手をつないで春まで歩こう


“春の宵の一隅で”



そろそろさすがに
暖房器具はスイッチを入れなくてもよくなって。
でもまだ油断は禁物と、
天気予報のお兄さんが言っていた。
四月を前に いきなりGW並みの気温になって、
人々に一足飛びの初夏を思わせた この春だったが、
何の、まだちょっとほど、
上着や靴下が要るような日も来るそうで。
とはいえ、今はといえば
まだそれとは関係ない大風が吹いていて、
窓の外、お隣のキョウチクトウの生け垣を時折大きく揺すってる。
弟子からの通話が掛かって来たのを 外の廊下で続けたのは、
ちょっとばかり込み入った話になったのと、
教義がらみの話だったもんだから
説教ぽい口調で諭すところ、
イエスに見られるのがちょっぴり照れ臭かったから。
やれやれとスマホを切ってから部屋に戻り、
そこのところを言い訳しかけたブッダだったのを、

 「ぶ〜っだvv」

何事もなかったと言わんばかり、
それは弾んだお声だけにて 呼び招くメシア様。
先手を取られたことよりも、六畳間の明かりを落としていた意外さに
え?と深瑠璃色の双眸を見張った釈迦牟尼様だが。
窓辺は結構、夜目が利けば見通せるだけの明るさがあったので、
そこに片膝立てる格好で、腰を下ろしてたイエスの姿もよく見えて。

 「あ…。/////」

わあ、何でかな。
袖をちょっとだけ たくし上げたシャツも、
肩先から分けられて胸元と背中とへ散らされた長髪も、
さっきまでとどこも変わってないのに。
ちょっと行儀の悪い、ワイルドな座り方をしていると、
日頃の気の弱そうなところとか、聖人としての誠実さが薄まって、
ちょっぴり骨太な精悍さの香りが、彼の周囲へまといつく。
まだそんなに夜も更けてはないけれど、
さすがに明かりを落とすと
その姿のあちこちが陰ってたり没してしまってもいて。
なのに、悪戯っぽく微笑ってる その余裕からだろか、
頼りないとは見えない彼へ、
素直にとたとた近づけば、

 「ほら。」

長い腕を伸ばして広げて見せるので、

 「……えっと。///////」

ちょっぴり含羞み、でもでも誰の眸もないのだしと、
そこは割り切りも素早く働いたブッダ様。
なめらかな動作ですとんと、
まずは膝を突くよにしてイエスと向かい合うよに座り込み。
そのまま…視線をかすかに泳がせてから、
最後のためらいをままよと見切ると、
目の前の懐ろ目がけ、
ぱふんとそのまま身を倒してしまえば、

 「捕まえたvv」

弾むように言われてたらば、もうっと膨れつつも笑い返してた。
掠れさせた声でこそりと囁かれては、ね。
頬が耳が かあっと熱を帯びてしまい、
何でもない物言いが呪文になってしまうなんて狡いなぁなんて、
それこそ妙な言い掛かり、
ついつい胸の内にてこぼしてしまった如来様だったりする。

 「………あ。」

そんな彼の頭上になる辺りから、
本当に小さな、だが、十分意外そうな声がして。
たちまち、え?え?どうかしたの?と、
案じてしまうところが惚れた弱みというものか。
ちょっぴり堅い胸板につけてた頬を浮かし、
微かな声を上げた相手を見上げれば、

 「いや…うん。
  ブッダ、お香の匂いがするから。」
 「あれ?」

そういえばと左手を持ち上げ、手の甲をすんと嗅いでから、

 「きっと さっきの電話で教義の話をしたからだよ。」

お堅い話を生真面目に紡いだその余波で、
自分の発する匂いも微妙に変わったのだろうと思われ。

 「…嫌いだった?ごめんね。」

あっと声が出たほどに違和感があったイエスだったのかなと、
そこは驚かせたねと謝れば、
ううんとかぶりを振ったらしい、軽い振動が伝わって来て、

 「そんなことはないよ。天界の浄土での匂いだし。」

ちょっと久し振りかなって思っただけだと、
頬を浮かせて見上げる格好になってた伴侶様の螺髪を、
大ぶりの手で軽く触れての、自分の懐ろへ押し付けて、
ほらほら戻ってと、再び抱え込むイエスだったりし。

 「………。///////」

窓の外、昼間のうちほどの連綿という風はもう吹いてはない。
それでもざわざわした気配がするのは、
そこここに生気の満ちてる町の、まだまだ宵の口だからかな。
窓辺に陣取り、明かりも落としたイエスだったのは、
ああそうだった、今宵は天体ショーが観られるからだったね。
ずっとじっと眺めているのは退屈かも。
それでと、晩ご飯のあと、時々見やる程度でいたら、
私への電話が掛かって来たんだっけ。
頬を寄せた胸元はとても温かい。
ちょっと骨っぽいけれど、それでも頼もしい尋が十分にあって、
ちらりと見上げると、
あご先のお髭が見えるのが距離の近さを感じさせ、
触れて得られるそれとは別口の、
胸をきゅうんと締めつけるよな暖かさをますますと感じるが、

 “ああ でも…。”

天界の浄土にて焚きしめられてたお香の匂いは、
そのまま、まだイエスからの想いに気づいてもなかった、
教えへは聡明でも、衆生の苦衷には察しがよくとも、
彼へは微妙に鈍感で罪深かったころのこの自分を、
まざまざ思い起こさせもしたのじゃないかしら。
今が幸せだからいいと、至って前向きなイエスだが、
立場や何やを思えば気づいちゃいけなかった恋心、
その苦しみや疚しさを、その日のうちに全部引き取ってもらえた、
他でもない恋情を抱いた本人から、
過ぎるほど満たしてもらえた自分なのにと思えば、
そこはやはり胸が痛むし、何より悔しくてならないブッダでもあって。

 “こんな風にいちいち悔やむのもいけないんだろうけれど…。”

今や何にも替え難いほどに大切な人だからこそ、
そんな彼を最も傷つけた“自分”が
どうしても許せないジレンマよ。
気づかれないよう、こそりと細い吐息をついていれば、

 「…あ・ほら、ブッダ、赤い月。」
 「え? ……あ。」

今宵は皆既月食で、
夜桜と一緒に観られますねなんて、
雲間から覗く格好にならぬかの案じが先な東京で、
そんな小じゃれた言いようをしていたのは、
どこの予報士さんだったっけか。
少しずつ欠けてった満月は、だが、
すっかり消えてしまうのではなくて、
十円玉みたいな赤みを帯びた姿が見える。
月よりも、ほら見てと笑顔で窓の外を指さすイエスへと、
ついつい視線が向いてしまうブッダなのへ、

 「ほらもう、そんな顔しないの。」
 「う…。」

何かがお見通しらしいヨシュア様。
しょうがないなぁと苦笑をし、
賢いのに何て言っていいのかが判らないという困り顔のブッダへ、
すいとお顔を近づけると、白毫の上へ ちょんとキス。
すると、

 「え……。////////」

かあっと見る見る真っ赤になった如来様、
ただ驚いただけじゃあないらしい証拠のように、
その螺髪がふわり膨らんだかと思う間もなく、
鮮やかな入れ替わりで、
深色のつややかな髪が豊かな奔流みたいにあふれ出し。
柔らかな唇がふるると震えて何か言いたそうだったれど。

 「イースターまでは もうちょっとあるけれど、
  前倒しで今から甘えてもいいでしょか?」

髪から剥ぎ取った茨の冠。
そのままおでこ同士をくっつけてしまうと、
囁く吐息は口許にじかに触れて。
何を言われたのやら、
珍しくもピンと来なかったブッダらしくて。
いっかとそのまま唇を触れさせ、
柔らかで瑞々しい口許を食むように蹂躙すれば、

 「……っ。」

一瞬大きく見張られた双眸が、
でもでも そのまま眸の縁を赤く染めつつも伏せられて。
嫋やかな指先が、責めるみたいにイエスの懐ろを押して見せたが、
それもそのままするすると落ち掛かり、
シャツを搦めるようにして、掴み絞めただけであり。
甘い甘い春の宵。
松田ハイツを柔らかな蔓草が囲い込み、
葡萄や桃がたわわに実ってしまわぬよう、
少しは控えてくださいませねvv




    〜Fine〜  15.04.03.



  *エイプリルフールネタも書けなかったし、
   東京の桜は何か随分と早足だそうだしで、
   せめてこのネタくらいは書きたいなと、
   内職もちょっと放っぽり出して、慌てて書いた代物です。
   取り留めなくてごめんなさい。
   九時頃にすっかり隠れての赤い月が見られるそうなので、
   覚えてられたら観てみてね。


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