手をつないで春まで歩こう
“一緒に春を”
お彼岸のあとに 結構な“寒の戻り”を挟んだものの、 あの厳寒が もはやずんと過去の話に思えそうなほど、 まだ三月だというに、 もうすっかりと春だと言わんばかり、 その訪のいが ご近所でもあれこれ見受けられる 今日このごろ。
“そうなんだよねvv”
夜明けが早くなり、 夜空を淡く染める黎明の青が 音もなく暁光へと入れ替わるのも早くなり。 毎朝の習慣のジョギングも 随分と余裕をもって こなせるようになったなぁと、 実感しきりのブッダ様。 春めいてのこと、暖かくなればなったで 花粉という天敵との戦いもあるにはある身だが、 ちゃんと対策を取っておれば、 当初ほど苦しむこともなくなっているし、 それに、様々な芽吹きも齎す春は好きだと、 そこはやっぱり 素直に喜びを感じてしまうというもので。 よそのお宅の塀の上なぞから覗く庭木の梢に、 甘い色合いの蕾が見受けられると、 何のお花かなと、ついつい微笑みが浮かぶ。
“確か 何とかツツジとか 庭梅とかじゃあなかったかしら。”
昨年も観て和ませてもらった 可愛らしいお花を何とか思い出そうとしておれば、 昨日までは、そう、気配さえなかったのに、 今朝になっての唐突に、 そこにひょいとお顔を覗かせているのは、 想いも拠らなかった存在で。
「……あ。」
一輪二輪咲き始めると、 そのまま他のが一気に続くと聞いてはいたが、
「桜だ…。」
思わず立ち止まってしまったほどに、 何の前触れもなく忽然と現れた春の使者。 空の青がまだ淡いため、 ちょっと保護色みたいになっていて、 その輪郭が曖昧ではあれど。 それでも何て言うものか、 この花だけは、何故だか目に入るとハッとさせられる。 自分は日本人ではないのにね。 もっともっと一杯、 花で紡いだ幕のように連なって 一斉に咲いている、 並木の桜も知ってるし、 あっけらかんと開けたところに たった独りの威風堂々、 大樹が咲き誇る一本桜も知っている。 でもでも何でだろうか、 こんな風にひょこりと、 結構な密度でたわわに咲いてる桜を見つけると、 立ち去りがたい気持ちになるから 自分でも不思議。
“いつの間に?”
昨日の朝は見なかったのになぁ。 昨日もそういや昼間は暖かだったからかなぁ。 葉は花の次に出るので、 梢はただただ緋白の花で埋まってて、 やわらかな感触が 視覚でも判るところがまたキュンとする。 胸のどこかがそわそわして落ち着けなくて。 視線が吸い込まれる、取り込まれる、 ああ この感じは、 大好きな彼の姿や所作へついつい見ほれるときと同んなじで。
“ああ、そうか、”
私、誰かにこの気持ちを 話したいのかもしれない。 此処に咲いてるの今さっき見つけたの、 可憐だし綺麗だよねと、 話してそれから、 そうだねって同感してほしいんだと思う。 ああでも それって、 誰でもいいって訳じゃあない。
「……。」
トレーナーの胸元で、白いこぶしをギュッと握り、 それから ちょっぴり名残り惜しげに、でも気持ちは既に逸るまま。 その場から足元を引き剥がすようにして、 ジョギングの続き…というには速すぎるペース、 鹿が“お急ぎですか?”と飛び出して来ても知らないぞと、 事情通がついつい案じてしまうほどの急ぎっぷりで。 それは急いで家路を辿ったブッダであり。 何かに追われてでもいるかのような逼迫ぶりにて 小さなアパートに辿り着くと、 二階の端の自分たちの部屋というゴールへ飛び込む。
「…いえす?」
ああ、呼吸がちょっと弾んでる。 そんなに急がなくとも相手は逃げ出したりしないのにね。 でも、何でだろ、 速く、急いで、と思えたのだ、しょうがない。 上がり框の手前で、 思い出したように服のあちこちを叩いて花粉を払ったが、 そんな気配も物音も聞こえぬか、 フラットの中は出て来たときと同じくらいに静かなもので。 どんつきの六畳間には、 ブッダがこそりと抜け出した布団もそのままなのが見渡せる。 かかとを擦り合わせるようにしてスニーカーを脱ぐと、 短い廊下をとたとた進み、 手を洗ったりももどかしく、 そのお布団の縁にすとんと座り込み、
「…いえす?」
再び、こんな間近から声をかけたが、 それでも相手は動きもしないからまだ起きてないみたい。 もしも二度寝の起きかけとかなら、 まるでこなれた猫みたいに、 返事はなくとも“聞こえてるよ”と身じろぎする彼なのに。
「ねえ、起きて。もう朝だよ。」
いつもなら朝ご飯の支度してから起こしているから、 まだちょっと早すぎるのかな。 でもでも、あのね? 今朝はそういう段取りが踏めてはない如来様。
もどかしいなぁ あ・そうか、 理由を話さなきゃ判らないよなぁ
いくら何かと通じている間柄でも、 ついさっき見たばかりのもの、 しかもブッダ自身からして意外だと心打たれてしまったものまでも、 すぐさま判れというのは無理な話だろうから ……と、今になって気持ちに理性が追いついたブッダ。 掛け布団に手を載せて、優しくゆさりと揺すりつつ、
「ねえ、イエス、さっきね?」
出先でいいもの見つけちゃったのと、 その詳細を言いかかったのだが、
「…………ん〜。」
掛け布団の下で、その主が もそりと動いた。 返事のつもりか うなり声つきだったので、 起きてはいるらしいなと思ったら、
「 ぶっだ?」
微妙な間が空いてたし、掠れた声だったのが気になった。 この数日は朝もそれほど冷えないのにな。 それでもイエスには寒かったのかな。 風邪は引かぬという彼だけど、 すぐさま治るのであって、かかりはするんじゃないのかな。 あれほど逸っていたものが、 どうしたの?大丈夫かい?と、 案じる気持ちにスルリと入れ替わっており。
「イエス? 具合悪いの?」
ちょっぴり身を折り、少しでも近づいて相手を伺うものの、 でも、分厚い布団越しでは何とも判らぬ。 わずかに、濃色の髪がちょろっと布団の端から出ているだけで、 息苦しくないのかなと、ますますと覆いかぶさるように身を寄せると、
「…隙ありっ。」 「わっ。」
手をついて身を支えていたのが、布団の中から見えてたのだろう。 その腕のひじの内側をとんとつつかれては、 さすがに不意打ちもいいところ。 かくりと支えを失って、その身がまんま頽れ落ちかかったが、
「捕まえたvv」 「いえす〜。///////」
何もそんなしなくとも、言いかかったブッダを 掛け布団ごとぎゅむと抱きしめた無邪気さが、 言いかかった反駁ごと “しょうがないなぁ”という苦笑へと塗り替える。
「…つか、 それじゃあ 何かと届いてないでしょう。」
「うん。遠い。」
まだ冬布団をかぶっているので、 それを挟んでという“ぎゅう”は、 イエスのみならずブッダへも、あまりに歯痒い抱擁で。
で? ブッダ、何か言いかけてなかった? あ・そうだ そうそう。あのね?
お顔が見えないままでは話せぬと、 両腕をうんとこしょと頑張って延ばしているイエスに代わり、 布団のその辺りをよいせと下へ剥いて。 愛しいお顔を発掘したものの、
「う…。//////////」 「ブッダ、どうしたの?」
この聡明そうな玻璃の眼差しとか、 切れ長の目許とすんなり通った鼻筋の醸す、いかにもな男の人らしさとか、 髭をたくわえた、なのにむさ苦しくはない、 表情豊かで、色香も覗く口許とか。 こうまで間近に、しかもいきなり向かい合うのは、 うあ何か、心臓によくないというか、
「えっと・あの、 だからサ。 さ、さ、桜がね?」
「わあ、もう桜が咲いてたの?」
意図せぬお顔のほうが効果てきめんな悪戯になっていて、 ブッダの心持ちを十分掻き回しているってこと、 きっと気づいてないらしいイエス様。 不意なお目見えで わあと驚かせ、 そのまま そわそわさせた桜と、いい勝負じゃあありませんか、なんて
“思った時点で 負け負けだよなぁ。//////////”
あくまでも無邪気な想い人さんへ、 もうもう、なぁんて狡いの可愛いのと、 どっちつかずな非難の声を あくまでも胸のうちで 上げちゃった釈迦牟尼様だった、 桜咲く 春の朝でございます。
〜Fine〜 15.03.29.
*眠い春、花粉症の春、
何で今頃指先が割れるの の春、
初夏向けの商品へのラッシュ、絶賛敢行中な春。
頼むからどれか1つにしてください。
めーるふぉーむvv
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