月夜見 puppy's tail 〜その5
 

  “おあずけは つまんない”


 真夜中の深夜から未明へと、時計の短針が段々に下って来るにつけ。夜陰は静かにその漆黒のベールを薄物へと着替えてゆき。やがて音もなく訪れる静かな黎明は、山々の稜線を空の縁取りとして浮かび上がらせ、木立ちの合間に立ち込める瑞々しい空気を青く染め。そしてそして、木々の緑も深い色合いの山々は、金色の矢を射かける朝の訪おとないに、ようやっと目を覚ます。

  「…んにゃ。」

 清流のせせらぎ、小鳥のさえずり。自然の息吹がほんのすぐ手元足元にまで迫る、それはそれは静かで落ち着いた山深い土地。この環境は、だが、寂
さびれて鄙ひなびた片田舎だから持ち得たという順番のものではなく。都会で大活躍のエグゼクティブたちやセレブな方々が、街の喧噪から逃れたくて、静謐の中に耽りたくて。そんな方々のための…不便な田舎暮らしではなく、物資的に何ら不自由のない、準備万端整った"贅沢な骨休め用"にとわざわざ拓かれた、言わば"選ばれた人"しか住むことは適わない、歴史ある郊外保養地なのである。

  ――― とはいっても。

 このお話の主人公たちは、そういう…"ハイソサエティ"だとか"セレブリティ"だとかいった、自分で振り回す人に限って、ちゃんとした翻訳が出来る身で使っているのかどうだかめっきりと怪しい、ご大層なカタカナの肩書きなんぞには全く全然関心のない、実に自然体のまま、実におおらかに日々をのんびりと過ごしている方々であるのを、まずはご了解いただきたい。別荘地として高名にして有名な、某郊外都市の旧市街地のそのまた奥の院。由緒正しすぎて親戚縁者でも住まわっていない限り、一見さんはまずは入り込むことさえなかろうほど下界とのつながりも薄い、それはそれは落ち着いた空気漂う静かな土地の一番奥に。その昔、日本の政財界を恣
ほしいままに牛耳っていた郷士が建てたと言われている、古い古い欧州風の山荘がある。

  「ん〜〜〜。」

 そこに現在住んでいる、若いオーナーとその家族がこのお話の主人公さんたちで。時代の変遷と共に、持ち主もくるくると変わるのがこういった別荘の常とはいえ、今現在のオーナーさんは、歴代の主人の中でも最も年若い青年であり、しかもその同居人がこれまた変わっている。一見すると十代半ばくらいの童顔の男の子。大きな琥珀色の瞳と、若木のような伸びやかな肢体を持った、舌っ足らずな甘い声のそれは無邪気でそれは愛らしい少年なのだが、実は実は…魔訶不思議な精霊の末裔で。心許した人の前では、愛くるしい仔犬の姿に変化
へんげ出来る、奇跡の存在。人懐っこい眼差しと素直なやさしい心とを合わせ持ち、心開いた人たちを魅了して幸せにする不思議な精霊の生き残り。ひょんなことから彼との縁よしみを結んだ青年オーナー氏は、天涯孤独で、なのに寂しがり屋なこの少年に、心からの真実の愛を告げ、そしてそして…二人の間に愛しい"愛の結晶"をもうけたばかり。青年の名はロロノア=ゾロといい、少年の名はルフィという。………そう、

  「うみゃい…。」

 先程から、好きなだけ寝言もどきなお声を放ってくれているのが、その精霊くんであり、この夏に小さなお母さんになったばかりの男の子。
う〜ん どういう案配なのか…夜中に頻繁に赤ちゃんの"ご飯"のためにと起き出さないで良いのが随分と助かっている小さな母上は、だというのにも関わらず、以前に比べるとかなりのお寝坊さんになった。かつては、朝一番の陽射しが部屋へと差し込むと同時くらいというほどの早朝にも。朝の気配というものに擽くすぐられてか、勢い良くぱちりと目覚めては、一緒に寝ていた旦那様を"お散歩に行こうよう"と傍若無人なまでの無遠慮さで叩き起こしていたものが。今では、
「ル〜フィ。朝だぞ、起きな。」
「にゃ〜〜〜。」
 自分ですっかり起き上がってしっかり身支度まで済ませたご亭主に、逆にゆさゆさと小さな肩を揺すられて"朝だよ"と起こされている始末。とはいえ、そんなに"いぎたない"ということはなく、
「海
カイがお腹空いたって騒いでるぞ。」
「…あ、うん。起きる。」
 さすがは小さくても"お母さん"だ。この一言にはむくりと身を起こすところがご立派なことよ。寝ぼけ眼のままに着替えを終えると、足元が危なっかしいからと旦那様の頼もしい腕の中、ひょひょいと軽々抱えられて二階から降りて来る。明るい朝の陽射しをたっぷりと取り込み、すっかりと空気の入れ替えも済んだ、爽やかなリビングルームに足を運べば、
「おはようございます。」
 カイくんが生まれてからは、用心のためにと泊まり込みでずっとずっと居てくれる、頼もしい家政婦のツタさんからのご挨拶へ、
「おはようございますvv」
 やっとバッチリ目が覚める現金さ。というのも、
「今朝はベーコンエッグとサンドイッチにスパゲティサラダ。デザートにはプリンスメロンをご用意しましたよ?」
「うわいvv」
 ツタさん特製の美味しい美味しい朝ごはんが早々と待ち受けているからvv
「ジュースは?」
「ルビーのグレープフルーツですよ。」
「うわいわいvv」
 色気より食い気で、寝ることより食い気。微妙なお年頃である。(おいおい)朝餉のメニューにやっとのことで完全に目が覚めたお母さんは、そのまま、風通しのいい窓辺近くへと足を運ぶ。目の詰んだ絹張りの衝立
ついたてで風向きや陽射しを加減した一角に据えられたベビーベッドには、先に起きたゾロが…自分たちの寝室のお隣り、続きの間に寝かしておいた筈の小さな赤ちゃんを既に運んで来ていて、お人形さんのような小さな手足を動かしては"あーう、うっく・んぅ"と、何かしらお喋り中。
「カイく〜ん、もう起っきしてましたかvv」
 大きな眸に柔らかな猫っ毛ときて、容姿はどうやらお母さんに似たらしき可愛い坊や。羽二重みたいなマシュマロみたいな、どこまでもふかふかと柔らかい肌に、ちょんちょんと指先で触れてのご挨拶をしてから、これはもう慣れたもので、ベッドから抱き上げて懐ろ深くへ抱きかかえ、静かに静かに眸を伏せるルフィだ。………と、そんな二人の輪郭に沿って、淡い金色の光が放たれて、

   ――― ………。

 朝の爽やかなる陽光の満ち満ちた、十分に明るいリビングルームなのに。何故だろうか…小さな少年と小さな赤ちゃんとが抱
いだき合う、そんな愛らしい姿が、周囲のあらゆる気配を静かに静かに圧倒して黙らせてしまう。朝の光が細やかな水晶細工のように透き通って張りのある蝶々の翅とするなら、こちらはさしずめ、光の天使の翼からこぼれ落ちた、生命力を帯びた純白の羽…というところか。
"間違いなく、命を育む光、だもんな。"
 その父上が生業としていた"文筆業"を引き継げるほどには、感性やセンスとやらいった繊細な感受性の持ち合わせがなく、全く追っつかないゾロだったが。それでも…この神聖で優しい光の構図には、毎度毎度、何かしら感じ入るものがある。柄になくも息を呑み、黙って見とれてしまっている。見るからに幼
いとけなくて、聖画のように神聖な精霊たち。少女と区別がつきかねるような、まだまだ未分化な細っこい腕、小さな手。愛らしくて不思議なその存在感は、淡く儚く柔らかな印象のあまりの可憐さに、こうして眺めやっているだけでも、充分に心が洗われるような気がする。

  "…でもって、どうサバを読んでも"神秘的"ではないんだよな。"

 こんなに不思議な存在なのにもかかわらず、妙に…現実的と言うか、足がしっかり地についてるというか。

  「はい。カイくん、御馳走様だよ。」

 十分に"ご飯"をもらったからと、むにむにと朝のうたた寝に入る可愛い赤ちゃんを、そぉっとそぉっとベッドに戻してやって、さて。

  「お腹空いたよう。」

 ゾロ、ご飯にしよう、早く早く…と。腕を取ってキッチンまでぐいぐい引っ張るところは、母になる前と全然変わってはいない、がんぜないまでの腕白さよ。

  "ま。この方が俺には似合いなのかも知れないが。"

 天使や精霊という"ファンタジー・ジャンル"に付きものな、真っ白なレースやふりふりフリル、金銀パールプレゼント…じゃなくって
(笑) キラキラ輝く貴石の世界なんぞに突入されても困りもの。
「スパゲティ、美味しいvv」
「ああ、こらこら。またそういう持ち方をする。」
 相変わらず、フォークを真っ直ぐ"赤ちゃん握り"にする、幼い伴侶のお行儀に苦笑しながらも、自分にあったカラーの奇跡であることへ、妙な満足を示しているところのゾロさんであったりするのである。









            ◇



   さて。平日の午前の彼らのスケジュールはというと………。


 カイくんの"ご飯"が済むと、皆で朝食。それから、ルフィは"るう"に変身して、腹ごなしにそこいらを一回りして来る。

  『あんおんvv(いってきま〜す)』
  『お気をつけて。』
  『余計な寄り道すんじゃないぞ?』

 以前はゾロを無理から叩き起こして、朝も早くに"一緒にお散歩"だったものが、このところはルフィがすっかりお寝坊さんになってしまったため、ご亭主は先に一人でジョギングと鍛練を終了していて。その流れのせいで、奥方は食後に一人でのお散歩に出掛けることと相成る。まま、これはこれで…ワンちゃん仲間とのご挨拶や交流、情報収集も兼ねての"見回り"と解釈し、たかたかと手際よくご町内を一周してから帰って来るのだが。

  『あんあんっvv(ただいま〜)』
  『おう、お帰り。』
  『お帰りなさいませ。』

 ツタさんにはここで…お昼ごはんの支度を早めに終えると、一旦お部屋へと引いてもらう。カイくんが生まれたその前後から、何となく心許ないからと1日中居てもらっているのだが、この頃ではさすがに慣れて来たのと、働き者のツタさんはちょっとでも手が空くと何かしらの"お仕事"をどこかから見つけて来て休みなく手掛けてしまうので、お昼間はお部屋に引いてきっちり休んでもらうことにした。そのうちには以前のように日中だけの"通い"に戻ってもらう…ことになったら、甘える癖のついたルフィが一番困りそうだが。
(笑) …それはさておき。

  「ぞ〜ろ。」

 ルフィは少年の姿に戻って、夏向きのタンクトップに短パンという極めて砕けた恰好に着替えると、リビングへと戻って来た。元は東京で商社マンだったゾロだが、今はそっちを完全に引き払い、この屋敷にて時折資料整理の仕事を消化する程度。それとは別に、隣り町のスポーツクラブにて、インストラクターのアルバイトを週に何日かこなしている身だ。そんな彼が居間のローテーブルへと、ファイリングされた書類とノートパソコンを広げていて、
「なに? お仕事?」
 ソファーのお隣り、ぱふんと腰掛け、てんでよく分からないディスプレイ画面を横合いから覗き込む。ゾロが担当しているのはジムナスティック…体操やトレーニングといった部門の"ウェイト・トレーニング"のクラスで、しかもその入門段階という初級基礎クラス。あれこれと偏った状態でやって来る初心者の体や力のバランスを均等に均し、次の本格的レベルのクラスへ送り出すというのがお仕事なのだが、
「ああ。久し振りの新規会員さんを担当させてもらうんだ。」
 それで、その会員さんの体力だの希望設定だのの基本データをまとめて、トレーニングスケジュールを組んでいるらしい。カタカタとキーボードを操作し、数値をインプットし終えて、だが、
「どうしてなんだろうな。俺が担当してる会員さんたちってのがまた、なかなか次のレベルに上がってくれなくってな。」
 キーボードを叩いていた手が止まり、珍しくも"はあぁ"とため息なんぞを洩らすゾロだ。
「それって、ゾロの成績みたいのに影響するの?」
「いや。今のところはそういう扱いはされてないけどな。」
 場所柄が場所柄で、年間会費を最初にド〜ンと収めるタイプの、これもまた"エグゼクティブ"御用達なサロンぽいところだからか、そうそうノルマだ何だという強制的な業績をコーチ陣にキツく押し付けるクラブでもない。とはいえ…いつまでも先へ進まない生徒さんばかりというのは、教える側には結構堪える現状であるらしく、
「…俺って指導員には向いてないのかな。」
 ファイリングされた資料の束の端っこを指先で摘まみ上げ、ぱらぱらぱらっと下へ滑り落として見せるゾロだったが、

  「…ゾロのせいじゃないと思う。」

 ルフィがぽつりと呟いた。んん?とそちらを見やると、ゾロの伸ばした腕に小さな顎の先を引っかけるようにしてこちらを覗き込み、自分が端っこをぱらぱらと弾くように滑らせて見せたファイルを、その大きな瞳にてまじっと見つめている。
「何でだ?」
 いやにきっぱり言い切った彼だなと、怪訝そうな顔を向けると、
「…だってさ。」
 途端に口ごもって、視線を逸らしたルフィだったが、
"ゾロってカッコいいからさ。"
 恐らく…担当している会員さん本人も記録更新の際などに触れているのだろう資料書類の束からは、あなたが好きだという方向の、憧れだの…もっとストレートに恋情だのという、好いたらしい人へのホルモンやフェロモンの香が、男女取り混ぜて複数人数分ぷんぷんと匂うのだ。
"教えてる会員さんたち、ゾロの担当から離れたくないから、いつまでも初級クラスに居残ってるんだってば。"
 こういうの分かってしまう身って ちょいと面白くないよなと、目許を眇めたルフィは"むむう"と唇を尖らせる。スポーツクラブだから尚のこと、この青年のいかに素晴らしいかという点は隠しようもないことだろうなと容易に想像もつく。今こうやってちょいとぶかぶかなTシャツ姿でのんびりと寛いでいても、その姿態から何とも言えない頼もしさがついつい滲み出ている人。上背があって、精悍な顔立ちは凛と涼しげで。そしてその肢体は素晴らしいまでに鍛え上げられていて、屈強にして豪。雄々しいが機能という点での無駄は一切ない、絞り上げられたる筋肉の束が撓
しなやかに張り詰めた胸板、肩、二の腕、背中。見栄えだけでなく、動作もまた機敏で切れがあって軽快な、何とも見事な体躯はそのまま理想体型の"動く見本"であり、ルフィの大好きな大きな手も、深色の切れ上がった鋭い眼差しも、気の利かない不器用なところも、指導される側にはいっそ男臭さとなって素敵な魅力に転じてしまうのだろうと思われる。だから、
「気にしなくっていいと思うってこと。」
 癪だけれど、だからってそれをそのまま伝えるのはもっと癪。そういう匂いが分からない上に、人一倍鈍感なゾロは、どうやらそういう対象だと思われてること、全然気がついていないらしいのだからして、余計な事を教えて意識させてもしょうがない。
「なあなあ、それ、急がなきゃいけないお仕事なのか?」
 気に入らない匂いから離れたくて、そんな風にお話しの流れを無理からねじ曲げる。我儘はほどほどにするもんだって判ってるけど、何だか落ち着けない。
「いや、もう数値は入れたしな。」
 電源を切る作業を進めて、起こしていたモニター部分をパタリと伏せる。大きな手はこういう事務系のお仕事をこなす時にも頼もしく動いて男らしい。
「じゃあさ、遊ぼうよう。」
 これもやはり頼もしい腕を、横合いから両腕で抱き締めて、自分の薄い胸へと引き込みながらおねだりの声を上げるルフィである。何と言ってもまだ子供。十代半ばの年格好だとはいえ、人間の側の世間一般の年齢やら気性やらをそのまま当てはめてはいけなくて、
「ゲームか何かか?」
 訊くと、かぶりを振って見せ、
「鬼ごっこがいい。」
 ぎゅうぅっとしがみつき、大きな瞳をそっと伏せる。するとたちまち、彼の小さな体が光を放つ。カイくんへの"ご飯"とはまた違う、本人の輪郭を滲ませてしまうほどの強い、だが暖かな光が収まると、

  《クン・きゅう〜んvv》

 つややかにふかふかの毛並みをした、小さくて愛らしいシェットランド・シープドッグが現れる。ぷるぷるっと全身を振るって毛並みを立たせ、その身にまといつけてたわずかばかりの衣装を落として。真ん丸なお顔、少しだけ傾げて"くう?"と見上げてくる様は何とも愛らしく、誰だって相好を崩すこと請け合いのキュートな仔犬くん。体の大きさが縮んだことで、しがみついてたゾロの腕からは滑り落ちるように離れてしまったが、そのままソファーから"とたん…"と降りると、中庭へと向いたテラスへトコトコと向かい、開け放たれていた大窓からお外へ降りて振り返る。どうやら"お庭で遊ぼう"というお誘いらしい。
「おいおい。」
 こちらの意向も聞かない坊やなのはいつものこと。まだまだ子供で、それにも増して、その身に流れる野生に近い血はいつだって、軽快な躍動やちょっとした刺激を求めているに違いなく。奔放で軽やかな、そんな彼であることが、ゾロの側でも…実は一番にお気に召しているところではあるのだが、そうそう鼻面を引き回されてばかりというのも何だか癪だと、ふと、そんな風に感じたらしい。
「………。」
 声も掛けぬまま、テラスのポーチに降りたところでこちらを見返る小さなシェルティくんを、こちらからもじ〜っと黙って見つめている。と、

  《―――っ。》

 ワンちゃんをお飼いの方ならご存じだろう、ちょいと金属音を引くような、ひーんひーんと高い音を滲ませた甘えの声。鼻の奥まった所からのそんな声をしきりと放ち、それでも動かないと"あんおん…っ"と鳴いて見せるものだから、

  「こら、騒ぐとカイが起きちまうだろうが。」

 ごもっともな声が返って来たことへ。サッシの桟へその小さな前足の先を引っ掛けて、乗り上がって室内を見やっていたシェルティくんは、
「………。」
 きゅうぅ・くうぅ〜〜〜んと寂しそうに鼻を鳴らすと、ふさふさのお尻尾を垂らして、ちょこっと俯いてしまった。ルフィとて、カイくんは可愛いし大好きだ。カートでのお散歩に出る時に、絶対絶対自分が押すんだとカートのバーを譲らないらいに。ゾロとの間に生まれた赤ちゃん。愛しい我が子だもの、何があったって優先して守るし、大切。でもね、それとこれとは別問題。大好きなゾロ。いつもいつも くっついてたい、良い匂いがして温かくて、優しくてカッコいいゾロ。撫でてくれるとテンションが簡単にハイになれちゃう大きな手。背だって高い高いのっぽさんなのに、お話しする時はするするって素早く屈み込んでくれて、人のカッコの時だって軽々と抱えてくれる力持ちで、お耳から直接胸まで届くような、響きの良いお声のゾロ。みんなが好きになるのが判る素敵な人。でも、だから、俺のなんだからなっていつだって確かめたいんだ。どんな我儘だって聞いてくれるし、誰よりも優先してくれるって確かめたい。とってもとってもシヤワセなのに、もっともっとって思ってしまう。悪いお薬を舐めたみたいな、いけない気分。
"…悪い子なんかな、俺。"
 こんなこと、思うのっていけないことだよな。犬は犬同士で、人は人同士で生きてくもんなのに、ゾロはこんなややこしい生き物な自分のこと、好きだよって言って優しくしてくれる。ゾロは俺と遊ぶ時は、あの"取って来い"っていうの、絶対やんない。投げてもらったもの、駆けてって咥えて来て"ハイっ"て渡す遊び。とっても構ってもらえてるって思えて、結構楽しい遊びだのに、

  『犬への使役って感じで好きじゃないんだよ』

 ゾロはそんな難しいこと言ってた。あとでナミさんに聞いたら、犬に何か命令して仕事させてるみたいな遊びだからじゃないかしらって。仕事をする、人の手助けをする犬は、それが人の側の都合で訓練されたものであれ、素直に凄いなって思ってるゾロだけど、

  『ルフィを相手に"取って来い"ってのはイヤなんだって』

 お熱いことよねって。ナミさん、笑ってた。でもね、俺、半分ほど"犬"だもん。こんな風に姿も本能も。ゾロはだのに、いつもいつも気遣ってくれて。それって"ふつー"じゃないことで、とっても大変なことなのに。なのに俺、ついつい忘れて思い上がって、もっと好きって言ってほしくなる。すぐにテンションに振り回されて、やんちゃな"おいた"ばっかりしてしまう。

  《きゅうぅ〜ん…。》

 鼻声になって、桟に引っ掛けてた足を降ろして。一人でお散歩、行って来ようって向こうを向きかけたら、

  「ほら。」

 声がして。そっち向くと、中腰にしゃがみ込んだゾロがさ、遊ぶ時用のリードを、ぶらぶらって目の前で振って見せる。
「ごめんごめん。遊ぼうな。"引き綱鬼"だろ?」
 そう言って悪戯っぽく笑ってくれるから、
《あんっ!》
 あっと言う間に"うわぁ〜っvv"て。気持ちが引っ繰り返って、さっきまでの"しゅしょー"な想いが吹っ飛んでしまったようっ。ゾロてやっぱり大好きだっ。

  「あ、こらこら。まだ10数えてないだろうが、待てって。」

 鬼の側が相手の"お尻尾"を捕まえる、本物の犬を相手にやるにはとんでもなく持久力が必要な、ちょいと過激な鬼ごっこ。ズボンのベルトに金具の側を引っ掛けた、ゾロの"お尻尾"代りのリードにじゃれついて、お庭の真ん中へと出てゆきながら"好き好き好き〜〜〜っ!"っと跳びはねるルフィであり、見るからに楽しげなこの二人、この調子でいつまでも…時々はこっそり焼きもちなんかも抱えつつ、幸せそうに暮らしてゆきそうな気配である。


  「よーしっ。今度はこっちが鬼だ。」

  《あっ、狡いぞっ。ゾロ、いっつも10数えないっ!》

  「数えてたら姿が見えなくなるだろがっ。」


 おおう。どうやら言葉まで通じて来たご様子。
(笑) どうかどうか、幾久しくお幸せに…vv




  〜Fine〜  03.6.5.〜6.6.


  *カウンター87,000hit リクエスト
     凪様
     『ゾロに構ってもらいたくて仕方のないルフィ』

  *ぱぴぃルフィがお好きだとのことでしたので、
   ついついこのシリーズを選んでしまいました。
   凪様、いかがだったでしょうか?
   原作船上ものへの勘が、
   またぞろ鈍りそうな今日この頃でございます。
おいおい


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