬を手のひらに包み込み、愛しいお顔をじぃっと検分。大きな琥珀の瞳は溌剌としていて表情豊かで、瞬きのたびにワクワクというお元気な光が弾けているかのよう。なめらかな線で構成された小鼻や頬の柔らかさも、くすぐったそうな笑みを浮かべた瑞々しい口許も、
「う〜ん、これは覚えてるままなルフィだ。間違いない。」
 うんうんと鹿爪らしい頷きようをする彼に、ルフィは堪
たまらず軽やかな声を立てて笑った。
「変なの。ムービーメールとかでお顔はいつも見てるのに。」
 それも結構頻繁にだ。それなのに、こんなにも微に入り細に入り、点検するみたいに確かめた彼なのが可笑しかったらしいルフィだが、
「あんなもんはただの電気信号を再生した画面だろうが。」
 サンジはどうかすると意外なくらいに真面目なお固い声になり、
「何万画素ってほどのどんなにリアルな代物でもな、本物のルフィとは全然比べものになんないんだよ。」
 少ぉし腰を屈めて目線を合わせた格好のまま、当の本人へ…しかも真顔にて、そんなことを言ってのける人。
"あやや…。/////"
 深色の瞳の真摯さに射すくめられての、これが免疫のないお嬢さんであったなら一発でくらりとよろめいていたかも知れない囁きだったが、

  「んもう。」

 この彼からこそ、いつもいつも甘やかされているルフィにしてみれば、今更たじろぐほどのことではないらしい。
「ここは日本なんだからね。サンジがロマンチストなのは知ってるけどサ、ちゃんと奥さんがいる人が、そういう歯の浮くようなことを気軽に言っちゃあいけないの。」
 ちょっぴりほど上目遣いになって、いかにも子供っぽく口許を尖らせるルフィの反駁にあっては、
「………はいはい。」
 苦笑混じりに眉を少し下げた"ごめんなさい"というお顔になってやり、屈んでいた腰を伸ばすサンジだ。一丁前な言いようもまた、やんちゃな子供の懸命な背伸びに聞こえて、可愛くって可愛くってしようがない彼なのに違いなく、
「ん。」
 分かればよろしいと、こちらも鹿爪らしいお顔で頷いたルフィが、それら一連の…どこか芝居がかってた態度をゆるめて"くくっ"と吹き出した。
「ごめんね、ホントは凄い凄い嬉しいんだ。だって前に逢ってからもう1年近くだろ? 俺の方からだって、ずっと逢いたかったんだもん。」
 大好きなのに遠い遠いところで暮らしている人。どんなに忙しくても、ルフィのこと、いつもいつも優先してくれる優しいサンジ。かつての二人ぼっちの生活の中で培った、至れり尽くせりの采配や心地いい気配りをいつだって忘れずにいて、困ったりすると一も二もなく飛んで来てくれるだろう頼もしい人。でも、だから。時々とっても逢いたくなっても我慢した。逢おうと思えば逢える人。今やサンジにも大切な家族があるのだから、いつまでも頼ってばかりじゃいけないと。頑張って頑張って日本での日々を過ごしてた最初の頃。そして今では、こんな偉そうなお出迎えなんか出来ちゃうようになった。
"これもやっぱり、サンジが居てくれたからなんだ。"
 寂しかったり辛かったりがどうしても我慢出来なくなったなら、いつでも頼りなさいと。地球の裏側からだって飛んで行くからと、いつもいつもそう言ってくれてた人。そんな風に言われてたことこそが"お守り"になって、まだ大丈夫まだ頑張れるって支えになってくれたんだと思う。とっても大人で、ゆるやかに大きな懐ろの中、離れていたってしっかり支えてくれてたサンジには、いつだって感謝を忘れないルフィなのだ。
「さ、おウチに行こうよ。ゾロが車で待ってるから。」
 荷物を持とうと手を出す彼に、
「こらこら。こんなもんは大きい大人に任せりゃいいの。」
 あっさり奪い返して、そのついで、
「そうそう、これも確かめときたかったんだ。」
 空いてた片方の腕にてルフィの細腰に手を回し、ぐいっと引き寄せ、
「よっと…。」
 力を込める。すると、この細っこい体のどこにそんな力があるのか、
「わ、わ、凄い。」
 中身はともかく
(笑)見た目は…かつての中学生より多少は育った筈のルフィの足が、ホームの上から少しばかり浮いた。
「よ〜し、まだ抱っこは出来るか。」
 ご本人が一番に満足し、すとんと降ろしてやってから、
「会うごとに背が伸びてくからな。頼りにされるお兄さんとしては、その腕っ節が見合うかどうか、いつだって戦々兢々
せんせんきょうきょうなんだよ。」
 そんなことを言って悪戯ぽく笑ったサンジだった。













          



 ホームから改札を抜けて、待ち合いを兼ねたロビーに出る。ロビーと言っても外との境にドアやガラスの壁などがある訳ではなく、景観への影響を考慮したらしき、やや古めかしい作りの屋根つきのエントランスロビーというところだろうか。券売機や窓口が並ぶホールへ明るい陽光がふんだんに射し込むアーチ状の出口が幾つかあって、その内の一つへと向かいかかったその途中。
「…あ。」
 何に気づいてか、不意に足を止めたルフィであり、
「???」
 それに釣られてやはり立ち止まったサンジが彼の視線を辿ってみれば、その先には…本意からではないながらも重々見慣れたお顔の青年が立っている。この初夏の季節には爽やかなまでによく映える、短く刈った髪形やら凛と引きしまった顔立ちやらも、ちょっとした外出向けの軽い服装なればこそ、そのかっちりとした体躯が際立っている頼もしい上背も、この坊やと"対
つい"になって記憶にインプットされている存在であり、
"あいつも相変わらずみたいだな。"
 一口で言うならば、どこまでも自分とは正反対な男。生まれや環境の差異から発した違いとなると、それらを得たのは本人の責任でなし、まま仕方がないのだけれど。普通一般には考えられないほどのずっとずっとを、孤独のままに永らえて来た自分と比べるという前提自体に無理があると、重々分かっているのだけれど。それでも…このルフィが焦がれていた対象にして、諦めかけていた自分たちの運命をそれは鮮やかに引っ繰り返した"起点"となった存在だけに、ついのこととて"アラ探し"をしたくもなる。その"アラ"にしても、この青二才がと、年ばかり重ねたことを笠に着た年寄りの僻目で見るのは癪だけれど、どういう訳だろうか、あの青年にはそういう…絶対的な"覆しようがないもの"を持って来なければ敵いそうにないほどの、重厚で頼もしいところがあるのがまた、勝手ながら癪で癪でしようがない。人生経験も浅く、社会人としても駆け出しの、まだまだ不完全も良いところな青年で。その不器用さから発したことで、大切なルフィを何度も泣かせた憎い奴なのに。自慢ではないが、何を持って来ても行き届いた采配を呈することが可能な身の自分でも、何故だろうか、敵わないもの、引け目のようなものをついつい感じてしまうサンジであり、
"………何故だろうか、じゃないよな。"
 複雑な難所を要領良く切り抜ける術を山ほど知っていて、難無く対処出来たからといって、それがそのまま善であり正義かというと…そこはやっぱり違うという場合だって多々あろう。実は法規の網を擦り抜けているよな代物だと認めているよな小細工は、例え成功したっても、達成感や爽快感よりもどこか後ろめたいばかりな安堵感の方が強く沸き上がる。そういった後味の悪さを覚えなくなったら、それは世に言う"悪党"の仲間入りなのではなかろうかと思うとゾッとする。そんな危険な立場と紙一重な綱渡りを…風変わりな存在として陰の世界にて生きながらえてゆく上でどうしても必要だったがために、多々経験して来たサンジにとって、何もかもがすっかり麻痺しかかっていたところへ飛び込んで来たルフィの存在は、不意に吹きつけて来た清涼な風であり、思い出せないくらいの久し振りに仰いだお日様のようなものだった。どうなっても良いと投げ出しかかっていた人生を立て直し、彼のためにこそと頑張ってみようと奮起させたくらいに、穢れのない宝石みたいな輝きに満ちた、それは久しく持ち得なかった"宝物"。そして、
"…同類、か。"
 あの青年の不器用極まりない態度や姿勢にも、そういった真っ直ぐな、馬鹿正直であるが故の眩しさがあって。限られた"生"のその時その時を、大切に真摯に生きていればこそ持ち得る力強い輝きだと。認めたくはないがそれでも、胸の裡で何かが餓
かつえて羨ましいと身を捩よじるほどの、小憎らしい男。


   ――― とか何とか思って、感慨深げに見やっていたのだが、


   「ね? なんかゾロに似てるでしょ? あの人。」


 ルフィがそんなことを言い出したのへ。まずは意味を把握するのに間がかかり、それからそれから、

  "………はい?"

 何とも言えない表情が、そのお顔の上にて カチンコと固まったサンジである。
「…似てる?」
 もしかして…聞き間違いかな?と悪あがき半分なことを思いつつ、傍らの愛らしいお顔へと聞き返すと、
「そう。年カッコも同じくらいだしさ。髪形とかも似てるからって、此処でのご近所の人たちなんかが時々間違えるくらいなんだよね。」
 全然違うのに不思議だよねと、愉快愉快と笑って見せるルフィだということは…?

  "???"

 あれれ? でも、えっと…?と。混乱を隠し切れずにいる、天下の凄腕ビジネスエージェントさんであり、丁度その同じ頃、

  「お料理の準備にって、まずはサンジさんだけが来るんだって。
   ツタさんのお得意の川魚料理を教えてほしいって言ってたよ?」

  「あらあら、それは光栄ですね。」

 小さなカイくんを懐ろに抱えた幼い奥方が、リビングにてツタさんと和やかにお話ししながら、駅までお迎えに出たご亭主と"サンジさん"を待っていたりするのであったりして………。相変わらずにややこしいお話でございます。








  〜Fine〜  03.5.31.〜6.2.


  *調子に乗っての"実験Part.2"でございます。
   最近、サンジママ(某様命名/笑)を書いてなかったこともあってか、
   えらいこと楽しく書けましたvv
(笑)
   そうなんですね。
   やはりご当人同士でない限り、見分けがつかない場合はあるみたいです。
   でも、こっちのサンジさん、
   ぱぴぃルフィと自分が可愛がってる方のルフィは見分けられると思います。
   だってやっぱり"母"ですから。(やめれ/笑)


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