手をつないで春まで歩こう


“カウントダウンが始まった?”



一見、どこにでもある代物で、だが、
見ようによっては、漆黒の表紙とその仕様が、
スタンダードなそれであるからこそ揺るぎなく。
どこか厳格な威容をさえ、無言のうちにもたたえているかのようで。
角がやや擦れていることも、
それだけ年季の入った役割を担っていること滲ませる、
そんな厚紙の表紙をパタリと開けば。
内側にはさまざまな制約規約が綴られてあり、
それへ連なる綴じられし紙面には、
もうどれほどの数となるのやら、
老若男女を問わぬ数多の人名が、
流麗な筆跡でたんと書き連ねてあるのが伺える。
今もまた、新しい頁にペンが据えられ、
さりさりとなめらかに記されたは新しい名で。
このノートに名を記載された者はことごとく、14日以内に……

 「…いいですか?
  14日以内に返却しに来ないと、督促のはがきを出しますよ?」

 「はぁぃ。」

よほどの遅延常習者なのか、
きっぱりと指摘された学生らしい少年がひゃぁと首をすくめつつ
叱責を受けているのは、
児童館に併設された、公設図書室の受付カウンター前であり。
そこで貸し出しの事務をてきぱき片付けている人物は、
ちょいと小柄ながらもその透徹な風貌には冴えも滲んでいてなかなかに麗しく。
口調にも切れがあっての頼もしいため、
叱責というほど強い口調ではないのだが、
注意を受けた側は、自然と“はい”と背条が伸びており。
そのくせ、手続き終わりに“またね”という笑顔を向けられると、
ちょっとした悩み事なぞあっさり薄まるような
そんな心持ちを授かるようで…

 「………ラジエル、君こんなところで何してるかな。」

 「あ、イエス様、お久し振りですvv」

はにゃんと笑み崩れたそのお顔のまろやかさには、
たまさか居合わせた周囲の人々が皆
“ふああぁぁああ…///////”と頬を染めての腰砕けとなり、
そうかと思えば、常連なのだろか、
何でまたこんな初見のお兄さんへ愛想よくするのだと、
どこか恨めしげともとれそうな暗い目付きで
声を掛けた側を伺う人もいなくはなくて。

 「イ、イエス…。」

お仕事中? あ、いえ、もう交替の時間ですのでと、
そんなどこかお暢気な会話を続けるお二人と周囲との温度差とを、
ややはらはらしつつ受け止めていたブッダもまた、
実は初見な相手ではあったれど、

 “ラジエルって言ったら…。”

確かイエスの住まう天乃国の大天使、
知恵をつかさどる上級天使の名前ではなかったか。
そして、だからこそイエスもまた、
こんなところで何してるかな…と、
意外そうにしつつも呆れたように訊いたのであり。

 「今から休憩時間なんです。」

なので、お話し出来ますよと、
平日の昼間でもそれなりに人の姿がある図書室から離れましょうねと、
先に歩み出すことで最聖二人を促した彼でもあって。
関係者以外立ち入り禁止というプレートが貼られたドアを
慣れた様子でカチャリと開くと、
さあどうぞと振り返り、身を譲って二人を先に入らせる。
天界の存在は、そこが威容ということか
やや謙虚さに欠けもするのだが、
何の、こちらのお二人は、人世界生まれとはいえ
それぞれに天界でも最も聖なる存在でおわすがゆえ、
上級天使や他の如来であれ、
自身の尊格を越えての敬意を表しても不思議はなく。

 『そんなのをおいても、あの子は人懐っこいから』

のちにイエスが言うには、
さすがは知恵をつかさどる存在であるせいか、
こちらの大天使様、朗らかさでは
イエス自身の守護を担うあの四大天使らと同じほど
取っ付きやすい存在でもあるのだそうで。

 『形式や礼法にも意味はあるけれど、
  それが必要とされない場でもいちいち引っ張り出すなんて
  ちいとも合理的じゃないでしょう?』

 『あ…う、うんそうだね。』

何とも知的な、それでいて稚気あふるる悪戯っぽいお顔で
にこりと微笑ったイエスが、頼もしいやら…誇らしいやら。
胸の奥底のどこかがきゅぅんと甘くつねられた気がしたブッダだったのもまた、
のちのお話ですけれど。(ひゅーひゅーvv)

 「ねえ、一体どうしたの? ラジエル。」

こちらへと通されたのは、
どうやら職員たちの休憩のための部屋であるようで。
Pタイルを敷いた10畳ほどの空間の中央に長テーブルが置かれてあって、
その回りには 何脚かのパイプ椅子が、
常に使う分だからだろうか、開いたまま出されてある。
それをどうぞと勧められ、素直に腰掛けた最聖のお二人は、
相変わらずにバカンス中の身で。
今日も今日とて、いいお日和に誘われて
松田さんから教わった近場の梅の名所まで、
お散歩がてらに伸して来たその帰りだったのであり。
ちょうど通り道だからと、
借りていた本を持参したブッダでなかったならば、
こうまで近間にいたとても、
彼とイエスは擦れ違っていたやも知れぬから、

 “機縁というのはあるものだなぁ…。”

ツキだの運だのは、人がその身に持っているのではなく
そのほぼが巡り合わせなのであり、
幸いのことを言う“しあわせ”も、
巡り合わせを指す“仕合わせ”が大元だともいう…と。
主たるイエスと大天使の地上での邂逅、
しみじみと感じ入って見守る釈迦牟尼様だったのだけれども。

 『…そんなの、
  ここでのお勤めが終わってから
  ウチへ押しかけるって手もあったでしょうよ。』

確かに、読書好きなキミだからと此処で張ってた彼なんだろけど、
だからって逢えるとも限らない。
それならそれでそんな手段も講じたに違いない…なんて、
今日の出会いに関しては、
そこもまた知恵の存在との接触の恩恵か、
結構うがった考えようも披露した神の子だったのは ままさておいて。

 「君から借りた“ラジエルの書”が要りようになったのかい?」

上級天使の七大天使のうちの一人でもある彼は、
座天使という格別の位におり、
その深くて広い知識のすべてを書き込んだ書物が“ラジエルの書”。
楽園から追放されたアダムを不憫と思ったおり、
それをこっそり彼に託したとされていて、
だがだが、それへと嫉妬した他の天使たちに奪われてしまうという、
途轍もないドラマもあるそうだけれど、
今は何故だかイエスが借りていて こちらにあったりし。

 「授けたい人が現れそうなの?」
 「いや、そうではなくて。」

今時の日本では、明るい髪色した異邦人が生活圏にいるのも
それほど珍しくはないのだろう。
開けたままのドアの外、係員仲間か 通りかかったお顔へと、
愛想のいい会釈をお互いに見せ合ってから、

 「まず、私が此処にいるのは、年休をいただいての息抜きです。」

 「………☆」

さすがは叡知の存在、
順を追ってということか、そこからの説明をまずは明らかにする。

 「ちなみに 此処では非常勤扱いです。」

というおまけを、
いかにも重要な機密だと言わんばかり
口元へ手のひらを立て、声をひそめて付け足してから、

 「でも、
  イエス様への御用があったからというのも、
  此処に降りて来た理由の一つではありますが。」

ふふふvvと屈託なく微笑う軽やかさは、
小鳥のさえずりがBGMに聞こえて来そうなほど、
まろやかながらも神々しさを備えており。
ここへの一時的な就労にあたり 必要だったろうあれこれへ、
不審というか明らかにされていない部分が幾らかあったとしても、
この笑顔で“何か?”と流されたのでは、

 《 怪しまれる以前の問題だったろうね。》
 《 ……うん。》

いやまあ多少は、
敬虔な関係筋から降臨だと大仰に騒がれないよう、
何かと絞っておいでの彼なのだろうが、

 「だから、もうちょっと
  その威光というかオーラを抑えないとダメって
  誰か具体的に忠告してくれなかったの?」

 「仕方がありませんよ。
  我らは生まれついての光の者、
  下界の存在へすっかりと転変しない限り、
  完全には抑えようがないのです。」

大きな混乱までは生じていませんし、
そうそう長居するつもりもありませんので、これでご容赦くださいなと、
困ったように眉を下げての苦笑を見せられては。
こちらとしても、これ以上の言及は大人げないかと
ややもするとお怒りモードに近かったイエスとて、
その鉾を収めるほかはなく。

 「……………………で?
  一体 何があっての降臨なのかな。」

そう、イエスの守護の大天使らも結構 そのお顔を見せる ここ立川だが、(笑)
こちらの彼はもっと上の格、
座天使といえば神様の周囲にはべるほどの存在であり。
さっき関係筋への混乱を例えた延長ではないが、
よもや終末の兆候かと、
イエスもまた深刻顔になって訊いたところが、

 「イエスさまこそ、
  今年のイースターがいつなのか御存知ですか?」

 「…………………え?」

真剣本気で一瞬 意味が判らずに
頭が真っ白になったらしいイエスの傍ら、
こちらは同じその一瞬に
あっと あれこれへ察しが至ったのが釈迦牟尼様で。

 “そうか、確か復活祭の前には…。”

イエス・キリストが磔刑に晒され、
地上での生を終えた三日後に、
されどその命をその身ごと蘇らせた
“復活”こそ、
彼らの説いた教えの中の
最も重大な奇跡でもあり。
ただ、その定めようが
春分の日の後の
最初の満月の次の日曜…となっているので、
年によって日が変わる。

 “イエスが滅した日のほうを
  この日だと
  定めたくはなかったのかなぁ。”

彼を慕う生きものらに見守られ、
それは穏やかに入滅したブッダと違い、
よってたかって罵られ、傷つけられてという
それは凄惨な逝去をした彼だから、という
それもまた心遣いなのかなぁと、
ぼんやりとよそごとを考えていたブッダに、
今やっと追いついたものか、

 「もう。
  やっぱりすっかりお忘れでしたね。」

今年は4月5日ですよと、
ラジエルから教えられ、
わあと
椅子から跳ね上がりかかったほどに驚いた
ヨシュア様。
そのまま
やや長い指を折りつつ何かを数え始め、

 「あ、じゃあまさか、
  今頃ペトロたちは…。」

 「はい、
  大斎(おおものいみ)の
  断食節に入っておいでです。」

かつてのイエスが
荒野で40日間の断食という
苦行を成した逸話にのっとって、
聖職者たちもまた、復活祭前の40日間は
“禊斎”として
肉食を断じる習わしがあるのだが。
さすがは直属の弟子らだということか、
現在は天界に聖人としておわす
13人の使徒らは
なんと本気の断食を敢行しておいでだとか。
そういった諸事情までもを
今やっとこ思い出した彼だったようであり。

 「もうっ、
  そんな辛いことまでやらなくていいと
  再三言ってあるのにぃ。」

イエスがそれを知ったのは、
ほんのつい最近のことで。
それまでは、イースターといえば、
彼の復活に
心底驚かされたことへのお返しから、
イエスへのどっきりを仕掛け、
せいぜい驚かせようと
何かしら悪戯をする日だという
認識しかなかったらしく。

 “それもまた
  どうだかだったけれどもね。”

初めてのイースター、そういう趣旨の
しかも結構しゃれにならぬ級の
悪戯を仕掛けるだなんてこと、
まったく知らされていなかったがために
彼こそ心底驚かされたブッダとしては、

 「彼らにすれば、
  それもまた
  大事なお務めなのでしょうから、
  諌めるのは気の毒というものですよ?」

後から思えば
すべてが父なる神の意向だったとはいえ、
宿を取り囲んだ
ローマの役人らにより捕らえられたイエスを、
見捨てて逃げた負い目もあったろう
弟子らにとって。
そこへのあの復活は、
他の人々とは比較にならぬ級の
途轍もない奇跡でもあっただろうから。

 “もしかして、
  自分たちを諌めたい心持ちから
  始めたそれだったのかも
  しれないものね。”

もうもうもうと、憤慨気味のイエスなの、
先手を打って諌めに来たらしい
ラジエルもそう。
誰かへの一途な想いや
やさしい思いやりから、
皆して行動を起こしておいでの
彼らなのであり。

 “そんな想いの真ん中にいるのが、
  キミなんだね。”

その日からは昼のほうが長くなる
“春分”ののち、
ますますと速度を増して近づく春と共に
やって来るのが“イースター”でもあって。
そうと定めた想いからしても、
皆で祝いたいとする神の子の復活なんだと、

 「~~~~。」
 「ブッダ? どうしたの?」

今更ながらに感に入ってしまったか、
じんと感動してしまった
胸のうちが表れてのこと、
深瑠璃の双眸がかすかに潤み始めてもいて。

 「あ、いやあの、何でもないよ。
  そう、花粉が
  飛び込んで来ちゃったかな。」

苦し紛れの言い訳を紡げば、

 「あ、それは大変だ。」

ブッダがお膝へ降ろしていた
バッグに手をかけ、
目薬は? それとも顔を洗っちゃう?と、
特に案じてくれる優しいところもまた、
ああもう、今の自分には逆効果なのにぃと、
ブッダを困らせる所業だったりするのだが。

 “そういえば…。”

仕える御主であるイエスに何かあれば
“すわ一大事”と駆けつける、
やや過保護な天使たちや、
師と敬愛してはいるが、
常日頃は随分とフランクリーで
容赦なく悪戯の的にさえする
13人の使徒らとは大きく違い。
浄土におわすブッダの関係者らはといえば、
彼への苦行を課す助力を
惜しまぬ(?)天部らといい、
彼をそれはそれは敬愛しておいでの、
生真面目な十大弟子らといい、
ブッダの頼もしいところも拝してやまずで、
そんなせいか、
よほどの事態にでもならぬ限りは、
自分たちから訪れることも
滅多にないほどなのであり。

 「…花粉、かぁ。」

本当の本当に
口にした通りのことからのそれなのか、
涙目になりかかる
愛しい人の苦衷をはらはらと見やりつつ。

 “ブッダの誕生日にって
  思ってたんだけど、
  これでは出遅れもいいところに
  なりかねないなぁ。”

いつぞやの大物、
石釜オーブンに比べれば
さほど気張らなくとも用意出来た
“空気清浄機”を、
前倒しで今日にでも贈った方がいいのかもと、
こそりと心に決めた
ヨシュア様だったのでございます。

 “でも、そうすると
  花粉のせいだっていう誤魔化しは
  あんまり利かなくなっちゃうのかなぁ。”

ええ勿論、想い人へのことですもの、
その真の心情も
察した上での気遣いですよ、各々がた。
騙された、もとえ
上手く丸め込まれた振りから
だからという勘違いに見せかけて
そこまでやらかしてもいいものか。
でもね、そうなると…と、
そこまでも気遣えてしまえるイエス様は、
やっぱり案外と
頼もしい聡明さもお持ちだったりするのです。


  今年の春も
  すったもんだを連れてやって来るものか。
  だったらそれも楽しみと、
  ちょっぴり豪気な最聖二人がいる町は、
  今日も穏やか朗らかに、
  日いちにちと深まる春めきを
  じんわりと楽しんでおいでです。



   ~Fine~   15.03.07.


  *ちなみに、東方教会の暦では4月12日だそうです。

   妙な言い訳で結んだ相変わらずの不出来ですいません。
   11巻で『進化論』を語ったイエスだったのがなかなかカッコよかったの
   不意に思い出しまして。(それにしたって…)
   ブッダが頼もしい教祖様なのは判っているイエスだし、
   自分だとて そこへとまずは“うわぁvv”と心惹かれもしたのだけれど、
   今は“守ってあげたい”と頑張ってもおいでなので。
   800年(プラス50年?)の年の差は大きいけれど、
   せめて甘えてほしいなぁという辺りを彼なりに鋭意奮闘中というところかと。

  *そして空気清浄機ですが、
   微細さではインフルのウィルスと張るほどの、
   PM何とかなんてものまで飛んでくるよになったせいか、
   最近のは コンパクトなタイプのでも
   黄砂や花粉対策にレベルのが増えていますから、
   よぉしアルバイトだと踏ん張らずとも、
   あとブッダが気にしよう、部屋が窮屈にならない大きさのが、
   ちゃんと用意出来ると思いますよ?
   あ、でも、小型のだと
   ブッダ様の傍に常に置いとかなきゃダメかなぁ。
   ……イエス様、くれぐれも焼きもち焼かないように。(笑)


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