月夜見

   “春は もうすぐ?”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

この冬も 結構な雪が降ったし大風も暴れた、相当に大変な寒さのそれだったれど。
去ってゆく今は 案外とさっさかとした速足で。
いつもこんなだったかねぇ、
いやいや こやって安心させといて
まだまだ寒いのが、それも何遍も何遍も戻って来るんだよなんて、
訳知り顔のお年寄りが、さもありなんというお顔になって言い。
春物の軽やかなのをはやばやと着ている若いのへ、
時節を先取りすんのは粋でいいけれど、
油断して風邪を引きなさんなよと、これでも案じて下さっていて。

 「でもサ、シモツキ神社の梅も咲いたし。」

 「そういやそうだねぇ。」

ここ、グランド・ジパングは、
季節の折々に、可憐な、若しくは艶麗な花々が咲き乱れることでも有名で。
春なら、梅に桜に桃、橘に雪柳。
初夏に入れば、花菖蒲に藤に紫陽花と。
それは見事なまでの密集ぶりで咲き乱れる名所も多々ありで、
千年桜なぞ、
他所の藩からもわざわざ見物に来るほどの盛況ぶり。
定例の祭りが開かれるのの、
まずはと口火を切るは、シモツキ神社の社務所に寄り添う枝垂れ梅で、
他にも植えられた多数の梅を見に、お客が多数寄って、
春の到来を“まずは”なんて数え始めるのがこの藩の恒例なのだが。

 「今年は桜も早いかもしれないってネ。」

急に暖かくなったせいか、
お寺社の境内だの大分限の庭や寮だのという
特別な所のもののみならず、
ちょっとした商家の庭先のものまで、
梅と同時という勢いで 蕾がほころんでいる模様。

 「ああ、早く観たいもんだねぇ。」
 「まったくだ。」

ウチは大川の土手っぷちへ観に行くんだよ。
おおそうか、あすこは並木になってて見事だものねぇ。
ウチの長屋は、毎年のこと、
観音寺の裏手の一本桜を観に行くよ…なんて。
本格的な花見の話で沸き始めるのだが、

 「待て待て、そこの手代風っ。」

何とも珍妙な声を掛けつつ、
そのお声が ばびゅんっと右から左、
凄まじいまでの速さで
境内を通り過ぎてくそのまんま。
脱兎のごとくに駆けてく何物かを、
絶対逃がさぬとの執念持って、
たったか軽快に、迫力帯びて追う人ありき。

 「置き引きしたのは見てたんだぞ、
  その荷を返せっ!」

 「ひぃいっ!」

袷に羽織という堅いいで立ち、
確かに
どこやらの商家の手代風の装いをした男衆が、
だがだが、それこそ追われているからだろう、
凄まじい駆け足で
梅の市の出店が連なる通りを
だかだかと駆け抜けてゆき。
そんな彼を追うのは、
我らが麦ワラの親分さん…と来て。

 「おやまあ。」
 「置き引きだって?」
 「頑張れ、親分。」

下手に飛び出しての
お手伝い…なんかは致しません。
逮捕する資格があるのは
岡っ引きの彼だけだからとか、
そんな彼のメンツを
潰してはいけないからとか、
そういった気の利いた理由からではなくて。

 「…っ、チッ。」

なかなか諦めないで追い続けるところから、
どうやら相手は随分と粘り強い捕り方らしいと気がついて。
逃げおおせるには骨が折れそう、
こっちだってそうそう体力も無尽蔵じゃあなし。
そこでの破れかぶれだと、立ち止まっての振り返り、
追っ手をたじろがせようと、
周囲の誰でもいいから 当たるを幸いに切りつけられてはたまらない。
人質にされて親分への足かせになるのもいただけないと、
そういったあれこれを考えての、お邪魔はしませんモード、
せめて声援だけというご町内の皆様なのであり。

 「あっ、こら待てっ!」

このままでは捕まると思ったか、
一見つるんとした細おもての伊達男、懸命な駆け足を緩めると、
近場に立ってた娘さんの手を掴みかかったのだが、

 「おや、わっしのような“ぼろんじ”に何の御用で。」

 「……☆」

か弱い娘さんの背後に立ってた、
それは屈強そうな、墨染めの衣を着たお坊様。
そんな彼が、腕を引かれるままに雑踏の中から身を乗り出す。
言わずもがな、巻き添えになり掛けた娘さんを庇ってのこと。
彼女の腕をとろうと延ばされた、
無遠慮でけしからん手へ、自分を掴ませ、
素直に引かれてやったまでらしく。

 「な、なんだおまえっ!」

驚きから上ずらせた声は金切り声と紙一重。
周囲がくすくす微笑う余裕を見せるのと反比例して、
何だ何でだと焦りは深まり。

 「何だも何も。」

お布施でもいただけるのかと思いまして、なんて、
悪びれもせずに言ってる傍から、

 「てめぇっ、おとなしく縄につけっ!!」

言ったのとほぼ同時、それは素早く勢いよく、
細引きと呼ばれる捕縄を掴んだ手が、手だけで追って来て。
立ち尽くす手代風の襟首に到達すると、
あっと言う間にその捕縄でぐるぐると縛り上げてしまっており。
しっかと くくり終えたそのまんま、
その手へ追いついたご本人がど〜んとぶつかって叩き伏せたものだから。
あまりの無茶苦茶にか悲鳴を上げた男衆、

 「ち、違うんだって。
  わたしはただ、
  さっきの人から付け文を届けてもらっただけで。」

 「申し開きは番屋で聞くぜ。」

細かいことはよく判らないと、ちょっぴり凄んだそのまま、
首を振って見せたルフィ親分だったそうな。
     ◇◇◇



話を聞いたのは、置き引きだけじゃなく、包みを持ってかれた側にもで。
それが通常の取り調べだからだが、
妙に落ち着きをなくした、そちらは番頭級のおじさんは、
同心の旦那が取り調べるとあっさり音を上げ、
自分は…と素性から段取りから全部を語り始めて。
それによれば、
彼は実は とある窃盗団の元締めだったそうであり、
茶店の床几、同じのへとなり合わせに腰を掛け、
そっぽを向いたもの同士で包みをさりげなく受け渡しをしておいで。
逃げた側は 中身は
ただの付け文だと言い張ったが、

 「茶道具の棗くらいの木箱の中に入ってたのが、
  随分とすすけた木の札でよ。」

金目のものだと勘違いしたのかなって思うのは素人で、

 「どうも、何かの割り符らしくてサ。」
 「ほほお。」

取っ捕まえる手伝いをしてくれた坊様へ、
功労賞だぞと 声とそれから親分自身もど〜んと放り、
いつもの屋台で一杯奢るぜと腕を引いて連れてってから、
話せる範囲の事情を 手振り身振りつきで説明中。
春めきの午後は、夕方も長くて。
ちょっと前ならもう陽が落ちてた頃合いなのに、
まだまだ明るい中での屋台は、
まだ営業前だと思われているものか、他には客もないまま、
まるで貸し切りのようだったれど。

 「割り符なんて、物騒なことですねぇ。」
 「おや、おやじさんもそう思うのか?」

屋台のおやじは顔なじみのドルトンさんで、
侍崩れの坊様へ、昔のお仲間からの“つなぎ”をつけてるお人と、
勝手に踏んでる親分としては、
話が通じたということへは さほど驚きもしなかったようで。

 「オレもサ、
  付け文云々ってのは怪しいなって思ったが、
  まさかにそういう物騒なもんとは思わなくてよ。」

何かの取引をする際に、
面識がないのが現れても これさえ見せれば信用される
一種 証明書のようなもの。
同じ札なり絵画や書面なりを引き裂いておいて、
それが互いにぴったり合う、唯一無二のブツであることが、
正当な取り引き相手だという証し…だなんて。
よほどにヤバイ代物の取引としか
思えないよなぁと、
鹿爪らしく言う彼なれど。

 “そういうことが判る辺りは、
さすが親分さんだってところでしょうかね。”

子供が真似ごとをしている訳じゃあない、
ちゃんとその腕や人柄を見込まれての岡っ引き稼業だし、
悪事のあれこれ、
基本的なそれならば、ちゃんと把握もしておいで。
徒党を組んだ連中相手の荒ごとへも怯むことなく対処して、
窃盗犯やら空き巣やら、
片っ端から引っ括るお手柄も数多挙げていらっしゃるが、

 「怪我だけは せんでくだせぇよ?」

無茶も多いのが周囲にしてみりゃ、
心配の種というもので。
おごりのお酒、
大きな湯飲みでいただきながら、
短髪頭のお坊様、
ふと静かなお声で
そんな言いようをしたものだから。

 「な…なに言ってるかな、
  坊さんはよ。/////////」

無茶って、だってあのその、
オレは岡っ引きだから、
危険なやっとぉにも
飛び込むのがあのその…と。
まるで、想い人への案じのような
言い回しをされたの、
笑い飛ばせも出来ぬまま、顔を真っ赤にした辺り。

 “…おやまあ。”

これって間違いなく脈有りですのにねぇなんて。
屋台の御亭がその分厚い胸の内にて、
そちらもまた、求婚まがいなお言いようをした同僚さんへ、
出来るだけ気づかれぬよう、
だがだが隠し切れない苦笑を浮かべてしまわれたのだった。




     〜Fine〜  15.03.22.



  *いやもう、暖かいと眠くなる困った春の到来です。
   UPは明日ね。(おいおい)

   それはともかく。(苦笑)
   この親分、実はお爺様がお江戸で船奉行をしており、
   御船手組の組頭(くみがしら)。
   ゾロさんとは管轄が違いますが、ある意味 同僚なのかも?


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