月夜見 “夢で逢いましょう”


 ――― 夢を見た。

何処からか楽しそうに笑っている声がして、
覚えがある声なんで、どこからするのだろうかと探すことにした。
聞いてて、それはやっぱりゾロの声だって判って。
ただ何でもないことを話しているだけでも気持ちよくなる大好きな声なのに、
それがからっと笑っているものだから、
楽しそうだな、何か嬉しいんだなと、最初はこっちも何だかほこほこしてた。
けど、少しして…別な声も混じって聞こえたんで、
誰かと一緒に、とっても愉快そうにしている声なんだと思うと、
何でだかちょっとムッとした。
何処にいるんだろうかと探して探して、

 ――― …誰だよ、そいつ。

高々と抱き上げてあやしてやってる。
力持ちのゾロでなくても"高い高い"をしてやれそうな小さな子供で、
キャッキャと楽しそうに笑ってる声や、振り回される小さな手や、
いかにも子供子供した寸の足りない仕草が、
とっても可愛いのが…何かやっぱりムッとした。

 ――― なあ、ゾロ。こっち来いよ。

そうと声をかけると、

 ――― ………だからな。

途中が聞こえない。
でも、その子供を大切そうに抱きかかえたままだったから、
その子に構けててこっちに来てくれないんだっていうのは判った。
判ったけど、そんなの嫌だって言い返したら、

言い返したら……………、



「…何をやっとるんだ、お前は。」
 ハンモックが捩
よじれるほど暴れてたらしくて、真下のゾロの上へ落ちていた。
「あれぇ〜〜〜?」
「あれぇじゃなくて、とっとと退
かんか。」
 周りを見回すまでもなく、ここはいつもの夜中の"男部屋"である。まだ随分と夜更けなのだろう。ぐっすりと寝入っていた最中に、いやいやそうでなくたって、こんな不意打ちをされて喜ぶ奴はまずいない。バサァッと俯
うつぶせに降って来たルフィだったらしく、ゾロほど頼もしい体躯でなければ、もしかしたら肋骨損傷くらいの大事に及んでいたかもしれない。
「あー。」
 何か言いたげな顔になったものの、
「…ごめん、ごめん。」
 短く謝って、よたよたと自分のハンモックへ戻ってゆくルフィで。
「?」
 ちょこっと…何かしらの"間"があったのがゾロにも届いて、それを、だが、言わずに呑み込んだルフィだったのが引っ掛かりはしたが。
"………。"
 隠し事は苦手な奴だ。大したことではないか寝ぼけの延長だろうと、上のハンモックにきっちり戻ったのを確認してから小さく息をつき、再び目を閉じる。
"…今度落ちて来たら、ソファーか床の上へ寝かした方が良いのかも知れん。"
 そんな風に思いながら、剣豪もまた眠りについた。



            ◇


 さて、翌朝。早起きなのは毎度のことだが、朝食も適当にササッと済ませた彼であり、しかも…珍しく舳先の羊にも乗らないで、甲板の板張りに座り込み、むくむくな毛並みのチョッパーを腕に抱き込んでむむうと考え込んでいる。自分にとっても定位置である上甲板へと遅ればせながら足を運び、そんな彼へ、
「…どしたんだ? ルフィ。」
 声をかけると、
「ゾロがいないんだ。」
「いないって…。」
 じゃあ俺は誰なんだと、訊いた"ゾロ本人"が首を傾げた。おいおい、落語の『粗忽長屋』じゃないんだから。
「も一回寝たらゾロがいなくなってたんだ。」
「だからルフィ、それじゃあゾロには判んないって。」
 要領を得ない問答を見かねて、彼の腕の中からチョッパーが声を挟むが、
「………。」
 再び"むむう"と口ごもってしまって、どうも妙に口が重い。そんな彼に代わって、山高帽子の小さな船医殿が一通りの説明をしてくれた。
「ルフィ、昨夜、夢を見たんだって。ゾロが出て来た夢で、でも、誰かと楽しそうにしていて。途中で目が覚めたんでもっかい寝たけど、今度は夢も見ないで朝になっちゃったんだって。」
 ゾロへそうと説明してから、
「だからな、ルフィ。夢は夢で、ホントじゃないんだ。気にしなくても良いんだぞ?」
「けどさ。居なくなってるなんて、そんなのヤだ。」
 ああ、これはやっぱり通じていないなと、チョッパーは困ったように目尻を下げる。丸みのある身体つきや小さめの丸っこい角。一見、愛らしいデフォルメのなされた縫いぐるみっぽくて、声も幼く、実年令も最年少…という"お子様"だが、これでもチョッパーは優秀な医者だ。怪我や病気に関してだけでなく、ちょっとだけだが心理的なものの作用や仕組みもちゃんと知っている。夢についてもちゃんと、脳の仕組みという生態学や生理学的な解釈による知識を持っていて、それを引っ張って来て"心配要らないんだよ"と諭しているのだろうに、当のルフィはさっぱりと聞く耳を向けてくれないらしい。分からず屋で頑迷な患者に手を焼いているという様子なのが、本人たちには悪いが何だか微笑ましくて、
「…何だよ。」
「いや…悪りィ。」
 ついつい"ぷふ☆"と小さく笑ったら見とがめられた。どうやら自分は彼の不機嫌の大元凶らしいのだから、その対象本人が笑っては尚更ムッともするだろう。
「で? 最初のはどんな夢だったんだ? 誰かって、どんな奴と一緒に居たんだ? 俺は。」
 恐らく、昨夜自分の上へ"降ってくる"直前に見ていたのがそれなんだろうと、ゾロにもおおよその察しがいったらしい。腰から愛刀を外すと、向かい合うようにこちらも甲板へと腰を下ろし、長い脚を胡座に組みながら、おもむろに訊いてみると、
「う…。」
 途端に…ますます口ごもる。
「ほら。言ってみな。悪い夢は誰かに喋るとホントにならないって言うぜ。」
 これは"悪い夢"に限ったことではなくて、良い夢もまた誰かに話すと実現を逃すのだとか。だから、悪い夢は話して、良い夢は黙っていると良いという。それはともかく。
「…ガキだった。」
 漫然と繰り返し響く潮騒のこちら側。やっと届いた小声での、ぼそっと語り始めたその糸口をそっと摘まんで、
「どんなガキだったんだ? それ。」
 少しトーンを低めた穏やかな声で問うと、
「黒い髪でチビで、ゾロ、ゾロって呼び捨てにしてて馴れ馴れしくてサ。」
 ルフィの視線が心なしか下がる。
「で?」
「ゾロがそいつンこと、大事そうに両手で抱えてやってて、高い高いとかしてやってて、楽しそうに遊んでたんだ。」
 語りながら、目撃した時の悔しさを思い出したのか、ルフィは唇を尖らせ始める。自分をそっちのけで楽しそうだったのが、何だかやっぱり思い出しただけでも悔しくてムカムカするらしく、
「ゾロ、何でだか、そいつから離れる訳にはいかないって言うんだ。」
「…ほほぉ。」
 告げた途端、だが、何だか…察したものでもあったのか、ゾロの相槌に意味深な響きを感じて、
「何だよ。」
 顔を上げ、むうっとした声で訊くと、
「それってお前じゃねぇのか?」
 あっさりとした返事が返って来た。
「…え?」
 不意を突かれたようにキョトンとするルフィへ、
「俺が傍から離れる訳に行かねぇ奴って言ったら、今んとこはお前しか居ねぇじゃねぇかよ。」


 「……………あ。」


 ほっこりと。温かい何かを胸に感じた。下手な弁解とか誤間化すようなお追従はとことん苦手なゾロだ。嘘で飾った言い方でおだてたり宥めたりするより、ついついホントを言って怒らせる方が多いところはルフィとお揃い。そんな彼だからきっと、取り繕うとした訳でなく、思ったままをそのまんま口にしたのだろうと、それは判って。
「けどさ…。」
「んん?」
 再び視線の下がった童顔を見やると、
「………。」
 まだ唇はどこか尖ったままであり、
「やっぱ詰まんねぇもん。俺、あんな子供ん時にゾロに会ってねぇ。あんな風に遊んでもらってねぇ。」
 ぼそぼそと不満そうに並べるものだから、
「…お前ねぇ。」
 ゾロは呆れて、思わずのため息を洩らした。よほど楽しそうな情景であり、そしてそれをただの"傍観者"として眺めてるだけだった立場が、やっぱりよっぽど悔しかったのだろう。
「詰まんねぇもん。凄っげぇ楽しそうだったんだぜ? すぐ傍にいた俺んコト、知らん顔して放っといててさ。」
 先程のように頑迷に…というよりは、すっかり理解しながらも納得したくないからと捏ねている"駄々"を言いつのるルフィの頭を、麦ワラ帽子の上から大きな手のひらがポンポンと叩く。
「ガキだよなぁ、夢に焼き餅焼いて、本気でへそ曲げてどうすんだよ。」
 微かに笑みを含んだ声でそう言われて、
「…っ! 違げぇって!!」
 小さな肩をいからせて、ムキになってむくれつつも…じっとゾロの顔を見返している。手を振り払って"ぷいっ"とどこかに行くでなし、大きな手の下から退こうとしない。見上げてくる大きな眸は、むしろ…もっと構ってほしいと言いたげにも見えて、
"…正直な奴。"
 とっても分かりやすい、やっぱり"お子様"な船長殿。何にでも真っ直ぐで、小細工が苦手で。何かを誰かを受け止める器量は結構大きいのだが、発露される本人の感情はといえば、どこかしら短絡的で微笑ましくて。もどかしそうに見やってくる眸が、そのまま正直な感情を乗せていると気づいていない。もっと自分だけを見てて欲しいと、もっと自分だけに感
かまけててほしいと、そんな思いの丈と同じくらいの大きな言葉が見つからず、焦れったがってる小さな子供。だというのに、子供扱いを嫌う"子供"でもあって、そこがまたかわいくて仕方がない。喉の奥を"くつくつ"と小さく鳴らして笑いつつ、いかにも甘い苦笑を目許口許に浮かべていることを、
"…ゾロ、気づいてないのかな?"
と、こちらはチョッパーが、吹き出しそうになる口許を両の手で押さえて、懸命に堪
こらえていたりする。
"やっぱり仲が良いんだな、この二人。"
 今更ですがな、チョッパーさんたら♪ 寝ていて見た夢の話でこれだけ本気でむくれたり笑ったり、さんざん盛り上がることが出来るなんてのは、これはもうしっかりと"両想い"な二人である訳で。それと気づいていないのは、当事者の本人たちばかり。犬も食わない痴話喧嘩だから、馬に蹴られる前に退散した方が良いってもんだよ?(こらこら、なんて終わり方だい。)


    〜Fine〜  01.11.27.


  *甘い話はやっぱり良いですねぇ♪
   よほど波長に合うらしくて、
   ゾロルがいちゃいちゃしている話だと
   連日書いてても全然疲れないすけべえな私vv
おいおい
   ああ、しかし。これって"進歩がない"ってことなのかも?(汗)

  *ご褒美だなんて偉そうな言い方をしましたが、
   どちらかと言えば"お礼"です。
   それだのに
   …伺ったリクからは大分掛け離れたものになってしまったかも。(涙)
   とても素敵で甘いゾロル小説を、頑張ってお書きになった久世様へ。
   どうか、受け取っていただけますように。

  *きゃ〜〜〜っです、皆さん!
   久世サマから、とってもステキなプレゼントを頂いてしまいました!
   大急ぎで見に行きましょう!


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