月夜見
(あたい)千金
  



 暦の上では堂々たる“夏”だが、彼らがいるのは春島海域だったゆえ、初夏の気候は何とも軽やか。陽射しの強さも角度もそれなりのものになりつつあるとはいえ、
「アラバスタの砂漠や夏島海域の真夏の灼熱地獄に較べたら、軽い我慢大会ってトコかしらね。」
 それでも一応は陽避けのためのパラソルを立てて、甲板に出したデッキチェアの上に伸び伸びと撓やかな肢体を伸ばし、航海士さんが心地いい陽光の恩恵を体へと受けている。人間の体内時計は実は“25時間”周期なのだそうで、地球よりも火星向き…じゃなくて。
『だから、一律の明かりが灯されてはいるけれど、窓がなくて外を見ることが出来ない環境下で、時計もないまま過ごすとね。その人の感覚は少しずつズレてゆき、半月も経てば昼と夜が苦もなく逆転してしまうのだそうよ?』
 そんな物凄いお話をして下さった考古学者のお姉様が、そんなズレも朝一番の陽の光を浴びることで修正出来るの、それだけ太陽の光って大切なのね…と話を結んで下さったものだから。ちょぉっと暑いがこれも御利益と、ありがたい日光と戯
たわむれることにした、それは判りやすいクルーの皆様だったりし、
「いくら体に良いったって、紫外線の浴び過ぎはよくないんだからな。それと、水分補給も忘れんな。」
 一番暑さに弱い船医さんが、そんな諸注意を届けにと甲板のあちこちを歩き回っている、ここはそう、毎度お馴染みの、ゴーイングメリー号。
「あれじゃあ、チョッパーの奴が一番に紫外線とやらを浴びてないか?」
 今日のスィーツの下ごしらえにも一段落ついたとばかり、キッチンキャビンの戸口に凭れつつ、甲板を見渡していたサンジだったが、そんな光景には“おやおや”としょっぱそうな苦笑を零した。そんな声を聞いて…こちらは同じキャビンのテーブルで重たそうな本を開いていたロビンが、見ずとも判る船医さんの可愛らしさへ声を出さずにクススと微笑い、お胸の前にて両腕をそっと交差して見せる。すると、
「ほえ?」
 ポンッと。トナカイドクターの山高帽子の上へ一組の手のひらが花開き、背中に背負ってたリュックを勝手にまさぐり始める。
「おっ? おっ?」
 何が始まったんだと、自分の背中を見たくて首をひねるのだが、いかんせん、ちょこなんとしたその頭身のままでは首も短くてなかなか覗けず、勢い余って同じ場所でぐ〜るぐる。そうこうする内にも、ロビンが咲かせた手は目的のものを見つけたらしく、チョッパーの頭の上で腕を吊るのに使う三角巾がパンと広げられ。それが…左右へ張られた手首の広がり加減が絶妙だったから、丁度いい案配の“日傘”になっていて。
「あやや、ありがとな?」
 小さな蹄が白い手の甲を撫でてお礼を言えば、キッチンのロビンが“くすすvv”と微笑う、何とも不思議でほのぼのとした連携プレイがあったもんで。
「ふにゃ〜。」
 潮風もさらさらと心地よく。遠い先の沖合では、細波が陽を受けて金色の粉を撒いたように細かく煌めいている。波も静かで、潮騒も穏やかに響くだけの、それはそれは安寧に満ちた今日の甲板の風景…だったのだけれども。


  「おうおうおうおうおうっ!
   ガキの玩具みたいなナリをして、
   A級の賞金首が3人も乗ってやがるザコ船ってのはこれかぁっ?!」


 せっかくの静かな平和を打ち破る、何とも大きなダミ声が後方から追いついて来た。何だなんだと転寝からそれぞれ揺すり起こされた面々が、手近な船端から顔を出せば、結構頑丈そうな船が一叟、こちらの航路の真後ろから、少し不自然な速力を得てぐんぐんと近づきつつあって。
「最近、多いな、ああいうの。」
「世間知らずというか。」
「恐れ知らずというか。」
「単なる“身のほど知らず”じゃねぇの?」
「いやいや、いっそのこと“恥知らず”だろう。」
 そりゃいいやと、声を揃えて…ついでに顔も見合わせて“あっはっはっは…っ”と、それは朗らかに笑いあってる男衆たちを睨みつけ、
「だから。そんな呑気そうな調子でいるあんたたちに、その言いよう、そのまんまかぶせてあげるってのよっ。」
 風向きや海流だけでは足りないからと、大きなオールを持ち出して、人力ででも“えいさほいさ”と漕ぎつつ、こっちへの接近の模様を見せている相手の船だと把握して。これはそのまんま戦闘へなだれ込みそうだとの先読みをし。甲板の上をざっと見回して、さっきまで寝転んでたデッキチェアや陽避けのパラソル、主帆の桁木にあくまでも邪魔にならないようにくくってた洗濯用のロープ、カッコ女性陣のシャツやパジャマやカットソーといった洗濯もの付きカッコ閉じるなどなどを、チョッパーの手を借りて大急ぎでキャビンへと取り込んでいた、そりゃあ頼もしい航海士さんが手伝わんか、こらと大声を出した。これからそれはそれは危険で物騒な、海の荒くれ、海賊同士の戦いという修羅場になってしまう船上だということへの憂いから、ついついぴりぴりしている彼女であり、
「…ったくもう。なんでああも呑気でいられるんだろ。」
「いつものことじゃない。」
 そういうこちらさんもまた“いつものように”うふふふと楽しげに微笑って見せるのは、依然として読書を続けていたらしき考古学者のお姉様だったが、
「それはまあ そうなんだけど。」
 性懲りもないことへはさすがに納得していたらしきナミさんが、
「ただね? 何か壊されたり、怪我をして自分の船へ帰れなくなった連中が出て、追い立てるのに手を焼かされたりするのが面倒で。」
 今からそういう方向へ…つまりはこっちが勝つことが前提の何やかやへと憂えている彼女であり。勝敗予想へは一片だって不安を持っていないらしいからこその発言をして、憂鬱そうにお顔を曇らせている太っ腹ぶりも、結構剛毅というか呑気な方かも。ロビンさんが“あらあら”と、ますます楽しげに苦笑して見せたキッチンキャビンの扉を、今日はウソップががたりと閉め込む。文字通り“小脇に”抱えられていたチョッパーがじたばた暴れ、
「ウソップっ、もう離せってっ!」
「え? あ・おお、すまねぇ。」
 剛毅というか呑気というか、と言えば。
“この二人も、結構 面白い子たちよね”
 そりゃあま、いかにも殴るぞ斬るぞと武器を構えて、怖い顔したおじさんたちが大挙して至近へ押し寄せて来そうになったなら、こりゃ堪らんと逃げ出したくなるのが当たり前の反応ってものかも知れない。少なくとも…今、甲板に居残っている連中のように、ワクワクと待ち受ける方がおかしいのだろう。けれどでも。臆病者に見せといて、実は実はこの二人だって、あっちの男衆に負けないくらい、土壇場で発揮する力には物凄いものがある。死ぬ気になったら同じレベルになってしまう辺りは、十分に“同じ仲間”に違いないのに、
「凄げぇよな〜、あの3人。」
「しょうがねぇよ。あいつらは俺らと違って、戦うことが飯より好きな星の下に生まれたんだ。」
「えっ?えっ? そんな星があるのか?」
「おうともよ。年に一度、大殺界の真夜中に極北の空に煌々と輝く凶星で…。」
 何やら怪しげな解説が始まったのへ、やれやれと肩をすくめた航海士さん。船窓から見やった甲板には、戦闘担当の三大巨頭だけが居残っており。
「うっひゃ〜〜〜っ、何日振りだ? 襲撃が来たの。」
 いかにもの笑顔満面にて、ワクワクと待ち受けているのは船長のルフィだけであり、
「ったく、面倒なことだよな。」
 せっかくいい感じで昼寝してたのによと。頼もしい筋骨の張った肩の上、こきこきと首を倒して、いかにもかったるそうに見せている剣士さんや、
「お前はこれが担当だろうが、文句言ってんじゃねぇよ。」
 俺なんざ、これから“涼感たっぷり、ゼリーに寒天、ナタデココも浮かぶ、つるりんクールなトロピカルパンチ、シトラス風味”を作ろうと構えとったトコだぞと。うっかりまだ腰に巻いてたカフェエプロンを外しつつ、ぶうたれるコックさんだったりするのだが。
「ごちゃごちゃ喧しいな、二人とも。そんなに面倒だってんならよ、俺一人で全部相手するぜ?」
 せっかくのお楽しみゴコロに水を差すんじゃねぇよと視線を向けて来た船長さんへ、
「ば〜か。」
「お前だけに楽しませて堪るかよ。」
 実は実はどこか凶悪なほど楽しげに、にんまり笑ってた双璧さんたちだったりし、

  「麦ワラのルフィっ! 覚悟しなっ!」

 こっちの船縁へどんとぶつかって来たそのまんま、鉤金具のついたロープや槍で間をがっちりと固定して、堂々の接舷を果たした相手方。向こうの頭目だろう、なかなか良いテリの出た、真っ黒な陽灼け顔のおっさんが高らかに言い放ったそれを合図に、ギラギラとした野卑な笑みを口元へあからさまに張りつけた手下どもが、わあわあと雄叫びを上げもって大いに勇んで乗り込んでくる。此処は荒海、グランドライン。ここまで生き残ってることこそが、彼らにとっての、唯一でこれ以上ないほど確固たる、自分たちの強さと運の良さの証明だから。どんな卑怯な手を使っても、どんな卑怯な“逃げ回り”を見せても構わなく、よほどの間の悪さで…山ほどもあろう海王類やら、海軍の艦隊、世界レベルにてその勇名が鳴り響いてるほど“名のある海賊団”にでも向かい合わない限り、負けるなんて夢にも思いはしないもの。ましてや こんな、童っぱにやっと毛の生えたような青二才どもが、片手で収まる頭数しか乗っていないような船。
「海軍も何でまたこんな連中に、億単位の賞金を懸けているやら、だよな。」
「気が知れねぇぜ、まったくよっ!」
「ありがたいあぶく銭、俺らがいただきだっ!」
 あまりの御馳走、美味すぎる話を前にして、もう既に正気が飛んでる奴らなのかも。だって、どうして………同じ方程式を相手へ向けない? 自分たちより若すぎるガキばかりが、しかも恐ろしいほど少数で構成している海賊団。なのに、なんで。誰にも潰されないまま、こうして航海し続けている彼らなのか。デビューしてまだ間もないにも関わらず、あの海軍が上級レベルの懸賞金をつけたのか。

  「相手は総勢 4、50でこぼこといった人数か。」
  「結構多い方かな。」

 伏し目がちになり少しほど俯いて、顎先まで流した髪の陰、指の細い手のひらで風よけの幌を作ったサンジが、咥えた紙巻きの先へと火を点ける。
「どこまで馬鹿な奴らなんだろうね。」
 考えてもみな、俺らを畳んだとして、自分だって海賊なのに海軍へどうやって引き渡すんだ。自分たちには10ベリーだって賞金なんて懸かってないってか? そんな雑魚な奴がどうやって、何千万とか何千億とか、高額賞金が懸かってる相手を伸せると思うのかね。俺ら、見た目はガキだからってんで、海軍のうっかりミスだとでも解釈すんじゃねぇか? こんな稼業をやってる奴は、多かれ少なかれ、見通しが甘い大馬鹿者揃いだかんな。
「ガキって…そんな老け顔ぶら下げて、よくも言えるよな、お前。」
 素に戻った振りでの呆気に取られました口調。微妙に別なところへとツッコミを入れた、そんなサンジの言いようへ、ルフィまでもが大きく口を開けて“かかかっvv”と可笑い、
「うるっせぇな。向こうのああいう顔触れを見りゃ、さしもの俺でもそう思えるんだからしようがねぇだろが。」
 少々いきり立ったように言い返したゾロの言いようへ、
「確かにな〜。まーた今回は、ヒドイのばっかが雁首揃えてま〜。」
 わざとらしくも顔の半分を覆っている直毛の金髪の上、庇のように構えて小手を翳
かざして相手陣営を見渡したサンジであり。………あんたたち。仲間割れしてる振りをしつつ、結局のところは、しっかりと相手をからかっているだけなんでしょう。

  「あ、判ります?」
  「え? そうだったのか?」
  「そういう奴だよ、お前はよ。」

 やっぱり彼らもまた、剛毅というか呑気というか。大挙して押し寄せる敵を前に、ぎりぎりまでこんな軽口が叩ける余裕がまた、何とも面憎い連中であり。
「てぇ〜いっ、その減らず口もここまでだっ!」
「覚悟しやがれっ!」
 鞘から抜かれた蛮刀が何本も。照りつける陽を受け、ギラリギラリとあちこちで乱反射をし、到着した者から次々に、風を切って振り下ろされてくるけれど。紙巻きをくゆらせているシェフ殿も、麦ワラ帽子の後ろ、両手を挙げて笑ってる船長さんも、そんな余裕の姿勢を微塵にも崩しはしない。何故ならば、

  ――― 哈っ!

 鋭くも、力の籠もった気合い一喝。甲板の床に沿って、めいめいの腰辺りの高さまで。大きな圧の籠もった、形ある風がどんっといきなり炸裂する。押され負けし、跳ね飛ばされてしまう尻腰のない者らが、足元から体を浮かされて船端から海へと振り落とされている。天空からいきなり降って沸いた、強烈な竜巻のような何か。それほどまでに凄まじき突風を起こしたのが、
「…ま、まさか。」
 山のように大きな巨人族でもない、凶暴で特殊な力を持つ魚人でもない。屈強で雄々しいことは雄々しいが、むしろ絞られた体躯の撓やかさの方が印象に残る、そんな剣士の手元から。刀身もスリムな練鉄の和刀を一閃して放たれたもの、俗に言う“剣撃波”だと、一体誰が信じようか。
「今の…ただの剣撃だけなのか?」
「ばばば、馬鹿なっ!」
「何かが爆発したんじゃねぇのかよ。」
 船長さんが悪魔の実の能力者なのは知れ渡ってもいるけれど、元海賊狩りのこちらの彼には、手配書にもそんな但し書きなぞついてはいなかった筈。三刀流で知られた彼の、がっつりと大きな手には1本ずつの刀。白鞘の刀は抜かれてはおらず、二の腕に括った黒のバンダナもそのままであり、それらが示すはS級レベルの警戒態勢ではないということ。彼にしてみれば大した技ではないらしかったが、腰を落として足元をしっかと踏み締めた“戦闘態勢”なままの、刀の両手持ちはなかなかにワイルドで迫力があり。口許だけが横へと力んで笑ってはいても、キツく眇められた目許の鋭さには猛禽の殺気が十分に込められてもいて。
「………ひっ!」
 一番の間近に居合わせて、触れもしない剣の圧にどんと直接押された面々は。本物の剣客の持つ力というものが、決して重い刀を深々と突き立てる“膂力”だけではないと…練り上げられた気魄を繰り出す、技量のようなものの深さや厚さを思い知り、肌身で味わうという貴重な体験をしたこととなったのだが、
「誤魔化されてんじゃねぇよっ!」
 誰かがまだ震えながらも、空元気をまとわせた怒号を上げた。
「ここはこいつらの船だからな。どんな仕掛けがしてあるか。」
「おおお、おうっ。そうともさっ!」
 そうさ きっと、剣を振れば凄げぇ突風が出るような、そんな仕掛けがあるに違いないと言い出す者が出たもんだから、

  「…何だそりゃ。」

 そういう仕掛けが大好きな、船大工には困っていない海賊団もそういや居たなぁ。元気してっかな、あいつらもよ。なあなあ誰の話だ? ほれ、お前がアフロのかつらかぶって戦った。ああ、割れ頭な。そんな呑気な会話が出るほどに、こちらさんもムキにはならず。インチキ扱いを受けた剣士本人からして、隙のなかった身構えを解くと、刀の片方をひょいと担ぐように肩に乗せて見せ、あとの二人に応じて気安い軽口を叩いていたりし。何の警戒もしないで背中を向けてしまうほどなのが、いかに舐められているのかを如実に示しているだけに、
「く…っ。」
 苛立たしげに歯咬みした、恐らくは敵陣の兄貴格だろう大男。
「馬鹿にすんのもいい加減にしなっ!」
 脂の乗った騾馬の尻を思わせるよな、内に張り詰めさせた肉の張りをまんま剥き出しにした上背をムキムキとうねらせて、ずんと重そうな稲妻型の蛮刀を振り回すと、周囲の仲間たちに道を開かせ、
「大した腕でもないガキが、余裕見せてんじゃねぇよっ!」
 恐れもせずに間近に寄って。大きく頭上に振りかぶった、楯になりそな幅広の蛮刀が、天空から降り落ちる陽を受けてギラリと光る。丸太のような太い腕といい、上背があることといい、二階から容赦なく叩きつけられるよな感のある、重くて避けようのない攻撃であったけれど。
「覚悟っ!」
 がなったそのまま、どんっという一撃。船ごと割ったんじゃなかろうかという重みのあった攻撃はだが、

  「覚悟 覚悟とうるさい奴らだな。」

 本人は無頼の者を気取ってか、世に言う“鼻つまみ者”のようにあくまでも荒くたく振る舞うことが多いものの。そして、何でもない日ほど、甲板でごろっちゃしているその姿が、何ともだらしのない奴だと、言葉や所作より雄弁に語っていたりもするのだけれど。

  ――― その意識が一旦敵へと冴え返れば。

 構えし刃の鍛鋼のごとく。静謐の中、気魄の剛気がびしりと強靭に立つ威勢の、何とも凛然と潔いことか。かつては魔獣と呼ばれし貪欲さも失せ、清しいほど伸びやかに、されど重厚さはいや増した、その存在感の凄絶に剛毅なことよ。凍るような眼差しのまま、頑強そうな右腕だけが斜め上の宙空へ、いつの間にやら跳ね上がっていた剣豪であり、

  「え………?」

 大男が振り下ろした腕は、剣の高さを想定したより多めに下がっていたが。それは決して、甲板の板を貫き通したからではなく。楯の代わりになりそうだった、中華包丁並みの幅があった刃が………真ん中辺りで真っ二つ。すっぱりと切って落とされていたからで。殺到していた皆の間をひゅんっととんだ疾風が一迅。誰にも当たらなかったところまで計算していたなら、これぞ正しく“神業”というものか。切り離された刃の先は、凄まじい勢いのままにこっちの船端から飛び出してゆき。行き着いた先は…配下たちの働きを高みの見物と洒落込んでいた、向こうさんの船長の立ってた背後。メインマストのど真ん中へがっつりとつき立ったコトでやっと、皆の目にも留まった次第。
「凄げぇ〜〜〜っ、ゾロ、カッコい〜いvv」
 手放しで喜ぶルフィの傍ら、
「最後のシメまで、ちゃんと狙ったもんなんか? 偶然じゃねぇの?」
 疑わしいと目許を眇めるサンジだったりし。何だとごらァ、ヤルかてめぇ、と。完全に相手を仲間内へと切り替えた双璧を尻目に、

  「俺も俺もっvv カッコいいトコ見せてやるっ♪」

 行っくぞぉーっとばかりに腕を付け根からぐるんぐるんと大回し。それから、
「ゴムゴムの〜〜〜っ!」
 大きく背後へと振りかぶった両の腕が、伸びる伸びる、どこまで伸びる? 背後にあったキャビンを、見もせず器用に避けて斜め上へと伸びてった腕の先。ぐうに握られてた拳が、今度は一気に、凄まじいまでの反発力を得て吹っ飛んでくるから物凄く。少し屈めていた上体の、帽子の上をびゅんっと通過した手が、まんま砲弾のように海賊たちを“当たるを幸い”というノリでドカドカと薙ぎ倒し叩き伏せ、
「バズーカっ!」
 発動してからの宣言が、もしかしたら伸された敵には届いてないかもという必殺技。炸裂したあとには文字通り、何も残らぬ悪魔の大砲。彼の正面の真っ直ぐ前には、誰の姿も残さない。これもまた、目にも留まらぬスピードの乗った大技を披露され、
「ひいぃいぃぃぃっっ!」
 素直に腰を抜かす者も出たが、大半はそれでもまだ諦めない。
「な、成程な。さすがは億単位の賞金首だ。」
「そんでも、こんだけの数で一斉にかかりゃあ…っ。」
 きっと何とかなるさと、またもや甘い観測を打ち出す手合いがいて、それに乗っちゃう奴らだったりし。
「ありゃりゃ、盛り返しちまった、のかな?」
 怖じけづかないとは不思議不思議と、声が裏返りかかったルフィへ苦笑し、
「まだ無事だから、そうなるんだろうよな。」
 馬鹿ヤロほどこれだから始末に負えないと、サンジが肩をすくめて見せたところへ、
「見たものをまんま信じられない、自分に応用出来ないってのは、想像力が貧困な証拠だ。」
 ゾロがさらっと言ってのければ。
「お前みたいにイメージトレーニングなんてなお上品なもんはしてねぇんだろうよ。」
「悪かったな。お前こそ、街でナンパするときゃ、そういうのも心掛けた方がいんじゃねぇのか?」
「お〜や、お前からそっちのことで助言を受けようとは思わなかったぜ。」
 おいおい、またぞろ仲間内での口喧嘩かね。
(苦笑) 敵さんを放っぽり出しての舌戦に入りかかった双璧さんたちの頭上、索具から解けたか途中で誰ぞが切ったか。帆桁から降りていたロープの先に掴まって、反動をつけるや、あっと言う間の空中滑空をしてきた輩たちが、片手に下げてた剣を振るったが、
「てぇ〜い、うるせぇなっ!」
「こっちは忙しいんだからよっ。とっとと帰んなっ!」
 片足立ちの、されど何ともバランスの見事なままに。長い脚をなお長く、勢いをつけてぶん回し、これもまた“当たるを幸い”と蹴って蹴って薙ぎ倒したシェフ殿であり。その傍らでは、こちらも やはり刀をぶん回し、峰打ち含むの剣撃で、一山いくらの輩ども、あっさりと突き飛ばしては海へと叩き落としている剣豪殿だったりし。

  「あーっ! ゾロもサンジも狡りぃっ!」

 喧嘩してるように見せかけといて、自分たちだけで何人も倒してよぉ。俺だって活躍すんだからなと、親指の腹で鼻の頭をちょいと撫で、そのまま一気に“よーいどんっ!”したゴムの船長。一斉に振り下ろされる剣の切っ先を次々に避けつつ、だかだかと無作為なコースでただただ駆け回っていただけかと思いきや。
「………お。」
 片手の先を、なんとゾロの腰あたりに掴まらせていた ちゃっかり者。ある程度離れればゴムの反発が生じ、掴まれたところが ぐんと引かれたが。何となく意を察して、その場に危なげなくも踏みとどまっていれば。
「え?」
「げっ。」
 伸びるに従い、ぎゅぎゅうと締めつけられることとなるから。甲板にいた賊どもが一網打尽にまとめられ、
「やっ♪」
 まだまだいかにも子供っぽい造作の手が、ゾロからパッと離れて…しゅるしゅるしゅるっと、そ〜れは勢いよく引き戻されるから。ひとまとめにされていた海賊どもは堪らない。強靭なゴムが引き戻される、その凄まじい反発力によって一斉に引っ張られた様は、まるででっかいベーゴマが一気に回されたようなもの。勢いに巻き込まれて倒れかかる者のすぐ至近にいた者もまた、支えにとしがみつかれたり、倒れ込んで来られたりするものだから。ゴムの収縮に持ってかれての将棋倒し状態になり、バッタバッタと情けなくも倒れるやら飛ばされるやら。
「ひぃぃいぃぃぃっっ!!」
「何かよく判らんが、凄い弄ばれ方をされてねぇか? 俺ら。」
 こんな目に遭ったなんて、恥ずかしくて他人には言えない。ああそうか、だからこいつら、あんまり武勇伝が広まってなくって。そんなだから、俺らみたいのがうっかり手ぇ出してしまうんだ。なんて不親切なんだよ、同じ海賊への仁義に欠ける…と。ぼちゃぼちゃと海へ叩き落とされた面々が、やっぱり身勝手な不平を並べていたその大向こう。

  「さあさ。
   こっちがこうむった被害への補償金を出して頂きましょうじゃないの。」

 いつの間にキャビンから出て来たやら。大男へメタモルフォーゼしたチョッパーを引き連れて、相手の船にちゃっかりと渡ってたナミさんが、目の前で起こった怪奇に腰を抜かしてた船長さんへと、いつもの如く、ファイトマネーの請求に取っ掛かっていたのでありました。








            ◇



 今や、お宝目当てじゃあなく、乗ってる相手を見極めた上での、賞金首目当てでも狙われるようになった彼らであり。
「これも“お宝”になんのかなぁ。」
 頭をちょいと傾けて、自分の首条をペシペシと叩いて見せるルフィへと、
「まあ、奴らにとっちゃあ そうなんだろうよ。」
 元は“海賊狩り”という賞金稼ぎだったゾロが苦笑する。そうと名乗ったことはないと本人は常々反駁していたが、賞金首の中、海賊ばかりを狩っていたのだからそれも仕方がなく。
「汚ったねぇお宝があったもんだな、おい。」
 やっぱり賞金のかかっているゾロへ、サンジが忌ま忌ましげに声をかける。何だとと反発しかかったが、そこへ おらよと伸ばされた手には綺麗なシャンパングラス。淡い紫のジュースの中に、型抜きされたゼリーや寒天がゆらゆらと泳いでいて何とも涼しげで。
「注意しとくが、ねだられてもルフィには絶対飲ますな。」
「なんで。」
「大人用のはカクテルだからだ。」
 そう言って、ルフィへと差し出した方のグラスは淡い水色。
「お前もな、お代わりはちゃんとあるから、こいつのをねだるな?」
 キッチンまで来なと言い置いて、空になった銀のトレイを小脇に挟むと、キッチンへと戻ってく。すらりとした背中の何とも憎たらしいことと、思いきり目許を眇めたゾロだったものの、
「だーっ、こらっ。今言われたトコだろが。」
「だってよ。そっちには葡萄が入ってる。」
 自分のに入っているのはグレープフルーツなので、葡萄だけほしいと、そう思って手が伸びたらしく。
「サルか、お前は。」
「なんだよー。」
 ぷぷいと膨れて尖らせたお口へ、だがだが、
「うや?」
 差してあったストローで掬い上げた葡萄を持ってってやれば。途端に相好を崩して口を開ける現金さよ。
「うめぇ〜〜〜vv」
「酒が染みてるだろから、もうダメだぞ?」
 うんうんと頷いて、自分の方のグラスをストローで掻き回す。すぐのお隣に並んで座ってる、まだまだ幼さの色濃く残るルフィの横顔を、何とはなしに見下ろして。

  “お宝、か。”

 一言で“お宝”と言っても、宝石や金貨など万人に共通の価値があるものから、一部のマニアや専門家にだけ途轍もない価値があるものまでと、冗談抜きに色々あって。後者の場合は、一般の人には何の値打ちもないばかりか、その一部の人間たちが“我も我も”と、何が何でもという執拗さで奪いにくるから、
“神は神でも疫病神ってのと同じになっちまうよな。”
 一見、何の変哲もないものだのにね。スプーンで掬ったピンクの寒天を口へと頬張り、幸せそうににっぱり笑って眸を細めてる、何とも他愛ない少年なのに。海軍の関係者や賞金稼ぎたちにとっては、昇進や多額の賞金のタネであり、生死は問わないなんてな言い方までされている。さっきの乱闘は大したそれではなかったが、それでも、あんな手配書を見たってだけな、何処の誰とも知れない奴らが、この子の命を狙ってくる。

  “…冗談じゃねぇよな。”

 口に出して言えばまた拗ねるだろから、分厚い胸の中でだけ、今また誓い直すこと。自分の野望も大事だが、この能天気な船長を“海賊王”にするまでは。何処の馬の骨にだって、そうそう軽々しくも傷つけさせたりはしない。それが覇者になるのへ必要なステップならば例外だけれど、詰まらない雑魚には指一本触れさせたくない。自分は早くに世を拗ねてしまい、その時に捨てた無邪気さや無垢なところを、依然として持ち続けてる彼だから。そんなものを抱えたままでは到底、辛くて苦しくて先へなんか進めないぞと。それで見切った純粋さや潔白さ。今まだ余韻が残ってて、擽られれば自分は苦しいと感じるのにね。彼はそれを刺激されると、そのまま激怒出来る希有な存在。どんなに脆弱であろうと、何かに懸命さを貫ける者には惜しみない賛辞を素直に向けるし、それが道理の“弱肉強食”へも、理解はしながら、けれどでも。どうしてわざわざ弱い者を必要以上になぶるかと、心からの怒りを隠しもしない真っ直さが目映くて…憧れて。自分の代わりに潔白でいてくれと。強いからこそのその純白を、泥なら俺がかぶるからいつまでも維持しててくれと。そう思うからこそのささやかな誓い。

  「…ゾロ?」
  「何でもねぇよ。」

 自分をきょとんと見上げる大きな琥珀の瞳へと、小さな嘘を一つつき、愛しい黒髪をもしゃりと撫でる。今日も今日とて、世は事も無し。覇王伝説はまだその半ばだが、挫けない心がある限り、航路
みちは着実に拓かれるばかり…。







   aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


    「それにしてもよ。ゾロの剣撃を見ての“何か仕掛けがあるぞ”は良かったな。」
    「あそこまで自分へ都合のいいことを思いつける奴ってのは初めて見たな。」
    「今度ウソップに作らせるか。」
    「は? 何か意味があるのか? それ。」
    「不思議な拳法使いの真似が出来るぞ♪」
    「お前ねぇ…。」







  〜Fine〜  05.7.20.〜7.21.


  *カウンター182000hit リクエスト
     初
(うい)様 『かっこよく活躍するルフィとゾロ』


  *あまりの暑さから、書き進むペースも がたたっと落ち、
   ついついお待たせしておりまして、申し訳ありません。
   でもでも、なんでまた皆様がウチへ
   “シリアス”とか“カッコいい”を求めて来られるのかが、
   私本人にはちょっと判らない…。
   どう頑張ってみてもこんなもんですぜ? ウチの奴らでは。
(う〜んう〜ん)

ご感想などはこちらへvv**

back.gif