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「…人騒がせな奴だよ、ホントにまあ。」
情け容赦の無い大きな声で、そうと言い切ったシェフ殿の罵声に、
「このクソコックが…っ。」
「ああん? 何だって? 聞こえないなぁ。」
わざわざ覗き込むように間近に寄っての、サンジからの濶舌のくっきりしたお声に耳を塞いだまま、辛そうにうんうんと唸って。それは爽やかな朝の光に満たされた医務室の寝台にて、横になった剣豪殿が両手で頭を抱えている。
「大体"盗み酒"なんていう意地汚いことをするからだろうが。」
「そっちこそ、酒棚に普通にあんなもんを並べとくなよな。…いてっ!」
珍しくも一方的に剣豪の側が劣勢な様子で運んでいるところ言い争いの、この彼らの話題に挙がっているのはというと。ゾロが夜中にキッチンからこっそりと持ち出した1本の酒瓶の話。ラベルと中身が違うのは、こんな洋上ではよくあること。若造揃いのくせに酒好きの多い船であるそのため、安い密造酒を場つなぎの寝酒用にと余分に買っておくこともあるシェフなので、これもその手の酒かと無用心にも確認せぬまま飲んだところが、
「メスカルサボテンから作ったテキーラもどき。殺菌消毒用にって醸造した高純度アルコールなのに、飲んじゃうなんてさ。」
即効性の二日酔い醒まし、アセドアルデヒド分解薬を作って来たチョッパーが、信じられないと呆れて言い足す。
「アラバスタでルフィが食べてサ、幻覚を見て大変だったの、忘れたのか?」
おおう、あのサボテンですか。それはまた…お懐かしい。(笑)
「いや、だから、そんな代物だって事からして、判らなかったんだってばよ。」
必死で弁明する剣豪さんへ、
「一遍折れてるからって補強したのによ。何でまた、一番大切なマストを、わざわざ切り倒してくれるかな。」
日頃はあまりきついことは言わないウソップまでもが、容赦のない一言をボソッとくれるものだから。
「………。」
今回ばかりは立場のないロロノア=ゾロ氏である様子。
………………………… つまり。
ゆうべ遅くの夜陰に紛れて。そういう危ない代物だとは露知らず、こっそりとボトルごと失敬した特別仕様のテキーラで…恐らくは幻覚を見てとち狂い、とんでもない"悪酔い"をした剣豪殿が、やるに事欠いてマストを叩き斬るほどの大暴れをしてくれたのだ。
「まあ、船全部を解体される前に気づけたから良かったがな。」
夜中であっても研ぎ澄まされた警戒心から眸が冴える、油断のない性質の人間が…この船には彼以外にもう一人いて。女部屋にて不穏な空気に気がついて、持ち前の"ハナハナ"でがっちりと取り押さえてくれたその上で、ロビン嬢は皆を起こした。それを振り切るほどの強力(ごうりき)でマストを叩き切った"現実"に、クルーの全員がすぐさま本気で目を覚ましたのは言うまでもなくって。それからは全員掛かりで押さえ込み、酔いが醒めるまで揚錨用の鎖で縛って監視し続けたという散々な夜だったのだが、
「…痛ぇ。」
生まれて初めての二日酔いに、日頃の威風堂々とした風情も吹っ飛んで。ちょっとした物音や振動でさえ頭蓋骨の奥へと響くらしくて。そんな頭痛にのたうちまわる様が面白くてか、お怒りの発奮よりもからかい半分に傍らにいたサンジだったが、
「これからが地獄だぜぇ。」
「…何でだよ。」
「何たってマストが折れたんだからな。ウソップがこれから補強用の鉄板を打ち付ける作業に入る。」
「…げっ!」
おおう。とんてんかんと金づちを振るう作業が始まるのですか? 容赦なく。それは…さぞかし響くことだろうねぇ、アルコールでマヒして無防備過敏になった頭には。(笑) そんな医務室へ、
「もう およしなさいな、苛めるのは。」
新しい水差しを運んで来た美しき考古学者さんが、くすくすと笑いながら二人を引き分けた。
「剣士さんが可哀想だからって、修理はお昼を回ってからにするって、彼、言ってたじゃないの。」
…おいおい。ミス・ロビンのすっぱ抜きに、サンジも肩をすくめて見せて、
「そうなんですがね、こいつはこういう機会にでもとことん痛ぶっておかないと、日頃が日頃ですからねぇ。」
「なんだよ、それはっ。………うっくくく☆」
選りにも選って、自分の出した声に撃沈している大剣豪見習いさんである。どか、お大事に。(笑)
………で。時は少々経過して。
からかうのに飽いたか、それともそろそろ昼食の支度があるからか、シェフ殿は自業自得な"病人"の傍らを去ってゆき。それと入れ替わって、さっきまで仮眠を取っていた人物が傍らへと来てくれたのは良かったが。
「………。」
今は今で、その船長さんが。ベッド脇にて…頬をぷっくりと膨らませている次第。
『一体どんな幻覚を見たんだ? あんな暴れるなんてよ。』
『…言いたかない。』
『言わないと此処で大騒ぎするぞ。』
『………。』
そんな脅迫に屈した剣豪さんが語ったお話は、幻覚にしてはくっきりとした筋立ての、臨場感あふれる一大絵巻。細部まで覚えていた場面の中、燃え盛る炎は特に記憶にも鮮明だったらしいが、
『…あれ? 待てよ、その話。』
どっかで聞いた覚えがあるなぁと、腕を組んで小首を傾げた船長さんが考え込むこと…数刻。
『思い出した。ウソップの話だ。』
『…そだったか?』
何日前だったか、暇な午後の子守歌代わり、ウソップが語ってくれた自作のおとぎ話。
『船じゃなくってお城が襲われる話で、沢山の国民たちから慕われている王様の身代わりにって、招かれてた誇り高き騎士ウソップが後に残ってさ、敵襲をたった一人で追っ払ったっていう話で…。』
そうと説明していた途中から、不意に口を噤んだルフィは、
『そうか。そうやってまた俺んコト庇ったんだな。』
『おいおい、夢の中での話だろうが。』
『そんでもっ。ゾロはそうすることを自分で選んだんだろう?』
『…いやその。』
結局のところ、夢幻の中で危惧したそのままにご本人の逆鱗に触れたらしくて、こっぴどく叱られてしまったのだ。最初の大噴火から数刻後、今もなお、ルフィはうぐうぐと唇を震わせていて、
「自分のための戦いなら、どんな無茶をしようと構わない。辛くたって我慢して手も出さないで見てるけど。そうでないならそんなの絶対ヤダからなっ!」
「…ルフィ。」
チョッパーの薬が効いて来たのか、それともこのお怒りのお陰さんでなのか、ゾロの二日酔い頭痛もとっくにどこかへ吹っ飛んでいて。その代わり、愛しい船長さんのお怒りが、肌にひたひたそれはもう鮮明に伝わって来る。
「ゾロ、いつか言ったじゃんか。死んだら殺すからなって。なのに…自分はそんなことすんのか? 俺より先に、自分から死のうとすんのか?」
「だから…お前は船長だろうがよ。」
その身は誰かたった一人のものではない。どうかすると彼自身のものでもない。彼を慕い彼を敬う人々が幾らかでもいる以上、そんな彼らの精神的な支柱でもあるのだから、その命、その身を勝手に遇してはいけないのだ。そうと掻き口説きたくて、ベッドの間際にいる相手の眸を見上げると、
「…そんでもヤダっっ!」
今にも蕩け出してしまいそうな、潤みの中に滲んだ眸と鉢合わせたものだから、
"やべぇ…。"
さしもの海賊狩りも、息を飲んで押し黙る他はない。
「ずっと傍に居るって約束したじゃんかっ! ずっとずっと居てやるから余計な心配するなって。そう簡単には死なないから安心してろってっ!」
今にもあふれ出そうな涙を浮かべて、咬みつくように言いつのり、必死になって言い諭そうとする。そんな彼へと、
「…ルフィ。」
たかだか夢の話だというのに、こうまで激してしまう彼への愛しさが込み上げて。ただでさえ言葉の回らぬ無粋な剣豪は、
「………。」
胸を衝かれたそのまま、剣幕に押されるようにぐうと黙りこくってしまった。そんな彼だと気がついて、行儀は悪いが洟を思い切り啜り上げると、
「良いな? 今度こそ約束だからな。」
ルフィは敢然と言い放つ。
「絶対にそんなことはすんな。俺んコト庇ったりすんな。そんなことで生き延びたって、俺、全然嬉しくない。」
「ルフィ、」
「約束だからなっ。いいなっ!」
有無をも言わせず、その場しのぎのウソさえもつかせまいと、キッと鋭く睨み据えて来る。
"………。"
純粋な想いに張り詰めた真摯な眼差し。この彼から…他でもない一番に愛しい彼からこんなにも想われているのだと思うと、それだけで総身が熱くなる。
「…判った。約束だ。」
くっきりとした言葉を返しながらも…その内心で。いつかきっと、この約束だけは破ってしまう自分だろうなとゾロは思った。何も好き好んで破棄する訳ではないが、それだけ敵が増えることは間違いのない、途轍もない将来を、野望を目指している彼だから…。
「ホントだぞ? 約束だ。」
「ああ。約束だ。」
それで安堵したのか、屈託のない笑みをやっと浮かべた童顔に、
"………。"
さっきよりずっと…痛いほど胸を衝かれた剣豪だった。ああ、どうしよう。これまで一度も神を信じたことはなかったけれど。あの幻覚の中で最後に祈ったそのように、この誓いをもしも自分が破ったならば、その身を流れ星に変えてほしい。爪の一片さえ残さず、跡形もなく消されて良いから、その代わり。彼の幸せをつかさどるために燃え尽きる、一瞬一条の光になりたい。幼いとけない頬に手を伸ばして、宥めるように撫でてやりつつ、本気でそう思ったゾロだった。
 おまけ  
「……なあ、俺、その幻の中で海賊王だったんか?」
「まあな。」
「ふ〜んvv」
「キャプテンコートも似合ってたぞ。」
「そか♪ なあ、帽子は?」
「帽子は…覚えてねぇな。」
「これは もうかぶってないよな。
だって、海賊王になったってことはシャンクスに会って返してるだろし。」
「だろうな。」
「………。」
「そん時は新しいのを買ってやるさ。」
「新しいの?」
「ああ。」
「うくくvv それは楽しみだな♪」
〜Fine〜 02.11.12.〜
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祐希サマ『剣豪、いまわの際を思う。
〜死でさえもその笑顔ひとつで贖われる想い』
*参考にといただきました歌詞の掲載は著作権の関係で遠慮しましたが、
これってご指定のあった歌詞よりも、
どちらかというと"アゲハ蝶"かも知れません。(汗)
えと、ウチは一応"死にネタ"はNGとなっておりますため、
このようなオチを持って来させていただきましたが。
すみませんです。頑張りましたがこれで一杯一杯です。
冗談抜きに、前半の設定考えながら泣いちゃいそうになりました。
どうかこれで堪忍してくださいませです。ではでは。
*追記。
えと、UP後のご報告メールに祐希様からご返事がございまして。
それで発覚した重大な事実がございます。
どうやらMorlin.は、
大きなのっぽの勘違いをしておったらしいのです。(こらこら、真面目に。)
祐希様は“死に際のそのものの心理描写”ではなく、
このまま、大切な人、好きな人と寄り添って過ごせる、
幸せな終わり方が出来りゃあ最高だよな、なんてことを言うゾロへ、
満更でもなさそうながら、
何言ってんだよーなんて言い返すルフィというような、
そういうお話をご希望だったのですね。
Morlin.が うきゃ〜〜〜っと慌てふためいたのは言うまでもありません。
ゴメンナサイ、すみません。
後日、別作品にて書き直しをさせていただきます。
こちらはこちらで想像以上のお話を書いて下さって嬉しかったと、
とてもお優しいお言葉も、ありがとうございます。(おろろん/泣)
何で確認を取らんかったのだ、自分…。
祐希様、そして既にこのお話を読まれた方々、
Morlin.の先走りでとんだ想いをなされたでしょう。
申し訳ございませんでした。
以降、気をつけますので、どうかお許しくださいませです。
2002年11月14日 Morlin.拝***
*…で。
時は流れて、このお話に、新しい続きが出来ました。
このお話のあの前半が、
夢オチではなかったならば…といったところでしょうか。
書き手は五年経ってもさして成長しとらん同じ筆者ですので、
先に言っちゃうのもなんですが、
心配するには及びませぬというオチになっておりますです。
よろしかったらそちらもどうぞvv
『もう一つの“rehearsal of the tragedy”』→ *

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