手をつないで春まで歩こう
“愛も過ぎれば罪作り?”
日頃の常として、そのふくよかな面差しから
慈愛の深さとともにあふれる まろやかな印象もどこへやら。
その姿を模した塑像に見られるような、
まぶたを半分ほど降ろした目許になっての、
感情薄く厳かに、
いっそ無表情かも知れぬよな、
堅いお顔となってしまった彼であり。
「イエスよ、そこへお座りなさい。」
先に端然として正座されている その前を
視線で“そこへ”と示されれば、
「………はい。」
こちらとしてはただただ悄然と従うほかはなかったり。
他愛ない悪戯をしてしまい、
それへ こらっというお叱りの言いようを反射的に放ってくるとか、
ちょっぴり図に乗って 睦言を過ごしてしまい、
恥ずかしそうに“何てこと言うかな”と
真っ赤になって言い返してくる程度のお怒りだったなら、
それこそ もっと感情豊かなそれであり。
まったくもうもう、大人げないんだからと呆れて見せたり、
はたまた、
“恥ずかしいでしょ・もう…”と赤くなっての含羞み混じりだったりと。
そんなお顔を見せてくれることがまた、
それじゃあ反省させるどころか逆効果かも知れぬほど、
こちらへの眼福だったりもするのだけれど。
「君が感性豊かなのは重々承知しているけれど、
いちいち“祝福せよ”と感動しちゃあ
バラの花吹雪を降らせる奇跡ばかり起こしてどうしますか。」
「はい。」
あんまり得意じゃあない正座のお膝にこぶしを置いて、
セーター越しにもやや骨張った薄さが察せられる
利他的過ぎて薄幸そうな肩をすぼめたまま俯いて。
懇々と紡がれる釈迦如来様からのお説教を聞く、
反省しきりなイエス様という図
一体どこの誰が 現実に見られようと想像したことだろか。
「私だって
君が博愛の人だってことくらいは判っていますし、
親切にされたことへの感動もね。でも、」
スカジャンのポケットから、
スマホを取り出した拍子に落っことしたパスケース。
おやおやと気がついたそれを拾って、
歩幅のある彼がたったか進むのへ、わざわざ追って来てくれたご婦人があり。
『おおお、ありがとうございますvv』
差し出されたパスケースを彼女の手ごと包み込み、
そのまま いたく感動してしまったものだから。
春一番とか花粉の話も聞かれつつ、
それでもまだまだ寒い日がしぶとく続く、
薄曇りだった立川の下町の中通りにて。
真っ赤なばらの花びらがザアァアッ、と
ドラマの効果でも最近見ないぞという派手さにて、
見渡せる端から端までという広範囲にわたり、
吹き抜けて行ったりしたもんだから。
『え? え? え?』
そろそろ背中が少し丸くなりかかっておいでな年頃の奥様、
その小さなお背を
驚きからだろ おおうと延ばしてしまわれて。
ツィードのコートに合わせたそれか、
小意気なフェルトのお帽子をかぶってらしたが、
そのツバの端っこへ置いてけぼりとなってた
バラの花弁のひとひらを取って差し上げ、
『お世話をかけました、ありがとうございます。』
心を尽くした優しい声音での謝辞だったれど。
どう見たって異人さん、
しかも上背もあって存在感もそれなりという異性が相手と、
そこへも圧倒された奥様だったのだろう、
『あ、いえあの、いいえ。////////』
どういたしましてと、蚊の鳴くような声で返されたタイミングへ、
一部始終が見えてはいたが、ちょいと距離があったところから
走れない身がもどかしい、それでもギリギリの速足を駆使し、
やっとこ追いついたブッダが、
まあ、あのその、
言いたいことは いっぱいあったようでして。
思いの外 買い物が多くなり、
荷物の持ち帰りを手伝ってほしいと
松田ハイツでお留守番していたイエスを呼んだのは自分だ。
どんなに重くとも 力自慢だ持てぬ身ではないけれど、
そっちの甲斐性をむやみに発揮すると
周囲の皆様から不用意に驚かれてしまうのと、
イエスが“…私じゃあアテにならないよね”と拗ねてしまうので。
それでとお電話して、こっちからも帰りかけるけど、
途中で会おうねとそんな格好でのお迎えをお願いしたところ、
『よし来た、任せてvv』
何かお使いを頼まれた幼子のように、
文字通りの二つ返事で応じてくれて、
そのお声に、こちらもまた、
微笑ましいなという感情以上の嬉しさを覚えての笑みこぼし、
ほとほととのんびり戻りかけていた途上で
目撃してしまった一部始終だったのであり。
「あの奥さんは、あのその、
バラが吹きすさった奇跡には
あんまり気を取られてなかったようだけど。」
それでも、あんなことが頻繁に起きたら
奇跡ってくらいで自然現象じゃないんだから、
何だなんだって驚かれちゃうでしょう?と、
理路整然と言い聞かせ、反省を促そうとするブッダだが、
実をいや、
最聖なんだから
感極まれば何か起きちゃうのはしょうがない、という
理屈というか事情というかも 判ってはいる。
自分だって誰ぞかの善行には慈愛の笑みも浮かぶ、
嬉しさが過ぎれば ハスだって桃だって咲くわ実るわする身だし。
イエスの場合、根が純真で無垢なのだ、
感じ入るハードルもぐんと低めなものだから、
舞い上がるのも落ち込むのも 鮮やかなくらいにいい反応。
享楽主義者ではないけれど、
ついつい“祝福せよ”の廉売もしちゃうというもので。
“……ただサ。/////////”
何もあんないいお顔で、しかも手を取ってまでして
感動しましたと微笑みかけなくたっていいじゃない。
切れ長の双眸を歓喜に潤ませ、
なかなかにセクシーな口髭つきの口許を見るからにほころばせ。
趣きのある長髪もお似合いの
ようよう見やれば聡明な面差しをした妙齢の男性から、
あんな風に手を取られてお礼を言われちゃあ、
“誰だって、そう、
途轍もない奇跡も二の次にしちゃうほど
舞い上がってしまうじゃないの。”
もうすっかりと落ち着かれた年頃のご婦人でさえ、
少女のように頬を染めてしまわれた。
そんな言い寄りようをしたイエスだったのが、
ああもう何してるのっと、
ちょいとトサカに来ちゃったというか。
そっちのほうが大きかったせいだろか、
今日のお説教は、
あんまりお声が定まってなかった釈迦牟尼様だったけれど。
“そういうブッダだって、
自分が笑ったらどんな奇跡が起きてるか 判っているのかなぁ。”
イエス様の方は方で、
叱られつつもそんな横道に逸れておいでだったりし。
自分が萎縮し切れぬのは 本気の説法じゃないからこそかもとは、
それこそ全然 気がつかぬまま、
“今のは明らかに私に向けての笑顔なのにって思う
そういう笑い方をしても、
辺りは清涼に淨められるし、窓の外では小鳥が歌うし。”
ここいらの猫たちが集まりやすいのだって、
言っちゃあ悪いけど キミが幸せそうに微笑うからなんだよ、判ってる?
何年か経ってるはずの畳がいつまでも青いのも、
ふすま紙が白いのも、蛍光灯がなかなか切れないのも。
それからそれから、
私がしゃっきりと冴えのある落ち着きを保てないのも、
“みんなみんな、
キミが慈愛に満ちたお顔で微笑うから、
惹き寄せられて来るんだからね。”
悟りを開いた目覚めた人。
単なる柔軟とか優柔とかじゃあない、
落ち着きのある、頼もしい優しさで
誰でも何でも受け止めてくれる素晴らしい人。
だから、みんなが惹かれてしまうのは仕方がないとして
それが時々つまんない私だってことは、
さすがに 口にしちゃあいけないんだろうか。
「………イエス? 何か怖い顔になってない?」
「え? あ、いやあの、」
上の空になってたかなと慌てて居住まいを正せば、
あらためて見やった先には、
注意をせねばと構えていたはずが、
深瑠璃の双眸、少ぉし不安げに瞬かせている愛しの君へ、
「お説教中なのにごめんなさい。」
神妙なお顔に戻ると、真摯に謝って見せたれば。
「いやえっと、あの。/////////」
お説教というか、半分はあのその、
微妙に疚しくて言えない感情がもつれての
立派な八つ当たりなのかも知れずで。
「…ブッダ?」
「えっとぉ。////////」
嫉妬という、至らぬがゆえの いけない気持ち。
そんな想いを抱いてしまった未熟さへ、
自己嫌悪したり後ろ向きにならなきゃならないで、
今度は 大好きな本人へこんな風に当たってしまうとは。
やはり自分は悋気への修行が足りないみたいだと、
そこのところを思い知る。
こたびは自分で気がつくことが出来てよかったと、
安堵の想いに胸を撫で下ろしつつ、
「私こそごめんなさい。」
こうまでムキになることでもなかったかな、と 口許をうにむにとたわめ、
それこそ含羞みつつ反省すれば。
「いやいや大事だよ、
こんな調子だと 私すぐにも天乃国へ召還されかねないし。」
ちょっとわざとらしかったが、鹿爪らしい顔になり、
眉を下げつつ“ありがとね”と囁くイエスであり。
「でも キミってパスケースなんて持ってたんだね。」
「うん。クオカードとか入れてるし、それに…。」
あらためて見せてくれたのは、二つ折とかじゃあなくて、
裏表がそのまま窓になった格好のカードのような薄いもので。
クオカードが入ってるほうから、
大きな手の中、器用にくるりと回した反対側には、
「…………あ。」
肩越しに振り返り、なぁにとお返事してるところだと思わせる、
他でもない釈迦牟尼様の名刺サイズの写真が入っていて。
“…………だから、あんなに?////////”
拾ってくれてありがとうと、殊更に感激したイエスだったのだろか。
「〜〜〜。///////」
だとしたら、ああもうキミったらと、
そんな嬉し恥ずかしい真相をつきつけられたことへ、
声も出せなくなったブッダなのだと…気づいているやらいないやら。
見せるためにと身を寄せたそのついで、
こちらはこちらで、
ふと、視線がブッダの瞳に見入ったように止まったそのまま、
「……ごめんねのキスしていぃい?」
そんな風に囁かれ。
何でそうなるのとか、突拍子もないことをとか、
何でだろう、何でかな、
今はそういう方向の反発は微塵も浮かばなかったブッダであり。
「………………うん。////////」
含羞みながら長いまつげを静かに降ろせば。
乾いた、でも暖かい手のひらの感触が 頬をスルリと包み込み。
“あ…。////////”
はいはいはいはい、此処からは内緒。
春一番が吹いてもまだしばらくは
歓喜も、もとえ寒気も戻るそうなので、
皆様もどうかどうかご自愛のほどを…vv
〜Fine〜 15.02.22.
*期間限定物をいつまでも上げとけないからと書き始めた、
お拍手お礼用のお話だってのに、
書けば書くほど、何でだか どんどんと伸びる伸びる。(笑)
書きたいときに書けない、欲求不満の現れなのかなぁ?
というわけで、
お礼文の方は まだちょっとあのままです、すいません。(こらこら)
めーるふぉーむvv
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