キミじゃないと、ダメなんだ

       〜かぐわしきは 君の… 9


  “三寒四温”



蜂蜜色の光が高窓から皓々と降り落ちる、
それはそれは明るい講堂のうち。
堅く張り詰めてまではない静謐が、
集いし人々の間に ゆったりとたたえられており。
そんな場においでの皆して聞き入るは、
それはそれはなめらかに淀みなく、紡がれ続けている説法の声。

 「…よって、
  煩悩を捨て去ることで、人は苦しみからも解放され、
  解脱の域へと達することが出来るのです。」

様々な事例を踏まえ、また、こと細かに咬み砕き。
どんな生涯を経て来た存在へも判りやすいよう、
迷える人々すべてへ歩み寄るための数多の説法を用意して。
今でもなお、研鑽の努力を怠らず、
求められれば説法の場を設けもする、仏門開祖の如来様。
語られる言の葉一つ一つが、そのまま奇跡の力持つありがたさとされ、
嫋やかな笑みや伸びやかなお声へ触れたいという希望者が絶えぬものだから。
このような説法の集いも、
引っ切りなしに設けられているほどだが、

 「……っ。」

では、今日の説法はここまでと。
切りのいいところで説を〆め、
聴衆へ解散とし、弟子らの待つ袖までを運ぶその途中。
どこからか、かすかに届いた声があり。
柿色の衲衣をまとう身がふと立ち止まる。

 「ブッダ様?」

いかがなされましたか?と、
案じるような声をかけて来るアナンダの声に我に返ると、
それはやさしい笑みをもて破顔なされ、

 「いえ。ああ…そうだ、
  今日は午後まで空いておりますよね。」

 「はい。ですが…。」

ならばその空き時間、
どこかで鍛練なり修養なりをこなそうというのだろうかと、
働きづめの師を案じるように言葉を濁す、年若いお弟子殿へ。
ふふとまろやかに微笑まれたブッダ様、

 「案じずとも大丈夫。」

ちょっぴり眉を下げ、そうと仰せになってから、
少しだけ身を屈めての声を低めると、

 「息抜きをしたいだけです。」
 「あっ、それならば。」

どうかごゆるりとと、それはいいお顔で薦める愛弟子だったので、
そうまでも働き過ぎと案じられているものか、
今度は逆に、苦笑しかけた釈迦牟尼様だったのだけれども。

 “ああ、ちょっぴり急がねば。”

どんなに遠い地へだって、
一瞬に等しき速さで至ることの出来る瞬歩の術もあるにはあるが。
そのような神通力を使ったならば、
おや何事だろかと、
他の如来や神将、天部などなどに余計な詮索をされかねぬ。
なのでと、覇気も最低限に絞っての遠歩にて、
風に乗っての遥か彼方の地へと向かえば。
自分の意識を誘った軽やかな歌声が、どんどんとはっきりしだし。
風光明媚な山野雲海を幾つも超えた先、
極楽浄土と天乃国の合わさるところ。
端境の庭という、小さな森林の中の広場の一角に降り立てば。
さほどキョロキョロすることもなく、
スズカケの木立の奥にある、陽だまりの中の芝草の上に座り込み、
虹色の小鳥をその手に遊ばせながら、
機嫌よく朗らかな歌を紡いでおいでの存在が
その深瑠璃の双眸が見やった視野へと収まって。

 「イエス。」
 「え? あ、ブッダ。」

天乃国の人々の装い、
上手にひだを作った白地のトーガを身にまとい、
肩には落ち着いた濃緋のストールを掛けた青年が、
こちらを見やって“わあ”とそれは嬉しそうに頬笑んだ。

 「久し振りだね、元気だった?」

屈託なく訊く彼だったが、
こちらが構えたご無沙汰ではなくて、

 「キミこそ…下界へ降臨していたのでしょう?
  疲れてはいないの?」

浄土という天界もまた、
あくまでも輪廻の一端であるとする仏界とは、
微妙に有り様の異なる天乃国。
昇天して来た善なる魂ではなく、
その発祥からして光の者である天使たちや神の眷属らは、
見るに堪えない事態を察知すると
神の指示の下、下界へ救済の降臨にと降り立つ機会も多々あるらしく。
神の子イエスもまた、特別な例外とはされず、
危険な戦さ場や、苛酷な命運の際などへの降臨を命じられることがある。
何があったかは語らぬし、
そうそういつも苛酷な降臨ばかりでもないらしく。
こたびは啓蒙のためのそれだったものか、
朗らかな笑顔も曇りないまま、いつもの彼との再会となれたようであり。
蓮の蕾もかくあらん、淡く白い肌も麗しいその手を胸元へと伏せて、
息災なことへとほっとしておれば、

 「ブッダこそ、ちょっぴり疲れてはなぁい?」

屈託のないお声がそんなことを訊く。
陽に暖められた濃色の髪を甘く光らせ、目許をたわめてふふーと笑い、

 「アナンダくんや梵天さんから聞いてるよ?
  私がいないと、一気に手隙になるものか、
  一体いつ寝ているんだろってほど、
  説法や鍛練、修行ばかりに明け暮れることがあるって。」

 「う…っ。//////」

他に遊び相手がいないような言いよう、
しかもそれを当のイエスへ告げ口したなんてと思うたか。
口ごもりつつお顔を赤らめたブッダだったが、

 「しょうがない如来様だなぁvv」

無邪気に笑うイエスなのへ、
むっとしたのもあっと言う間に雲散霧消。
ああ、この笑顔が見たかったのだと、
焦がれていた想いがようやっと満たされたからだろう。
心が浮き立ち、他はどうでもよくなってしまう。

 ああ、いい笑顔だなぁ。///////
 それはそれは癒されるし、
 私と逢えて嬉しいと、
 それで沸き出す笑みなら なお嬉しいなぁ、と。

 ついつい思っていたのは、さてどっちやら。
 あなたも、キミも、
 同じように想っていてくれてたなら
 同じようにドキドキしてたなら いいのになぁ……。///////






     ◇◇◇



大川&ハッスル商店街 共同主催、
第○○回大寒マラソン大会は、
ハーフマラソンの部のみ 微妙な波乱の末に幕を閉じ。
次の催しに皆さんが駆け出すまでの僅かな間、
しばらくほど話題を独占していたほど。

 『だって新聞にも載ってたし。』
 『そうそう。
  コンビニ強盗の記事より大きかったでしょう?』
 『イエスさん、勇ましかったんですってね。』

たまたま居合わせて目撃出来た人は、
興奮気味にその一部始終を身振りつきで語り広め。
それを訊いた人は人で、
そうでしょうとも、だってあのイエスさんだもの、

 『仲良しのブッダさんが危ないと思ったから、
  そうまで頑張ったのよねぇ』と。

何が根拠で基準だか、
ご町内の誉れよねぇと言わんばかり、
皆さんで そんな風に沸いていたようで。
二月に入り、節分だ聖バレンタインデーだといった
次の華やぎが見えて来るまでの話題には持って来いという
ちょっとしたお茶受け扱いにされてしまっておいで。
まま、その程度なら罪のないこと、
本人たちの耳へも届かぬ程度のそれだったし、と。
ここでは、これ以上 取り沙汰するほどのことでもありませんで。

 “いやホントに、それどころじゃありませんってば。”

大寒らしい極寒がぴゅうぅと吹き荒れた週の頭じゃああったれど、
当事者たちにおきましては、それもそれどころじゃあなかったらしく。
寒くはあるけど、陽も照ってのいいお天気だからと、
今日は使っていい日となってた物干しまで、
敷き布団を干し出しに、よいしょよいしょと運び出したイエス様。
週の後半は暖かくなるらしいよと、ニュースで言ってたその前兆か、
陽だまりにいると結構暖かいものだから、
おやと気づいたそれを胸に抱え、
駆け戻ったお部屋に居残る相方さんへも伝えようと仕掛かったものの、

 「……えっと、ぶっだ?」

コタツに座しての献立ノートを開いたまま、
どんな物思いに浸っているやら。
頬杖ついてる横顔は、
どう見たって“心ここにあらず”という雰囲気に他ならず。
さすがにイエスの声を聞くと、

 「え? あ・ごめん。なに?」

何か言った? もっかい言ってと、
ごめんごめんという笑顔になるものの、

 「ぶっだぁ。」

嘘がつけないのはお互い様だ。
何にか心捕らわれちゃあ、
深く考え込んでる彼なのは一目瞭然だったし、
しかも、そんな気病みっぷりを、
何とかイエスに悟られまいとしているのが水臭い。

 「私には話せないことなの?」
 「な、何が?」
 「だから〜。」

マラソン大会にて無茶をしたイエスだったのへ、
ブッダが肝を冷やした云々は、
その日のうちにも胸襟開いて意を通じさせ合ったから、
ある意味、もう解決した事項だとして。

 「でもでも、あれからずっと
  何へなんだか、考え込んでばかりいるじゃないか。」
 「う…。////////」

二人向かい合って、若しくは寄り添うようになって、
ご飯だテレビだと同じことに興じているときは、
まるきり通常運転だったので、なかなか気がつかなかったが。
イエスが PCを開いたりした間合い、
じゃあ自分は家計簿をつけようとか献立を考えようとか、
ブッダもまた、その手元へ
視線を落ち着かせる格好になっている…と思いきや。
手元どころじゃあない、
どこだか遠くへ気を逸らしているよな、
視線の定まらぬ、浮かないお顔になってばかりいる。
昨日なぞ、買い物から帰って来たそのまま、
冷蔵庫の前で座り込んで動かなくなっちゃっており。
当番でゴミステーションのカラス除けの網を洗って戻って来たイエスが
そんな様子へ“おおうっ”といいリアクションをしたのへさえ
すぐには気づかなかったほどの沈思黙考ぶりだった。

 「ねえ、一体どうしたの?」

私ってば察しが悪いから、どう考えても何でなのかが判らない、と。
そこまで捨て身の訊きようをし、

 「聞かれると困ること? せめてそれだけでも教えて」と、

どうしても形に出来ない煩悶ならば、
私も無理から知るのは諦めて、見守るだけに回るからと。
困惑と失意とがたたえられた、
いかにも悲しそうなお顔になったイエスに詰め寄られては、

 「うう…。//////////」

ああ、いつも朗らかな彼にこんなお顔をさせるなんてと。
そちらもまた深瑠璃の双眸を見張って愕然としてから、
セーターの胸元をきれいな手で掴み絞めたブッダ様、
やや苦しそうに はあと息を継ぐと、
向かい合っていた献立ノートの表紙に手を置き、

 「いやあの、本当に大したことではないんだ。」
 「じゃあ、どうしてこうまで考え込んでいるの。」

修行時代に様々な苦行を全て試し、
今でも“試練”のカタログをワクワクめくる(?)我慢強い如来様。
そんなお人が、見るからに気重な様子の浮かない顔になっているのだ、
気にならないはずがないじゃないと。
優しい稜線を、気のせいかいつもより儚げに落としている肩へ、
両手を添えて“ねえ”とイエスがすがりつけば。

 「うん…えっと、あのね?///////」

何故だろうか、不意に口許をうにむにとたわめ、
打って変わって 恥ずかしいよぉというお顔になってしまったブッダであり。

 「ほら、マラソン大会の副賞でお餅をもらったじゃない。」
 「え? …ああ、うん。」

それも、ブッダのみならずイエスまで
“話題になったで賞”ということで表彰されの、
商店街で使えるお買い物券5000円分と、
やはりお餅を1キロもらってしまった。

 「でも、献立には困ってないでしょう?」

焼いたのへ海苔を巻いての磯辺だ、
澄ましに入れてお雑煮だ、小豆を似てお汁粉だ、
水に浸けたのをレンジで温め、柔らかくして、
大根おろしで和えてみたり、
黄粉をまぶして“あべかわ”だ…という
普通の食べ方では飽きもしようが、

 「今朝なんて、
  賽の目にしたのをオリーブオイルで軽く揚げ焼いて
  塩こしょうしてチーズ掛けて
  オーブンでチンして、グラタン風にしてくれたし。」

薄切りにしたのを生地に見立てたピザ風のも、
香ばしく焼けたところとトマトソースが合ってて美味しかったなぁと。
ああ思い出したら口の中が餅イタリアンに…なんて、
両手で頬を押さえるイエスなのへ、

 「だからね、献立にじゃあなくて。」

よほどに良い米処のなのだろ、それは美味しいお餅なので、
イエスもぱくぱくと平らげてくれるし、
献立を考えるのも楽しいのは良いとして。

 「太りにくいキミは良いけれど、
  私はすぐにも影響が出かねないから、あのね?////////」

朝のジョギングの距離を延ばそうか、
ああでも、そんなことするのって
体型を保ちたいなんていう、
見栄という名の煩悩に乗っかった所業じゃあないかしらと。

 「…深刻な問題なんだね。」

イエスの無茶へと悲痛なまでに困惑しちゃったのと
果たして並べて良いものか。
煩悩と本望との鬩ぎ合いに、
またぞろ思い悩んでおいでだったブッダ様だったようで。

 「だって、だって…。///////」

珍しくも子供の駄々のような言いようをする彼が続けたのが、

 「イエスの懐ろへ収まれなくなったらイヤだもの。/////////」
 「う…。////////」

ふっくらした唇をうにむにと、
たわめつつの咬みしめる含羞みようがあまりに愛らしかったその上。
あああ、何て恥ずかしいことを吐露しちゃったんだろかと、
さすがに当人も赤面ものだという自覚はあったのだろう。

 「〜〜〜。////////」
 「…………あ。////」

先程 嬉しい嬉しいと頬を押さえたイエスと違い、
あああ恥ずかしいよおと、
真っ赤になったお顔全部を双手で隠した
照れまくる様も麗しい、如来様のまろやかな肩を覆うよに。
螺髪が弾け、深色の髪が ぶわりとあふれ出したものだから。

 「ううう、無理に聞いたりしてごめんなさい。//////」
 「もうもう、知らない知らない。/////////」

何で嬉しそうなの、もー////////と。
そこもまた恥ずかしいものか、
上目遣いになって“こらぁ/////”と拳を振り上げるブッダなの、
怒られてるのに“おいで”と双腕広げた中へ迎え入れ、

 「ごめんたらごめん、ブッダvv」
 「真剣に謝ってない〜っ。//////」


  き、きりがないので、出歯亀はこの辺にしとうございます。






   〜Fine〜  14.1.26.


  *しまった、拍手お礼にするには長すぎるということで、
   後日談としてのUPでございます。

   意外なことへ“はふう…”と思い悩んでたブッダ様。
   白状させたお返しとばかり、

   「実は私もキミに内緒にしてることがあって。」
   「え?」

   怪我をさせんという前提ではないながら、
   それでも ある意味 暴力に物を言わせたには違いないからと。

   「ご町内の教会で懴悔をして来ました。」
   「……っ☆」

   ここの精霊様は、さぞかし驚いたでしょうな、そりゃ。(苦笑)

   「だってあれは私のためで…。/////////」

   果敢だったイエスには、
   実はのちのちポッとなったブッダでもあったので、
   これまた ほろりと来ていたりで……


    あああ、やっぱりキリがない〜〜〜。(大笑)


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

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